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No. 00071
DATE: 2000/02/24 04:17:25
NAME: リン、アドル他
SUBJECT: 水のように(濡れ衣)
1/28(リン、アドルの行動)
人物紹介:
シェル……孤児院事件の首謀者で、シーフギルドに紛れ込み、幹部となって諜報機関の教官の立場を奪い取った人物である。ファラリス信者でもあり、その事実を隠し、国の諜報員に育てるべき子供をファラリスの息をかけて、私兵にしようとしていた。しかし、冒険者の活躍により、野望は潰され焼け落ちる孤児院の中で絶えたとされている。アドルたちにシーフの技術とファラリスの教えをたたき込んだ人物。
アドル……孤児院の中のリーダ的存在だった者。
リ ン……レスダルの息子。アドルの親友。
レスダルの息子である、リンはもう二三年もすれば大人の仲間入りという年齢であった。独り立ちをさせるためにも、商人の元へ奉公に出したが、そこを抜け出して彼は行方をくらました。
彼の親友であるアドルがマーファ神殿が抱える孤児院を抜け出すと聞いたからである。
一年前の事件で彼らを育てていた孤児院は焼失し、マーファに引き取られることになった。しかし、どこからともなく漏れたファラリスの息がかかっている子供たちという噂が広まり、表面的には穏やかな孤児院ではあったが、一歩神官達の目の届かないところに行くと子供同士のいじめが横行していた。
アドルはガキ大将を気取れる性格であったが、暴力によって反撃することはなかった。それは神官たちの目が光っていたこともあるが、自分たちの味方と思っていたシェルが麻薬を使って自分たちを縛っていた事実を知って信じていたファラリス神の怖さに気がついたからでもある。味方さえ自分の成したいように縛ることさえ認める存在ということに。
誹り、蔑みを受けても、暴力によって対抗しても解決にはならないと気がついた彼は、この期を逃してはいけないと感じていた。それは親友のリンへ要らぬ迷惑をかけないという思いもあったからである。マーファの教えは彼らに別の安らぎを与えていたからでもある。
泣いて自分を頼る妹弟たちをなだめ、少しでも嫌な思いをしないためのアドバイスで切り抜けていた。しかし、大人たちの中にもマーファ信者とは思えぬ行いをする者も少なからずいて、彼のアドバイスも無駄になることが多かった。
慈愛を呼びかける信者と、それを建て前にしか扱わぬ信者を目の当たりにしたアドルは、次第に希望を持てなくなった。それと共にマーファ神殿の孤児院を抜け出したい衝動にかられることが多くなった。
「水のようにあれ」
そんなある日、些細な失敗から神官に「これだから暗黒神を崇めていた奴らは」という罵声を浴びせられた。怒りを堪え、ひたすら頭を下げるアドルであったが、彼の脳に直接響く声があった。それは久しく聞いていないファラリスの声である。マーファの孤児院に来てからは祈るまいと誓った神であった。
「こんなところに居たくない」と自由を渇望する心が、神に聞き届けられたのだ。
嫌な思い出も同時に沸き上がったが、不思議と安らぎも感じていた。
アドルは神の言葉を自分なりに解釈して、この孤児院を抜け出すことを決意する。器によって形を変えられる水のように、形が気に入らなければ別の器を探せばよいと判断したのだ。
脱走は容易であった。振る舞いが優等生ともいえることを続けていたため、心優しき司祭を騙すことは容易であったのだ。食料と毛布を盗み出し、彼らはオランの街に消えていった。事前にそのことを聞かされたリンも、それに加わって。
彼は何度も止めるように説得を試みたが、住みづらい孤児院の現状を聞かされて何も言えなくなってしまう。
そのうち、リンの方が説得される形になり、二人で働けば妹弟たちの食料はなんとかまかなえるだろうと丸め込まれてしまったのだ。
リンも奉公先で仕事のノウハウを身につけはじめていたので、自分でも働けるという思いが、アドルの言葉に乗せられる土台を作っていた。
しかし、世間は厳しく、成人にもならないアドルやリンを雇うようなところはなく、またあったとしても小遣い程度しか給料がもらえないというところしかなかった。それでは妹弟たちを食わせることはできないのだ。
