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No. 00096
DATE: 2000/03/23 00:03:20
NAME: イル、リック他
SUBJECT: 師弟の繋がり【通り魔/片腕の魔術師】
イル:賢者志願のエルフ。師匠がファーウェイと友人関係にある。
リック:シーフの青年。ウォレスの元仲間で、彼を探している。
ファーウェイ:学院の導師。ウォレスの元師匠。
「ファーウェイ師」
扉の向こうから呼びかける声に、この部屋の主である初老の男はゆっくりと立ち上がる。そ
れに合わせて男の羽織る、導師の位を示すローブが揺れた。ファーウェイ・リンデンウォール、
”三角塔”の名で呼ばれるここ、オランの賢者の学院の導師の一人である。先触れにより用件
は分かっていた。
「入りなさい」
彼の声に応じて扉が開き、ローブを着た、こちらは若い男が姿を現わす。
「お連れしました」
若い男は、師であり部屋の主であるファーウェイにそう一言告げ、扉の影に下がる。代わっ
て二人の男が部屋の中に入ってきた。
一人は、まだ幼さの残る少年。背が低く、身に纏ったローブの上からでもうかがえる華奢な
体つき。髪全体を覆い隠すように頭に布を巻いている。しかし、ファーウェイに挨拶するその
様子は、外見とは裏腹に落ちついたものだった。
それに対し、その少年よりいくらか年上に見えるもう一人の男の方は居心地の悪さを隠せな
い様子だ。この建物に似つかわしくなく、ローブではなく平服を身につけている。それは単に、
この男が魔術師ではない、という意味だ。一応、というようにファーウェイに頭を下げると男
の肩に乗っていたリスが跳んで、少年の布で覆われた頭に着地した。
「あ、シール! 悪いな、イル」
イルと呼ばれたその少年が、頭に乗ったリスに手のひらをかざしながら何事かを呟くと、リ
スは素直に彼の手のひらに移る。
「リックさん。手乗り鼠をそう驚かせないで下さい」
鼠じゃない、と文句を言いながらリックはイルの手からリスを受け取った。大した問題じゃ
ないとばかりにそれを聞き流して、イルはファーウェイへの挨拶を続ける。
「本日参りましたのは、導師の友である我が師の代理としてではありません」
イルはそう前置きして、リックを振り返った。促され、イルの横に進み出るリック。
「先日お話した方をお連れしました」
「昨日の事なのですが」
その日、師の代理としてファーウェイを訪ねていたイルは、携わっていた用件を済ませると、
ふと思い出したようにそう切り出した。
「ご心配なされていた導師のかつての弟子の方のことで……」
ファーウェイ導師の弟子だったウォレスは、数ヶ月前に賢者の学院を去った。理由は遺跡調
査へ同行した際の事故により右腕を失ったこと……そして、それにより魔術を行使する能力を
も失ったことである。ファーウェイはウォレスに学者の道を勧めた。だが、”魔術師”ウォレ
スはそれをも辞して学院を後にしたのである。学院には魔術を扱えぬ魔術師に居場所などない
のだ……。
ウォレスの悪い噂を耳にするようになった。自らの絶望ゆえであろう、酒に浸り周囲に不快
な言葉を撒き散らす……。しかしその噂はある時を境に途切れた。人々の口に上ることがなく
なっただけだとも思った。もしくは、魔術師に代わる新しい道を見つけ、立ち直ったのかもし
れない。だが、不安があった。噂を聞かなくなったということは、ウォレスが姿を見せなくな
ったということも考えられる。そしてその理由に、彼の死も考えられる。伝え聞いた様子では、
自暴自棄のあまり喧嘩沙汰を起こすことも、自らの命を絶つことも考えられないことではなか
った。
しかし、ファーウェイにとってそれを確かめるのは困難であった。彼自身が酒場などを赴く
わけにはいかない。また、弟子たちにそれを頼むこともできない。いくらかつての弟子とはい
え、ウォレスは学院を去った人間なのだから。
そこに現れたのがイルだった。イルの師匠は学院から離れた魔術師であるが、ファーウェイ
とは旧知の間柄でその交友は現在も続いている。そしてイルは彼の師匠が多忙の際に、よく代
理としてファーウェイの元を訪れることがあった。その時に交わした世間話でイルは、自分が
よく夜の街や酒場へ赴く話を披露した。ファーウェイにとっては渡りに船である。
