No. 00120
DATE: 2000/05/14 15:21:41
NAME: トリウス
SUBJECT: ”蒼き風”−序章 1−
「うっ・・・。うっ・・・。ヒック・・・ふえーん」
小さな泣き声が、葬儀をさらに重苦しい雰囲気にしていた。
泣いているのは、トリウス、9歳。
商人であり、賢者でもあった父は、母と出かけたきり、2度とは帰ってこなかった。
いや、帰ってきた。物言わぬ骸となって・・・。
その日、彼の父親は一通の手紙を受け取ると、顔色を変えて馬車の準備をし出した。どうしたんですか、と訊く妻に手紙を見せ、
「夕方には帰ってくるから」
とだけ言い残し、2人で出かけていった。そして・・・
彼らの乗った馬車は、谷底に落ちてしまっていたらしい。
山賊の仕業か、獣のせいか。
しかし、そんな事はこの幼い少年には、どちらでも変わらなかった。
大好きな両親が帰ってこないことと、目の前の現実のほうが、彼を不幸にしていたのだった。
彼は父の残した借金のため、家を失った。
この少年の目の前にあるのは、「どう生きてゆくか」だった。
少年は、人一倍賢かった。故に悟った。
生きるためにはどんな汚い手でも使うしかない、と。
最初にすべきことは、空腹に教えられた。
小さなパンをひとかけら。露店から盗んだ。
次に、酔っぱらいから財布をすりとることを学んだ。
12の時には、スラム街の非行少年達のリーダーとなっていた。
力は弱かったものの、彼の父親譲りの賢さと器用さには、誰もかなわなかったからである。
そしてそのころ、盗賊ギルドにスカウトされた。
厳しい訓練や、つらい環境にも耐え、罵声を浴びながらも彼はドブネズミのように生きた。
もう3年前のふくよかさは無く、疑いと警戒を瞳にたたえ。
少年は、深い闇の中へと足を踏み出したのだった。生き残るために。