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No. 00135
DATE: 2000/06/14 04:47:24
NAME: ウィント&ミルフィオレ
SUBJECT: 真昼の決闘
6月3日。
俺達――俺とミルフィオレの二人――は漸くこの街、エレミアに着くことが出来た。
職人達の王国として知られるこの街ではそれほど長居する必要もなかったので、馴れない旅で疲れているミルフィオレを少し休ませたら、すぐにでも出発するつもりだった……のだが。
着いたその日、宿を探して俺とミルフィオレは大通りを歩いていた。
大通り、オランに比べれば少ないが、それでも人は結構多い。
俺はミルフィオレがはぐれない様に、気を配りながら歩いていた。まあ、それでも旅で疲れてるみたいだし、そう警戒する必要もないだろう、と思っていたのだが……
「あ、ウィントさん!あれ見て下さい、あれ!何て食べ物なんでしょう?ウィントさん知ってます?」
大通りに入って10分もするとすぐに元気になるミルフィオレ。目新しいモンに目をきらきら輝かて辺りを見回している。
「あ?いや、食べ物は美味しければ何でもいいし」
適当に答えておく。俺は食べ物よりも宿の方が大事だ。
早く宿を探さないと、宿探す前に“お前”を探さなきゃならんハメになるのは目に見えてる。
分かってんのか?ミルフィオレ?
などという俺の心境を知るはずもなく、落ち着きなくきょろきょろする彼女にちょっと肩を落としながら適当な宿の前で立ち止まり、部屋が空いてるかどうか確認しようと中に入る。ミルフィオレにはとりあえず宿の前で待ってて貰うとして…
と考えながら後ろを振り向く俺の前に少女の姿はなかった。
…………いや、そんな…目を離したのってほんの十数秒っすよ?俺何か悪いことでもしましたか?ねぇ、ねぇ!!
慌てて大通りに出る俺。
周りを見渡しても…いない。
一度舌打ちし、近くの果物屋のおばちゃんにミルフィオレの容姿を説明して、そんな子がいなかったかを尋ねた。
「ああ、さっきの娘のことかねぇ?可愛い子だったからついおまけしちゃったよ。あの子がどうかしたかい?」
「えっと、俺の妹なんだけど、どこ行ったか分かる?」
説明するのが面倒だったんで、妹ということで片づける。
これならすぐに見つかりそうだな、と思ったんだが……甘かった。
「へぇ、お兄さんかい?それじゃさっきの銀髪の男は何なんだろうね?親しそうに彼女を連れてそのままそっちの角曲がって行ったけど…」
また、ですか?
呆れ、そして愕然としている俺の顔を見ておばちゃんは怪訝な顔をしていた。
…とりあえず気を取り直し、ミルフィオレ探しを続けることにする。
っつーか、急がねぇと何が起こるか……今度こそヤバいかも知んねぇ……
おばちゃんに連れ去った男(……ミルフィオレがついて行った男、とは敢えて言わない)の容姿を簡単に聞き、そして俺は走り出した。
どうしても焦燥感に駆られる。
片っ端から話を聞いて回る。確実に差は詰めてきているようだが……馴れない土地、というのが余計なタイムロスを生み出す。
そして進んでいくうちに二人はスラムへと入っていった様だった。
絶望的。
初めて来た街の入り組んだスラムで人を捜すなんて無茶もいいとこである。
しかしそれでも…
と決意を固めようとしたその時、悲鳴が上がった。
…お約束通りな展開で…
声はかなり近い。前にも似たようなことがあったなぁ、と思いつつ…俺は声の方へと走り出した。
「おじょーさ〜ん、そろそろ大人しくしてもらわねぇとね〜」
右の方から野太い声が聞こえる。
如何にも、って感じの声。目を向けると一人の少女を男が3人ほど取り囲んでいた。
声を出したのは一番手前にいる、背の高いがっしりした体格の男。肩のあたりに入れ墨をしているのが見える。
距離はさほど離れていない。
俺は走りながら少し前屈みになって石を拾うと、そのままその入れ墨の男に投げつけた。
がつ〜ん!