盗み出した食料も尽きかけ、いよいよ後がない状況に追い込まれた。一部屋だけなんとか借してもらった宿も、その代金をまかなう金も続かなくなってきた。スリをして稼いでいたのだが、それもシーフギルドに感づかれ動きがとれなくなる。場所を変えたりしても、シーフギルドが明らかに自分たちを探っていることが判り、働くことができなかった。
結局、シェルから聞いていたファラリス信者の集まりに出かけ、助けを請うことしか残る道は残されていなかった。
そして、ドロルゴの部下と接触を果たし指令をもらうことになる。
リンは落ちていくアドルをなんとかして止めようとしたが、彼の知恵ではどうすることもできなかった。いけないと知りつつも、腹を空かせ、寒がる彼の妹弟たちを見ると助力してしまうのであった。母であるレスダルに相談するということも考えたが、この歳になってまで母を頼らねばならない自分が悔しく、どうしてもそれはできなかった。仲が良かった冒険者の友達もいたが、このところ姿を見せず、頼ることはできなかった。
結局、一人で抱え込むことになり、アドル同様に落ちていくことになる。ファラリス神がかけた言葉の水のごとく。
「リン、お前は帰れ」
なんとかして殺人だけは止めたく、説得を試みていたリンに、アドルは厳しい口調で言い放った。
「今まで、本当にありがとう。心から感謝している。でも、ここまででいい。ここからは俺一人でやる」
「なんだよ、そんなこと言うなよ」
「友達に人殺しの手伝いなんてさせられない」
「引き返そうよ」
必死に止めさせようとするリンに、アドルは彼を突き飛ばす。
「もう戻れない。決めたんだ……」
それからしばらく、リンとアドルは同じようなことの言葉を繰り返した。
「本気か?」
「ああ、本気だとも。お前を放ってなんておけない。……それにリオやニルたちを見捨ててなんていけないよ」
リンは覚悟を決め、アドルと一緒に行くことを誓ったのだ。殺人という経歴と親友とその妹弟たちを天秤にかけ、リンは後者を選択したのだった。
人を殺めることの重さを認識できない年頃であったというのもあっただろう。妹弟たちの住処と食料を確保する引き替えなら殺人も正当化できると考えていたかもしれない。
二人は、エルサーク上級騎士を殺す決意を固めた。
毒を塗った短剣は深々とエルサークの身体に突き刺さっていた。見事に鎧の隙間を突いていた。
エルサークの家の前で待ちかまえていたのはユングだけではなかった。ラザラスとの会話の中で、事の中心人物が誰であるかに気がついた彼女はエルサークにシャウエル釈放を嘆願するつもりであった。エルサークを呼び止め、話し始めたときに二人の子供が現れたのだ。どこにでもいるような子供であった。
丁寧な言葉で話しかけてくる二人に、エルサークもユングも警戒はしていなかった。
それが突如、短剣を取り出すとエルサークに突き刺したのである。不振な動きを察知したユングももう一人の子供に突き飛ばされていた。ジャングル・ラッツと名乗る三人組は、ユングより十分なくらい下がっていたため対処が取れなかった。
エルサークはすぐに抜刀して、子供に斬りかかった。だが、傷口の痛みで思うように振れない。まだ動けると彼を見て、子供の一人が暗黒語を唱えた。
するとエルサークの大腿部から血が流れ出す。
「そいつを殺せ!」
自らは動けないと悟るとエルサークはユングに命じた。それを聞いたユングは、立ち上がるとすぐさま抜刀し、突き飛ばした子供に斬りかかっていった。
「その子たちを捕まえて」
斬りかかりながらユングは後ろにいるジャングル・ラッツに命じる。彼女の言葉を聞いて彼らも子供たちを取り押さえるべく動き出した。
牽制的に振るわれるユングの剣を短剣でかわしながら、なんとか逃げようとする。それを見て、もう一人の子供が手を突きだして暗黒語を唱える。衝撃派が生まれユングを突き飛ばした。
「逃げるぞ」
二人の子供は裏通りへと続く道を目指した。しかし、彼らが目指しす方向には数人の大人たちが居た。
「リンっ」
その大人たちの先頭にいた女、レスダルは自分の息子の名を呼んだ。
その息子たちに向かって、女衛視がサーベルを振り上げてかけてくる。その向こうには膝をついている騎士の姿が確認できた。
「ブローウィン、アルフォーマ! その子たちを捕まえて!」
ユングが部下たちの姿を見つけて叫んだ。
<つづく>
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