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No. 00055
DATE: 2000/02/05 02:37:46
NAME: カイ
SUBJECT: 扉の向こう側(濡れ衣)
1/28早朝(カイの動き)
ハーフエルフであるカイは、人と違う部分であるやや長めの耳を切られた。削ぎ落とされたのではなく、長い部分だけである。だからといってそれで人間らしく見えるはずもなく、耳から流れ出た血で全身を赤く染めていた。
止血もろくにされないまま、彼女は地下倉庫へと放り込まれる。 そこには、すでに一人の女性が閉じこめられていた。カイと変わらぬ身長であり、その容姿は「可愛い」という言葉がよく似合う人であった。ただ、顔や腕に見られる痣を除けばである。
「こんばんは〜」
場違いなあいさつをするカイであった。
連れてきた男は、カイを縛った縄の締まり具合を確認した後、明かりを消して出ていった。
(やっぱり解いていかないね)
カイは両腕を縛られたままである。先に捕らわれていた女性も縛られていた。暗闇はカイにとってはさほど問題ではなかったが、精霊を呼び出すには片手の自由が必要であった。
(なんとか逃げないと……)
耳からの出血も治まりかけており、夜が明ける前に逃げ出したい。自分の迂闊な動きにより、捕まってしまったことである。ラスにも十二分に迷惑をかけている。ここはなんとか自力で脱出をして彼の負担を減らしたいと思っていた。
しかし、それを実行するにしても、現状ではなにも身動きが取れないのであった。
結局、脱出の算段は後回しにして、先客である可愛い女性に声をかけることにした。
名はリアンナ、突然誘拐されたのだという。他にも一緒にさらわれた同僚がいたが、どうなったか判らない。
そして、暗闇からの恐怖を紛らわすように、彼女は過去を語りだした。
「全てはフォーマ様が暗殺されてから悪いことばかり続くわ。暗殺されたというのに、国の調査は曖昧なものでしたし、フォーマ様を可愛がられていたヨークシャル様も一時怒りをあらわにしていましたのに、プツリと糸が切れたように犯人の捜査も力を入れなくなってしまわれましたわ。フォーマ様を世話する必要がなくなった私たち使用人は、ヨークシャル様に引き取られることになりました。けれど、フォーマ様の元で見ていた優しいヨークシャル様はなく、日毎私たちを見ると当たるようになりました。何かあったのだとは想像できますが、私のような使用人たちには何も語ってはくださいませんでした。それどころか、犯人が捕まったという朗報が入ったにも関わらず、ヨークシャル様は喜びも表そうとしませんでした。ただ、私たちを見ると意味もなく叩かれることが増えました。……そしてこのような誘拐に合うなんて。私のような者を誘拐しても意味などありませんのに……」
カイは語りの後半になって彼女がラスたちが関わっている事件の関係者であること思いつく。もともと貴族などに興味がないため、名前では即座に反応できなかったのだ。
ただ、そんなことが判ったところでここを抜け出せなければ意味はない。
(このまま捕らわれているとシャウエルという人が助け出されてしまう……)
そこまで考えて、ふと思考が止まった。
(あれ? 助けちゃマズイんだっけ? 確かアレクの兄さんが投獄されていると聞いたけど……なんでこんなことになっているんだ?)
事のいきさつまでは詳しく聞いていない彼女には、自分を人質にした側とラスが対立する意味があるようには思えなかった。しかし、ラスのやることだからきっと自分には思いつかないことがあるのだろうというこで、考えるのを放棄してしまうカイであった。
ともかく、ここから脱出が先決である。
「ふう、うまくいったわ」
うまく閉じこめることに成功したことで、カイは嬉しそうに笑った。しかし、その表情は紅潮していた。
見張りを呼びだし、「用を足したい」と訴えかけ、手を自由にさせる作戦であった。だが、その程度の算段は見通されており、倉庫に置いてあった小脇に抱えるほどの瓶にしろと言われたのである。
(話が違う〜)
この案を決行したのも、リアンナが「用を足すときは縄を解かれる」と聞いたからであった。なんとか食い下がらないと、とても恥ずかしい思いをさせられる。
腕を縛られていてズボンを下ろせないと訴えかけるが、見張りは、リアンナの縄をほどき、「降ろさろ」と命じたのだった。普通なら、見張り自身が降ろさせたりするものであったが、女性とはいえ、全身血塗れでで滑(ぬめ)っているのである。女好きでも触りたいとは思えない状態だった。実際、リアンナの手や衣服はカイの血で汚れた。
それでもカイは諦めず、バランスを崩した振りをしては、転倒などして縛られた縄を解かせることを試みた。
最終的には脱がされ用まで足してしまったが、一瞬の隙をついてリアンナが見張りの腰に刺さっていたダガーを抜き取り、カイの縄を切り解いた。
見張りの男がリアンナを蹴り飛ばす。しかし、カイを突き飛ばすよりも早く彼女は精霊を召喚していた。
彼女の呼び出したレプラコーンにより、男は現状が理解できない状態に追われてしまった。
その隙に倉庫から逃げ出す。
扉につっかえ棒をしかけ、時間稼ぎとする。魔法が切れれば叫ばれることは目に見えていた。静寂の呪文を唱えておきたいところであったが、肝心の風の精霊界に繋がる門がなかった。
結局、夜明け前に逃げ出すことはかなわなかった。夜中に何度も声を張り上げて見張りを呼ぼうとしたが、まったく反応がなかったためである。耳の痛みとそれに伴う熱でとても寝られる状態ではなく、見張りを呼び出せたのは日が昇ろうとした時刻であったのだ。しかも、あれこれ脱出の作戦を試みるが全て失敗に終わっており、成功したのは昼を回るような時間であった。
「すっかり明るくなってしまったわ」
とはいえ、この真っ昼間に悪人が動き出すとは思えないと勝手に決め込んでいた。「逃げるなら今のうちである」……と。
地下から上がる階段の最上部に明かり窓があった。窓といってもガラスなどはなく、拳が通せるほどのものである。板でふさがれているが、隙間から明かりが漏れていた。
(うまく行くかもしれない)
ラスのようなシーフとしての技術を持たない二人は、これから先の行動はさらなる慎重が必要であった。
窓を塞ぐ板を持ち上げると、冬の風がカイの頬をなでる。その一瞬を見逃さず彼女はシルフを呼び出した。
二人はシルフの影響下により、音を発することはなくなったのである。
ゆっくり扉を開き、人の気配を伺う。
(しめた、行ける)
音は発せられないが、時間の制約がある。先ほど閉じこめた男もそろそろ正気に戻る頃である。ぐずぐすはしていられなかった。
扉から抜け出し、出入り口となる扉へ向かおうとした。そのときであった。扉の外から高らかに歌い出す者がいた。
演奏に合わせ、下位古代語で紡がれるその言葉には旋律の魔力が吹き込まれていた。
精霊の力を借りて、沈黙の影響下であっても外部の音は聞こえるのであった。意識を集中するが、背後についてきていたリアンナが突然踊り出し、その腕がカイの顔に当たったために、彼女もまた抵抗することができなかった。
「勝手に手足が……」
声に出してもそれは自分の耳には届かない。ドタバタする足音も響かない。しかし、演奏と歌声は部屋を通り抜けるほど声量があった。
その歌声に起き出さない者はいなかった。なにより魔力のある歌である。寝ていても効果は発動する。
呪歌による影響下の中、カイたちは見つかることになる。見つけたブルータの一味もまた踊っていたが……。
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