見事頭にクリーンヒット。男はそのまま頭を抱えて蹲る。
「あっと、すみませ〜ん、ちょっと手癖が悪くて」
とりあえずバカにした態度を取りつつ相手を見やる。
相当痛かったらしく、蹲った男はそのまんまである。
少女はその男に取り押さえられていたらしく、男が倒れたらすぐにこちらへと走って逃げてきた。
う〜ん、成長したねぇ、ミルフィオレ。
少女がこっちに逃げて来れたのを見て、すぐ残った二人に目を向ける。
一人は銀髪。長い髪を後ろで縛り、ちゃんとしてりゃ美形で通るだろうが、にやにや笑いを浮かべているのでみっともない長身痩躯の男。見たとこ得物は見つからない。
もう一人は小太りの角刈り。狼狽した顔で、額には玉の汗が浮かんでいる。腰に差した長剣が似合ってない。
と、そこまで見たトコで蹲っていた男が立ち上がった。
「てめぇ……!一体何様のつもりだ!!」
獣のうなり声みたいな声である。あんまり迫力がないのは何故か分からないが。
「いやね、こんなトコでするにはあんまりにもまだ日は高ぇし、人の通りも多いと思うんだけど自覚ある?」
俺の真後ろで震えているミルフをちら、と見てから、半眼になって告げる。
「まぁ、とりあえず俺のツレなもんであんたらの好きにさせるつもりは全くないの、分かるか?」
油断なく構え、すぐに逃げ出せる体勢に持っていく。
やる気満々の巨漢から逃げるようにじりじりと後退していく。と…
突然銀髪の男が大声で笑い出した。…高笑いだ。
「は〜っはっはっはっは!そうか、なるほど!それなら仕方がない!君の挑戦を受けて立とうじゃないか!決闘は明後日夕刻。<金の馬蹄亭>でキミを待っているよ!ボクは歓迎しているんだ!キミの登場をね!それじゃまた会おう!行くぞ!バーダト!シャーニーペイ!」
「ま、待ってくださいよアウェリスさまぁ!」
小太りがあたふたと後を追いかける。巨漢もちっと舌打ちして、恨めしそうにこちらを見たあと、二人についてった。
さて、ここで俺に疑問が残る。
あいつら誰だよ?
そんな、一方的に決められて誰が行くか、ってんだよ。頭悪いんじゃねーの?
とりあえずそんなことを考えながら、俺はまだ震えているミルフィオレを宥めることにし、振り向いて背中をぽんぽんと叩いてやることに…
「あれ?ウィントさ〜ん、どうかしたんですかぁ?」
聞き覚えのある声が振り向いた俺の後ろから聞こえてくる。目の前で泣いている少女から、ではなく。
「さっきそこでこんなの買っちゃったんですよ、いいでしょう?ってあれ?ウィントさん?何で固まってるんですか?」
声の聞こえてくる方に向けていた目をもう一度泣いている少女の方に向け、誰にも聞かれないように小さく嘆息し、少女の顔を見た。
可愛い子だね〜…ミルフィオレとは似てないけどさ。
「わたしを……わたしを助けてください!」
「ウィントさん!まさかその子泣かしたの……!」
泣き腫らした目で訴えかけてくる少女と後ろから明かな誤解と共に走り寄ってくるミルフィオレとの間で俺は…今度はその場にいる全員に聞こえるだけの大きな声で深くため息をついた。
「それでねそれでね、ケニアったら顔を真っ赤にさせてウィリスの手を握って…」
「きゃ〜☆本当に?ロムネヤもそんなことがねっ…」
テーブルを挟んで二人の少女が仲良さそうに話しているのを聞きながら、俺は黙々と本日の店長のオススメを食べていた。
ミルフィオレとその少女――名をラタリアと言う―は昔からの親友のように楽しそうに話している。
彼女、ラタリアはぱっちりとした目が可愛い、背の低い女の子で、まぁ…良く喋る子である。
俺に事情を説明した後、そのままミルフィオレと雑談モードに突入しているくらいだ。切羽詰まってるんじゃなかったのか?
