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No. 00079
DATE: 2000/03/06 03:40:08
NAME: ナイン&メルトラム
SUBJECT: 剣と知と(500年11月)
「次、どっちだ?」
山の斜面を上りながら後ろを歩くメルトラムに尋ねる。
メルトラムは立ち止まって辺りを見回し、方角を確かめてから短く、そっちだ、と上り続ける方ではなく、少し下る方の道を指さした。
「分かった。」
そして再び歩き出す。邪魔な枝を払いながら。お互い、口数は少ない。
俺がメルトラムと出会ったのは4年前。俺が16、あいつが13の時だった。奴は、護衛にあたったある商人の末の息子だった。それから、どういうわけか・・・まぁ色々あって、結構つるんでいたりしたのだけれど。
それが、学院をやめさせられたのをきっかけに家を飛び出した。家を出て、自分で学院へ通って魔法の勉強を続けようとしたらしい。全く驚くほどの知識欲だ。勉強しなくていいなんて、俺なら逆にもろ手をあげて歓迎したいほどだが。
だが、現実は厳しく、メルトラムは食べるのに精一杯という状況に陥った。その頃の奴は、なんというかこう、生きる目標を失った、というような雰囲気で、お得意の毒舌もしばらくなりを潜めた程だった。人一倍矜持が高い奴だから、俺は努めて何も気づいていないふりをしたけれど。
だから、俺はメルトラムが薬草に興味を持ち始めたのを嬉しく思った。つらそうに生きている人をみるのは、俺もつらいから。
そうして、「山に行く。ついて来い。」の一言で薬草採取につきあわされて以来、俺は護衛代わりに薬草採取に同行するようになった。山に入ると、普段から鍛えているつもりの俺でも、普段使わない筋肉を使うためか、鍛錬不足を痛感させられた。それに、薬草のこともあるが、山の地形、山歩きの方法、動物の習性などの知識を得、色々な経験も積むことができた。まるで、小さな冒険をしているようで、面白かった。
そして今日も何十回目だかの薬草採取にきているわけだ。
選んだ道は、日中でも日のあたらないような、じめじめした場所へ続いている。空気が冷える。今度探している薬草は、シダ系か何かなのだろうか。
「痛ぅ!」
ぼんやりした途端にこれだ。枝を払い損ねて、枝が腕をひっかいた。青い上着を破り、腕に血がにじむ。舐めていると、後ろからぶっきらぼうな声。
「これを使え。唾液より消毒作用がある。」
渡されたのはドクダミの葉。それを揉んで、傷口にあてる。こういった小さな傷の場合、化膿することのほうが失血よりも痛手なので助かった。俺は職業(?)柄、生傷が絶えないので、メルトラムにはつくづく世話になっている。もちろん、メルトラムは知識や能力だけの男じゃないが。
「呆けている暇があったら早く歩け。でかい図体で道を塞ぐな。」
こんな、口の悪さもあるし。
「・・・こんなものかな。」
メルトラムが、根を痛めないように丁寧に薬草をとり、汗で金髪が張りついている額を腕の汚れていない部分で拭う。俺は一度、薬草をひっこぬいてしまってから、その作業には触れさせて貰えない。そのため、メルトラムが作業をしている間は辺りの草木を調べたり、動物の足跡なんかをみつけたり、あるいは木や崖を登ってみたりなんかする。
「終わったぞ。いつもいつも、そわそわと落ち着かんな。少しはじっとすることを覚えたらどうだ。」
独り言の次はこれだ。お前もその口の悪さをどうにかしろよ。
「暇なんだよ。何もせずにいるなんて、時間が勿体無いだろう。」
「減らず口を。」
「・・・お前もな。」
「何か言ったか?」
「いや、別に。」
口喧嘩で勝ったことはないので、喧嘩になる前にそうそうに引き上げる。昔はいちいちくってかかって、殴り合いの喧嘩になったこともあったけれど、今となっては懐かしい思い出だ。
「では帰るぞ。」
「休まなくて大丈夫か?」
俺はともかく、メルトラムは作業で気を張り続けていたので、そう提案してみる。
「早く帰らないと日が落ちる。それに、どうせ休むなら帰ってからゆっくり休む。」
「・・・そうか。じゃあ帰るとするか。」
そして、二人してさほど多くはない荷物を持って、山を下り始めた。
夕刻。
これならばなんとか日が落ち切る前に街へ戻れるだろうと、そう計算したときだった。脇の茂みの奥から、何かが動く音がした。最初は小さく、徐々に大きな、複数の音。
「来るぞ!!」
そう叫びながら、剣を大きく横に振るう。狼だ。
飛びかかってきた一匹目の胴を薙ぎ、メルトラムと背中を合わせる。メルトラムもまた、一撃目を躱し、ショートソードを構えている。
その数、残り3匹。幸いなことに群れというほどの群れではないようだが、起きたばかりで腹を空かせている。
じりじりと、周りを睨み付ける。前に一匹、後ろに二匹。少し体をずらし、後ろにも対処できるようにする。少しいったところに、開けた場所があった。そこまで行けば、なんとかなるだろう。背中のメルトラムも、いくらか剣が使えるから、一匹ならなんとか防ぎきれるはず。
一方、狼たちは、俺たちの前後を挟んでチャンスを伺っていた。俺たちが一歩進めば一歩退いて。それを利用し、広場へ近づく。一歩、また一歩。
もう少しで広場だと言う所で、狼たちが姿勢を低くする。これ以上動けば、それを合図に飛びかかろうとしているかのように。仕方なしに、足場が良いとは言えないものの、先ほどよりはいくらかましな場所で、狼を迎え撃つ。そう決めたのと同時に、狼たちは一斉に飛びかかってきた。
暗黙の了解のうちに、数の多い方を引き受けに体を入れ替える。噛み付いてきた一匹を盾で弾きとばし、もう一匹を剣で殴りつける。メルトラムも、狼に一撃を加える。しかし、どの狼も着地すると同時に再び攻撃をしかけてくる。
今度は一匹を切り倒し、残る一匹を、と思った時だった。目の端に、新たな狼がメルトラムの方へ向かって横、俺の左手、メルトラムの右側から矢のようにつっこんでくるのが見えた。メルトラムは、目の前の狼で精一杯で、それに気づいているような気配ではない。
間に合わない!
