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注)このエピソードは、No. 00137 「殺意」(ラス)をカレンの目を通して書いたものです。 <510年〜晩秋/エレミア> エレミアに流れ着いて数年。この街での暮らしにも慣れてきた。拠点を構えた当初は仕事もままならなかった俺達だが、地理にも慣れ、裏道にも精通して、ちょっとしたコネもできた今では困ることもさほどない。 そんなある日、ひとつの仕事が舞い込んだ。 ティアールと名乗る貿易商が、自分の娘の護衛を依頼しに来たのだ。娘の名はスミーユ。ティアールの一人娘で、もうすぐ結婚するということなんだが、ここでひとつ問題がもちあがったらしい。取引のあった商会の経営者、ジャイルという男がスミーユを見初めて勝手に盛り上がり、その矢先、結婚の話を耳にして強硬手段にでたという。 とりあえず、仕事の裏を取る。ティアールという男は、経営手腕に優れた貿易商で人柄も良く、使用人や近所の住人、得意先に至るまで評判がいい。今回の依頼自体に関してもなんら問題はないようだ。対してジャイルのほうはというと、父親の死後、商売を受け継ぎ、そこそこやり手ではあるらしいが、なにかと思い込みの激しい男らしく、その所為でたびたび取引相手との衝突が見られる。経営不振とまではいかないが、最近はちょっと危ういこともあったらしい。 ジャイルがスミーユをつけ狙う理由が、単なる横恋慕なのか経営再建を狙ったものなのか判然としないところだが、まぁ、ここのところの理由はどちらでもいいだろう。ようはスミーユという娘を、事が静まるまで守ればいいのだ。 そして、依頼を受けた翌日。 スミーユとその結婚相手に会う。彼女は父親が言う通り、綺麗な女性だった。立ち居振舞いから、聡明で気転のきく娘だということもわかる。その言葉、仕草などを見ても、彼女の結婚相手に対する気持ちも疑いようがない。 結婚相手の名は、ルーティクラード。その名前の、発音しづらさでわかるとおり、生粋のエルフだ。 酔狂な……。寿命というものを考えているんだろうか? そう思った。自分の後を継いで商売を切り盛りしようという娘に、エルフとの結婚を許そうという父親が本当にいるだろうかと、正直言って、その心の内を疑った。 しかし、父親の目の中からは、この結婚を良しとしないような光は見出せなかった。 当人達がそれで納得しているのだったら、俺の疑問は余計なことだろう。一旦受けた仕事だ。最後までやればいい。 そのルーティクラードが近づいてきたのは、護衛を始めて数日経った頃だった。近づいてきたといっても、俺にではない。ラスにだ。 一緒に見回りをしていたのだが、何か居づらい雰囲気を覚えたので、ラスをその場に残し、一人で見回ることにした。この屋敷の中には俺達以外にも警備の者が常駐している。挨拶を交わしたりしながら、それとなくお嬢さん(彼らはスミーユのことをそう呼んでいる)の結婚のことや、ルーティクラードの話をしてみる。気遣いの細やかな娘であるらしい。スミーユはこんな警備の者達にも労いの言葉をかけたり、手ずからさしいれをしたりするようだ。もちろんルーティクラードと一緒に。そんなものだから、彼が異種族だということも差っ引かれて評判もいい。2人の結婚のことを良く思わない者がいるような雰囲気はまったくない。ましてや、ジャイルの息がかかっていたり、手引きをしようなんて者がいるとも思えなかった。 多少は安心していられるということか……。 結婚の儀式間近、屋敷周りを念入りに調べる。 窓にちゃちな仕掛けを見つけた。廊下の突き当たり。ここからだと、入ってまっすぐ行けばスミーユの部屋だ。仕掛けを取り外し、替わりに罠を仕掛ける。たいした物ではない。が、かかれば屋根から転落するだろう。 一通り調べて、庭に出る。 そこでスミーユに会った。会ったというより、見つけたと言ったほうがいいか……。庭に植えられた花々の間に見え隠れしているのを見つけ、声をかける。