いつまでも終わりそうのない二人の話を聞き流しながら、それにしても…と二人の服装を見比べる。
ああ、何でこんなに似た服装してるんでしょうね。それこそ魔法でも使ったんじゃないですか?と俺は非常に疑問に思うのだが、二人からすると全然違う服装らしい。
「そんなんだから彼女に振られちゃうんですよ」
………ミルフィオレ……お前、ストレートすぎ………
まだ失恋の痛手から完全に立ち直ったわけではない俺を黙らせるのには非常に効果的な一言をいとも簡単に言うミルフィオレ。
その一言で完全に撃沈したい気分だが……そうも言ってられない状況が目の前にぶらさがっていた。
すなわち、俺がラタリアの許嫁との決闘を受けなければならない、という状況が。
ラタリアが語った話を要約するとこういうことになる。
彼女は結構な名家の娘で、小さい頃に既に決められた許嫁がいた。
だが、彼女の家も、その相手の家も落ちぶれ、もう既にわざわざ政略結婚という形を取る意味すら持たない状況となっていた。
しかし、相手の男はラタリアに心底惚れているらしく、昔の約束を持ってきて結婚しようと迫ってきているらしい。
しかも質の悪いことに、相手の男は今や盗賊ギルドの構成員になっているのだ。
力ずくで何とかしようとしてきた相手に対して、嫌がっていた所を助け出したのがこの俺。
――まぁ、とりあえず俺のツレなもんであんたらの好きにさせるつもりは全くないの、分かるか?――
この言葉が決定的だったねぇ、俺のバカ……
この言葉を聞いた男は当然俺と彼女が付き合ってる、とでも思ったんだろうなぁ。
しかも何かむっちゃ自己中心的な言い方してたし、説明しても分かるわけなさそう。俺の登場を歓迎している、とか言ってるし、多分俺を潰して、ラタリアを手に入れるつもりなんだろう。
はぁ……頭いてぇ。
ここまで関わっといて、はいさよなら、は俺のポリシーが許さねぇし、既にミルフィオレがラタリアと仲良くなっている今、このまま適当に流すことなんて出来るわけがねぇ。
しかし…決闘。ナンセンスな…
盗賊がすることじゃねーだろ、そういうのは高貴な騎士様がやることだってば。
そうは思っても言いたい相手が目の前にいるわけじゃなし。ああ辛い。
とりあえず…このまま待っててもしょうがない。まずは…情報収集。
と、ふと顔を上げる。
そこにはこっちの顔をのぞき込んでいる二人の少女がいた。
「どうかしたんですか?何か悩んでるみたいですけど…」
「そりゃ悩むわい!!」
思わず即答した俺に、怒鳴られてすっかり意気消沈したミルフィオレ。そして横のラタリアの非難じみた顔…
しまった……
そう思っても後の祭り。
俺は今度は心の中で深〜いため息をつき、ミルフィオレをなだめにかかった。
6月4日。
早速情報を集めることにした。
薄暗い地下への階段を下る。
この下にあるのは盗賊ギルド。やっぱりここに顔出しとかねーと後々やべぇし……
そうそうギルド員の情報が得られるとは思わねーが、それでも良く知らない町を適当に歩き回るよりは断然ましだ。
こつこつ、と音をさせながら下へ。と、先の方が少し明るい。
着いたか、と思いながらちょっと気を引き締めて歩いていき、そこにいたギルド員の顔を……
銀髪の男。部下らしい二人が叫んでいた名前によると、確かアウェリスとか……ってこんな所で会うのはひじょーにやばくないですか?
呆然としてる俺に気が付き、何故か知らんがにやにやと余裕の表情でこちらに近づいてきた。
「どうしたのかな?キミとの勝負は明日だと言うのに、気が早い人だ」
俺は一度はぁ、とため息をついてから半眼になって答える。
「別にお前に会いに来たわけじゃねーんだよ、自意識過剰になってんじゃねーぞ、銀髪」
すると、何がおかしかったのか、突然笑い出した。
「な、何なんだよ?いきなり笑いだしやがって…周りのヤツらの視線を感じねーのか?」
後の方は小声で言う。するといきなりこう返してきた。
「流石だ。流石としか言いようがないな、流離いのギャンブラー、ウィント」
「い゛っ?」
思わず顔を引きつらせる。昨日の今日でいきなり名前まで分かるか?そこまで有名じゃねーだろ、俺。
「何を驚いた顔をしている?ギャンブラーに必要なのはポーカーフェイスじゃないのかい?」
小馬鹿にした表情で言うアウェリスにぷちっとキレそうになるが、ここでキレるのは流石にやばい…
「ふっふっふ、明日の決闘が楽しみだよ。この手でキミの全財産を奪い取ってくれる…」
恍惚の笑みを浮かべて言う目の前の銀髪野郎の言葉に首を傾げる。
「財産?お前、一体何で決闘するつもり……」
「はっはっは!ギャンブラー同士の決闘と言ったらカード勝負に他なかろう!?」
「じゃあ決闘とかって言葉使うんじゃねえ!!」
思わず周りの目を気にせずに叫んでしまう…
あぁ、まだまだよそ者だってのに……
ただ、ちょっと周りを見てみると……あれ?何か憐憫の表情で俺を見てませんか?皆さん。
その表情を説明するなら…変なヤツに絡まれて災難だな、ってトコかな。
そーゆー存在ね。
ちょっと…いやかなり納得し、少し苦笑してから俯いていた顔を上げる。
「確かにその通り!ギャンブラー同士の戦いと言えばまさにカード勝負!明日の夕刻に勝負だ!」
少しヤケになりながら適当に答えてそのまま出ることにした。そこへ…
「あいや待たれい」
妙に芝居がかった渋みのある声がこのまま去ろうとした俺を止める。
振り向いた俺の目の前には好々爺の笑みを浮かべたじーさんがいた。
「その勝負面白そうじゃ。こちらで取り仕切るとしよう」
……何で?ねぇ、どうして?
