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No. 00123
DATE: 2000/05/19 23:58:15
NAME: ウィンガールド姉弟、他
SUBJECT: 墜ちたる魂の行く先は・・・【通り魔関連】
ウォレスは闇の中を走っていた。頼りない針金のような新月が投げかける明りは森の中には届かず辺りは闇に包まれ、何とも知れない
獣の鳴声とウォレスの荒い息遣いだけが森の静寂を乱していた。
まるで子供の時に見た悪夢の中に迷い込んでしまったようだ。しかもこれはあの時の悪夢より性質が悪い、夢なら醒める事もあるだろうが、
焼け付く様な胸の痛みと体中の痣が紛れも無い現実だと声高に主張していた。
これで、何度目だろう、張り出した木の根に躓くのは?
咄嗟に突き出した右手では身体を支えきれずに無様に転倒する。天鵞絨(びろうど)のローブをかき寄せうずくまるといつもしていたように
天鵞絨の表面を撫で必死に落ち着こうとする。しかし、かつては柔らかかったローブも今では血と汗に汚れごわついた手触りしか与えてはくれなかった。
文目もつかない闇の中、右手を目を凝らして見詰めるがそこには何も無かった・・・・・そこにあったはずの”栄光の右手”魔法の義手はつい先ほどの
激しくも短い戦闘で失われていた。
怒りと恥辱に震える左手で失われた右手の切断面をそっと撫でる・・・・・・そうしているとつい先刻の出来事が苦い記憶と共に脳裏に再生されていく。
勝てる戦いのはずだった・・・・・少なくとも惨めに夜の森を逃げ惑う様な醜態を晒さなくても済むはずだった。
・・・・・・・・・リュインとヴェイラが現れなければ。
また、ウォレスはその戦闘で”栄光の手”が失われた瞬間を思い出していた。それは彼の夢と野心が断たれた瞬間でもあった。
あの時、彼の姉が長大が白刃を振りかざし言った言葉・・・・・・
「貴方には、こんな物、必要無い!貴方は魔法に執着する余り周りが見えなくなっているのよ。本当に大切なものを見失わないで!!」
気合の声と共に振り下ろされるぎらつく刃。それは狙い過たずに正確に義手と生身の繋ぎ目を切断する。
それは、数多くの戦場を渡り歩いたアンジェラにとっても生涯で五指に入る正確さと速さで振るわれた一太刀だった。
そして弾け飛ぶ義手・・・・それを見た時にウォレスの脳裏は真白に漂白され気が付いた時には素手でアンジェラに掴みかかっていた。
今考えても何故あんな無謀な事が出来たのか不思議だ。自分はもっと冷静な人間だと思っていたのだが・・・・・・・
あの時アンジェラが驚いて身を引かねばどうなっていたか、或いは竜牙兵の献身的な働きが無かったら。
ともかくあの場からは辛くも逃げ出す事には成功した。どうやって逃げ出せたのかまでは覚えていなかったが・・・・・・・
闇の向うから足音が聞こえた気がした。夜の闇に目を凝らすが、そこには人に見透かせない深い闇が広がるばかりだ。
ウォレスは傷つき疲れた身体に鞭打ち歩き始める。
彼はどこに行こうとしているのだろう?ヴァラーの塔に戻れない事はウォレス自身が承知している事だ。では何処に?
