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No. 00084
DATE: 2000/03/15 02:39:44
NAME: アン・ツァン
SUBJECT: 命賭博
"豪商『シカード家』の一人息子との練習試合"
それが、アン・ツァンの仕事であった。報酬は50ガメル。たった数時間の拘束としては破格である。と、言うのも、少々その一人息子は、少々性格に問題のある若者であった。
歳の頃は17。身体が大きく、剣の才にも恵まれている。同年の者と戦った所で負けることはないだろう。しかし、負けた事が無いゆえに、彼の心は自信に溢れていた。過剰という迄に。
多くの者が、彼との試合を断った。若さ故の激情に任せ、運悪く怪我をしたら堪らない。
さて、そういうことで報酬もそれなりに高くなっているわけである。たかだか一試合を、素人と戦りあうだけ。金のないツァンにとってすれば非常に美味しい話であった。
さて、練習試合当日。暑い夏の昼下がり。
相手はシャリアラ・シカード・・・シカード家の跡取りたる人物である。なるほど、たしかに良い体格をしている、あれだけ身体が大きければ、間合いも広いだろう。
しかし何よりもツァンが注目したのはその目である。あの目は、負けを味わったことの無い目だ。こういった目の若者は、容易く激怒の波に飲まれる。
「彼が相手か。確かに良い剣の使い手であろうな。」
世事でもなんでもなく、主にそう言う。
「そうだろう、そうだろう」
シカード氏はうれしそうに答える
そして試合は始まった。互いに木剣を用いた模擬試合。頭部以外の部分に一撃をきめた方が勝利というルールだ。
身長は、ツァンより一回り程大きい。彼とて176cmと、決して小さい方ではないが・・・。
シャリアラは、ツァンが間合いに入るやいなや剣を振りおろしてきた。
(なるほどな、にわか仕込みの者では今の一撃で終了・・・の場合もあろう。しかし・・・!)
紙一重で躱し、シャリアラの腹に一撃たたき込む。
(所詮一撃で倒す技等存在せぬ。一撃を決め、そしてなお心は相手に残す・・・”残心”これこそが戦いの極意。)
相手が悶えているのを確認し、最初の位置へと戻り、そして一礼。
「違う!」
シャリアラが叫ぶ。
「油断しただけだ!木で出来た剣なんかじゃ本気出せねえんだ!」
ふらふらと立ち上がると、腰に携えていた剣を抜く。
「てめえも戦士なら、こっちのが性にあってんだろ!」
「・・・真剣を抜いたなら、これは試合ではないこと位分かっているな?」
「止めてくれ!」
シカード氏が叫ぶ
「・・・」
ツァンは答えない。己の剣を手に取ると、静かにシャリアラの方へと向かう。
「死ねぇ!」
叫びながらシャリアラは剣を振りおろす。
「・・・」
呼吸を止め、そして息を吐き出す。剣を弾き、相手の腹に再度一撃・・・。
シャリアラは声も無く倒れる。
「・・・」
ツァンは静かに後ろを向く
「うう・・・まだ終わってねえ!」
シャリアラは倒れたまま、剣でツァンのアキレス腱を狙う。
「・・・!」
素早く足を退け、その腕を踏みつける
ベキャ
手の骨の砕ける嫌な音がし、続いて若者の叫び声が聞こえる。
さらに、剣で残った片手の腱を貫く。さらに悲鳴が響いた。
「・・・」
剣をしまい、そして一礼
「何を!そこまですることか!?」
シカード氏が叫ぶ
「相手が命を賭して真剣を抜いているのに、何故手加減出来ようか?」
「そんな!この子はまだ17なんだぞ?」
「17だから、剣に黙って斬られろと?手を抜くことこそ失礼に値する!」
声を張り上げる。
「料金はいらぬ。二度と斯様な試合を組むな!」
あぜんとしているシカード氏と悶えるシャリアラを振り替える風もなく、ツァンは陽炎の中へと消えていく。
まだ太陽が熱く、蝉の声の五月蠅い夏の出来事だった。
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