問いを口にすることが出来ずにただ唖然としている俺をよそに話はどんどんと進んでいく。
「ではどっちが勝つかを賭けの対象にでもしようかの」
「………」
あれよあれよと言う間に話は進み、気づけばアウェリスの倍率の方が高くなっていた。
エレミアの盗賊ギルドってこんなんでいーのか?
横には自分の方が倍率が高いと知って、肩を振るわせているアウェリス。
「しょ、勝負は明日だ、明日!逃げるなよ!!」
突然こっちを指さしてそう叫んだかと思うと、そのまま走り去っていった。
頭を抱えたくなる気持ちを必死に堪えて、ふらふら〜と続いて出ていこうとする俺の肩を掴む笑ったじーちゃん。
「あんたには色々と手続きってもんが必要じゃからな」
……はいはい、分かっておりますよ。はぁ、何でこんなことに……
とりあえずじーちゃんにへいこらしながら、俺はこの後どうするか真剣に悩んでいた。
が……まぁ、やっぱりと言うか何というか、悩んでどうなる、って話でもなかった。
6月5日。
頭痛い、眠い、気が重い…
う〜ん、体調不良を理由に今日の約束をすっぽかしたい気分である。無理だけど。
昨日宿に帰ってきた時には既に夜も遅く、ラタリアとミルフィオレはぐっすり寝ていた。
ってか、俺のベッドで寝るな、ラタリア。
帰ってきてそのままベッドに倒れ込んだらいきなり悲鳴が上がって、横にいた俺はマジでびっくりだぞ、おい。
んで部屋追い出されたかと思ったら、いきなり目の前に宿屋のオヤジが腕組みして立ってるし……
必死で弁解して、何とか納得して貰えたのが真夜中。
しょうがないから大部屋で寝ることにしたら大部屋ではむさ苦しい男が3人ほど歯ぎしりといびきで安眠妨害も甚だしいし……
で、結局眠れたのが明け方、そりゃ眠いってば。
いや、夕方の約束の時刻まで寝てられたら良かったんだけど……
「いつまでも寝てちゃダメですよ、ウィントさん」
というミルフィオレの一言で朝早くにたたき起こされるハメに。
ラタリアは昨晩のこと何か全然覚えてねーし。
はぁ……ため息が自然と漏れる。近頃(ミルフィオレと関わってから)ため息が多くなった気がするのは決して気のせいではないはずだ。
何てことを朝御飯のパンをもぐもぐとかじりながら考える。
って、今はそれどころじゃねーよなぁ……
まぁ、夕方まではすることがないのが現状なわけで、それだったら戦士のつかの間の休息ってヤツを取らねばなるまい。
少女二人のせいで眠れないのは無茶苦茶痛いのだが。
「ラタリアが美味しいお店に連れていってくれるらしいんですよ、一緒に行きますよね?」
有無を言わせない態度に見えるのは俺だけか?
そして俺は夕方まで二人に付き合わされて引きずり回された。
夕刻、約束の場所――
「どうしたのかね?そんな窶れた顔をして」
「お前の知ったことか」
二人に連れ回されてすっかり元気のない俺を見て声を掛けてきたアウェリスに素っ気ない答えを返す俺。
仕方あるまい。少女の体力にほぼ徹夜の俺がついていけるわけがあろうか?いや、ない。
「…ふん、まあいい。それでは始めるとしようか」
「ああ、ちゃっちゃっとやって早くベッドで休ませてくれ」
俺の答えを侮辱と取ったのか、ムッとした顔でアウェリスが言う。
「そんな口を聞いて、後で吠え面をかかないでくださいね」
……それ、負ける悪役のセリフ。
根拠もなく、これは勝ったな、と思いながら俺は期待に満ちた観衆の目と屈強な男達に囲まれた席に着いた。
薄暗い部屋。
何かお香でも焚いてるのか、妙に煙たいその部屋で、俺は強面のおにーさん5人に囲まれてギャンブルをしている。
正面にいるアウェリスが自信満々でカードを提示した。
「さぁ、キミの番ですよ。流離いのギャンブラーさん?」
ねちっこい言い方。人の神経を逆撫でる言い回し。誰に習ったのやら。師の顔が見たいね。見たらぶん殴るけど。
「ああ、分かってる」
そんなことを考えながらぶっきらぼうに答え、一枚のカードを出し、相手の手番。
予想外のカードだったらしく、汗をたらしているのが見えた。
あぁ、何でこんなとこで勝負しなきゃなんねーんだろ?
