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No. 00061
DATE: 2000/02/12 02:57:07
NAME: ラス、エルフィン
SUBJECT: 選択の結果(濡れ衣)
1/28(ラス、エルフィンの行動)
ギルドでやっかいな情報を仕入れてしまったエルフィンはアレクを捜して彼女がよく出向く店へと向かう。
そんな彼の姿を見かけてしまったラスは、目の前のギルドにきびすを返すと追いかけはじめた。
奴と接触すればより多くの情報が得られると判断して。
しかし、エルフィンの脚は早く、なにか急いでいる様子であった。それと雑踏のためか声をかけられる距離にはなかなか近づけない。しかも、日の光が視線を奪ったときにエルフィンを見失ってしまったのである。
「おかしいな…見失ったか?」
ラスは、シーフならではの感を働かせ、目標物を捜す。
「…ちっ…どこだ?」
雑踏を離れ、近道として使われやすい路地裏と予測して来てみたが、人の気配はなかった。彼はせっかくの情報源を失い、舌打ちをする。すると、背後から声をかけてくる者がいた。
「私に何か御用でしょうか?」
声をかけてきた者はエルフィンであった。いつも酒場などで見せる作られた笑顔を浮かべながら軽口を叩いてくる。
「……そこにいたのか」
声に驚いて振り返るラス。あの距離で、こちらが追いかけていることに気がついて姿を隠したのか、それとも見失って闇雲に捜そうとしたことで逆に気がつかれたのか、ラスはエルフィンの能力をいまだつかみ切れていなかった。ただ後者であることを祈るばかりである。
「貴方が望む所に私は存在しますよ」
エルフィンはラスの驚いた表情に応えるように恭しく会釈をしてみせる。
彼と接触できたもののラスはまだ迷っていた。
(質問……、依頼……、相談……、いまやらなきゃいならないのは……)
そしてラスは決意を固め、事件の核心に触れる話題を話し始めた。
「……俺が…俺たちが今、シャウエルの件に関わってるのは知ってるな? その件は…多分、まだあんたが知らない状況になっている。 」
露骨に顔をしかめるエルフィン。彼の言葉に素っ気ない返事を返した彼であったが、内心穏やかではなかった。
「・・・ここで、そんな話を行うのですか?」
「…誰も聞いちゃいないさ。こんな路地裏だ。大声で話してるつもりもねえしな。気になるなら、場所を変えてもいいが…あんたも急いでるようだ。場所を選んでる暇があるか?」
「……さて。で、お互いに急いでいるようですが、私に何か御用でしょうか。その様子ですと、貴方は私に何かを伝えたい様ですが・・・。地下の彼(シャウエル)について何かありますか?」
再度、辺りに人影がないか確かめつつ、ラスはエルフィンに尋ねた。
「アレクとその兄…この一件にあんたは関わる気があるのか? 1年前の事件のことは…全部知ってる。あんたが絡んでいたことも」
「ほう、あの事件を知ったのか・・・。」
ラスの突然の言葉に、エルフィンはいつもの口調を代えて返事をする。
「しかし、いきなり話の核心をつくとは何をそんなに慌てている?」
「……時間がないからだ。もう、計画は動き始めてる」
ラスの脳裏に残してきたアレクとカレンの顔と、連れ去られたカイの顔がよぎる。
エルフィンの腰が低く落とされ、下げられていた両腕がゆっくりと持ち上がる。
「何を急ぐ? お前らしくもない」
「……そっちこそ、何をそんなに慌ててる? 俺には、ここであんたと一戦交える時間はねえんだ」
相手の目を見据えて一瞬だけ考えるエルフィン。その後、彼の手は下ろされ口調もいつものように戻っていた。
「私が知る貴方はもう少し慎重な方だと思っていましたが」
エルフィンの臨戦態勢が解かれたことに、ラスは心の中で大きく息をついた。
(戦えば多分……いや、絶対負けていた)