それはウォレスにも分らなかった・・・・・ただ夜の闇に怯え無力な子供の様に何処とも知れない森の中を逃げ惑うのだった。
どのくらい、さ迷ったのだろう?前方に人家の灯りが見える。ウォレスは心身共に疲れ果てただ最後に一欠けらだけ残ったプライドと
生存本能だけが彼の足を前に運ぶのみだった。
こん、こん・・・・・こん、こん・・・・・・・・・
「もし・・・・夜分遅くに申し訳ありませんが・・・・・旅で難儀している者です・・・・・・もしよろしければ一晩の宿をお貸し願えないでしょか?」
演技の必要も無く憐れな声が出たのが我ながら惨めだった。
果たして扉は開かれ髪を後ろで束ねた彼の姉と同年代の女性が現れた。
「それはさぞお困りでしょう。さあ、何も無いあばら屋ですがどうぞ・・・・・」
そう言ってウォレスを室内に招き入れてくれた。
彼女はウォレスをテーブルに座らせると、食事の用意をすると言い残して勝手場に消える。
彼女が淹れてくれた一杯のお茶、その一杯はウォレスがこれまで飲んだどのお茶よりも美味いと感じた。
気分が落ち着き改めて回りを眺める。そこは典型的な農家の一軒家だが、一人で住むには広すぎた。
また、どことなく影があるようにも感じられた。隅にはうっすらとホコリが積もり、床にも疵が目立った。
そこに彼女が食事をトレイに載せて運んでくる。ウォレスは食欲は無かったが彼女の手前、無理に胃に押し込んだ。
食事をしながらウォレスはふと、気付いた風を装い質問する。
「ところで、ご主人はどちらに?お出かけですか?」
途端に彼女は顔を曇らせ顔を伏せる。
「主人は・・・・・つい半月ほど前、この辺りを騒がせている通り魔に・・・・・・」
思い出すのも辛いのだろう、それ以上は言葉が出てこないようだ。
彼女を良く見れば目の下は濃い隈に縁取られ、束ねた髪もほつれや汚れが目立った。髪を手入れする気にもなれないのだろう。
「ごめんなさいね、旅の人・・・・・疲れているでしょう?今すぐに寝床の支度をしますから。」
そう言って小走りに走り去る目元には獣脂の貧弱な明りに照らされた涙が光っていた。
ウォレスはそんな彼女の様子に姉を重ね合わせ、居た堪れない気持ちになる。
”姉さんも私が居なくなった時には泣いたんだろうか?彼女は夫が死んだと聞かされたときに犯人を憎んだろうか?”
己の犯した罪に対面させられ取りとめも無い事を考える。しかし、彼女が戻ってきた時に平静な顔を続ける自信は無かった。
だから、その場を逃げ出した。少し休んだ事で気力はだいぶ回復してはいたが、膝が震えて動く事を拒否していた。
それでも何とか農家を抜け出し、近くの納屋に潜り込む。
もう一歩も動けないと言うように柔らかな干草の上に身を投げ出す。
生きている事が苦しかった・・・・・・・辛かった・・・・・・最初に魔術を失った時は姉が居て砕けそうな心を支えてくれた。
自分ではそうと気付かなかったがアンジェラとリック、リュインその他、酒場で会った仲間達は魔術を失ったウォレスを否定はしなかった。
否定したのはウォレス自身だ・・・・・・その結果が彼をヴァラーに走らせ姉を傷付け罪の無い人々を殺す事になってしまった。
いま、再びウォレスの根幹を成す魔術を失った時、自分がいかに無力でちっぽけな存在か思い知らされた。しかも一人ぼっちときては!!
絶望と後悔に打ちのめされながらウォレスは重い泥のような眠りについた。
ウォレスが寝入ったのを見計い何も無い空間から一人のエルフが現れる。
否、現れるという表現は正確ではないだろう。何故なら彼はアンジェラ達との戦いからずっとウォレスを見ていたのだから・・・・・・・
今は小さき精霊”スプライト”の力を解放したにすぎないのだから。
彼はつまらなそうにウォレスの涙に汚れた顔を一瞥すると、在らぬ方を見詰め自分の考えに浸かる。
事のあらましはヴァラーに聞いてだいたいのところは把握している。それに自分の推量を加えると自分が監視するウォレスなる魔術師はそれなりに興味を
そそられる人物だった。
心の底で愛してる身内、大切にしたいと思ってる仲間たちに対する気持ちと、現在の喪失状態のアンビバレンツな心の動向・・・・・・・・
エルフには無い人間独特な強い感情の動きに彼は人並みならぬ興味を抱いていた。
”ウォレスがなぜ姉を愛する感情に素直にならず、仲間たちを拒むのか。単なる自立意識の発露? それにしては、破滅志向、
闇に落ち行こうとする意識が強すぎる。
