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No. 00161
DATE: 2000/08/31 04:16:24
NAME: ウィント&ミルフィオレ
SUBJECT: シチリア島の夕べの祈り
その日も街は清々しい朝を迎えた。
清々しい朝――そんなものを迎えた街にいるミルフィオレが小鳥の囀りと共に目覚めないはずがなく、まだ夜も明けきってないような時間に目覚めた彼女は周囲にその底抜けの明るさを振りまきながら、今日も一日を始めようとしていた。
まず宿の主人に挨拶に行った後、今日もウィントに足りない(としか彼女には思えない)生活物資を買いに市へ行こうと、ウィントの首に掛かっている財布を少し借りるため、彼の寝ている部屋へと向かった。
部屋へ向かった彼女の耳に入ってきたのはその今から向かう部屋から聞こえる、くぐもった苦しそうな呻きだった。
「ウィントさん…!?」
清々しい朝に不似合いなその呻きに胸をかき乱されるような不安感を抱いたミルフィオレは彼の部屋へと急いだ。
どたばたと大きな音をさせながら階段を駆け上がり、彼の部屋の扉を少し乱暴に開け放つ。
「ウィントさん!」
ウィントはさっきまでの呻きが嘘だったかのように今度は毛布にくるまったまま全く動こうとしない。その彼の様子に更に不安をかき立てられ、ミルフィオレはもう一度彼の名前を叫んだ。
しかし、その言葉も虚しく響いただけで、ウィントは全く反応を見せず、ベッドの上から動こうとしない。
「ウィント……さん……?」
今度は呟くように名前を呼びながらミルフィオレは毛布にくるまって顔が見えないウィントへと近づいた。
そして、ウィントの顔をのぞき込もうとしたその時、彼女は手を引っ張られ、そのまま布団の中へと引きずり込まれた。
「きゃ…!!」
細い悲鳴を上げるミルフィオレ。
布団の中でもつれ合った二人はそのまま抱き合う形になった。
寝ている彼の上に覆い被さるような体勢になったミルフィオレは間近に彼の吐息を感じ、思わず顔を赤くし、目の前にある彼の顔を見た。
その時、不意に彼の唇が動き、言葉を紡ぎだした。
「好きだ……」
時が止まる。ただ心臓の鼓動だけが聞こえる。そして彼は更に苦悶の表情で続けた。
「好きだ…レイン……い……行くな……行かないでくれ……俺を置いて行くなぁあああ…!!」
時が凍り付いた。
「なぁミルフ、悪かったってば。機嫌直せって」
腫れた頬を押さえながら、すたすたと前を行くミルフィオレ(目的地があるのかどうか)に話しかける。
今日の朝気づいた時には何故か俺の布団の中にいたミルフィオレに思いっきり平手打ちされていた。
何が何だか分からずぼ〜っとしてる俺(夢見も悪かったし)。
そのまま部屋を出ていって宿屋のオヤジから包丁借りてきたミルフィオレの目の殺気に一気に頭が覚醒する。
何も覚えてないのだが、これだけは確かだった。
このままじゃ……殺られる………
とりあえずベッドから飛び起きてミルフィオレを宥めようとする俺。
と、そこでミルフィオレの目が一点で止まった。
…………申し上げにくいことなのですが朝なので男なので股間が……えっと………
ミルフィオレの顔が今にも泣きそうな表情になったかと思うと…
「ウィントさんの変態ぃい!!」
と叫んで包丁をこちらに投げつけた後、だっと走り出して宿を出ていった。
……まぁ、状況的に見て、全面的に俺が悪いです。
慌てて着替えて後を追って現在に至る、というわけで。どうしようかな、と言うところ。
頬をぽりぽりと掻きながら前を見る。
ミルフィオレはまだまだ怒りが収まらないらしく、俺が話しかける度に歩く速さを上げているのだが…
俺がミルフに置いてかれるなんてことあり得ないわけで。
それがまた一段と彼女の怒りに触れるらしく、全然口を利いてくれない。
……モノで釣るかなぁ……
と考えていると、先を行っていたミルフィオレが突然立ち止まった。
場所は…いつの間にこんな所へ?って感じだが、闇市のはずれの路地裏。
何かあったのか?と疑問に思いながら小走りに近寄って、彼女の視線の先を追った俺の目に飛び込んできたのは、倒れ伏した一人の男だった。
うつ伏せに倒れているため顔は見えないが、変に鍔の広い帽子を被り、真夏だと言うのに無茶苦茶暑苦しい格好をしている男。
……う〜ん、怪しい。
第一印象がそれなもんで、関わらずにミルフィオレを連れて去ろうとしたのだが、ミルフィオレは全く動こうとせず、じぃ〜っとその倒れている男を見つめている。
すると、今まで微動だにしなかった男が顔を上げてこう言った。
「み……みず……」