ラスは先ほどの見失ったことがこちらの存在に気がついてのことだと想定していた。逆の立場で気が付けるとは自分には思えない。「……急ぐ気にもなるさ。……人質をとられてる」
「アレク……ですか?」
「……カイだよ」
カイ、という言葉に思考を巡らせるエルフィン。彼の脳裏には一人のハーフエルフの姿が浮かんだ。
「ああ、彼女ですか。・・・・それでこれから誰かと救出に?」
「それも考えてはいるが…… 」
ラスは現状を手短に語ってみせた。
しかし、ラスの手短な説明ではエルフィンには状況を理解することはできず、思わず軽口を叩いて返してしまう。
「……いったいあれから何があったんです?」
改めて詳しい情報を求める。全てが見えなければ動きなど取れないもの。ましてや自分と関わり合いのない人質の話などなんの役にも立たない。そう思った矢先、記憶に書き記した名前(ブルータ)が耳に飛び込んだ。
(噂を流した男か・・・欲しかった情報が前から歩いてきた。)
時間の経過を気にしつつも、ラスは全てを語った。
「・・で、貴方はどうしたいのです? カイの救出を行うのですか? それともアレクの手助けを行うのですか? 」
彼の説明に内心の喜びを隠しつつ、エルフィンは彼に尋ねた。
「手助け? アレクの手助けをするってことは、あのうさんくせえ奴らの片棒をかつぐことになるんだぜ? 別に、正義とか悪とかそんなご立派なことは考えちゃいねえよ。ただ……あいつらが何を企んでるのかが見えねえってのが……」
「目的の為には手段を選ばず。たとえその後どのような結果になったとしても。私は彼女(アレク)はご立派だと思いますが・・・利口ではないですね。で、彼女がさらわれた貴方は何か策でも? 」
「カイは…多分、大丈夫だ。仮にも人質ってんだから…殺されやしない」
「人質は・・・生きている必要は無いですけどね。相手に生きていると思わせる事が出来ていれば、ですが」
自分でも多分、頭の隅では考えていたであろう可能性を口にされて、ラスは思わず手近な壁を殴りつけた。
彼の顔に浮かぶ焦りの色を濃くするために、相手の不安を煽るエルフィン。そしてエルフィンの頭の中では窮状をどう利用するかが考えられていた。
「…そうだよ、俺は今でも迷ってる。カイが無事な確率を少しでも上げたいなら、シャウエル救出に力を貸すべきなのか……それとも…今すぐにでも助けに行ったほうがいいのか…… 」
普段、決して他人には見せない表情を出してしまうラス。それだけカイが人質に取られたことが彼の中では大きかったのである。
自分には無い感情を持って悩むラスの姿にエルフィンは尋ねた。
「貴方にとって優先順位はどちらが高いのか。考えるまでも無いと思いますが」
「…………優先順位…か」
思わず苦笑を漏らす。
「……俺にとっての優先順位なら決まってる」
「自分にとって何が一番大切か。考えるまでもないと思いますが・・・。さて、人生相談は終わりにしましょう。最初から核心を突いてきたんです。貴方は私に何をさせたいのです? 」
話の筋道が全て判り、エルフィンは話を戻した。
「……あんたは……動く気はあるのか? 」
「依頼があれば、私は誰にでも手を貸しますよ。 私に善悪は関係無いのでね」
その言葉と普段の作り笑いから自嘲する笑いに変わり、ラスはこの男の怖さを再認識する。
「……わかった。依頼したい。カイを助けに行くから手伝ってくれないか」
敵に回すと怖いが、味方にできるならば頼もしいと思えた。一人では無理でもこの男とあればと期待の感情が持ち上がる。
「判りました。その依頼、お引きうけいたしましょう。ただし・・・ 」
「依頼料か? それなら…必ず払う」
条件を出そうとしたエルフィンの言葉よりも早く、ラスは金額に糸目は付けないことを伝える。だが、彼が求めたものは金ではなかった。
