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No. 00080
DATE: 2000/03/06 07:03:10
NAME: カパドキア
SUBJECT: 穴倉から陽を見る蜥蜴
かつーん。かつーん。かつーん―――
今日も、薄暗い岩室のむこうから、湿った岩とつるはしが、がなり合う音が響いてきやがる。
物心ついたときから、俺ぁ、この音を子守唄代わりにしてきた。
ゴーバの最下層、『石の層』。ワイアットの山にへばりつくように存在している街の、一番日の当たらない、天から見放されたような場所。山の斜面の上の『階層』を見上げるのもうんざりする、谷あいのなかのそのまた、地面の中に、俺は住んでいる。岩妖精のおっさんどもが、地面を穿って早何年。崩れてほうって置かれた個所に、申し訳程度に木材で壁を固定し、ランプのための安モノの獣油の臭いのこべりついた部屋に、俺は住んでいた。
固いベッドにねっころがりながら、4つの曲がりくねった鉄の輪と小さな歯車を、先の曲がった針金をつかって、かみ合わせたり、逆に外したりと、もてあそぶ。もう、何百回となくやっている作業だ。目を瞑っていたってできる。しかしこれを欠かす日はねぇ。カムやリンク・・・鍵にある機構が、この小さな、一見知恵の輪とでもみれるような、のたくった鉄の線に凝縮されている。 以前しばらくいたことのあるザーンを離れるときに、友人から餞別に貰ったものだ。感覚を失わないための練習にはもってこいだと。ったく、もっと気の利いたモンよこしぁいいのに。
習慣となっているそれを放り出して、ポケットにしまいこむと、俺はあくびをして、けだるげに起き上がった。ベッドの脇には、バックパックがおいてある。中身を確認するでもなく俺はそれを、引きずるようにもちあげて、部屋を後にした。
カツーン。カツーン。
部屋から去る俺に、岩を削るその音が気を止める様子は、まったく無かった。
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俺ぁこの街の、穴倉のなかで生まれた。
俺を育てたのは、爺ぃと、その周りに集まる、日ごと顔の入れ替わるドワーフのおっさんどもだった。爺ぃは、この街の鉱山ギルドの、居候だ。
爺ぃが小さかった頃は、工夫の生活は、そりゃあもう、酷いなんてモンじゃなかったらしい。ほとんど日の光の元には出ず、寝るときと食うとき以外は、つるはしを握り、鉱石をトロッコに積み上げ、何人もで汗だくになって押し上げて運んでいた。それを一日繰り返したところで、やっと食えるほどのはした金しか手には要らない。しかし、鉱石は一束三文で買い叩いたやつは、それを精製して製品にし、甘い汁をすする。
落盤で死ぬ者、そうでなくても粉と埃で肺をやられる者は、後を絶たなかった。
そんなんだから、鉱夫どもが不満を募らせて、雇い主に対して反乱を起こすのも仕方がない。爺ぃはそのときに、よくは知らんけど、死んだやつの骨見せながらアジやったりして、中心的な立場にいたようだ。周りのドワーフどもは、そのときの活躍を覚えているからか、いまだに、俺によくしてくれる。お世辞にも人相のいい子供たぁいえなかったが、岩妖精どもに、人間の美意識は関係ねェらしい。その爺ぃも、俺が生まれるちょっと前に粉塵爆発にやられて、左脚が既に無い。同じ事故で、父母は死んでいる。
で、今は爺ぃは、鉱山ギルドの『発明部門』ってのにいて、地質がどうの、探鉱がどうの、せせこましいこと、やってるようだが、動けなくなった窓際の爺ぃにたいした給料はねぇ。だから、貧乏には違いねぇ。 俺も遊び代わりに、ドワーフ連中に混じってつるはしを手にしたりはしていたが、穴倉で石を掘るだけの生活に興味は無かった。いつか抜け出してやろうと思ってた。
