No. 00058
DATE: 2000/02/08 23:23:21
NAME: LEPRECHAUN
SUBJECT: 木枯らしの踊り【通り魔/精霊】
いたずらの精霊,レプラコーンは,きょうも,冬の月の下で踊っています。
いたずらの精霊に,帰る家はありません。
ただ,ケタケタ笑い,テケテケ走って,踊るのです。
行き場を探して。
灰色の天井はつまらない。そこから綺麗な星がながめられるといいねと。
家の屋根を壊しました。
石畳と壁の上に,真っ黒な炭で,わんさと落書きをしました。
綺麗で窮屈ででこぼこした,オランの街にひしめいている人間たちを,書きました。
一番てっぺんに,王様の絵を書きました。
鼻を三角塔のように高くして,白いひげをそこに結んで息ができなくて苦しそうにしているカイアルタードの似顔絵は,我ながら上手くできたと喜びました。
路に転げ,お腹を抱えて,笑いました。
だけどそこにはだれもいません。
その絵を見て一緒に笑い声をあげる子供はいません。
みんな,静かなお月様とお星様に見守られながら,眠っているのです。
誰も自分を見てくれるものはいないんだ。
いたずらの精霊は,ちぇ,と呟いて,足もとの石を蹴っ飛ばしました。
そのまま,夜の路を走り出しました。
自分と同じ心の持ち主を探して。
自分の居場所はどこだろう?
ううん,自分はどこにも行きたくないよ。
ただ,ずーっと,こうやって遊んでいたいだけ。
次の日。
いたずらの精霊の傑作作品は,綺麗に掃除されぬぐわれていました。
それをみたいたずらの精霊は,大地の精霊に額をあわせるように,がっくりと落ちこみました。
どうしてみんな,こんな,楽しいことが分からないんだろう?
ぐしぐしと額をぬぐい,顔を上げたら,目の前の壁に,どうかすると見落としてしまいそうな,ちいさな新しい落書きがありました。
『孤独な悪戯っ子、今度悪戯する時には僕も呼んでね』
精霊は,ぱっと喜びました。
自分の楽しいことを,見ててくれたひとがいた。
どこにいるのだろう???
いたずらの精霊は,壁に連なる家の中を,ぜんぶ探して回りました。
もちろん,自分が来たよというサインはわすれません。
机を倒し,料理をひっくり返し,絵を破き,水を撒きました。
寝ていたおじいさんの上に飛び乗ったり,赤ちゃんの顔に,おもしろおかしな化粧を施したり。
だけれど,誰も自分が来たということに,気がついてくれませんでした。
ただ,おかしな事が起きたと,驚き,泣き,怒るだけです。
だれもだれも,一緒に遊んでくれる人は,見つかりませんでした。
最後の入った家には,
森の妖精が,机にもたれて寝ていていました。
本を枕にしています。どんな内容なのかは,ちんぷんかんぷんです。
森の妖精がどうして街にいるのだろう。そんなことはわかりません。
けれどいたずらの精霊は,森の妖精たちが好きでした。
なぜなら,彼らは,自分の存在に気がついてくれるからです。
上を向いてみると,せっかく夜の闇に浮かぶ小さな光の精霊たちがはいってこれるようにあけた穴がふさがれていました。
えい,と精霊は,森の妖精が座っている椅子を蹴飛ばしました。
がたーん,と音を立てて,椅子が倒れました。
森の妖精は,びっくりして,目を覚ましました。
森の妖精は,イルという名前でした。
イルは,夜明け近くまで,外を歩き回っていました。
外はとても危険です。街の中には,人を襲う通り魔が,うろうろしているのです。
今日も一人襲われたようでした。怪我した少女が病院に運ばれるのを,イルはじっと見ていました。
イルの中には,好奇心と恐怖の精霊が,ぐるぐるしていました。
床に落ちて居眠りから目を覚ましたその前には,子鬼が立っていました。
髪の毛の無いつるつるの頭,とがった耳,にぃやりと笑っている口元。
赤肌鬼とも違う,子供の妖精のようになめらかな肌。
イルは目を,ぱちぱちとしばたかせました。
しばらくしてから,にっこりとわらいました。
「いたずらっこ,見つけた・・・。」
いたずらの精霊は,喜びました。
やっと自分を見てくれるひとを,みつけました。
街の中には,自分を見てくれる人はいませんでした。みんな,別の雑音をきき,物質の幻影ばかりをみているからです。
自分が出てきた病院の中には,自分を見つけられる人はいたかもしれません。けれど,病院ではいたずらをしてはいけないと,自分を呼んだ子はいうのです。
どうしてそんなにいたずらをするんだい?
イルは聞きました。
たのしいからさ!
いたずらの精霊は答えました。
ここでいたずらをしちゃいけないよ。他のひとが迷惑に思うから。君のもといるところに帰りなさい。もっと楽しいところに帰りなさい。手伝ってあげるから。
イルは,精霊たちの言葉で言いました。
イルはとても,どきどきしていました。
森の兄たちの言葉を思い出していました。
心の精霊たちは,ふつう,人の心の中にいて,でてくることはありません。彼らが持ち主のところを離れて,彼らのすむところと違う人間達の世界をひとりでに歩き回るのは,おかしなことなのです。
原因を調べて,さまよえる精霊たちを導いて,精霊たちの世界に戻さなければなりません。それは,パン屋さんがパンを作ったり,先生がものを教えたりするのと同じく,精霊使いの仕事なのです。
そうはいったものの,イルには具体的にどうしていいのか,分かりませんでした。
狂った精霊に出会うのは,そうあることではありません。
一緒に遊んでくれるの?
いたずらの精霊は,喜びました。
おいで。
イルはそういって,手を伸ばしました。
いたずらの精霊は,イルの中に飛び込みました。
使命感。好奇心。ちょっぴりの恐怖。
イルの心の中で,レプラコーンはぐるぐるとかけまわりました。
机とひきだしがありました。
ひきだしのなかは,きちんと片付けられていました。その中には,筆とインク,定規,びっしりと文字のちりばめられた羊皮紙がありあました。
それを書き分けてみると,緑色の沢山の葉っぱがみえてきました。葉っぱには細い枝がついていて,下へ行くほど,太くなっているようでした。
けれど,イルの心の中に,楽しそうな玩具は,見当たりませんでした。
興味を失ったレプラコーンは,イルの心の中から飛び出しました。
そこにレプラコーンは,ほしいものを見つけることができませんでした。
ここはまだ,自分のいる場所じゃない。
ここにまだ,自分を溶け込ませることはできない。
まだまだ,自分はもっともっと,面白い事をしたいのです。
面白いことをやって,沢山の人と遊びたいのです。
お外で遊べない,あの子のかわりに。
心が動かない,あの子のかわりに。
まって,とイルはおいかけようとしました。
しかしレプラコーンはそのまま,消えたり現れたりしながら,イルの家から去っていきました。
外からは,人々の悲鳴と,何かが壊れる音が,聞こえてきました。
通り魔か!?という叫び声もあがりました。
森の妖精は,ため息をつきました。
追いかけなければ,と思いました。
しかし,いたずらの精霊は,今度またいつ,どこに現れるのか分かりません。
木枯らしは,まだ,当分吹き止みそうにありませんでした。
[続く]
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