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No. 00078
DATE: 2000/03/06 02:49:16
NAME: メルトラム&ナイン
SUBJECT: 出会い(496年6月)
ベルダインの市街、中央よりも少し西側にイロンデールの名が掲げられた建物がある。商人の家という割に、商売気の感じられないほど簡素な(といってもけして質素なわけではない)つくり。手広く商売を行う傍ら、骨董や古代王国の品を扱うことに力を入れているとか言う商売柄の所為か、塀の上部、所々に施されたレリーフは見慣れないものが多い。季節は初夏。刺す日差しはまだ白く、紗がかかったように穏やかで、白く塗り上げられた壁はその光を受けてさらに眩しさを増す。
(こういう家って、無駄にでかいよな)
少年はその壁を見上げ、腰元の剣に手をやった。表からは入って来ないようにと言われた通り、思い切って裏木戸を開ける。彼の気合に答えてか、あまり愉快とはいえない音を伴った確かな手ごたえ。一時を置いて一枚の板をはさんだ向こうから、人の倒れるらしい音が届いた。
依頼人が何か言っている。少年を含めた数人が、ベルダインからロマールへと旅をする商隊の護衛につくことになっていた。話にしか聞いたことのない山賊や、盗賊が頭の中を跋扈する。うつむいた目を少し上げれば、くすんだ金髪の子供と目が合う。体格のいい依頼人から較べれば、折れそうな体つきの末の子供が、今回の旅に同行するのだと言う。
学を付けさせる為とか何とかで、ロマールへ連れて行くのだそうだ。左眼の上に湿布された白布が痛々しい。先ほど扉を開けたときの衝撃を手のひらに思い出しながら
(いきなり依頼人の子供怪我させちゃあ、やばいよなぁ。報酬から引かれたとして・・・)
頭の中で皮算用。気がつけば、当の子供に凄い目で睨まれていて、少年は再び頭を伏せた。
少年の名をナイン、このとき満16歳。駆け出しの冒険者。これが彼のはじめても仕事だった。
どうも徹底的に、嫌われてしまったらしい。ナインは冷や汗をかきながら、馬車の一つへと近寄る。年頃が同じだからと依頼人に頼まれて、時折声はかけてみるものの反応はない。
(女の子って苦手なんだよな)
気休め程度にかけられた仕切りの布に手をかけようとしたところで、思わず顔をそらす。頭のすぐ隣を分厚い本が通り抜けていった。馬車の内から舌打ちが聞こえる。
「変だな・・・・当たらなかったか」
呟きながら、本を拾い上げ、こちらに向き直ったのはメルという(確か依頼人はそう呼んでいたはずだ)少女。そういえば声を聞くのは初めてだったと改めて思い出す。意外に低い。肩を過ぎるほどに伸ばした髪を無造作に一つに束ね、本の痛み具合に眉を潜める姿は少年のようでもある。
「あの、メル・・・・さん?」
「左眼を狙ったんだ」
「・・・?」
「お前がよけなければ、私にぶつけてくれたのと同じ場所に当たる予定だったんだが」
片手に持った本を検分し、つまらなそうに埃を払う。既に後ろを向いて馬車の中へと帰っていく彼女の後姿を見送りながら、ナインは心中で、可愛くねぇと呟いた。口に出さなかったのは、もちろん二度も本をよける苦労が厭わしかったからである。
二日後、彼らはたった二人で街道から逸れた森の中にいた。
「なぁ、北ってどっちだと思う?」
「知るか」
問い掛けても相変わらず、相変わらず愛想の無い返事しかしないメルを横目で見ながらナインは溜息をつく。昨晩、なにやら父親と口喧嘩をし、飛び出した彼女を追った結果がこれだ。急斜面の下から聞こえる声を覗き込んだとたん、ナインの視界は反転し、気がつけば崖下にいた。誰も向かいに来る様子が無いのを確認して、そにかく崖に沿って進もうと歩き出す。朝の近付いた今では、もはやその崖すら影も見えない。つまり、迷った。二人の体力も限界に近い。青い顔をしながら、それでも強がって平然をした表情を保っているメルを見てナインは舌を巻いた。
(金持ちのひ弱な嬢ちゃんかと思ったけど、結構やるじゃないか)
