 |
No. 00081
DATE: 2000/03/08 04:57:26
NAME: スイ・リヨ
SUBJECT: 512年3の月8日
「奴だ。魔獣が出たぞ」
「本当か?!」
「ああ。あの目印は間違いねぇ。奴だ」
「そうか……くっくっく。こんなに早い時期に出てきおるとはな」
「やるのか?」
「当たり前じゃろう?今度こそ仇を討ってやる!みんな!予定変更じゃ。ヴァック。詳しい場所を教えろ」
仇?……何の話だろ?
私が皆と猟に出てから4日たった。
ハザード河上流。エストン山脈の麓に広がる森に私たちは来ていた。
すでに鹿やイノシシを数頭しとめた。街で売れば半月はゆっくりできるってみんな言ってた。
だから、もう帰るところだったんだけど……
「…あの、なにかあったんですか?」
「お?ああ、そうか。嬢ちゃんは知らんのじゃったな。この森には魔獣と呼ばれるどでかい獣がおるんじゃよ」
猟師頭のエイフスさんがそう答えた。
魔獣というのは数年前に突然この森に現れた大きな獣の事らしい。どんな動物か分からない。でも、近隣の村を度々襲う事があるらしく、誰が言い出したのか判らないけど「魔獣」って呼ばれるようになったらしい。
魔獣を討とうした猟師がすでに何人も殺されているらしい。
でも、それは……
「それを…どうするんですか?」
「狩るんだよ」
「はぁ?」
「はぁって……………まあいい………ちょっと帰りが遅くなるが、大丈夫か?」
「は?ええ。特に急ぎの用もありませんし」
「そりゃあ良かった。嬢ちゃんも手伝ってくれ」
「はぁ」
その時私は正直、ちょっと気乗りしなかった。
翌日、私は森の東側の木の上にいた。サーリーさんが買ってくれた弓を持って。それぞれに渡された笛。これでお互いに合図を送りあい魔獣を追い詰めるのだ。基本的に今までとやる事は変わらない。ただ、使うワナが大掛かりになっただけだ。
夕暮れが近づいた頃、笛の音が響いた。レイジーさんだ。続いてヴァックさんの笛も聞こえる。そして、エイフスさんの笛。
ワナに追い込むのを失敗したんだ。
ピー・ピピピーー・ピーピ・ピー
こっちの方に来てる?
ピ・ピ・ピー・ピ・ピピー・ピ
見つけても手を出すな。か。出しませんよ。
私は暗くなりかけた森の中に必死で目を凝らした。
木々の合間に……動く影……おおきい……あれが、魔獣……
影が、こっちを見た。暗がりの中でもその赤い瞳がはっきり見えた。
!見つかった!
慌てて木から飛び降りる。振り向くと黒い影は、目の前まで迫っていた。
にげられない!
魔獣は私の前で立ち止まり、そして立ち上がった。
見上げれば首が痛くなるほどの巨体。私の視界はその黒い獣毛に埋め尽くされていた。
魔獣が、ゆっくりと腕を振り上げる。鋭いかぎ爪。
「ふつかよい」とは比べ物にならないほどの息苦しさ。心臓を握りつぶされるような圧迫感。全身から汗が噴出す。
真っ赤な瞳が私を見下ろす。
魔獣と目が合ったその瞬間、何故最初に気乗りしなかったか判った。
彼は、私だ。多くの仲間が殺され、仲間の敵を討つために人を襲い、自らも追われる身に………。
そして、彼の腕が振り下ろされた。
私は、茂みの中に倒れていた。切り立った崖が見える。
そして、私の横には彼が倒れていた。
そうか……あそこから落ちたんだ……。彼と一緒に……。
どういう経緯でそうなったか、よく覚えていない。
彼が、ゆっくりと体を起こした。
彼が私を見る。
私は、体が動かない。
彼が近づいてくる。
皆のところに行くのかな?
目を閉じ、その瞬間を待つ。
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ?
ゆっくりと目を開けると、彼はもういなかった。
崖の上から皆の声が聞こえる。
私は、生きていた。そう、私は生きている。
そう思った瞬間、私の中で何かがはじけた。
目が熱い。笑い声がする。
私は、涙を流し、そして、笑っていた。
どちらも、あの日からなくなったと思っていたものだった。
そうか。これが生きているという事なんだ。
私は生きている。
エイフスさん。ヴァックさん。サーリーさん。レイジーさん。
皆が私の無事を喜んでくれた。私も、皆が無事で嬉しかった。
幸い、私の怪我はたいしたことがなかった。彼の体と茂みが衝撃をやわらげてくれたらしい。
何故彼が私を見逃してくれたのか判らない。
ただの気まぐれだったのか、それとも、彼も私と同じように何かを感じたのか…
そして、一日体を休めてから私たちは帰路に着いた。
偉大なる森の王。あなたはいつまでも闘い続けるのだろうか?
人の世が滅ぶその日まで。私と…私たちと同じように……。
願わくばもう一度彼に会いたかった。
会って、私達の選んだ道が正しかったのか聞いてみたかった。
「…もう一度会いたいな」
私がそうつぶやいたら他の皆が大笑いした。
「またあんな目に会いたいのか?」
そう言われて私も笑い出してしまった。
私はずっと笑っていた。皆が心配しちゃうくらい。
 |