花を摘んでいるのかと思ったのだが、ちがった。青い顔をして蹲ってる。急いでスミーユ付きの年配の使用人を呼び、寝室まで運ぶことにした。 体が弱いというようなことは聞いていなかったのだが……と、使用人に聞いてみる。 「まだ、旦那様には内緒なんです」と言い置いて、年配の使用人は笑った。スミーユはルーティクラードの子を身篭っていた。 食事の後、今後の仕事の打ち合わせをする。はずが、ラスが戻って来ない。さっきルーティクラードがラスに話しかけているのを見かけたから、きっと中庭辺りで話しこんでいるのだろうと見当をつけ、呼びに行く。 中庭に出て辺りを見まわす。話し声が聞こえた。 「……大変、失礼な事をお聞きいたしますが……生まれて来なければ良かったと思ったことは? …あ、いえ……」 なんとなく足が止まる。 ……聞いていていいのか……? 「……そう思いかけたことは…ある。多分、何度も。でも、そのたびに思い直してた。そんなことはないって」 ルーティクラードは生まれてくる子供がハーフエルフだということを気にかけているらしい。ハーフエルフだということで偏見や迫害の前に晒されるのを気に病んでいる。……それで、ラスか……。 ラスが人間とは異なる種族だということを、今更ながら再認識する。 あいつと出会ってから5年ほどだろうか? 考えてみればこの時まで、ラスという人物と偏見などという言葉を関連付けて考えたことなど一度も無かった。俺自身が偏見の中で育った所為もあるだろうが、それよりもラスの性格が、どうしてもそんなものとは結びつかなかったのだ。 人間とエルフ、そしてハーフエルフ。 この3者の中に確執が生じ得るほど、いったい何が違うというのだろうな……。ラスと行動を共にする時間が長くなるほど、そんな疑問の方が強くなるだけだ。 「……そういえば…ルーティクラードと気が合ってるようだな? おまえがエルフと気が合うってのも珍しいけど」 何気なくラスにそう言ってみる。 「別に…エルフとは気が合わないってわけじゃねえさ。あいつらの考え方なら理解できる。むかつくくらいにな。ただ、ルートはちょっと……ま、お互いの人生相談みたいなもんだな」 人生相談か……。そう言って笑うラスを見ながら、俺は複雑な気分になっていた。 真夜中。 ひとつの叫び声が、ジャイルの襲撃を告げた。 多分、昼間仕掛けた罠に阿呆が引っかかったんだろう。しかし、落ちたのは一人だったらしい。ジャイルを含め、他数人が屋敷に押し入った。 雇われたと思しい者達が屋敷の警備の者を蹴散らし、ジャイルはスミーユを捉えて逃走にはいった。 包囲するように追いかける俺達と、形振り構わず逃げるジャイル達の前に、ルーティクラードが踊り出た。 思わぬ足止めをくらい、見た目にもわかるほど狼狽するジャイル。そのジャイルを守るように前に出るジャイルの弟。なんとかスミーユを助けようと必死になっているルーティクラード。 ……この対峙はまずい……。 ルーティクラードには引いてもらいたいんだが……。 ラスから合図がくる。引き付けろと言うのか……。やって出来ないことはないが、なんといってもルーティクラードが邪魔だ。 ジャイルの背後はガラあき。ラスはその背後をつこうというのだろう。前に出ようとするルーティクラードを牽制しつつ、敵の目を自分に引きつける。……頼むから、そのまま動かないでくれ。 そう思った瞬間、ルーティクラードは飛び出していた。天性の素早さとでもいうのか……俺は彼が飛び出して行くのを止められなかった。 崩れ落ちるルーティクラードの姿、そして響き渡る悲鳴を聞きながら、ジャイルの弟の方に間合いを詰める。たいした相手ではない。さっさと殺ってしまうのは簡単だ。が、そこまですることもない。この弟の方は、多分兄であるジャイルの命令に従ったまでのこと。腕のひとつでも切り付ければ大人しくなるだろう。そう踏んで時間をかけすぎたのがマチガイだった。 聞こえてくる詠唱……。あまり聞きなれない言葉を紡いでいるのは、ジャイルの背後に控えていた男だった。