「いえ、報酬はいりません。ですが私の方からもお願いしたいことがありまして……」
依頼に対する報酬代わりに、とエルフィンは言った。それならば…とラスは思った。…たとえどんな言葉だろうと断ることはできない。少なくとも、自分には。
「何、簡単な事です。・・事の成り行きに関わらず、アレクの一件が解決するまで貴方の側にいる事の許可と、この件で手に入れた情報を流して頂くことです」
それを聞いて、一瞬迷う。情報の全てを流す。その言葉に。それはシーフとして完全に配下につくようなものであった。そのため、本能的に迷いが生じた。だがその直後には思い直す。自分には断ることはできないのだと。
「……わかった」
ラスの苦悩を余所に、いつもの笑顔で言葉をなげるエルフィン。 「では、今この時から貴方の依頼をお引き受け致しましょう。依頼は「カイの救出」で宜しいですね?」
「……ああ。それでいい。……確認しておく。この一件が終わるまでは俺のそばにいるんだろ? 」
「ええ構いません。ですが 、忘れないで下さい。依頼はなされ、又貴方は既に対価を支払う約束をした事を」
「わかってるさ、借金踏み倒すような真似はしねえよ」
エルフィンの言葉に苦笑を浮かべて答える。彼の表情はいつもの笑顔だが、その口調は非常に冷たかった。
「契約は神聖なモノです。約束が反故にされたとき、私がどう動くか・・・。賢明な貴方であれば判るかと思いますが、一応念のためです。お気を悪くされないように」
「…あんたなら容赦ねえだろうな。大丈夫、わかってる」
(アレク、そしてラスの仲間(カレン)が関わる以上、この先の結末は見えている。そう、偽りの神官が自分の想像通りであれば・・・)
エルフィンはラスの背後で冷たい笑みを浮かべた。
「・・・時はダイヤよりも貴重です。ですが、 早速行動にうつるのは、いささか早計ですね。・・・焦りは禁物、まずは対策を練りましょう」
作った笑みを張り付けたエルフィンは、穏やかにラスに話しかけた。
「……ああ、そうだな。焦っちゃろくなことにならねえってのは承知してるよ」
路地裏から出た二人を少し高くなった朝の光が包む。 そんな二人が路地裏から出てくるのを目撃した人物がいた。ラーダの神官服をまとったガイスであった。
彼の脳裏に「裏切り者」という言葉がこだまする。
ブルータに念を押されたにもかかわらず、ラスは彼の元から姿をくらました。そして翌日(今朝)の襲撃である。拉致したヨークシャル卿は奪われ、気がついたらアレクもカレンもいない。自分は不覚にも眠り雲の魔法の影響下で寝てしまっていたのだ。
この襲撃をラスの手引きだと彼は思いこんでいた。
「せっかくドロルゴ様に認められるようになったというのに、ブルータの奴が来てからろくな事が起きやしない……。この件はなんとしてでも成功させて姉御に認めてもらう予定だったのに……」
唇を噛みしめ、雑踏に紛れる二人を睨み付ける。
そして小走りに近寄って行くのであった。
ガイスはさも急いでいるように雑踏の中で声を出しながら走っていた。
「ちょっとごめんなさい。通してください」
ぶつかる人々に謝りながらラスとエルフィンに近寄る。
その声に気がついて、ラスが振り返る。彼の目にすまなそうに人混みをかき分けて来るフードを被ったラーダ神官が捉えられた。
ラスはその姿になんの疑いも持つことはなかった。ただ、ラーダ神官の進行方向からして、自分の脇を通ることが予測できたくらいだった。エルフィンも神官の接近に気がついたが、自分の脇を通るわけでもないと思い、気に止めることはしなかった。
ガイスがラーダ神官着を着て、城に潜入することを前もって聞いていればラーダ神官というだけで疑いを持ったであろう。
不意打ちは成功された。
ラーダ神官が脇を通り抜けるとき、手が腕に一瞬触れたのだ。懐を狙う輩ならばもっと密着してくるが、神官はそんな怪しい行動など起こさなかった。その結果、彼は突然、視界を無くすことになった。
