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No. 00082
DATE: 2000/03/10 17:58:46
NAME: ハスハ
SUBJECT: 語る者無き戦場の詩【プリシス戦記】
<主な登場人物>
ハスハ:ロドーリル軍独立遊撃部隊隊長。弩の名手。
モンボル:ロドーリル軍将軍。
ククル:ハスハの部下。冷静沈着な女戦士。
ヴァスケス:ハスハの部下。かっとしやすい性格。
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「ほぉ……ならば、その敵補給部隊襲撃がうまくいったとしても……その功績はいらん……と、そう言うのだな、ハスハよ?」
「は。我らの部隊、目指すはプリシス陥落……ただ、それのみでございます。此度の襲撃にいたしましても、敵の消耗を狙い、戦力を少しでも削がんがため……。なおかつ、敵の補給物資を奪うことで、武器や医療品を補充することもできます。功績など、我らにはどうでもよいこと……。
それに……作戦を認可されるのは、あくまでモンボル将軍。いくら、我らが独自に動くことを許された遊撃部隊とは言え、モンボル将軍の指揮下にあることは間違いありません。もし、女王陛下にお褒めの言葉を頂けるとしても、それは、我々ではなく、モンボル将軍にこそ与えられるべきものかと、私は考えます」
「ほぉ……それは殊勝な心がけよのぉ。ジューネ様もさぞ、お喜びになるであろう」
ハスハは数人の部下を従え、敵補給部隊襲撃作戦の詳細を報告するため、モンボル将軍の待つロドーリル軍本隊の駐屯地へとやってきていた。本来ならば、いちいち報告に来なくても良いのだが、重傷者の容態が悪化し、薬草だけでは追いつかなくなったのだ。それで、真夜中に馬を走らせ、報告がてら、医療物資を分けてもらいに来たのだ。
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本来ならば、いくらハスハの部隊が遊撃隊とはいえ、ここまで補給が滞ることはない。これは、モンボルによる、明らかな嫌がらせなのだ。
ハスハの兄と、モンボルはかつて、将軍の座を争った間柄だった。だが、ハスハの兄の私室から、プリシスからの密書が発見され、反逆者として牢に幽閉されることとなってしまい、将軍にはモンボルが抜擢されたのだ。
当時、親衛隊の一部隊を任されていたハスハは、兄の疑いを晴らすべく、事件の詳細を調べようとしたのだが、新しく将軍となったモンボルにより、最前線の遊撃隊の隊長に降格。さらに、彼の部隊も解散させられてしまったのだ。当時の部下のほとんどがモンボルの本隊に吸収されてしまい、ハスハの部隊は150人ほどとなってしまった。
それでも、ハスハの下には部隊の中でも優秀な者が集った。そのおかげで、なんどもプリシス軍に煮え湯を飲ませてきた。だが、ハスハに手柄を立てさせまいとするモンボルが、幾度と無くその邪魔をしてきたのだ。
補給が滞ることをはじめ、作戦の急な変更や、本隊との共同作戦中における孤立化等、ありとあらゆる妨害が、ハスハの遊撃隊を襲った。いくら歴戦の者が多いハスハの部隊とは言え、そんな状態では満足に力を発揮することも出来ず、一人、また一人と人数を減らし、今では部隊の規模は100人足らずまで落ち込んでいた。重傷者を含めて、である。
そんな現状を打破するため、ハスハは一つの賭に出た。
すなわち、今回の敵補給部隊の急襲捕獲作戦である。
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モンボルはハスハ達を自分の幕舎に通すと、前回の潜入作戦の失敗についての嫌みを、たっぷりと一時間近く言い続けた。それに飽きると、今度は今回の襲撃作戦に難癖を付け始めたのだ。
だが、ハスハが「手柄はくれてやる」という態度に出ると、コロッと態度が一変したのだった。
「ぬはははっ、さすがはハスハ。反逆者の弟だけあって、考えることも姑息だな。儂にはそのような山賊まがいの発想など、逆立ちしても思いつかぬわ。弩の腕前だけではなく、悪知恵も働くとみえる。ぐわーっはっは!」
「………………」
ハスハは黙って、モンボルの前にひざまずいたまま、その暴言を聞き流した。が、彼の後ろに同じようにひざまずいているハスハの部下達は、悔しさのあまり、なかば殺気立つほどであった。
そんなハスハの部下達の様子を、モンボルは傍らに控える黒山のような巨躯の犬の頭を撫でながら、実に嬉しそうに眺めていた。
「まぁ、よかろう。やってみるがいい。お前の言っていた、医療品の補給も許可してやろう」
「は。ありがとうございます」
