 |
No. 00128
DATE: 2000/06/11 07:41:14
NAME: レドウィック・アウグスト
SUBJECT: 新しい生活・長い一日
広葉樹。
夏も近づき、辺り一面に緑が生い茂る季節になってきた。
太陽の黄味がかった白い光線が、深緑と黄緑の葉の間から差し込んでくる。
私は薄っすらと目を開いた。
「・・・もう・・朝、か。」
独り、呟きながら身を起こす。
緑の木々の匂いを運ぶ夏の風が道沿いに吹いてくる・・。
目を細めながら立ち上がり、裾や背中についた埃を手で払う。
ここは『ホープ』。この世界最大の都市であるオランの街から三日。
同名である「冒険者と賢者の国オラン」の領地でもある。
都市に近い割には、古い石畳の街道を隔てて東に有るが、旅するものは少ない。
ここから同じく古き街道を北の方角に三日程行くと、古の空中都市レックス。
・・・・とはいっても、今ではそれも見る影も無い、堕ちた都市となっている。
その側に立てられた「パダ」という街がある。
古の財宝の眠る都市へ、そしてその守護者たる強力な魔獣も眠る危険な場所へ。
命知らずの一攫千金を夢見る人間が群がっている。
奇妙な三角形(そうオランからもパダは三日)を描くこの地形には意味がある。
多くの人間は知らず。この『ホープ』に訪れる人間は少ない。
しかし。・・数少ない賢者、そして冒険者、魔術師。
こんな一握りの人間だけが知っている事が有る。
ここは、・・そうこのホープは古の時代・・・古代王国の王都があった場所なのだ。
如何なる形で存在していたかは更に知るものは少なく、その文献も殆ど失われている。
・・・・しかし、私はこの『ホープ』が、王都であった事を信じているのだ。
おそらくは地中都市で在ったのだろう・・私は研究の為、その貴重な遺跡を。
・・・・・そう、発掘する予定ではいる・・のだが。
闇雲に探したとて、人間の手で掘れる様な深さに作るわけも無く。
おそらくは移送の扉・・・またはそれに類するものが設置されていたと思われる。
その情報を集める為には、古代王国時、多くの研究施設が作られたという山脈。
そう、グロザムル山脈の遺跡を発掘し、手がかりを掴まねばならない。
・・・・・そこに私の求める力があると信じて。
取りあえず、オランからやってきた私だが、住む所を考慮しなくてはならない。
まばらに木の生えている村の中を歩く。
・・さすがに石畳のオランとは違い、乾いた黄色い土がジャリジャリと音を立てる。
幾つかの茅葺き屋根を尋ね、ようやく下宿出来そうな所を紹介して貰った時には既に夕暮れだった。
赤い太陽が東の大地に沈みかけ、目に映る全ての景色を茜色に変える。
さて・・ここらへんにその薬草師の住む家があると聞いたんだがな・・。
ディナンド・・たしかそんな名前だと聞いたが。
がさがさと村外れの泉の側にあるという家を目指し、茂みを進む。
道は・・あるのだが、手入れしていなく、獣道に近い・・・こんな所に住むとはどういう変人だ?。
自分の格好と性格は棚に上げつつ、泉から流れ出ている細い溝のような小川沿いに進んでいく。
「バサッバサッ」
手に抜き身の広刃の剣を持ち、鉈がわりに使い、飛び出た枝を払う。
「・・・・・・・・。」
・・・髪が枝に引っ掛かった。
立ち止まり、ゆっくり慎重に解き、今度は絡まないように赤い皮紐で縛り襟から外套の下に通す。
ふと、視界に光るものが写った。・・・なんだ?。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・人が倒れていた。
黒い髪。頭の上で束ねて居る・・上下一体型の裾の長い服。
つまり、ワンピース?のような物、ただし腰当たりで括られているが。
顔は見えないが、おそらく女性だろう。・・・関わりたくない。
正直な感想だった。・・・・・・なんとなく嫌な予感がして近寄り、脈を取る。
ツーーーー
なんとなくそんな音がしそうな脈だった・・・・つまり無い。
気がつくと辺りは薄暗くなっており、夕日は見えない。
ただ空が少し明るく、深青いように見えるのは太陽が沈みきっていないからだろう。
明かりを地面に落ちていた親指平位の大きさの小石に灯す。
・・・・・外傷は・・・と体を動かすと後頭部に出血。