雑踏の中でラスの視界が闇に閉ざされる。
「おい」
思わず、エルフィンに声をかける。歩みは見えなくなった時点で止まってしまった。闇夜でも精霊力が感じ取れる彼の目には本当の意味での見えない世界など体験してことがほとんどなかった。
エルフィンがラスの様子に気がつき、戻ってくるまで彼なりにパニックに陥っている頭脳を沈めた。そして、以前カインが暗黒神なら視界を奪う奇跡も起こせる話を聞いたことを思い出した。内容的には、光の神ならその失われた光を取り戻すことも可能だという話だった。今、その魔法がかけられたと理解したのは、何度目かエルフィンが声をかけていた後であった。
通りの真ん中で突っ立っているラスに、エルフィンが3度声をかけたとき反応があった。
「やられた……」
「どうかしましたか?」
ラスがそう答えたとき、先ほど急いで駆けていったラーダ神官が戻ってきていた。その声を聞いてラスが叫ぶ。声の主はガイスと判断できたからである。
「そいつから離れろ!」
神官の行動が不自然に感じていたためエルフィンは、ラスの言葉で差し伸べられた手から離れようとした。しかし、指先が腕に触れられてしまう。
雑踏の音がエルフィンの耳から失われはじめ、魔法がかけられたことに気がつく。そしてその力に対抗すべく意識を集中させる。辛うじて、彼の聴力は失われることはなかった。
「残念でした。しかしあなたには効いたようですね。くっくっくっ」
エルフィンは身構え、ラスも声のした方向に拳を繰り出す。声の位置から想定して出されたパンチは油断していたガイスの側頭部を捉えた。場所が確定したと判断して組み手に持ち込もうとしたとき、彼の聴力が失われた。抵抗を試みるが、視力が奪われた怒りとカイ救出に視力なしでは挑めないことで焦っていたため、抵抗しきれなかったのだ。
エルフィンは雑踏の中で刃物は出せないと判断して、取り押さえることを考えた。ラスがパンチを放つことを見て、ラーダ神官でも敵と認識できた。うまく行けばよりよい情報が得られると判断して。
通行人の中には彼ら三人の様子に気がつかないものも多く、互いの間を平然と通っていく。
数瞬、時を逃がしたのち、まったく動きださないラスを嘲笑い、ガイスは雑踏と共に向こうへ去っていこうとした。
エルフィンは逃がすまいと追い始める。しかし、ラスとの距離が広がってからはじめて、彼の危機を感じ取ったのである。振り返るとラスは元の場所で突っ立ったままである。
すでにエルフィンは契約下であり、依頼人を無視できる状況ではなかった。雑踏の中でも視界が届く範囲であれば見逃していないラーダ神官を見送り、エルフィンはラスのところへ戻るのであった。そして、声のトーンがやけに大きいラスの説明で視力と聴力を失っていることを知らされたのだった。
聴力が失われているため、自らの声の高さが認識できないのである。また耳に届かないため、本人はしゃべっている感覚が持てない。自然と無口になる。
エルフィンは迷わず神殿に向かいはじめた。ラスには肩につかまってもらってである。それでも盲目の人を連れて歩くスピードは知れたもので、一番近くの神殿に赴くまで時間がかかってしまう。
ラスはただただ、心の中で叫ぶばかりであった。行動の結果全てが裏目に出ているように思えてならなかった。
エルフィンは、付けられていることに気がつき、ラスの元を離れられないでいた。視力、聴力を失った者などどうとでも料理できる。とにかく人気の多いところを通って歩くしかなかった。しかし、どこかで襲ってくるはずである。そうエルフィンは判断していた。
そして、彼らが人気の少ない通りに入ったとき、ガイスはその身を晒して襲いかかってきた。
(つづく)
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