転落したときに傷つけたらしい頬に手をやりながら、呟く。その途端その傷がじくりと痛んだ。気配に気がついたのか.前を歩くメルの振り返る気配がする。ちょっと擦り剥いただけだと言うと、
「馬鹿か、お前は」
押し付けるように座らされ、手当てをされる。
「砂が入ったままでも良いなら、放っておくがな・・・少し痛むぞ」
「え?・・・・て、イテ!痛いって!」
「騒ぐな!五月蝿い!黙れ!」
それでも騒ぐナインを、メルはあきれたように見下ろした。
「痛かったら、手を上げろ。騒いで顔を動かすな。酷くなっても知らんぞ」
素直にさっさと手を上げるナインを尻目に、
「まぁ、別にお前が痛かろうが知ったことじゃないから治療は続けるが」
「〜〜〜〜!!」
やたら痛いのだとか無神経だとかそういうことは別にして、とナインは考える。仮にも良家の子女がなんで薬草に詳しいのだろう。不思議に思って尋ねてみる。
「本で読んだからな」
揉んだ木の葉を傷口にあてがいながらメルが答える。
「・・・おいちょっと待て、本で読んだだけなのか?」
「気にするな。物覚えだけは良いんだ。毒にはならん・・・多分」
絶句するナインに向かって曰く、幼い頃から教師をあてがわれ勉強をさせられたのだそうだ。所詮商売に役立てるためだけの知識でしかないがと、一瞬、憂いを含んだ表情がよぎる。
「学ぶことは嫌いじゃない。うちが、古代王国の品も扱ってるのは知ってるだろう?ベルダインの私塾ではそういうことに詳しいのがいなくてな、それでロマールへいく.・・・本当は魔術の勉強がしてみたい。そういったら、怒鳴られた。昨日の喧嘩はそのせいだ」
「俺の家じゃ考えられないな。そういう堅実さって言うか、大体勉強なんて嫌いだし・・・」
大体、冒険者自体かたぎの商売じゃないから。苦笑しながら呟くナインへ視線もくれず、メルは話し出す。イロンデールと言う一人の冒険者の話を。彼は貴族の家を出奔した異色の人間だったらしい。「燕」の異名で呼ばれたその冒険者は魔術と剣を使い冒険を続け、遺跡を探索して回ったと言う。彼の冒険の成果を、つまり、遺跡から持ち帰った品々を買い叩かれた彼は、初老に達すると冒険から手を引き店を構えた。冒険者たちの命をかけた冒険を正当に評価することを忘れないようにと、その商家には今でも彼の名が掲げられて
「今では冒険者なんぞと言う顔をしてるが、まぁ、おかげで貴族みたいな親戚とは仲は悪くない。冒険者のほうがただの阿呆でいられるだけまだましかもな」
数年後のナインにはそれが、特有の励まし方だとわかるのだが、このときはむっとした。文句をいってやろうとメルをみて、ナインはようやく気付く。彼女の体力の限界が近付いている。気をつけて聞いていれば、会話の合間の息継ぎに紛らせて苦しそうに息をついている。がさり、と緑がゆれたのはそのときだった。次いで獣の匂い。早口で断わって連れを抱きかかえ、音と反対に向かって走り出す。
後に、知識よりも野生の勘だといわれた如く、半刻後には街道に戻っていた。
報酬は危険手当と依頼人の好意とで、倍近くに上乗せされる。もともとそう高くない報酬であったにしろ、なにやら悪い気がしてナインは早々に依頼人の前を辞した。結局ロマールに戻ってきちまったと呟きながら、自分の育ったところとはあまりにも違う雰囲気に気分が落ち着かない。街道をはさんだ街の北側は瀟洒な屋敷の立ち並び、ごちゃごちゃとした彼の出身地と同じ街なのだとは信じられなかった。こざっぱりとした裏庭から外へ出ようと扉を探す途中、呼び止められて振り向いた。旅装束とさほど変わらない身軽な格好をしたメルがテラスから顔を出している。
「私は数年はこちらに滞在する。また会うかもな・・・お前、名前は?」
「俺はナイン」
「そうか、私はメルトラム。ヴィクトー家の末弟だ。今度会うときまでにそのふざけた呼び名は訂正しておけよ」
・・・・・男だったのかと呟いたら素焼きの壺が落ちてきた。
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