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No. 00105
DATE: 2000/04/14 18:47:59
NAME: ケルツ
SUBJECT: 帰郷 ◇養母の話◇
「あんたは本当に気味の悪い子だった」
2人目の母はそう話し出した。
春先の日差しはまだ弱く、か細く燃された火の中で枯れ枝がぱちぱちとはぜている。実母が死んだ後、次の秋までの半年間だけを過ごしたその家は、時の流れを忘れたかのように、相変わらず煤で黒くなった壁をさらしている。
祖母ほども歳の離れた養母は、その暗い部屋の中の、例えば暖炉の縁に記憶を探す。書き付けた言葉を読むかのように、乾いた声が昔を語りだした。
あの子らがきたのはもう20年以上も前だったね。春だった。村に着て3年後にあんたが生まれたんだから、そう、もう25年近くになる。
アーシュアが今のあんたくらい、ジゼは15になったかなっていないかくらいだったよ。
2人とも気立ての良い子だった。変わった服を着て、それも木やら土やらで所々擦り切れたり汚れたりしていた。半月ほど宿を取っていたよ。
アーシュアはそのころから私のところによく遊びにきてくれてね。私のように村八分の人間のところにねぇ。ああ、そうじゃないよ。私がそんな風になったのは別にあんたら母子に関わったせいじゃない。お産のときに一番に呼ばれる私だけどね、腹の子を降ろしたい時にだって女たちは私を訪ねるのさ。中には誰にもいえない子だっているさ、そんな人間がいるってのはあまり嬉しいもんじゃないだろう。
話がずれちまったね。そう、それであの2人はこの村に住みたいって言い出した。でもね、どう見てもまともじゃない。村長が渋るのを私が口添えしたわけさ。
もしかしたらアーシュアはその為に私なんかのところへきていたのかもしれない。とても頭が良い子だったよ。ただ時々何を考えているかわからないところがあった。まぁ、そんなわけであの2人が村に住むことになったわけだ。
後になって村の者はあの二人を歓迎したよ。ジゼの薬草の知識が役に立ったのははあんただって知ってるだろう?アーシュアのほうはね、山歩きがうまかったね。冬になって獲物が少なくなれば、猟師たちはあの子を連れてもっとずっと奥のほうまで猟に出かけたよ。あの子は新しい森でだってちゃんと獲物のいる場所を探し当てた。
それから、1年目の秋だったかね、このあたりじゃ珍しいんだが、熊が出たときには、ほら、今あんたが持ってるその楽器を奏でながら歌ってそいつを難なく森へ戻しちまったよ。あんたはそれをジゼの形見だと思ってるかもしれないが、もともとはアーシュアのもんさ。
2人とも本当に良い子達だった。自分たちのことだけは話さなかったけど、それでも何かわけがあるんだろうと敢えて聞かなかった。だからね、3年目の冬、ジゼのお腹が目立ってきてあんたができたってわかったときは、村の皆も2人が元からのこの村の人間だったように喜んだ。
あの男がきたのはそのころだったよ。二人を探してるってね、あの子らが着ていたような変わった服を着ていた。
猟師たちは冬のために猟に出て行って村にはほとんど女子供しかいなかった。あの男はすぐにジゼを見つけて、なんだかよくわからない言葉であの子を責め立てていたよ。
村に残った男たちが、どうにかなだめてアーシュアが帰ってくるまで待ってくれって、どうにか男を押しとどめた。ジゼはすっかり怯えてしまって、アーシュアの名を呼びながら床に伏してしまった。
3日後やっと猟に出ていた男たちが帰ってきた。アーシュアとあの男とは何か長い話をしてね、夜になったころにはすっかり青ざめたアーシュアがジゼのいる家に帰ってきた。あんまりあの男がせかすもんだから、猟から帰ってきた後もあの子らは顔も合わせることも無かったんだ。
ジゼの心が、その時にはもうすっかり壊れていたんだということがその時になってやっとわかったよ。目の前にアーシュアがいるっていうのに、その名前を呼びながら、連れて行ってと繰り返すんだ。私はただあの子らがかわいそうだった。
その夜、村長の家の離れから火が出た。男?その火事でいっしょにしんじまったさ。アーシュアも姿を消した。前の日の夜に泣き疲れて眠っちまったジゼを見ながら「何もかも脆すぎる」って呟いてたけど、あれがジゼの心のことだったか、他の何かだったか私は知らないよ。あの子はジゼの危険に何も気がついてやれなかった自分が憎かったんだろうね。
それからは村じゃあ見たことも無い領主のところの男たちが事件を調べにきて、ごたごたしたよ。火事で危うく家を失いかけたものなんかもいてね。そんな騒ぎの中で生まれたのがあんたさ。
さぁ、わかったろう?全部あんたの生まれる前のことだ、あんたの罪なんか無い。でもね、村人の苦い思い出とそのせいであんたに辛くあたっちまったていう後ろめたさは消えたりはしないのさ。
・・・さぁ。でてっとくれ。この村からでてっとくれ。あんたはこの村の忘れちまいたい記憶なんだ。
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