「偶然、ウォレスさんを探しているという人に会って、いろいろと話を聞きました」
「あんた、学院の魔術師か?」
その日、酒場は冒険から戻ってきたばかりのあるパーティーの自慢話で盛り上がった。イル
も輪に混ざってその話を聞いていたが、それもお開きとなった今は隅の席に移り静かに本を開
いていた。そこに、不意に声をかけたのがリックである。
リックの問いかけはどちらも間違っていた。ローブを着込み、本を読むその姿を魔術師と見
られても無理はないかもしれない。そして、ここオランで魔術師であるなら、大抵は学院に所
属しているものだ。しかし、イルはまだ見習いの身であり、学院にも所属していない。だが、
彼がそれを口にするより早くリックが先を続けた。
「ウォレスってやつを知らないか?」
「片腕の?」
ファーウェイから聞き知った名を出され、イルの口は思わずそう聞き返していた。
イルはウォレスについて知っているのは、ファーウェイから聞かされた話だけである。だか
らリックには、話に聞いただけ、と答えるに留まった。そして逆に、リックに問い返す。ウォ
レスの師匠からの頼まれ事を果たせそうだったからである。
ウォレスがどうかしたのか、という問いにリックはただ、家出しただけ、と答えた。動機は
想像出来るだろう? と付け加える。イルはウォレスが片腕と知っていたからだ。全て、誤解
と余計な詮索を受けぬようにあらかじめ用意していた答えである。もっとも、これまでにリッ
クが声をかけた魔術師に、ウォレスの噂を知らぬ者はいなかったのだが。
イルがそれまでの魔術師と違ったのは、次にリックにこう問いかけたことだった。
「どうして、その人を探しているんですか?」
ウォレスに関する噂はいわゆる悪評だ。そのため、それを探すリックの理由を詮索しようと
するモノ好きなどいなかった。しかし、イルはファーウェイから直接話を聞いており、導師と
の約束もあった。
「昔の仲間だからだ」
かつて仲間だったやつが馬鹿なことしてるのを放っておけない。答えるリックには、ウォレ
スに対する苛立ちのような感情が表れていた。なるほど、とイルにはリックの気持ちが理解で
きた。そういうものだと理解出来るだけで、共感を持ったわけではなかったが……。
イルのその話を聞いたファーウェイは暫く考え、そしてイルに言った。その者をここへ連れ
てきて欲しいと。
ファーウェイがまず先に名乗った。賢者の学院に呼びつけられたことにも驚きを感じたが、
その相手が導師級の魔術師と知り、リックはやはり驚かずにはいられなかった。多少の動揺を
露わにしながらぎこちなく名乗り返す。そして、さっそく最も気になっていたことを口にした。
「ウォレスのことで話があると聞いたが、あなたはあいつの居場所を知っているのか?」
その問にファーウェイは首を横に振り、代わりにリックをここへ呼びつけた理由を話した。
師としてウォレスの身を案じている。だから、それを探すリックに話を聞きたかったのだ。
「追い出しておきながらか?」
リックの言葉にファーウェイは表情を変えることなく、ウォレスが出ていったのが彼自身の
意志だったと答えた。ただ、やっかみる者が多数いたことも、隠さず付け加える。そして、も
う一度リックにウォレスのことを尋ねた。
「前にそいつに話したが……」
リックはイルに話したのと同じ内容をファーウェイにもう一度繰り返した。そして、ファー
ウェイもウォレスを探す理由を尋ね、それに対してもリックはやはりイルにしたそれと同じ返
答をした。しかし、ファーウェイはさらにリックに尋ねた。それだけか、と。
「それだけだ」
特に慌てるでもなく、落ちつくでもなく、リックは答えた。それだけ、ではないのだ。ウォ
レスが姿を消す前に何をしたか。彼は自分の姉を殺そうとしたのだ。毒の刃でアンジェラを傷
付けた。幸い発見が早かったため、アンジェラは一命を取り留めているが、その事件ゆえにリ
ックはウォレスを探し始めたのだ。仲間だったから、というのも嘘ではない。だがリックは、
ウォレスが自分で立ち直ることを望み、放っておくつもりだったのだ。ウォレスがここまで堕
ちなければ……。
しかし、嘘は見抜かれた。表情には出さなかったが心の中で動揺するリック。はったりか、
とも思ったが、ファーウェイの表情は、それが嘘であることを当然のように指摘しただけとい
うものに見えた。そこで、リックはある考えに至る。
――魔術か!