人間は、信念や身体状況などにおいて、その状態が抑圧され、無力感や劣等感を感じるとき、本質的に、上昇か下降か、両極の一端を求めるものらしい。
魔術師としての力の発露に必要たる右腕の喪失。
破壊衝動のままさらなる闇に堕ち行くことに、快感を覚えているのか。...あるいは、自らを貶めることにより、差し伸べられる手を待っているのか。
圧迫と強迫観念から開放され、光を求め上昇することを望んでいるのか。
三界に散華した光と闇の神の争いが、人間に価値観を与えるという覇権争いにおいて未だ収まらず、ゆえにそのそれぞれが人間達の属性として
現われているのかもしれない。だとすれば、世は光と闇、どちらに傾き行くのか。それとも、ただ、危ういバランスを保つようになっているのか・・・・・・・”
そうして、彼は、ウォレスに夢の精霊を放った。さらなる闇を導くために。そしてその反作用の有無を、試すために。
夢魔たちの睦みの中で、流れの末を彼は思い描いた。光の属性のエルフたる自分が、何を望んでいるのかを問いながら。
辺りが白み始め気の早い雄鶏が声高に自分を主張するころ・・・・・・・・・・・
「人間とは飽きぬものだ。少なくとも、存在に対する考証をもたらす機会を常に与えてくれる...。」
そう愉しげに呟き白み始めた濃紺の空を背に彼、ラーフェスタスは歩み去って行った。
払暁、霧が濃い森の中の村、その静寂を破り集団の足音が響き渡る。
ここが平和なオランでなければ村人は軍隊の襲撃だと思った事だろう。その一団はウォレスを一度は見失った、アンジェラ、リック、ミュラ、イル、
リュイン、ヴェイラの6人だ。
6人は夜の森という悪条件の中からウォレスが逃げた痕跡を丹念に追跡し、この村を発見したのだった。
村の周辺の痕跡からウォレスがこの村に逃げ込みまだ、ここに留まっているのは間違いの無い事実だ。6人はそれぞれに分れウォレスを捜し始める。
やがてヴェイラは不自然な足跡を発見し、その足跡を追って納屋にやって来ていた。
一瞬、アンジェラ達に知らせようかとも思ったが自分がウォレスに対してやろうとしている事を他の人間が認めるはずが無い事に気付き思いとどまる。
足音を忍ばせ、そっと中に入りこむ。果たしてそこには、思った通り血と泥に汚れたローブにくるまり、藁束に埋れて眠るウォレスが居た。
彼女は腰に差してあるダガーを素早く抜き放つと、無防備なウォレスに無造作に近付いていく。その両眼は怒りに燃えていた。
この辺りを騒がせる殺人鬼が知人だと知った時は驚き、手足の腱を切り目を潰しこれまでの罪を償わせるという制裁を加える事が可能か危ぶんだが、
それはどうやら杞憂に終わったらしい。幸運の神は彼女に味方したようだった。
標的が無防備な状態で目の前にいるのだから・・・・・・・・
ウォレスにのしかかり、ダガーを振りかざした時、何者かに肩を掴まれウォレスから引き剥がされる。
あっと思った時には紅い塊が顔面を襲っていた。納屋の壁に激しく叩きつけられ一瞬呼吸が止まる。
そこに居たのはアンジェラだった。アンジェラはヴェイラがウォレスを襲っているのを発見し手甲がついたままの拳でヴェイラを殴ったのだった。
ウォレスを抱き起こし、心配そうに彼の名を呼び続けるアンジェラ。しかし当のウォレスは虚ろな目を彼方に向けたまま
身じろぎ一つせず、アンジェラに揺さぶられているだけだ。
やがて、アンジェラはウォレスの身体を丁寧に横たわらせると、壁にもたれかかったままのヴェイラに向き直った。
「あの子に何をしたの!!答えなさい!!」
「あたしはまだ何もしてない・・・・・ただ、あたしはこいつが許せない。それだけよ」
「何様のつもりかしら?貴方にあの子を裁く権利があって?」
「こいつは、4人以上人を殺してるんだよ。…子供も含めてね。…官憲に引き渡さず、殺しもしないことに感謝して欲しいくらいだね」
「だから何?貴方が官憲に変わってこの子を裁くとでも?私にとってあの子だけがたった一人だけ残された身内なのよ。
例えエゴイストと言われようともあの子には指一本触れさせないわ!」
多少軽蔑の笑みを浮かべ、「・・・・・なら、あなたにこいつを許していい権利があるとでも?」
そこで別人とも思えるような底冷えしたような目つきと声で言い放つ。
「・・・・ふざけんじゃないわよ。 こいつのせいで一瞬で・・・・理不尽に・・・・全てを失った人達が・・・・何人いると思ってるの!?
