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No. 00077
DATE: 2000/03/04 00:14:26
NAME: マーティン&ミゲル
SUBJECT: フィールドノート
私は偶然にもジプシー達の裁判という物を目にすることができた。 知識神ラーダよ、感謝いたします。
縄でテーブルにぐるぐる巻きにされている彼は、どうやら宝石を盗んだんだと、通訳に雇ったジプシーの商人ミゲルが話してくれた。
あの聖衣(?)を纏った人たちが裁判官で、これから「パンの裁判」という儀式をするそうだ。
なるほど。 これも私が求めているジプシーの伝承の一つなのかも知れないな。 しばらく拝見させて貰うとしよう。
私とミゲルは、儀式を見守るジプシー達に混じってしばらくその様子を観察することにした。
従者らしき女が黒灰色のパンを4片とチーズ、なにやら瓶に入った白い粉(あとで尋ねたところ、これは清められた塩だという)、
いくつかのラードの固まりをトレーに乗せて持ってきた。
聞くところによると、儀式とはある呪文を唱えたあとに、パンとチーズを飲まされるらしい。
そのパンには聖句や祈祷文が刻み込まれており、
被疑者がパンとチーズを嚥下できれば無罪、できなければ有罪となるらしい。
ふむ、その様なことで有罪、無罪がわかるものなのかは甚だ疑問ではあるが、これは記録に値するかな。
中央の裁判官らしき男がパン3片と塩3摘みとラード3片を取り出す。
そして、強い火を熾してその上に置き、人を少し遠ざけて次の言葉を唱える。
汝、盗人のためパン、塩とラードを火の上におけり。
其は、汝の罪と放縦の故なり。
汝の肺の臓、肝の臓、心の臓の上に其を置かん。
其は汝にあたかも死に至らんまでの大いなる苦痛を与えん。
汝が盗みし物を元の場所に戻すまで苦痛は絶え間なく続かん。
人々の見守る中、彼はこの句を3度唱え、そのつどファリスの御名を唱える。
そして、奇妙な叫び声を上げて暴れる被疑者の上に最初の真っ黒に焼けたパンとラードを乗せる。
彼は苦痛にのたうち、頻りになにかを叫んでいるようだが、一体何を言っているのかは私には判らなかった。
そして、2番目、3番目のパンとラードが乗せられる。
その度に彼は叫び声を上げてのたうちまわり、ついにはテーブルごと倒れてしまった。
私は止めに入りたい衝動に駆られたが、その様なことをすれば彼らすべてを敵に回すことになるだろう。
これからの道程を考えると、それだけは避けなければならない。
どうやらミゲルもそれを察したらしく、私の方を見て首を横に振る。
私は心を落ち着けてぐっと息を呑み、観察を続けることにした。
裁判官はテーブルごと倒れ込んだ彼の戒めを解き、聖句の刻まれたパンとチーズを彼に差し出してと語りかける。
「さあ、誓約の聖句を唱えよ」
彼は震える声でその言葉に応え、誓いと祈りの聖句を唱える。
「…このパンの1片よ、我に死をもたらせ。 もし、われが真実ならざることを述べたならば」
最後にそれだけいうと、彼はしかめ面でパンとチーズを一気に口に含む。
微風が吹くこの路上は、時が経つに連れて重苦しい雰囲気に包まれていく。
裁判官達は彼の様子を窺いながら、なにやら呟いている。 あれは問い質しているのだろうか…?
辺りは静まり返り、儀式のクライマックスを見守る。 だが、時折馬の嘶きだけは聞こえてくる。
そして、突然の変遷が訪れた。 どうやら彼は答えることもパンを嚥下こともできなかったようだ。
3人の裁判官達はそれぞれ剣を構え、逃げだそうとした彼を貫く。
彼の赤く灼けた胸と脇腹から銀色に輝く剣が突き出ると、彼は力無く膝をつき、虚ろな瞳で私たちを見つめる。
剣が引き抜かれると、彼はうめき声を上げて路上に倒れ込んだ。
周りのジプシー達もさすがに目を背け、ゆっくりと持ち場へと帰り始める。
私もさすがに正視することができず、顔を背けて、ミゲルに宿に戻ろうと提案した。
宿に戻った私は、先ほど見聞した内容を羊皮紙に書きとどめる作業を始め、ミゲルにはその後の様子を探ってきてくれと頼んだ。
それにしても、なんという迷信的な裁判なのだろうか。 ファリスはこのような裁判を許しているのだろうか?
それとも、ファリスの裁判とはこのように行われるだろうか……?
私はそれについて見たことがないので、ここで結論を述べるわけにはいかないだろう。
ただ、ありのままを綴り、街へ戻ることができたならば、これらの結論を導き出したいと思う。
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