ため息をついてから相手を見る。
さっきまでの余裕の表情もどこへやら。四苦八苦しているアウェリスを横目で見て、ついつい欠伸が漏れてしまう。
興味深そうに見てた観客も歴然とした差を見てほとんどが帰ってしまった。
あぁ、つまらん。
素人でももっとマシな勝負をするぞ。
「そろそろ負けを認めたら?もう俺眠くて眠くて…」
欠伸が止まらない口を手で押さえながら言う俺。
「ウィントさん、そんな態度取っちゃ、相手に悪いですよ」
たしなめるような口調で言うミルフィオレ。宿で待ってろ、って言ったのにラタリアと二人で着いてきやがった。
それが更に相手の神経を逆撫でしたらしい。
顔に青筋を浮かべながら真剣に悩んでるアウェリスが哀れになってきた。
「ふわ〜、まだ終わらないんですか?」
俺と同じように欠伸をしながらラタリアが言う。
それを見て、哀しくなったのか虚しくなったのか、ついにアウェリスが言った。
「ボクの……負けだ」
「いや、最初から分かってたってば」
更に追い打ちをかける俺にまた意気消沈するアウェリス。
そのアウェリスを尻目に、立ち上がる。
「さ、これでもうラタリアに付きまとうのはやめろよ、分かったな?」
「ああ、彼女はキミのものだ」
そういうモンでもないんだけどね。
「きゃあ!嬉しい!」
と、いきなりラタリアが飛びついてきた。
「これで一生ウィントさんと一緒にいられるんですね!」
……は?
「うむうむ、いい話じゃ」
一応最後まで見ていたらしいじーちゃんの声がその場を締めくくろうとする。
「良かったですね、ウィントさん」
何か良く分かってないようなのだが、とりあえずそう声を掛けてくるミルフィオレ。
「…え?いや……何で?」
「旅の若者が途中で助けた美少女と恋に落ちるのは王道じゃないですか。昨日の夜にウィントさんの気持ちは確かめられましたし、私はウィントさんに一目惚れ、って設定ですから全く問題ないです。というわけでふつつか者ですが、よろしく御願いします」
…って、昨日俺のベッドで寝てたのは策略ってことかっ!
「さ、これでボクの役目は終わりですね。今度はボクが流離いのギャンブラーとして旅に出るかな……」
遠い目をしながら言うアウェリス。
「うむうむ、いい話じゃ」
それしか言わないジジィ。
「えぇっと……どういうことなんですか?」
やっぱりよく分かってなかったらしいミルフィオレが首を傾げてこっちに聞いてくる。
「……逃げるぞ」
それだけを言って彼女の手をひっつかみ、外へ飛び出ようとする俺にじーさんが声を掛けてくる。
「あんた…ここで逃げたらうちらを敵に回すことになるぞ?」
ジジィ…あんたグルだったんだな。
結局どうしようと言うんだ、こいつらは……
「これでウィントさんが私の借金を背負ってくれて……嬉しい……」
目に涙を浮かべながら言うセリフがそれかい!
