No. 00088
DATE: 2000/03/16 08:03:14
NAME: サナリー
SUBJECT: 長い束縛
その日。気が付くと、私は頭の中が透明だった。ひどく吐き気がした。
何かを忘れた。多くのことを。
とても大事だったような、そうでないような、そんな記憶だけ。
ただ、隣にいたのはレイズという男の人だった。
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彼はとまどった様子で、私の名を「サナリー」だと教えてくれた。私を背負って、彼は暗い夜道を小さな明かり一つで歩いていた。なぜか、足早に。
私は「歩ける」と言った。でも、背中がとてもヒリヒリしていた。
「無理だ」とレイズは私を下ろそうとはしなかった。私は重度の火傷を負っていた。
夜が明けるころ、私たちは小さな街に着いた。でも、傷の手当てをし、食事をとると、逃げるようにそこを去った。背中が、痛かった。
それから、幾日移動したのか、記憶に無い。起きては背負われ、おきては背負われの連続だったから、意識すらあったかどうかわからない。ただ覚えているのは、レイズの低い声と、こわばった表情。
しだいに、私は自分で歩けるほどに回復した。
それからは、少しだけ、歩ける距離が増えた。
それからは、何年か、ずっと歩き通しの毎日だった。
はじめの数年のうちは、レイズが持っていた金品を売って食事や宿をとっていたけれど、そのうちそれも尽きた。
このころから、彼はおかしくなった。
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ある日、彼はお金を持っていた。無くなったのは知っていたからどうしたのと問うと、彼は怒って私の頬を叩いた。初めての暴力で、すごく驚いたのを覚えている。結局、この日はお金をどこから手に入れたのか、わからずじまいだった。
ただ、私は、彼が怖くなった。
毎日のように、レイズは私を殴るようになった。眠る前でも、食事をしていても、往来の通りでも。人の目なんて、彼は気にならないようだった。
私は彼となぜ一緒にいるのか、不思議だった。
でも、私を知っている人はレイズだけだったから。
独りになるのは、怖かった。