食いモノを買うために、穴倉から出て、山にへばりつく街の、階段の上のほうを見上げる。遥か上のほうで、白っぽい屋根が光を反射している。・・金持ちどもの住まう、『金の層』だ。煤けた石に覆われた灰色っぽい『石の層』や、製鉄の煙の上がる『鉄の層』とちがって、下の方からでも、一目でその違いがわかる。さすがにその名前どおりにきんぴかってわけじゃないが、こぎれいな白い壁に覆われた町並みは、黒く煤けた下の層とは、一見して異なっている。その上に聳え立つ王侯サマの住む『荒鷲城』にいたっちゃぁ、目に入れたくもねェ。
いつか穴倉生活から抜け出して、俺もあそこに上り詰めてやろうと、子供心に漠然と考えていた。どうやって?とは考えない。ただ、豊かになってやろうという、しみったれた野望だけがあった。
ある日。12か13かの頃か。ふと、『上』のほうへ登ってみようと思った。
別に、用が無ければ、『上』いくもんでもないが、別に止められてもいねぇ。ただ、『上』を見上げながら育った俺にとって、その階段をあがることは、物理的なしんどさ以上の障壁があった。『上』は、常に白い雲に覆われてるものだと思った。
何でいってみようと思ったのかはわからねぇ。ただ、天気がよかったからとか、そんな理由に過ぎねぇ。
『鉄の層』『鋼鉄の層』、そしてその上の商業地区の『銀の層』を駆け上がっていく。見る見る間に、周りの連中の着てる服が、継ぎはぎや煤けのない上等のものになり、家も、崩れていない、ちゃんと屋根のついたものになっていく。そしてその上が、お貴族さまや金持ちのすまわう『金の層』だ。ここは流石に、俺みてぇな貧乏人のガキがホイホイ出入りできるものでもねぇ。しかし、そのときは、階段番のやつが昼飯の交代をしてるすきに、ちょろりと脇からすり抜けて、入り込めた。
周りの様子は、ふつうの街に住んでる奴らだったら、特にふつうの高級住宅街といったものだっただろう。しかし、街の最下層で穴倉生活をしている俺にとっちゃ、そこは別世界だった。
ふと、身なりのいい、同じ年ぐらいのガキどもが、こっちを見てるのに気がついた。ぎろ、と見返してみると、身なりで判断したのか、なんで『下』の貧乏人がここにきてるんだ、トカゲ人間と、やつらは囃したてた。穴倉に住んでるのはやっぱりトカゲか、と指差した。
俺はこう見えても人間だから、岩妖精のおっさんどもとちがって、暗闇の中でも目が自由に見えるわけじゃぁねぇ。薄暗い中で小せぇころからものをじっと見る習慣がついていたから、自然、目つきがぎょろりと悪くなった。
そしてそれ以上に、ひょろりと長い手足と、ひらいた目の感覚から、決まって蛇や、蜥蜴みてぇな印象を、抱かれていて、同じ年齢ぐらいの餓鬼連中からは、会うごとにその外見をはやし立てられていた。だから、岩妖精のおっさんどもと付き合ってるほうが、ずっとよかった。
とにかく、その外見を揶揄されたことより、貧乏人扱いされたのが気に食わなかった。おめぇらと俺の何が違う? たまたまおめぇらは、『上』に生まれただけじゃねぇか。自分が何も努力してねぇくせに、偉そうにいうんじゃねぇ。
そんな風貌で、目をむいたから、奴らは、慌てふためいた。親に言いつけるとかのたまった。穴倉で這ってるだけのトカゲの親と違って、何でもできるんだと。それが更に気に食わなかった。ぷっ、とアタマの奥で、何かがキレルのを感じた。
岩妖精のおっさんどもに混じって、小さい頃から、つるはしを振り上げてたり、岩の塊を運んでたりした俺の腕っ節は、ひょろひょろした金持ち息子に負けるものじゃねぇ。
気がついたら、そのガキの中の一人を、殴打を重ねて動けなくしていた。
俺のお世辞には見れたモンとはいえねぇ顔つきや、つぎはぎだらけにほつれた服が馬鹿にされたのなら、表面だけでせせら笑ってた。ただ、奴らは、親父と爺ぃのことまで、嘲笑った。親の威光を笠に出来なきゃ何も出来ねェ連中に、てめぇらの生活を支えるために死んだり怪我したりした俺の身内のことを、何も言われたくなかった。