「それならもっと金持ってそうなのを引っかけろ!」
「そういう人達ってなかなか引っかかってくれないんですもん」
そういうことをしれっと言うな……
「まぁ、よろしく御願いします」
「そんなバカな話があるかあ!!」
ぺこり、と頭を下げるラタリアに対して俺は叫ぶことしか出来なかった。
6月6日早朝。
空を見上げながら爽やかに言う。
「いい天気だねぇ」
「今にも雨が降ってきそうですよ」
俺と同じようにどんよりと曇った空を見上げながらミルフィオレが冷静につっこむ。
「……そうだな」
当然逃げ出すことにした俺は、朝早くにミルフィオレを起こし、エレミアの街を出ることにした。
結局この街では休めなかったので、ゆっくりと進むことにする。ミルフィオレに限界が来る前にどっか休める場所に着かないと…
と考えてたところで後ろから声がかかる。
「ウィントさん!今さら逃げようとしても無理ですよ!!」
うう〜ん、お約束な展開。誰の意図だろうね……
「あ、見送りに来てくれたんだ!ラタリア〜」
横には元気いっぱいで手を振るミルフィオレ。
その彼女の手を握り、走り出す。
「わっ!ちょ、ちょっとウィントさん!」
「舌噛まないように気をつけて走れ!」
「え、でもせっかくラタリアが見送りに…」
「アレは見送りじゃなくて連れ戻しに来てんだよ!」
「そうなんですか?でも昨日はちゃんと……」
「ん?どうかしたか?」
「え?い、いや何でもないです」
等と話し合ってる間にラタリアが迫ってくる。
「待ってくださ〜い!」
「待てと言われて待つ奴がいるかぁ〜!」
そして全速力で走る。こんなトコで一生を終えるつもりはない!
「わっ!ウィントさん、そんな速く走れませんよ……待ってくださいぃ……」
ミルフィオレの声が聞こえたが、ここはどうしても譲れないのだ。頑張れミルフィオレ。
「やっと流離いだしたんだから邪魔をするな〜!」
誰にともなく叫んで俺は西へと向かって走った。どんよりと曇る空に向かって。
6月6日正午ごろ、エレミア――
宿屋に憂鬱な表情で柑橘水を飲んでいる少女がいる。
「そうそう機嫌を悪くしないでください、ラタリア様」
横に立っていた老人が苦笑しながらその彼女にそう声を掛ける。
「うっさいわね〜、また逃げられたのに憂鬱にならないわけないでしょう〜!?」
頬を膨らませながらそう答えて、彼女は続けた。
「そろそろどうしようもなくなってきてるのに…どうして上手くいかないんだろ?このままじゃ身体を売ることに……」
「根本からやり方が間違ってる気がしなくもないですが」
「そんなわけないでしょ!?やっぱツメが甘いのよ、ツメが。よし、今度こそ…」
そう言いながら宿屋の中を物色するように見回す彼女。
「あ♪あの肩にリスを乗せた男の子なんて可愛いじゃない♪早速いつも通りいくわよ!」
「はい、分かりました。早速手配いたしましょう」
どこか諦めたような感じで老人は答え、宿屋を出ていった。
「しかし、追えば捕まえることなんて簡単だったはずなのに何故そう命令しなかったんでしょうな?ラタリア様は」
道を歩きながら老人――ラタリアの執事である彼――はそう独り言を言った。
「昨日終わってからミルフィオレとかいう少女と二人で何かしら話してたことが関係あるんでしょうかね?」
そこまで呟いてからふぅ、と息を吐いてからまた呟く。
「まぁ、関係のない話ですな。あの勝負の賭である程度稼ぎましたし、それで十分ですな」
そこまで呟くと、彼はある店の前で立ち止まり、『準備』のためにその店に入っていった。
「さて、忙しくなりますわい」
彼の呟きを聞く者は誰もいなかった。
6月11日、自由人の街道沿いの宿屋――
「ふぅ……とりあえず大丈夫、だろ」
ベッドに腰掛けて安堵のため息をつく。
エレミアから逃げ出して5日、もう追っ手の心配もなくなっただろう。これで漸く安心して眠れるというモンである。
「そうですね」
ちょっと遅れて横にいるミルフィオレから返事が返ってくる。
一目見るだけで疲れているのが分かる。
そろそろで休まねぇとこいつの身体が保たねーな、こりゃ。
「大丈夫か?結局ずっと休まずここまで来たからな。もう大丈夫だろうし、ここらで何日か休んでも…」
そうミルフィオレに声を掛ける、が。
「くー」
…寝てやがる。
まぁしょうがねぇか、と苦笑しながら彼女をちゃんとベッドに寝かしつけ、布団をかけてやる。
「さて、と」
寝てるミルフィオレを見て、もう一度苦笑してからちょっと散歩に出かける。
晴れ渡った空を見上げて愚痴るように言う。
「こんな空くらい何もなかったら平和なんだけどなぁ」
うう、我ながらじじくせぇ。
そんな事を考えてる俺の耳に聞こえる突然の悲鳴。
そしてこちらへ向かって走ってくる20代前半くらいの女性。
「た、助けてください!」
ふと空を見上げるとさっきまで雲一つなかった空に暗雲が立ちこめていた。
「こんなんばっか」
女難の相はいつまで経っても消えそうにない。
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