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No. 00144
DATE: 2000/06/26 00:44:27
NAME: 少年
SUBJECT: 生きる為に・・・(初戦)
少年は目の前で嗚咽をあげながら転げ回る人間をただ無表情のまま見つ
めていた・・・・
ここは地下闘技場、ある理由から奴隷商人に売られてしまった少年に残
されていた人生は剣闘士として戦う事だけだった。それが少年がこれか
ら生きる為に与えられた、ただ一つの道だったのである。
奴隷剣闘士となった少年の最初の戦いは最下級の剣闘士としての前座試
合だった。上半身は裸のままで、手にはスモールシールドとショートソ
ードを持たされて身も知らぬ相手と生死を賭けて戦わねばならなかった
のである。
少年が一歩闘技場へと足を踏み入れるとその瞬間割れるような歓声と共
に殺意を持った視線、そしてあらゆる感情を伴った空気がビリビリと少
年の体に叩きつけられてきた。止めようと思っても自然に手や足、そし
て体中がブルブルと震え始める、熱狂し、血に飢えた獣のような観衆を
目の前にしての殺し合い等、今の今まで経験した事が無い少年は体の震
えを抑える為の方法も知る筈がなかった。
やがて、闘技の主催者であるギルドマスターが貴賓席から立ち上がり、
重々しく右手を差し上げ試合開始を告げる合図を送った。
相手はおそらく少年よりも少し年上であろうが、その目は血走っており
生き残る為に必死だという思いが伝わってくる。気付いた時には目の前
に鋭い刃の切っ先が近付いていた、少年は慌てて身をそらしそれをかわ
した。そして訓練されてきた体が勝手に反応し、反撃の刃を相手に向か
って叩きつける。その攻撃をシールドを使い軽く受け流した相手はショ
ートソードを脇腹めがけて振り下ろした。少年も同じ様にぎこちなくシ
ールドを使いその攻撃を防御した後、距離をとる。そしてようやく体の
震えもおさっまてきたのか相手を観察しようとする、だが、そんな動き
を察していたかのように相手はサッと距離を詰めていった、フェイント
を絡めた小刻みな攻撃は少年の胸や腕にいくつもの浅い切り傷を負わせ
ていった。少年には明らかに「経験」が不足していたのである。
少年は手や胸から噴出す血を感じながらただ考えていた、自分は技では
相手にかなわない事は明白だ。そして体格も相手の方が勝っている、そ
れじゃあどうすればこの相手に勝つ事が出来るのだろう?そしてスタミ
ナだけは自信があった少年に一つの結論が出た。少年は攻撃を必死にか
わしながら集中し、そして闇雲に攻撃を繰り返す振りをする。徐々にス
タミナを消耗した様子を見せ、たった一度だけ訪れるチャンスをじっと
窺った。そして、ついにその機会が訪れる。少年の体中から噴出す血、
フラフラとした仕草。燃え上がるような観衆の声援が相手に勝利を確信
させたのである。戦いを終わらせ勝ち名乗りを受けようとした相手が、
止めの一撃を少年の無防備な心臓めがけて突きを放つ。
しかし、少年はその瞬間わずかに体をずらしその必殺の剣を己の脇腹で
受け止めた。肉を切り裂き体の側面をかすめた剣の腹と相手の腕を自由
な左腕で挟み込む。予想外の少年の行動に愕然とする相手に一瞬の隙が
生じた。少年は待ち焦がれたその隙を見逃さず、振り上げた剣を相手の
腕に叩きつけた。少年の耳に絶叫が響き渡りシールドを落とす音が聞こ
える、そして相手は無我夢中で残された武器であるその拳で少年殴りつ
ける。が、少年はその拳を受けながらも何度も何度も振り上げた剣を挟
み込んだ腕に振り下ろす作業をたんたんと繰り返した。そしてある瞬間
から剣が肉に突き刺さる感触が無くなると同時に、拳の攻撃もピタっと
止まった。限界を告げた少年の肉体がフラフラと後ろへとあとずさりド
ンっと闘技場の壁にその体重を預ける、目の前には嗚咽をもらしながら
地面をのたうち回っている相手がいる。肩で息をしていた少年がふと気
付くと相手の胴体から離れた腕がしっかりと少年の脇腹から生えている
のが見えた。
「う・・・うわぁ!!」
少年が驚きの声を上げ、脱力すると同時に支えを失った腕と剣がドサリ
と地面へと落ちる、一際大きな歓声が上がり少年の勝利を告げる合図が
なされると同時に少年はズルズルと背後の壁に体を預けながら座り込ん
でいった。少年は生き残ったのである・・・
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