魔術師だったとわかった瞬間には、ロイとシュウに向けて稲妻が走っていた。2人の援護はもう期待できない。ラスはスミーユを取り戻したはいいが、庇いながらの戦闘で苦戦を強いられている。 もはや相手の命など構っていられなくなった。ジャイルの弟に無造作な一撃をくれ、ラスに目を転じる。 「…ラスっ! 右だっ!」 ジャイルの剣を受け、圧し掛かられるものの、その体を蹴り飛ばす。ジャイルが倒れた先で炎が上がった。 「……ンの…野郎っ!」 剣を投げ捨てるラスの目に怒りが見えた。そして続くのは魔法の詠唱。 「 汝、白き光に宿り、それを司るものよ、我が声を聞き我が呼びかけに答えよ… 」 「必要ない!」 ジャイルの腕に切り付け、剣を奪う。 振り向く。 「やめろ、ラス!」 「 我が友、無垢なる光の精霊よ…その姿を現し、彼の者を撃てっ!! 」 俺の声は、ラスの怒りの前にかき消された。 目の前に現れる眩い光の精霊。ラスが最も得意とする魔法が完成した。巻き込まれる前にその場から逃れる。激しい爆音と断末魔の声が背後に聞こえた。 ラスが倒れていく。スミーユも意識を失ったらしい。 最後は魔術師を残すのみだが……。雇い主が光の精霊にやられたのを見ていたのか、既に戦意を喪っていた。 その後は、警備の者達と消火作業、遺体の処理、そして襲撃者の官憲への引渡し。 ルーティクラードは既にこときれていて、俺ごときの力ではどうにも出来なかった。 官憲達がジャイルの死体を焼死と判断してくれたことには、正直言ってほっとした。簡単に人を殺せるような魔法をラスが使ったと知られては、変に警戒心を煽るだけだ。警備の者達の中には一部始終を見ていた者もいるだろうが、ラスの魔法でジャイルが死んだとは、誰も口にしなかった。それが、ラスに対する恐れからなのか、またそうではないのか……それは、俺にはわからなかった。 最後にラスの傷の回復。……こういうのを目の前にすると、昔助けられなかった仲間のことを思い出してしまう。何度神に助けを請うても、奇跡はもたらされなかった。またそんなことになるのではないかと、恐怖心がわきあがる。 それでもやらないわけにはいかない。ロイもラーダの神官だが、雷をうけて倒れてしまっている。 今、ここでラスを癒せるのは自分しかいない。 強く、神に奇跡を願う。何者かが自分の体の中に入りこんでくるような奇妙な感覚と、激しい脱力感が襲ってきた。ラスの傷が癒えるのと引き換えに、自分自身の意識を保っていられなくなる。こいつは運がいい。俺に奇跡を使わせて、ことごとく助かりやがる……。 俺の意識はそこで途切れた。 次の日、まだ意識の回復しないラスをロイとシュウに任せて宿屋に帰らせた後、ティアードのもとへ行った。 力無くソファに座っている彼に、ルーティクラードを死なせてしまったことを詫びる。 報酬は受け取らなかった。依頼通り、スミーユの身柄は守ったけれど、彼女の幸せを守れなかったのでは意味が無いように感じたからだ。 帰り際、スミーユ付きの使用人が残念そうに言っていた。 「旦那様はおじいちゃんになりそびれましたよ……。あの子が生まれていれば、きっとみんなが幸せだったろうにねぇ……」 この屋敷の者達はみな、スミーユとルーティクラードの子供と、その子供が与えてくれる幸せを信じて疑っていなかったのだろう。 その気持ちだけでも有り難い。俺はそう思った。 定宿の《花の盃亭》に帰ると、ラスの意識が戻っていた。 「ジャイルなら…死んだろ?」 確信を持った言葉……。はっきりと殺意があったと肯定している言葉。その裏に見え隠れする、ラスの心情。俺には察することしか出来ない。それを鎮めるのも癒すのも、ラス本人だ。 「………仕方がなかった。気にするな」 仕方がなかったのは、ルーティクラードが死んだことか、ラスが殺意を持ってしまったことか…? 自分が言ったその言葉が、俺自身に重くのしかかってくるようだった……。 |
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