そのときは、すっきりしたさ。しかし、オレが暴力に身を任せて散々殴りけししてやったのは、この街の、一応名目だけのとはいえ、貴族のあととり息子だった。『金の層』に薄汚い餓鬼が紛れ込んだのが衛兵の不手際だってこともあって、後からさっそく、追求が穴倉にも下りてきた。
冗談じゃねぇ。なんだって、俺が、あんなドラ息子のために、監獄に入んなきゃなんねぇんだ。こんな街、見限ってやる。
なにもかも、爺ぃの足も、ブラキ司祭のドワーフのおっさんの説教も、鉱山連中にこっそり飲ませてもらう酒も、どうでもよくなった。
そのまま月夜に、俺は、街をおンでた。
逃げた先で、結局おちついたのが、岩の街ってところが、何ともはや。結局、俺ぁ穴倉生活から抜け出せねぇのかと、自嘲する。
アテのねぇ、子供のことだ。ザーンで放蕩して、すぐさま金が無くなって野垂れ死にかけた。盗みで食いつないでたときに知り合った友人に、盗賊連中のねぐらに連れて行ってもらった。やけぇに親切に、奴らの技を教えてもらったよ。なんでかうさんくせぇ、とか思いながらも、メシ食わせてくれるからいいかと思考停止してた。奴らの言いなりになって、街中の睨み聞かせてたり、報告書作ったりして、2年3年と過ぎていった。奴らがボランティアで、見目の悪いガキを拾って世話したわけじゃねぇ。奴らは奴らで、俺の爺ぃが、ゴーバの鉱山ギルドの元重鎮だってこと、知ってたらしい。大方、ザーンの盗賊ギルドが、すぐ北の『盗賊都市』に対抗するために、ゴーバに明るい俺を尖兵にするために訓練してたってことだろう。あるいは単に、爺ぃの知り会いかなにかがいて、手をまわしてたのかもしれねぇ。・・そう考えるほうが胸くそワリィな。
ほとぼりが冷めたところで、俺はゴーバの穴倉に戻った。別に郷里が恋しくなったとかそんな殊勝なクチじゃねぇ。ギルドの友人と喧嘩別れして、居心地が悪くなったところに、知り会いのドワーフが、ゴーバを出ることになった一件は、決着がついたから、と呼びに来たってだけだ。
ゴーバに戻ってみると、鉱石を精錬するときに、高温の炉から立ち上る煤煙が空を相変わらず汚しては、下の層へたちこめていた。ここでは、貧乏人は、青い空を見ることすらかなわない。
『上』に住んでいる連中や、街の外の奴らは、俺たちのこの穴倉から流れでた、鉱石の小さな小さなかけらの混じった水が、毒となって周囲を汚したり、森を枯らしたりするってんで、さかしげに、環境破壊だなどとわめきたてていやがる。
そりゃ、水が飲めなくなったり、土砂崩れがおきたりするのは、不都合だろうけどよ。そういうのを声高に言う奴にかぎって、キレイな空の高台のお屋敷で、絹のガウンに腕を通し、上等のワインを飲みながら、薄ら笑い浮かべてやがるのさ。
おめぇらが使っているフライパンや包丁に用いられてるその鉄が、どっからきてるのか、知ってんのか? 誰がが穴倉の日の当たらないところで黙々と鉱石を掘り出し、運び、精錬してるおかげだろうが。喜んで、水を汚したり土砂崩れ起こしたりしてるヤツぁいねぇよ。おめぇらだって、ナベがなくなりゃ生肉食うしかあるまい。
たとえば、その肉にしたって、育ててきた牛だの羊だのの、皮を剥ぎ、四肢を切断して、内臓を取り除いて、初めて肉になるんだ。動物愛護だのうるさくわめきたててる奴にかぎって、その日は晩飯に、市場で買ってきた、やわらかくローストした肉を食うのさ。その肉がどういう死を迎え、誰がどう手を血にまみらせて、解体していったかってのを想像しねぇんだ。そんで、カワイイところだけ、愛で、美味いところだけ食うのさ。
それを棚に上げて、自分だけキレイなところにいて、偽善者面して、俺たちが環境を汚してるとかなんとか、わめきたててんじゃねぇよ。
そのアタリ想像力が欠けてる連中のアタマほうが、よっぽど爬虫類らしいってモンさ・・・。
