 |
No. 00062
DATE: 2000/02/12 23:26:57
NAME: ラス、レイシャルム他
SUBJECT: 差し込む日射し(濡れ衣)
1/28(ラス、エルフィンの行動)
ラーダ神官着をまとったガイスは単独で攻めてきた。ヨークシャルを奪われ、裏切った者を見つけておきながらそのままにしておいては帰るに帰れないのだ。部下も与えられる身分になってはいたが、今は目の前のラスを葬ることが先決であった。
脇にいる、灰色ずくめの男が邪魔であったが、すでにラスは暗黒魔法の餌食である。2対1というより、1対1であった。これに増援など不要である。
ヨークシャルが奪われた段階でほぼ計画は破綻したことになる。わざわざ危険を冒してまで投獄された者を自分たちが救出しなければならないことに疑問を感じたが、自己の快楽の為にあらゆる手間を惜しむなというドロルゴの言葉を聞き、またその実行力を見て考え直させられる体験をしていた。そのため、今回の件もその手間の一つだと割り切ることができ、最終的になにを目的とするのかが彼にとっても楽しみの一つとなっていた。
それが崩壊したのである。実行犯としての責任は自分にある。名目上ではブルータより権限があるはずだった。しかし、現場では彼の方が状況をよりよく把握し、指令して来るばかりであった。このままでは責任だけ自分に降りかかってくる。
しかし、彼も馬鹿ではなかった。手ぶらで帰らず、裏切り者を連れてくるなり制裁を加えてくれば失態もある程度は補えると考えていた。彼らの中だけではなく、彼らが崇める神を信仰している者達にとって裏切りとは、許し難き行為なのである。それには当然として制裁を加えることになっている。むしろ、制裁を加えない者は仲間から迫害視する傾向も見られるくらいである。
神官着の外套を払い上げ、フレイルを振りかぶる。エルフィンもまたラスを背にしてダガーを取り出す。
身のこなしはエルフィンの方が上である。ガイスの攻撃はほとんど外れ、致命的ではないにせよ、細かな傷が増えていった。
技術としてエルフィンの方が上回るが、トドメを刺すに行きにくい。逆にたった一度フレイルの攻撃をその身に受けただけで、彼は身動きが取れないかと思うような激痛にさい悩まされた。
戦闘は思いの外時間がかかった。神の加護を受けているガイスは、傷を癒すことができた。技術差を埋めるには十分な効果である。
戦いは持久戦に移っていた。ラスは肌から感じ取る殺気だけで戦闘が行われていると判断していたが、どうすることもできなかった。誘導してくれる人物がいなければ歩くこともままならない。
(こんなところでもたもたしている訳にはいかないのに)
一刻も早く神殿で回復してもらわなければ、シャウエルが救出され、カイの人質としての価値がなくなってしまう。
そのとき、衝撃がラスの身体を吹き飛ばした。
「ほらほら、お仲間をがら空きにしてはいけませんよ」
ガイスは距離を置いて体制を立て直そうとするエルフィンに向かって語りかけた。間合いが開いたため、ガイスの矛先はラスに向けられたのである。そもそも彼を殺すことが目的なのだ。
「面白くありませんね」
エルフィンは全力をもって攻撃し続けなければ、ラスを守ることができないと悟り、人質を取られているような気分になる。
すでに遠巻きに数人の野次馬が集まりはじめている。彼の耳には野次馬たちの声が聞こえていた。
「あのラーダ神官が戦っているよ。よほど極悪な奴らなんだろうな」
ダガーといい、軽い身のこなしといい、エルフィンの姿は善意ある者として映ることはなかった。対する相手がオランでもっとも信仰されているラーダ信者に化けているのだ。声援はラーダ神官につくのは目に見えていた。
ここで運良く倒せても、誹謗を浴びるのは自分たちである。例えそうだとしても迫り来る敵は薙払わなければならない。
意を決して再度懐へと飛び込む。相手が傷を癒せないほどの傷を負わせられれば方がつく。
ダガーは深々とガイスの脇腹に突き刺さった。少しでも傷口を広げるようにして抜き取る。
野次馬たちから罵声が飛ぶ。そんなことでは動じないエルフィンであったが、一つの団体をその中に見つけ一瞬戸惑う。
それは衛視隊であった。野次馬の通報か、近くを通りかかったのか女性を筆頭にして五人の部下を連れて近づいてくる。
ラスが身動きが取れない以上、残して去るわけにもいかず、彼は覚悟を決める。もっとも城底に放り込まれない限り、逃げ出す算段は作り出せると自負があるからでもあった。
「私はユングィーナである。双方武器をしまわれよ」
(この女が……)
エルフィンは自ら名乗りを上げた衛視を注意深く観察した。
血を流して呻いているラーダ神官の元にアルフォーマとブローウィンが駆け寄る。ジャングル・ラッツと名乗る三人組はあくまでユングの指令がない限り動かないといったそぶりである。しかも、衛視とは思えないちぐはぐな装備を身につけていた。
(私兵か?)