宿屋の一階、酒場として使われているそこで俺は一人の男と一人の少女を前に頭を抱えていた。
男――奇妙な格好に拍車をかける眼帯つき――は何も言わずにただがつがつと飯を食っていた。
…こんなヤツ助けても1ガメルの得にもならねぇってのに…
とは言え、今の俺にミルフの願いを却下出来るほどの力はなく、(出来た時なんてあんのか?って問いは却下)ただこれから先、どうやって被害を最小限に押さえるかを考えるのが精一杯だった。
そんな俺の考えも知らず、ミルフィオレはその男を興味津々に見ている。眼帯が珍しいのだろう。あと、奇妙な格好だし。
「美味しいですか?そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ?」
最初の時から全く声を出そうとしない男に優しく話しかけているミルフィオレ。
……因みに俺とはこいつを助ける時にちょっと話した以外、全く話していない。
と、その時いきなり男が口を開いた。
「う……うまい……」
両目から涙をだらだら流しながら言う。眼帯の下から涙が伝って落ちてくるのが何か不気味である。
そしてそのまま言葉を続ける。
「助けてくれてありがとう。ちょっとトボケた少女とバンダナしてて女の子から趣味悪いって理由でフラレたことがありそうな青年よ!」
「ほっとけぇ!!!」
思わず身を乗り出して本気で頭をはたく。…目標沈黙。
……横からのジト目が怖くなってすぐに起こそうとしたが、大してダメージはなかったらしく、すぐにすっくと身を起こし性懲りもなく言葉を続ける眼帯変態男。
「はっはっは、確かに図星は良くないな、図星は。お返しに君も私の図星を突くがいいさッ!」
何故か分からんが胸を張りながら言う眼帯変態男バージョン2。
「………で、あんた名前は?」
「え〜っと、それでお名前はなんて言うんですかぁ?」
俺とミルフィオレの声が重なる。
……思わず気まずくなっちまうじゃねぇか!
「私か!?私の名はリガチャ・オプティマムとでも呼んでくれ!」
そんな気まずさに気づいた素振りもなく、バカがつくほど元気に名乗りを上げる男、リガチャ。
「…そうか、リガチャか。……じゃーな、リガチャ。食い終わったらしっかり働け」
「へ?」
ミルフィオレとリガチャの声が重なる。
「いや、俺こんなヤツが食べた分の金払う気ねぇし、奥のオヤジさんと話つけてあるから頑張って一ヶ月くらい働けばまぁ、金にも余裕は出ると思うぞ?」
俺の言葉にちょっと固まってる2人。知ったこっちゃねーが。
「い、いやちょっと待ってくれたまえ青バンダナ青年よ。と青が2回も」
「……何でそう人の神経逆撫でるような言い方ばっかするかな……?」
とりあえず拳を固めながらそう問うが、応える素振りは全く見せずに続ける。
「こちらとしてはここは奢って貰ってここから冒険への道でも示してやらんでもないぞ?と思っていたのだが」
ちら、とミルフィオレの方を見ると、まだ何か硬直している。
「いや、別に示して貰わんでもいいし、頑張れ。それほど悪い職場じゃないから。オヤジさんはいい人だぞ?」
とりあえず魅力的な職場であることを教えて席から立とうとする俺。だが、構わずリガチャは続ける。
「お礼としてこの宝の地図を上げるので夢溢るる海へと飛び出そうじゃないか!!」
「ヤだ」
即答する俺にミルフィオレがまたジト目になって言う。
「そんなこと言う人嫌いです」
その一言だけのプレッシャーが俺を押しつぶそうとするが、何とか不屈の精神力で耐え抜き、言葉を続ける。
「海なんて行きたくないし、ましてや航海なんて絶対にイヤだ!っつーか船なんて一生乗りたくねぇ!わざわざ海で冒険なんてするつもりも全然ないから結構だぁ!!」
一気にまくしたてるが、ここに俺の意見をマトモに聞く人間なんて全くいないことにもっと早く気づくべきだった。
喋り終わった後、前を見ると2人が既に意気投合して地図を広げていた。
「ここ、ここがだな。キャプテン・アニケーが残した宝が埋まると言う伝説の……」
「きゃー、デンセツですか?わくわくしますね!」
…………船はダメなんだってば。
「お、お前ら!俺は絶対行かねーぞ!?分かってんのか!!?」
「きゃー…………行きますよね?」
それまでの浮かれようはどこへやら。いきなり笑顔でそう聞かれる。
………目だけが笑ってないミルフなんて初めて見た……
「………………はい、行きます」
目に涙を浮かべながら俺が答えたのは彼女の問いからかっきり3秒後のことだった。
………早朝。
清々しい朝である。天気だけ見れば。
俺の心がどんよりと曇っていることはわざわざ言う必要がないくらいだが……
っつーか船酔いするんだってば!それも激しく!!
