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No. 00157
DATE: 2000/08/07 13:41:10
NAME: フィン
SUBJECT: 恐怖、再び
人に慣れるのを頑張ったおかげで、オランに着いた時よりかは故郷の村が全滅する前の明るさを取り戻せてきていた。
人の多さに戸惑い、暑さで体調を崩してしまってはいたが、私はそれなりに幸せだった。未だ、恐怖は拭い去れなくても・・・
「もう大丈夫なのか?」
きままに亭に入るなり私の姿を認めたセレス・カイザードと云う神官戦士で医師・薬師の心得もある人間は、開口一番にそう訊いた。
「うん、大丈夫」
私は無理無く笑む事が出来た。
セレスが調合した暑気当りの薬が効いて、身体が軽かった。
セレスはそんな私を見て安心したように微笑み、私が座っている席の隣に腰掛ける。
かつて私を襲った男たちと比べると、彼の方が筋肉隆々だし、それでいて機敏そうだ。キツイ眼差しだとも思うのに、私は彼が優しい人だと思える。
多分それはスカイアーと似た印象を持っているからかな、と思うけど・・・よくは判らない。
「フィンさん、この方は?」
と、正面に座っていた同族のイルがセレスを指し示す。
「セレスだ。神官戦士」
セレスは私が紹介するよりも早く、自己紹介をする。
イルもセレスに自己紹介をし、たわいの無いやり取りが始まるのを、私は傍らで微笑んで見ていた。
幸せな時間だった。暖かな人たちに囲まれ、日常の会話をする。かつては自分もしていたことだ。平和が、私には嬉しかった。
時間は過ぎ、私は仕事の時間に気がついて、彼らを置いて店を出た。
そして・・・それは突然起こった。
それは・・・恐怖、としか、私には表現できない。
店を出た所で突然知らない男に腕を掴まれ、目立たないところに引っ張られる。
「キャーッ!」
私は訳も判らず、だけどとにかく怖くて、悲鳴を上げた。
ち、と、男が舌打ちするのが聞こえた。
「静かにしろ!」
気がついたら、私は複数の男たちに取り囲まれていた。
「カミルーンを知っているだろう!? ヤツはどこだ!?」
「お前は知っているはずだ!」
「正直に教えな!」
「知らないはずはない!」
捲くし立てる、様々な言葉。
私はガタガタと震えて、怖くて自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
(スカイアー・・・怖い!!)
唯一出来た行動と云えば、一番信頼している者に、心で助けを呼ぶことだった。
だけどそれは、やはり彼には届かない。
思い出す、あの恐怖。
石を投げられ、罵倒された苦い記憶が、恐怖となって私を震わせる。
何も出来ない。ただ、耐える事しか出来なくなった・・・そんな時。
先ほどまできままに亭に居て、談笑していたセレスとイルが、私の悲鳴を訊きつけたのか、私から見える所で私をみていた!
「フィン! 大丈夫か!」
乱暴な言葉遣い。でも心から心配してくれているのが判る、セレスの声。
「その女性から離れなさい!」
イルも、ただ、私を心配してくれている。それだけは判る。そしてなんとか助けようとしてくれている。
だけど、男たちは人数でもって彼らの相手をする事にしたようで、セレスには4人、イルには2人が向かった。
セレスはそれでも物怖じせず、次々と男を倒していっているみたいだったが、イルは戦いには慣れていないのだろう、恐怖を瞳に隠しながら、それでも私を助けようともがいている。
「止めて、止めて・・・!」
私は震えながら泣いていた。
せっかく友達が出来たのに。
イルもセレスも大切で、傷付けたくなくて、巻き込みたくなくて。
それでも私は巻き込んでしまって。
苦しくて切なくて申し訳なくて、涙が止まらなかった。
何度も何度も、誰かが誰かを殴る音が聞こえる。剣まで取り出した男だっている。それでも2人は頑張っている。
私が弱いばかりに、2人を巻き込んでしまった。
そしてその中で、私が出来る事はなかった。ただ、怖くて震えて、泣いてしまう事だけ。
私は弱い・・・怖くて、立ってもいられない。
そんな中、通りすがった冒険者がイルの手助けをしてくれるようになった。
既にボロボロなイルが、精一杯助けを呼んだのだ。
彼らのおかげで私の元に残っていた男たちは一掃した(1人は逃げてしまったけれど)。
「大丈夫?」
と、手を差し出したのはイル。
ボロボロで、顔も腫れていて、所々青痣が出来ている。
私は泣いているそのままで、顔を上げる。
何も云えないで、ただ涙を流す。
「倒した男たちはセレスがまとめて神殿とやらに持っていったから・・・もう心配要らないよ」
そう言われても、震えは止まらず、涙も止まらない。
イルが困ったのがよく判る。でも自分でもどうしようもなくて。
「・・・とにかく、君を家まで送るよ。どこ?」
そうして、私は使用している宿に戻った。
仕事は休むしか無かった。震えが止まらなくて、涙も止まらなくて、ナンとか宥めようとしてくれたスカイアーが、連絡してくれた。
「・・・ゆっくり、休むといい」
スカイアーがそう言いながら私の背を撫でるけど、私の震えも涙も止まらなかった。
「怖かったな・・・」
溜息混じりに、スカイアーは呟く。
守りに行けなくて済まなかった、と言っているかのように。
それで私はスカイアーの手をぎゅっと握った。
いいの。私が弱いから。巻き込まなくて良かった。
そう言いたかった。だけど、言えなかった。
そしてまた、私は震える毎日が続くようになってしまった。
何もかもが怖い。信頼していたなにもかもが崩れて行くような錯覚に惑わされ、それが現実だったらどうしようかという不安で夜も眠れなくなった。
だけどスカイアーは冒険に出掛けた。私がこうなる前からの依頼で。
私は出来る限り笑顔でスカイアーを見送った。私が出来るのはそれだけだった。
行って欲しくなかったけれど、スカイアーの邪魔をしてはいけないんだ。
だから、頑張った。
スカイアーが冒険に出てからは、セレスとイルが入れ替わり立ち代り、私の所に訪れるようになった。
スカイアーが手配したのか、2人が心配になって自分から来てくれているのか、どっちかは判らない。けれど両方だとも思う。
彼らは優しいから。
だから私はまた、頑張ろうと思う。
スカイアーが帰ってくるまでに、元通りの笑顔になれるように。
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