ハスハは何でもないように答え立ち上がる。彼の部下達もそれにならい立ち上がったが、内心は驚いていた。モンボルの事だから、きっと、医療品の補給も断ってくるだろうと踏んでいたのだ。だがこれで、重傷を負った仲間達を救える。互いに視線を交わしながら、その喜びを分かち合った。
だが……
「ただし、持っていって良いのは一箱だけだ」
彼らの安堵感が染み渡った頃合いを見計らって、モンボルはおもむろにそう答えた。
『えっ!!?』
「………………」
当然、驚きの声を上げる部下達。その驚愕に歪んだ顔を、モンボルは極上のワインを味わっているかのような表情で眺めていた。ただ、ハスハだけが、この展開を予想していたかのように、無表情でモンボルを見つめていた。
「じょっ、冗談じゃねぇぜっ! 俺達はただでさえ少ない補給でやってきてるんだっ! 今だって、キャンプには何人もの仲間が重傷で倒れてんだっ! たった一箱じゃとても足りねぇじゃねぇかっ!」
相手が将軍であることも忘れ、ハスハの部下の一人である背の高い青年がモンボルに噛みついた。
「よさないかっ、ヴァスケス!」
「うるせぇっ! ククルは黙ってやがれっ! そもそも、補給がもっとちゃんとされていれば、ボイヤだって、死なずにすんだんだ! お前だって、そうだろう!? この間の戦の日程が、あんなに急に早まらなければ、潜入作戦も予定通り進めることが出来たんだ! カルルレだって死なずにすんだかもしれねぇ!」
「ぐ……」
思わず、唇を噛むククル。彼女の弟カルルレは、密偵としてプリシスに潜り込んでいた。本来なら、城塞内の内情を報告し、次に潜入するはずだったククルを手引きするのがカルルレの任務だった。
しかし、モンボルの勝手な作戦変更のため、本来、ククルがするはずであった任務……見張りの敵兵に睡眠薬を盛るという任務を、カルルレがしなければならなくなったのだ。薬の調合のエキスパートであるククルから、ある程度の手ほどきを受けていたとはいえ、未熟なその腕では満足な睡眠薬を作ることも出来ず、すぐに敵兵にばれ、その命を散らすこととなったのだ。
「自分たちの失敗を他人のせいにするとはなぁ……。ハスハよ、部下の教育がなってないようだな?」
「は。申し訳ありません」
「医療品の補給にしてもそうだ。我が本隊にも重傷者は何百人もおる。ただでさえ、本国からの補給が途絶えがちなのだぞ。補給部隊長のミアルクとて、吹雪の中、危険をおして補給物資を運んできてくれておるのだ。その貴重な一箱を、お前達に分け与えてやろうというのに、なんだ、その態度は? ん〜?」
全くの嘘だった。実際の所、本隊には医療品は十分な数が揃っていた。それも、そのはずである。モンボルには傷ついた兵士を癒そうという気がないのである。兵士は使い捨てればいい、傷ついた者はそのまま野垂れ死んでしまえばいい、と考えているモンボルには、そもそも医療品などいらないのである。補給部隊のミアルクとて、モンボルの子飼いの貴族だ。ほんの少しの吹雪ですら、行軍をやめ、自分一人、暖かいテントの中で、上等の酒を飲むような輩だ。
もちろん、ハスハをはじめ、彼の部下達にはそんなことはお見通しである。モンボルも、彼らがその事に気がついていることを知っている。知っていてなお、言っているのだ。彼らの神経を逆撫でるためだけに……。
あからさまな挑発だが、ハスハの部隊の中でも、人一倍、血気盛んなヴァスケスには効果覿面だった。あまりの怒りのためか、みるみる顔が真っ赤に染まって行く。それでも、モンボルに斬りかからないだけ、マシと言えるが。
とうとう彼の怒りは、あれだけのことを言われてもなお、なにも言い返そうとせず、無表情に佇んでいるだけハスハに飛び火した。
「隊長っ! あんた、あんな事言われてくやしくねぇのかっ!? 俺はもう我慢が……」
「……ヴァスケス」
「……っ!」
ハスハが振り返り、静かに青年の名を呼び、その目を見つめる。怒るでもなく、たしなめるでもなく、ただ、じっと……。
だが、それだけで、ヴァスケスは何も言えなくなった。やっと気がついたのだ。この中で、誰よりも怒り、悔しがり、そして、我慢しているのが誰なのかを。
「……っ……ぁ…………っ! っっちくしょぉぉぉぉっっ!!」
やり場のない怒りに、ヴァスケスは右の拳で左の手のひらを思いっきり打ち付けた。
「では、将軍。我々は準備がありますので、これにて……」
ハスハはそう言うと、悔し涙を浮かべるヴァスケスの肩を抱きながら、その他の部下とともに、幕舎から出ていこうとする。
そして、その背中に向かって、モンボルが最後の追い打ちをかけた。
「ふんっ、作戦の下準備はしっかりとするんだぞ? この前のような穴だらけの作戦で、年端もゆかぬ少年兵が死ぬのは、心が痛むからな? がっはっは!」
「っ!!」
その言葉に、今度はククルが切れた。彼女は弟のことになると、すぐに感情的になるところがある。
だが、ククルが剣を抜くよりも早く、なんと、ハスハが動いた!