その下には拳大の石。
おおよそ決定だな・・・そう思い、体を調べていると、服の襟に名前が刺繍されている。
「何々・・ロ・・ロリエ・・ディナント、か。・・・何処かで聞いたな?」
額に指を当てて考える・・・。
・・。
・・・。
・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
自分の運の無さを呪った。
手を調べる・・・薬草師の手だった・・・草と薬品の匂いが染み付いた指先・・ん?。
指先に赤い点。
虫か、毒草だな・・ショック症状を起こして、倒れた所に石、か。
・・・・運の悪い女だ。
仕方が無く家に届けてやる事にする。
背負って歩く事半時。ようやく目的の名前が彫り込まれた看板を見つける。
『ディナント薬草店』
・・こんな辺鄙な所で商売をするな!、と、言いたかったが、ぐっとこらえて扉をノックする。
「コンコン」「コンコン」「コンコンコン」
「・・・・・・・。」「ドンドン!!」
・・・でない。
返事が無い・・というか、気配が無い。
この木製の古い扉。幾つ部屋があるか分かりそうな構造の家。
聞こえないはずが無い。
「荷物」を降ろし、懐から折れ曲がった鉄の細い棒を取り出す。
一本。「カチャカチャ・・・カチ」
蹴って扉を開けると中に入る。・・・そう言えば。
彼女の体を調べる・・・案の定、首に掛かっていた鎖に鍵がついている。
今日はどうかしているな、と、首を振りながら間取りを調べる。
確かに二人三人ならすめそうだ。
作りもしっかりしているし・・・・・・しかし。
先程から気になっているのだがこの家、どう見ても女性の一人暮らしにしか見えない。
最悪の事体になったようだ・・・取りあえず彼女をベットに寝かせ。考え込む。
・・取りあえず死因を調べよう。
何故そう思ったかは判らないが混乱していたんだろうと思われる。
おそらく自分をこの事体に陥れた原因を作りだした物を判明し、
怒りをぶつけたかったのではないか、・・・・と推測する。
台所から取り出してきた白いエプロンが赤く染まる頃。
そして妙に広い土間(?)のようなところが見るも無残に変わる頃。
私は原因を確信していた。
「うむ・・やはり蜂だな。・・・地面に住む一種だ」
「・・・コンコン」
はっと、我に帰る。
来客・・・・自分は血まみれ、家の主はバラバラ。
逃げるか・・・?、いや、まて昼間散々ここの場所を色んな人間に聞いた。
また賞金は困る・・・しかし、この現状は説明できんし、理解出来んだろう。
・・・・・・・。
扉の外では熱の出た子供を抱えている夫婦が居た。
焦る気持ちを押さえて扉を叩く、ドンドン!。
「先生〜・・大変なんです、子供が!」
ガチャ、と扉が開く。
「先生!、いらっしゃるなら早く出てくださいよ。」
いつもの顔をみて少し安心したのかほっとしたように表情を和らげる父親。
「さあ、どうぞ・・」手早く薬草の調合室にある寝台に子供を運び込む、女性。
・・・そう、死んでいたあの女性である。
一時間後。
「有り難う御座いました!」
夫婦が深深と頭を下げ、子供を背負って帰っていった後。
微笑んで見送った直後に扉を閉め、その裏側で座り込んでいる女性が居た。
そう、ロリエ・ディナンド先生だ。
その姿が溶けるように一瞬で長身の男に変わる。・・・『変身』の魔術だ。
あの直後、ロリエ・ディナンド本人に魔術で成り代わった私は、大急ぎで薬棚を検索し、
薬品名と場所を頭に叩き込んだ。
あとは普段やっている研究が役に立った・・・薬品に関してだけは素人ではない。
しかし、致死量は解っていても、子供の症状に役立つ量が分からない。
おおよその予測はつくのだが・・・専門ではない為時間の掛かる羽目になった。
・・・少し、学んで置くべきか。
いつのまにかグロザムルから日が昇り、朝日が窓の隙間から差し込んできた。
その昨日と変わらぬ光を見ながら、私は長い一日になったと感じていた。
眠りに就こうと立ち上がろうとした瞬間に眠りの精霊が砂を撒く・・・。
私は眠りに落ちながら、これからの事を考えて、その長くなりそうな予感にうんざりしていた。
新王国暦五百十二年六ノ月・一ノ日。
魔術師レドウィック・アウグスト回想。
 |