嘘を聞き分ける魔法の存在に、リックは一度思い知らされたことがあった。目の前の男は高
位の魔術師だ。その魔法を操れたとしても不思議はない。しかし、リックとイルがこの部屋に
招かれてからファーウェイは魔法を使っていない。彼らが部屋を訪れる前に用意していたのか
もしれないが、やはりはったりの可能性もある。
「あなたはいったい、何が知りたいんだ?」
ファーウェイの嘘の指摘をあえて無視し、リックはそう問い返した。ファーウェイは静かに、
ウォレスの身を案じているだけだと繰り返す。
沈黙が部屋を支配した。ファーウェイとリックの二人が机を挟んで、押し黙ったまま向かい
合っている。リックと並んで座るイルはそんな二人の様子を横目に、リックから預かっている
手の中のリスをそっと撫でていた。
「退屈だね、同類」
シールと名付けられているらしいが、イルはそんなことおかまいなしにそのリスを手乗り鼠
と呼ぶ。森に生まれながら人間の街に暮らす仲間に彼がそっと囁いたその精霊語に、リスは耳
をぴくりと動かしイルの顔を見上げた。だがすぐに興味を失ったようで、再びイルの手の中で
丸くなる。イルはリスを軽く撫で、未だ沈黙を続ける二人に注意を戻した。
「ウォレスを放っておくわけにはいかないんだ」
先に沈黙を破ったのはリックだった。本当の理由を話すことにしたのだ。
リックは、ファーウェイが何故魔術を用いたか考えた。恐らくは自分を疑ったからであろう。
ウォレスを心配しているというのが本当なら、自分が嘘をついていて、本当は彼を害するために
追っている、と疑われることはあり得るだろう。ならば、何故それを確かめたのか? ウォレス
の居所は知れない。放っておいても問題ないはずだ。そこでリックは思った。
――この男は、ウォレスの居場所を知っているのではないか?
「だから、俺はウォレスを探す」
あの馬鹿をぶん殴るために、と心の中で付け加える。その話にファーウェイは、さすがに顔色
を悪くしていた。自分のかつての弟子のなれの果てに……。しばし机に両肘を付いて下を向いて
いたファーウェイが不意に絶ち上がった。つられてリックとイルの二人も椅子から立ち、部屋の
隅に歩いていくファーウェイをいぶかしんで見送った。その先には、”魔術師の杖”が安置され
ている。
ファーウェイは言った。ウォレスの身は案じているが、自分自身は何も出来ない。それゆえ、
リックたちに託すと。
「居場所が……分かるのか?」
リックの問いにファーウェイはゆっくりと頷いた。彼はウォレスの居場所を知らない。だが、
知ることは出来るのだ。ウォレスが学院を去る時に餞別として与えた二つのコモンルーン。魔術
によってその場所を探ることで……。
翌日、オランの街を出る一組の冒険者たちがいた。リックと、彼の知らせを受けたアンジェラ。
さらに、アンジェラから同行を頼まれたミュラの姿もある。イルもここに加わっていた。ファー
ウェイに頼まれたのだ。
彼らの向かう先には、村がいくつかあるだけのはずだ。そして近頃では、その一帯に殺人鬼が
出るという噂がある。街道を行くアンジェラは、弟を探すために集まってくれた仲間たちを見回
し、誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
「ありがとう……」
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