エルフィンは奇妙な三人組に対して、そう結論づけた。
彼女が顎をしゃくると、三人組は武器を構え、エルフィンを取り巻いた。
ラーダ神官の傷は深かったが、命を奪うほどではなく、自ら奇跡を行い傷口を塞さいだ。そして自己の正当性を認めてもらうための嘘の供述をはじめた。それはエルフィンにも易々と予測ができた。もちろんそのための反撃の言葉も用意してある。
「ラーダ神官が本当にラーダ信者であるかどうかを問うのが先決ではないか?」
と持ちかけたのである。服装からして神殿勤めをする信者であることを指摘し、神殿に確認させれば事実がどこにあるかは明白ではないかと語ってみせる。
彼は、ファラリスが仮の姿をまとってラスという男を個人的な恨みを晴らすために襲撃してきたのだと推論してみせた。
それに対して、ガイスも自己防衛のために、ラスの命を狙う暗殺者だとエルフィンを罵しった。あたかも心配しているように、ラスに声をかけながら駆け寄るガイス。
「そいつを近づけさせるな!」
無駄と感じつつも、エルフィンは叫んでしまった。
だが、その言葉にユングが応えた。
「止まれ、それぞれの立場が確証されるまで動くな」
相手が例え高司祭であろうと導師級の魔術師であろうと同じと言わんばかりの威圧でラーダ神官に投げつけた。
その言葉にアーノルドが素早く反応し、ラーダ神官をラスに近づけさせない。
「済まんな、神官様。どちらの言い分も信じる気はない」
ぴしゃりと言ってのけたユングにエルフィンは、この女性に少なからず興味を覚えた。
面白くないのはガイスであった。後一歩でラスの息の根を止めることが可能であったが、それが不意に終わる。調べられれば詐称していることはすぐにバレることである。かといって、この場で力押しに逃亡を図っても成功する確率は低いと思えた。
(どうする?)
