No. 00154
DATE: 2000/08/05 04:21:47
NAME: シャハン
SUBJECT: 静かな日
姉という存在は、彼にとって特別だった。
父の営む槍術道場の門下生としては抜群の腕前だが、それを鼻にかける
ような事もない。
優しく思いやりがあり、美しい顔立ちはいつもにこやかで、彼にとって
は、姉は理想の女性だった。
尊敬と、憧れ。
だが、人一倍、姉を想っていた彼であるがゆえに――
姉が、狂信者集団の暗殺要員に加わっていたという事実は、彼を狂気の
一歩手前まで追いやった。
姉が行方をくらまして数ヶ月後、父の姿が消えた。
前夜、母に話していた言葉が甦る。
「俺の娘だ。俺の手で取り返すさ」
愛用の槍を手に、父の後を追った。
見慣れた背中に追いついた時、父は、満身創痍の姿だった。
姉の顔に、氷の笑顔。
狙いを定めてとびかかった彼の槍は、しかし、姉を貫く事はなかった。
姉を、自分の娘として、最後まで愛し続けた父。
それとも、姉弟で血を流してほしくなかったのか。
鋭い穂先に貫かれながらも――
その瞳に強い意志を残しながら絶命した父の姿は、彼の記憶から消え去
る事は無い。
そして、姉が言い残した言葉も。
「父親殺し」
彼は、西へ消えた姉を探すため、旅支度をととのえた。
探すため?
いや……
父の言葉には、続きがあった。
「俺の娘だ。俺の手で取り返す。それができなければ――」
間際の父の瞳。
託された。何かは、分かっていた。
父親殺し。もう、生きる場所は他に無い。
彼の名はシャハン。
旅立ちの日は、晩秋の、ある静かな日の午後だった。