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No. 00118
DATE: 2000/05/09 00:28:16
NAME: ルーチェ
SUBJECT: チェルキィの実
「お兄さま、ちょっとだけ良いですか?」
私はお兄さまの寝室のドアを軽くノックする。
「…ルーチェか。 ちょうど退屈していたところだ。 入ってくれ」
「はい」
私はゆっくりとオーク材のドアを開いた。 部屋に入ると、窓の外から心地よい風が吹き抜け、初夏の深緑の匂いを振りまいていく。
「お兄さま、体の方は大丈夫なのですか?」
燦々と日が差す窓際に配された安楽椅子に腰掛けていた人影がすっと立ち上がる。
「今はとても気分がいい。 本来なら不在の父に代わって執務を行わねばならないのだが…。 こんな体になってしまってからずっとルーチェには負担をかけてしまっているな」
「お兄さま、そんなことは気になさらないで」
「…ありがとう、ルーチェ。 おっと、何か話があったんじゃないのかい?」
逆光の日差しが作るシルエットは優雅な動作で椅子に座り直すと、水差しを取り出してコップに水を注ぐ。
ルーチェはベッドに腰掛けて、兄のシルエットをまぶしそうに見つめる。 短い焦げ茶色の髪が細波のようにたゆたって、
「…ええ、あの……チェルキィの実を少し分けてくださりません?」
「チェルキィの実? 魔法薬の原料じゃないか。 それだったら直接マールに頼む方が手間が少なくていいだろう?」
「あ、その… 実は…すでに頼んでみたのです。 けど、今は手持ちがないと…。 それで、お兄さまにお願いしたくて……(苦笑)」
「ふうん。 何に使うんだい……とは、聞かないでおこうか(笑) ルーチェの魔法好きには困ったものだな(微笑) だが、魔法に縁がなかった私はチェルキィの実などは持っていない……。 そうだ、確かあれは香料としても使っていたな」
「ええ、とても清々しい香りがします。 お兄さまのお部屋の匂いですわ」
「ほう、あれがチェルキィの実なのか。 私もあの匂いは気に入っている」
「ですから、お兄さまに頼みに来たんですの(にこ)」
「ルーチェもなかなか抜け目がないな(微笑) 良いだろう、少しだけ持っていくといい。 だが、交換条件だ」
「交換条件…ですか?」
「そう。 ルーチェ、この間夜中にこっそり屋敷の外に出ていっただろう? あの時、何処で何をしたのか教えてくれ。 あの日以来、急にパンの味が変わったり、お前を訪ねてきた少女が居たようじゃないか」
「……お兄さま、知ってらっしゃったの?(かぁ)」
「ふふふ、伊達や酔狂で爺さんの『MAJESTIC DANCE(荘厳な舞踏)』を統括しちゃいなかったさ。 情報収集は交易商には必須なのさ(笑)」
「でも、そこまで知っていらっしゃるなら交換条件にはならなくてよ?(微笑)」「(ぽん)おお、それもそうだな(笑) それじゃ、また外に出る機会があるならば私にも教えてくれないか? 何しろ退屈だからね」
「それぐらいでしたら構いませんわ(にこ) それでは、早速お兄さまの部屋に行って取ってきますね」
「楽しかったよ。 また遊びにおいで」
「おやすみなさい」
私はドアを丁寧に閉じると、チェルキィの実を貰うために足早にお兄さまの部屋へと向かった。
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