 |
No. 00119
DATE: 2000/05/11 23:15:28
NAME: ウィント&ミルフィオレ
SUBJECT: 槍 賽 家出の行方
「バンダナが嫌なの☆」
その一言を最後に、恋人は去っていった。「しかし」も、「だから」も、「そして」でもない。レインの残した一言は本当に一言だったわけで・・・・つまり、振られた。しばらく勤めていた賭博場を首になったのだと言う間すらなかった。
そうして、俺は恋人と職とを一夜にして失った。人はこれを泣きっ面に蜂とか言うんだろう。こうなったら、あとは槍でも何でも飛んでこいと自暴自棄になっていたら、厄介事は本当に飛ぶようにやってきた。
教訓:不幸は幸福よりも人に親切である。なぜなら呼べば必ずやって来る・・・対象が自分である限り
例によって例のごとく、ロムネヤ探しの情報を集め、吟味しそして人違いを確認するだけの日々が続く。その日もついてくるといて聞かないミルフィオレを宿に残し、とある娼館に似た娘がいるというのを尋ねていった。結果、人違い。報告くらいはしておいてやるかと、ミルフィオレに宿へとむかう。この宿ってのがどう見てもやばい感じなんだが、いくら口をすっぱくして聞かせても、ミルフィオレは頑として譲らない。
「無駄遣いなんかしたら、王様だって身を持ち崩すんですよ。おばあちゃんが言ってました。だからこれ以上高い宿に泊まったりしません」
・・・ああ、そう、おばあちゃんね。見たことも無い人間に愚痴るのもどうかと思うが、世の中のアブナサとかについてももうちょっと教えてやっとくべきじゃないのか、なぁ、「おばあちゃん」?
それより、こんな子供にろくに路銀も与えず、旅に出すのもどうかと思う。そういえば、ミルフィオレは頑固なまでに押し黙り、ただロムネヤを探し出すまで帰るつもりはないという。俺が仕事として引き受けたんだから、村に帰れと聞かせても
「ウィントさんが冒険者の方だからって、任せっきりじゃ、無責任じゃないですか」
冒険者の役割をあんまり理解してないんじゃないか、この子?周りで役に立たないのにうろうろされる方が、結構気ぃ使うもんなんだけどなぁ。まぁ、そんな押し問答も効をなさず、結局ミルフィオレはまだこの町にいる。
ケイドのやつが暇なときに何度か、見てはやってたらしいが、とにかく世間知らずで放って置けない。一度、怪しげ酒場に「こんにちわぁ」とか爽やかな声をかけながら入っていこうとしたときは、さすがに慌てて止めた。
ミルフィオレの宿に近づき、入り組んだ道幅がだんだん狭くなってくる。ゴミがつんであるのかと思えば、いきなりそれがもそりと動き、その奥からなんだか視線を感じる始末。今度こそ引っ張ってでももうちょっとましな場所に宿を取らせようと決意したところで、絹を裂くような悲鳴を聞いた。
絹を裂くってのはちょっと正しくない、もっと色気の無い幼い声の・・・そう、ちょうど10を幾つか越えたほど、ミルフィオレくらいの少女の悲鳴。続いて助けを求めるようにむやみに呼ばれたその名前に、舌打ちしつつ走り出していた。
「ウィントさん!ケイドさん!!!」
・・・泣きっ面に蜂、そして槍。
「だぁから、ロムネヤのことは俺に任せて村に帰れって、な?」
目の前でしゃくりあげる少女に何度目かわからない言葉をかけて、俺はため息をついた。ふわふわとした紅茶色の髪が激しく振られると、相手もまた同じ言葉を返してくる。
「でも、ロムネヤは私がちゃんと探さないと駄目なんです。そうじゃないと帰りません」
数回なら許せるが、数時間になるといらいらしてくる問答。相変わらずミルフィオレのほうは顔を上げる気色も、意見を変える気配もないらしい。いくら温厚な俺でも、いい加減いらいらとする。椅子から立ち上がると彼女は怯えたようにこちらを見上げてきた。
泣き腫らした目、擦り傷、それから怯えたような表情。路地裏で、男に襲われかけていた彼女をどうにか助けてから、その凍りついた表情は変わらない。そのくせ、意志だけは貫こうとする。しかし、世間知らずだとは思っていたが、ちょっと度が過ぎるんじゃないか?俺の受けた依頼は、人探しであって子守りじゃないぞ?とにかく説き伏せて、と踵を返したところで彼女の呟いた言葉で、ミルフィオレがここまで必死になる理由をやっと知った。
「ロムネヤが村を出たのは私のせいなんです」
ちょっと待て、その話聞いてねぇ。詳しく話せと詰め寄るとしばらく迷い、あきらめたように話し出した。曰く、ロムネヤが村を出られるように手伝ったのが彼女だったとのこと。約束の数日を過ぎても帰ってこないのを知って、やっとロムネヤが村を出たのだと分かったらしい。
頑固なまでの責任感と、不安になるほどの世間知らずぶり、ついでにさっきまで襲われかけていた男をすぐに信用してひょいひょいついていったところを見ると、馬鹿正直すぎるなまでに純粋らしい。
とんでもない槍が降ってきたもんだ。無き疲れて眠ってしまったミルフィオレの部屋を後にし、いまさらながらに溜息が出た。
数日後、事件は一気に解決を見た。これまでの俺の努力がいっそ哀れに見えるほどに。
あの事件以来、外へ出るにも、他人と話すにも(特に男)おどおどするようになったミルフィオレを連れていつも通りに、情報を集める。彼女を連れているので、ギルドに顔を出すわけにも行かず、またいつもと同じように一日を終えようとしたところで、不意に声をかけられた。