あなたが、その人達の家族全員の世話をするとでも?・・・・大体、もしもこいつがそれこそ通り魔みたいなやつに自分勝手としか言いようがない理由で殺されたら、どうする?
相手を、許せるの?」
アンジェラは疲れた顔でヴェイラを眺め、すぐに顔をうつ伏せる。
「言いたい事はそれだけかしら?ならもう、私達、姉弟の前には現れないで・・・・・次に見かけたら貴方を殺してしまうかも知れないから・・・・・」
ヴェイラはそれを聞いて軽く肩を竦めると、
「まぁ、いいわ・・・・あなた達姉弟がどんな道を歩んで行くのか・・・罪を償うのか、罪から逃げるのか。自分たちのしていることがどんなことなのかをよく考えて生きるんだね。」
そう捨て台詞を残して去って行く。
アンジェラはヴェイラの言葉を聞いてはいなかった。その時彼女はウォレスを大切な宝物のように丁寧に抱き上げるのに全神経を集中させていたのだから。
騒ぎを聞きつけ仲間たちも納屋に集まってきていたが、アンジェラに声を掛けるものは誰も居なかった。
「さあ、ウォレス・・・・私達のお家に帰りましょう。大丈夫、こんな怪我すぐに良くなるわ・・・・・」
悲しそうに呟き歩き出すアンジェラ。仲間達はただ黙って見守る事しかできなかった。
外には昇ったばかりの春の太陽が輝き、世界を瑞々しい新緑に染め上げている。
それは優しい風がアンジェラの頬をくすぐる晩春の出来事だった。
********エピローグ*********
数日後のオランの街に萌黄色のスカートの裾を翻し、大通りをロックフィールド治療院に向かって歩くアンジェラの姿が見える。
その唇は堅く引き結ばれ、手は関節が白くなるほどきつく握り締められていた。
程なくして到着した治療院の前で、扉を叩こうと振上げた手を幾度と無く胸の前で止める。幾度めかの逡巡の後、意を決してノックをしようとした所で
扉が引き開けられた。
「あ、アンジェラさん。いらっしゃい、兄さんが待ってますから・・・・・こちらへどうぞ。」
扉を開けてくれたのはレヴィンだった。アンジェラはレヴィンに促されるままにトレルが待つ診療室に歩を進める。
あの戦いの後、ウォレスは意識が戻らずにロックフィールド治療院にずっと入院していたのだった。
トレルはアンジェラに座るように勧めると、気難しげに咳払いを一つすると厳かとも言える口調で話し出す。
「単刀直入に言おう・・・・・君の弟さんだがね、残念だが彼が回復する見込みは極めて低いと言わざるをえない・・・・・」
彼もこの事を言おうか言うまいか迷ったのだろう、声には苦いものが混じっていた。
「だが、諦めてはいけない・・・・・同じような症例から回復した例もあるのだからね。」
そう言うトレルを蒼白な顔色で見ていたアンジェラは突然、顔を覆って泣き崩れる。
「そんな・・・・先生・・・あの子は一生あのままなの?・・・・・そんなことって・・・・」
躊躇いがちに伸ばされたトレルの手がアンジェラの肩に軽く触れる。
「弟さんには、会っていくんだろう?付いて来たまえ」
トレルはアンジェラを先導し二階の病室に上がっていく。俯き必死に平静を取り繕うと焦るアンジェラ。
せめてウォレスの前では笑顔でいたかったから・・・・・・・
「ウォレス・・・・気分はどう?今日はとっても良いお天気ね・・・・・」
作った笑顔で懸命に話しかけるアンジェラ、しかしウォレスは虚ろな瞳をアンジェラに向けてはいるがその目が何も映していない事は明白だった。
激しく胸をつかれる思いを抱えながらアンジェラは優しい笑顔でウォレスの身体を拭き、ベッドの周りの掃除をこなしていく。
そして、何時間も今日あった出来事などをウォレスに語るのだった。
これが最近の日課になりつつあるアンジェラは思うのだ。
いつか、あの子が元に戻る日が来るのかしら?来るとしてあの子に自分の犯した罪を語るべきかしら?・・・・・・と。
それでもアンジェラはウォレスが生きている事を喜んだ。生きてさえいれば人生を取り返す事が出来るのだから・・・・
例えどんなに可能性が低くても・・・・・・・・
「また、明日にでも来るわ。おやすみなさい。」
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