腰に吊している弩を抜き放ちざま、モンボルに向けて引き金を引いたのだ!
『!!?』
その行動に、その場にいる誰もが驚いた。
矢を射かけられたモンボルにしてもそうだ。あまりに予想外の事で、モンボルは身動き一つ取れなかった。
ハスハの弩から放たれた矢は、真っ直ぐ、モンボルの顔面に向かって飛んでいった。
だが、矢は、モンボルのこめかみをかすめると、後ろにある幕舎の柱に突き刺さった。
「……ぁ……ぁぁぁあぁぁ、きっ、貴様ぁぁぁああぁあぁあっ!!」
一瞬、死神の顔を垣間見たモンボルは、その恐怖から立ち直ると、すぐさまハスハを怒鳴りつけた。傍らに控える、黒犬が凶暴なうなり声をあげる。
それを見て、ハスハの部下達も抜刀し、今にも飛びかからんと腰を落とす。
「よくもっ! よくもやってくれおったなっ! とうとう、本性を現しよったか!? ふっ、だが、残念だったな? ロドーリル一の弩の名手も、狙いがそれたとみえる。これも、女王陛下のご加護よ。がははははははっ! 貴様はもうおしまいだっ!!」
だが、ハスハは相変わらず無表情な顔のまま、モンボルの耳障りな高笑いの中で、ぽつりと呟いた。
「…………ベニマダラグモ」
「ん? なんだと? 何を言っている」
そこでようやく、モンボルはハスハが自分の後ろの柱を見据えているのに気がつき、あわてて振り返った。ハスハの部下達も、後ろの柱に目をやる。
すると、子供の手のひらほどの大きさの蜘蛛が、矢で柱に張り付けにされながら、いまだにその足をもぞもぞと動かしている姿が彼らの目に入ってきた。
「……なっ!?」
「この地方に生息する毒蜘蛛です。その毒は成熟した馬をも、一瞬で死に至らしめます。お気をつけ下さい……。では、今度こそ、失礼します。許可していただいた医療品『10箱』、大切に使わせていただきます」
「うっ!? ぐっ……ぐぅぅぅぅ…………ええぃ、持って行けっ! ただしっ!! 失敗はゆるさんぞっ!!!」
自らの命を助けられたとあっては、ハスハの申し出を断るわけにもいかず、モンボルは吐き捨てるように言い放った。
その返事を聞き、部下達の顔に歓喜の表情が浮かび上がる。さすがに、今度は、モンボルもそれをかき消すことは出来なかった。それでも、ハスハだけは無表情のまま、一度だけ礼をすると部下を連れ、モンボルの幕舎から出ていった。
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「しっかし、驚いたよなぁ。まさか、あそこで隊長がモンボルの糞野郎に矢を射かけるなんてよぉ」
遊撃隊のキャンプに帰る途中、馬に揺られながらヴァスケスが皆に話しかけてきた。
本隊に到着したのは、真夜中だったはずだが、もう空が明るくなりはじめていた。
「本当に……。あの時は、どうなることかと思いましたよ……」
ククルが疲れたように、それでいて、どこか嬉しそうに呟く。
「よく言うぜ。隊長が抜いてなけりゃ、お前が斬りかかってただろうが?」
「わっ、わたしは、そんなことは!」
ヴァスケスとククルのやりとりに、他の部下達、そして、ハスハの顔にも笑顔が浮かんでいた。彼らが乗る馬の後ろには、医療品の箱が全部で10箱、しっかりとくくりつけられていた。
「でもよぉ、隊長。どうせなら、あのままほっといて、モンボルの野郎が蜘蛛に噛まれて死んじまったほうがよかったんじぇねぇか?」
「……残念だが、それは無理だな」
「まぁ、確かに、そううまく蜘蛛がモンボルの野郎を噛むとは思えねぇけどな……」
「いや、そうじゃない……あれはオオセアカグモと言う、毒のないおとなしい蜘蛛だ。あれに噛まれたところで、モンボルは死んでくれはしないな」
『えっ?』
数瞬、辺りに馬の蹄の音だけが響く。
そして、
「くっくっく…………わぁーーーーっはっはっはっはっはぁぁっ!!!」
ハスハの大きな、とてつもなく大きな笑い声が、遙か南に広がるエストン山脈にこだました。
そして、すぐに、彼の部下達の笑い声も一緒になって響き渡った。
「ク、ククル! 俺達の隊長は、やっぱ最高だぜっ!」
「え、えぇ、なんたって、隊長は、姑息で、山賊まがいで、悪知恵が働くらしいから。くくくっ……あははははっ!」
「さぁ、笑ってばかりもいられんぞ。これから、キャンプに戻り、明日の夜には「嘆きの谷」に到着せねばならんのだ。失敗は許されん。全員、気合いを入れて行くぞっ!」
『はいっ!!』
部下達の声が、綺麗に唱和する。
そう……戦いは、これからなのだ……。
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