ほっそりとした四肢の、美人とはいえないが垢抜けた印象の少女。少なくとも田舎から、家出をしてきた少女には見えない。微笑すら浮かべたその少女の隣でミルフィオレが得意そうに言った。
「ねっ、ロムネヤはとっても可愛いって言ったでしょう?」
・・・ハイ、ソウデスネ。何ていうか、ミルフィオレに類似系みたいのをイメージし、娼館かどこかにうっぱらわれそうな純粋な村娘を探していた俺は、少なからずショックを受けた。
「私のことを捜している方の話を聞きました。本当はもっと早くにお尋ねしたかったんですけれど、色々と準備に手間取って・・・。はじめまして、ロムネヤです」
「申し訳ありません。ミルフの性格は知ってたんですけど、父がこの子にこんな無茶をさせるとは思いませんでした」
間道を歩きながら、ロムネヤが俺にそう話し掛ける。怒りのせいか、頬が紅潮してる。こうやって見るとただのがきなんだが、話を聞けば聞くほど、その頭の回り方というか小ざかしさというか、そういうものには舌を巻く。
さっぱりと短く切られた髪、色落ちはしてるものの清潔なローブ、そこに刺繍された交流の神のシンボル。神殿は盲点だった・・・。
「神官じゃありませんよ。雑用をさせていただいてるんです」
俺に視線に気がついたのか、ロムネヤがそう話し出す。ミルフィオレのほうはといえば町を出た後何処となく浮かれ、俺たちの前や後ろを機嫌よさそうに歩いている。友達ってより、なんだか姉妹みたいなんだよな、この二人。
ロムネヤは、オランですぐから神殿にいたらしい。
「村へ帰るのは、これを返すためでもあるんです」
そういって彼女が取り出したものを見て、今度こそ本当に言葉を失った。幸福神の聖印。首から下げられるように革紐のついたそれを、ロムネヤは婚約者の神官のものだという。
「巡業ちゅうの神官から最後に託されたとか何とか言って、神殿で私のこと使っていただこうと思ったんですけど、すぐにばれてしまいました」
ちょっと眉を寄せてそう、いう。利発だとか何とか言われる子供が、自分よりももっと賢い人間に諭された時に悔しそうに見せるあの顔だ。そして、畳み掛けるように続ける。婚約者のことがとても頼りなく見えること、次代の神官としてもとても尊敬できそうに無いということ、両親の結婚の決断が自分にはまだ早すぎると思うこと。そして、今彼女がそのもとで働いている神官が、直接ではないとはいえ婚約者よりもはるかに上位の地位を築いていることから、それをうまく話せば神というものに絶対の信頼を沿い低る両親は今回の出奔を了承してくれるのではないかということ。
最後に、これは別に原因ではないのだけれどとさんざ念を押してからロムネヤは付け加えた。
「私の婚約者、私の倍以上歳をとってるんですよね」
胡散臭いといわんばかりの視線に見送られながら、幾ばくかの報酬を手にしアヤワスカの村を出た。まぁ、さすらいのギャンブラーなんて名前(もちろんそう紹介したのはミルフィオレだ)の冒険者は、この村にはちっと怪しげかもしれない。ミルフィオレとロムネヤが盛んに引き止めてはくれたが、一晩滞在しただけで、すぐに村を出ることにした。
ロムネヤの方は、どうなるかは分からない。が、あの子なら何とかうまく話をつけて、またオランにでも戻ってくるんじゃないかという気がする。ミルフィオレのほうは、旅の報告をするのだといってさっき自分の家のほうへかけていった。
「また、オランに遊びに行きますね」
そういってたが、まぁもう二度とあうことは無いだろうな。俺は、数日前から今回の件を片付ければオランを出ようという気になっていた。なんだかんだと、身の回りも危ないし、そろそろ旅に出るのも悪くない。
村の入り口を振り返える。最後の仕事にしちゃそう後味も悪くないし、良いんじゃないかとなんとなく誇らしい。その視線の先を天然世間知らずの娘がかけて来る。ああ、見送ってくれるのか・・・ん?ちょっと待て・・・なんで旅装束なんだ?
「ロムネヤ探すのに、すらむとか、しょうかんとか、さかばとかに出入りしてたっていったら、そんな娘はうちの敷居をまたがせん!って勘当されちゃいましたぁ」
涙目で言う。正直っていうか、馬鹿正直・・・いや、むしろただの馬鹿だ。もうちょっと隠すなりなんなりあるだろうが。
「・・・・・・で?」
「ですから、行くところも無いので、今度こそ本当に冒険者に・・・」
「なれるかぁ!」
思わず突っ込む。何であんな目にあってまだ、そう思えるんだ?
「ほら、だって今度はちゃんとウィントさんもいるじゃないですか」
ああなるほどね、・・・何で、俺ですか?ミルフィオレはしばらく考えた後、こう付け足した。
「ロムネヤ探しの報酬が少なめでしたし、ことわざでも言うでしょう?足りない分は体で払えって!」
それ、ことわざじゃねぇ。ついでに意味も激しく違う。が、恩返しだ恩返しだとはしゃぐ少女に根負けをした。たかが、宿さえ変えさせられなかった俺に何ができるだろう。・・・俺、近頃女難の相でもあるんだろうか。
「さぁオランに帰りましょう」
そういって彼女が指すのは、反対方向。つまり西。一度オランに返ってそれから西方に旅するのも悪くないな。
「西ですか?がらがら椅子とか大碗とかあるところですね!」
胸のあたりに手を重ね、嬉しそうに言うミルフィオレ。ガルガライスと、オーファン、そう教えなおしてやりながら、ふらふらと旅の間に正しい共通語でも教えてやるかと考えた。流離いの世間知らずの世話なら、退屈しないですむだろう。
多分、そういうのも悪くない。
 |