ガイスはアーノルドを払いのけ、ラスの身体に接触を試みた。その行動は明らかに自分を不利にするものであったが、彼は裏切り者を野ざらしにすることの方を拒んだ。
「裏切り者には死の制裁を!」
そう叫ぶと共に、暗黒語を唱えラスの身体に接触を果たした。
そのときを待っていたかのように、ラスはガイスの腕を掴むと眠りの精霊を呼び出した。
ラスは防御よりも仕返しの方を優先していたため、相手の放った暗黒魔法に耐えることができなかった。しかし、ラスの精霊魔法も懇親を込めたものであり、ガイスの抵抗をうち破りその場で深き眠りに陥れることに成功した。
(舐めるなよ、バカタレ)
目も耳も使えない状態であっても、殺気は感じ取ることができた。その殺気に全神経を集中していたため、接触してきたガイスの腕を掴むことができたのである。
ガイスはスリープの魔法で眠りに落ちた。だが、ラスも無事ではなかった。全身に悪寒が走り、気分が悪くなる。激痛ではないが、痛みは全身から感じ取れ、徐々に体力が奪われていくことが感じ取れた。そして意識が失われる。
ラスが気がついたのはチャ・ザ神殿の一室であった。
ガイスの毒で彼は意識を失うまでに至っていた。辛うじて命を取りとめ、失われた視力と聴力を回復してもらうことができたのだ。 隣には苦笑を浮かべるエルフィンがこちらを見ていた。
「今の時間は?」
「昼前だとは思うが、そろそろ鐘が鳴る頃だろう」
エルフィンの言葉通り、差し込む日射しの角度で時間が伺い知れた。
シャウエルが救出されていたらカイの命はない。すぐにでも駆け出そうと立ち上がったとき、女の衛視が入ってきた。
「気がついたようだな。まったくこの忙しいときに面倒をかけさせてくれる。あのラーダ神官はファラリスの者だということは判った。が、自害したため詳しくは聞き出せなかった。知っていること語ってもらうぞ」
後ろから二人の衛視が付き従うように入ってくる。外には三人組が見張っているのだろうとエルフィンは推測した。
取り調べでエルフィンは自らの名前をエルフとして名乗った。それでユングの反応を伺う。
「何でも屋のエルフ……か?」
何か話しかけようとしたユングは、開いた口を一端閉じ、咳払いをした後調書をとった。
エルフィンは洗いざらいしゃべった振りをして見せたのだが、ユングにそれを見抜かれたのか、それとも最初からその気だったのか、詳しい言及もなくあっさりとラスの取り調べまで待つことを決断したのである。
実際、エルフィンにとって先ほどの神官に化けた者の正体など知る由もなかった。ラスに問いかけようにも耳が聞こえなくては意思伝達が面倒でならなかった。そのため、真実を全部語ったとしても彼には何も答えていないと同じようなものであったのだ。
「こちらも急いでいるんだ。素直に話してくれれば、すぐに釈放してやる」
ユングは高圧的な態度でラスたちに臨んだ。
1/28(アレク、レイシャルムの行動)
「ここまで捜していないんなら、屋敷に戻られたのかもしれないぜ」
レイシャルムの提案に、アレクが寂しそうに頷く。
彼女にとって兄を救出することが最大の目的であり、訳の分からぬ者達と協同してまで進めた計画である。
(あのとき、もう少し粘ればよかったのかな)
レイシャルムはシャウエルが捕縛されたとき、居合わせていた。レイシャルムが無実であることは疑いもしなかったが、さすがに国家権力と真っ向から対立する気になれず、中途半端な行動になってしまった。
無実である証拠をそろえれば、シャウエルの罪状も取り消してもらえると単純に考えていたが、彼の思うほど底の浅い事件ではなかった。孤児院の事件は関わっていた当初より、解決された後の方が圧倒的に情報がなくなっていた。どこに行ってもその話題はタブーとして扱われ、シーフギルドとコネもない彼には何一つ有益な情報が得られなかった。
結局、今に至ってもシャウエルを助ける算段は思い浮かばないのである。むしろ、話に聞いた怪しい集団がヨークシャルを脅し、シャウエルを個人的に処刑する算段を取らせ、偽装処刑してしまう案はうまいと感じられた。
ただ、その怪しい集団の目的が判らないのでは、無闇に協力しては手痛い仕返しが待っているとも思え、一概にアレクの味方になれるとも言えなかった。しかし、彼女の悲しむ顔も見たくないのは本心でもある。
「ヨークシャルに慈悲があるから今まで処刑されずにいたんだろ? 心配しなくても、交渉でなんとかなるかもしれないぜ」
そう励まして、彼らはヨークシャル邸に向かった。
 |