残った一匹がこちらへ飛びかかってくるのは捨ておいて、メルトラムと新たな狼の間に体を滑り込ませる。そして走る、右腕の激痛。
「ナイン!」
「構うな!」
大声をあげてこちらへ振り返ろうとするメルトラムをおしとどめる。新たな一匹の攻撃はなんとか防ぎきれたものの、右肘には狼がくらいついたままだ。仕方なしに、盾を牽制代わりに一方の狼へ投げつけ、予備のダガーで腕にぶら下がった狼を仕留める。
右腕は、なんとか無事だった。
と同時に、メルトラムも目前の狼を倒したらしく、最後の一匹は形勢不利と見て逃げ出していった。
・・・助かった。
ふぅ、と息を吐いて辺りを見回す。どうやら他に隠れている狼はいなさそうだ。とはいえ、近くに群れの本体がいることは十分考えられるし、血の匂いに他の獣が集まってこないともかぎらない。早々に移動した方がよさそうだ。
そう考えていると、同じく荒い息のメルトラムがこちらに向き直り様、俺の右腕をひっぱる。
「いてぇ!!」
しかし、メルトラムはそんな俺の抗議の叫びにも耳を貸さずに傷の具合を調べている。
「・・・・・・・・・・・・・詳しくは分からないが、筋も神経も無事のようだ。運が良かったな。」
そして、こういいながら、肘の少し上を紐でしばり、水袋の中身を肘にぶちまけ、先ほども世話になったドクダミの葉と、止血効果のあるタバコの葉を揉んで傷口にあてた。そして、清潔そうな白い布で肘を丁寧にくるむ。
「街に帰るまで、できるだけ動かすな。」
いつもよりぶっきらぼうに、きつく吐き捨てるように言う。
「お・・・おぅ。ありがとな。」
怒ったようなその口調に、少々たじたじとしながら俺がそう言うや否や、まるで俺の言葉が引き金になったかのように、きっ、とつり目気味の目で俺を睨み付け、凄い勢いでまくしたて始めた。
「何故私をかばった。うまくいく自信がないなら私なぞかばうな!」
「そ、そんなこと言ったって・・・。俺の方が丈夫なんだから、いいじゃないか。」
「そんな問題か!」
そう、怒鳴るメルトラムの顔は、紅潮するどころか、血の気を失って一層白さを増していた。手のひらに爪をくいこませるほどに手を握りしめながら。そして、吐き捨てる。
「かばわれるくらいなら、死んだ方がましだ。」
この言葉には、さすがに切れた。まるで、全てを拒絶されたみたいで。魔術への道を失ったときのように、何もかもがこいつの中で価値をもっていないようで悲しくて。
「馬鹿野郎!!」
俺が怒鳴ると、メルトラムは一瞬びくっ、としたが、それまでにも増して、冷たい火のような目で睨み付けてくるだけだった。
「あのままじゃお前、腹をやられてたかもしれないんだぞ!」
「そんなのお前に関係ないだろう!」
「関係なくなんかない。二人ともが生き残れる最善の道を、俺はとったつもりだ。俺は、お前が怪我をするのを黙ってみてなんかいられない。」
後から考えると、顔から火が出るほど恥ずかしい台詞だったと自分でも思うが(ひょっとすると、メルトラムが黙ったのもあまりに俺の台詞が恥ずかしかったからかもしれない)、この時俺は、必死だった。・・・俺は、剣を振るうこと以外、とても苦手だったから。
「・・・俺はお前が怪我をしても、助けてやれない。俺はお前みたいに薬草に詳しいわけでもないし、ちゃんとした手当ての方法を知ってるわけでもない。俺ができることは、お前が怪我をしないようにすることだけなんだ。」
勢いづいて、口を滑らせてしまった俺の本音。コンプレックスみたいなものかもしれない。話している途中で、恥ずかしくなって、じっと俺を見上げるメルトラムから目をそらす。薄茶色の瞳に、なんだか心の奥まで見透かされそうで。
ただ、俺はこいつと対等でやっていきたいと、思っていたんだ。
気まずい雰囲気が流れる。落ち着かなくて辺りの森に目を移す。興奮していて聞こえなかった、木々のさざめきが耳に届く。改めて、空気の冷たさに気づく。顔が火照っているから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
少し落ち着いたので、ちらり、とメルトラムの方を見ると、奴は先ほどまでの刃のような気配をひっこめ、ほんの少し、笑っていた。
「・・・何笑ってんだよ。」
「いや、別に。」
すると、奴は口元の笑みをいつもの皮肉屋っぽいものに変え、不敵にこちらを見上げる。「ま、まぁ、なんだ。手当て、ありがとよ。それから、心配かけて悪かった。」
俺が、ばつの悪さを感じながらそういうと、メルトラムの奴は、ふん、と鼻で笑ってこう言った。
「ここで死なれたら寝覚めが悪いからな!」
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