じりじりと、懐かしくもない部屋の中で、薄黒い煙を立てて、獣油が燃える。安物の油をすいとる赤っぽい光は、部屋を照らすのに十分ではなく、ただ、どこかむかむかする臭いを漂わせてるだけだ。ぎぃ、と、音をたてて、ちょうつがいの錆びた扉が軋む。
爺ぃが杖引きずりながら、俺んところにやってきた。
爺ぃは、俺にどら息子をやられた貴族に、えらく金をつぎ込んだらしい。元ギルドの御エライったって、自由になる金は高が知れてるし、大体そんな金があったら、最初から俺ぁもっとマシな生活ができてて、こんなにやさぐれちゃぁ、いないってもんだ。
これをもって、オランへいけと、いきなり爺ぃが言い出した。目の前に置いた金袋にはいった銀貨と宝石は、これまでの貧乏は全てこのためのものだったのか、というほどの大した量だった。
オランにある、レックスってぇ地下遺跡。そこに、むかぁし、宙に浮いた都市に住む人間達の生活のための水を、集めてはキレイしてたってぇ魔術師さまが住んでいたんだそうだ。その魔術師さまが、おつくりになったってェ魔法の道具が、そこにあるかもしれねぇ。それを、オランで調べて、探して来い、ってぇことだ。
鉱山から流れる排水は、いろんな小さい金属を含む。水に解けた金属ってのは、生き物にとって毒になる。それが、昔から問題になっては、森妖精とのいざこざが起きたりしている。その微少な金属を取り除くことができれば、排水は無害になる。そのための魔法の道具を、遺蹟に潜って探してもって来いってハナシだ。
俺に、御エライ冒険者様英雄様の真似事しろってのか、と嫌そうにいってやると。
なんでも、鉱山事故で死んだ親父は、冒険者だったんだそうだ。
お袋が身ごもってて、俺を生むために帰郷した際に、事故が起きてしんだってぇな。・・・いまさらンなこというなよ。・・・俺を一生穴倉の中にうずめときたくはないってか。だからって、お宝さがして、怪物に食われてたれ死ね、ってのもなぁ・・・。
理想主義の王子さんの、お望みだかなんだかしらねぇけど。。
いまさら、したり顔で、キレイな自然とやらを訴えてる連中の仲間になれってのかよ・・・けっ。
なんだって俺がいまさら、おクニのために尽くさなきゃらなねぇのやら・・・。
この金もって、ばっくれてもしらねぇぞ。
そういいながら、表面的な思いとは裏腹に、俺の胸のうちは、製鉄場のふいごに煽られた炉のように、熱くなっていた。
なんていうか、そう。
生きる目標ってやつを、与えられた気分だった。
一つ思うのは、ザーンで盗賊ギルドに拾われたってのが 爺ぃの手回しだったというのは、あながちウソでもなかったかもしれねェ。
せいぜいこの爬虫類面に、大仰にかかげられるもんがあるんなら、もって還って来てやるさ。そいつがまぁ、育ててもらった恩ってもんになるんなら、よ。
そういって、俺は、金をつかんで、久しぶりに『上』の商業地区に、足を運んだ。
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いい天気だった。
ワイアットの峰を吹き上がる風が、煤煙やススを巻き込んで吹き飛ばしてくれる日が、年に数回だけある。
昔からここにあった坑道の迷路は、自然、日の目の当たるところで生きられないやさぐれどもたちの住処となった。大昔の・・・そう、古代王国時代っていったっけか、その貴族から逃げだした奴隷どもが、肩を寄せ合って鍾乳洞の中に住んでた。そいつらは、"カパドキアン"ってよばれてた。俺は自分の名前をつけたってぇ爺ぃの顔をもう一度思い出して、毒づいた。所詮どう足掻いたって、穴倉の奴隷は、奴隷のままだってことなんかねぇ。
そう思いながら、しみったれた鉱山の町を後にした。
俺が旅に出て数日後。・・・爺ぃが、死んだ。
無論、旅中にある俺はその理由を知らない。
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