ミルフィオレには以前に言った覚えがあるが……宝探しへの興味がそれを忘れさせてるらしい。
……覚えててやってるんなら俺はあいつに対する認識を改めなければならない。
「ウィントさ〜ん、こっちこっち〜」
すっかり上機嫌のミルフィオレの声が聞こえる。
そっちを見やると、およそ冒険者らしくない格好のミルフィオレがいた。冒険者らしくない、なんていつものことだが。
俺はとりあえず持ち物を確認する。……うん、ちゃんと忘れてないな、酔い止めの薬。……気休め程度だけど。
まぁ、とぼとぼと歩いて彼女がいる方へ向かいながら地図の内容などについて思い出すことにする。 地図に示されていたのはロマールから結構近いシチリア島と呼ばれる島だ。
結構大きな島で、人口も多いらしい。ただ結構入り組んだ地形が多く、モノを隠すには最適な場所がいくつもあるとか。
…なるほど、話だけなら宝があってもおかしくはないかな、くらいには思える。
隠した人間についてもそこそこに名は通っているようだ。
キャプテン・アニケー、200年ほど前にロマールの近海でそこそこに名の知れた海賊だったらしい。
その辺りに隠れ家があった、という話もちゃんと伝わっているとか。
…なるほど、話だけなら宝があってもおかしくはないかな、くらいには思える。
でも船はヤだなぁ……
結局そこに辿り着いて思わず意気消沈する俺。
「ほら、ウィントさんっ。乗りましょうっ」
朝から元気である、この娘は。……いつものことだが。
「はいはい、分かりましたよ……」
覚悟を決めてそう言う。元気がないのを責めないでくれ。
そして目の前の船へと視線を移す。
船は3日に1度の割合で出てる、とのことでそれに乗せて貰うのは簡単だった。
……ある程度の大きさの船だ。酔いも少なくて済むかも知れない。
ちょっとだけ希望を持ちながら、俺は薬を飲んでから船に乗り込んだ。
…………やっぱり甘かった。
……………船の中。
酔った……完膚無きまでに………
船室で横になりながら時々吐く、ということをしている……
もう胃の中には全然モノが残ってねぇ……
「ウィントさん……大丈夫ですか……?」
心配そうなミルフィオレの声が聞こえる。
………ミルフ、お前が俺をこんな目に遭わしたんだぞ?分かってるのか?
そんな思いを胸に秘めながら死んだ魚の様な目でミルフィオレの方を見る。
「いや、大丈夫じゃねぇ………」
そんな俺を見て、いきなり彼女は涙ぐんだ。
「……私が…悪いんですよね……ぐす……」
…………俺が悪かった。
「泣くな……頼む……これ以上俺の頭を悩ませないでくれぇ……」
思わず懇願してしまう。
その姿を見て、ミルフィオレははい、とか細く答えてから船室を出ていった。
……しばらくしてから坊主頭の強面の船員が中に入ってくる。
「てめぇ……ミルフィオレちゃんを泣かすとは……一体どういう了見……」
いつの間にミルフがここのアイドルになったんですか?
待ってください。そんな展開知りませんよ?
っつーか気持ち悪いのにまた何か厄介事かぁああい!!!
「……………陸に着いたら相手するから………今は放っといて………」
思わず本音が飛び出す。
「てめぇ……!!」
……キレられました。勘弁して下さい。
と、いきなりその船員は何かに気づいたようにぽん、と手を打った。
「そういやてめぇ、ギャンブラーなんだってなぁ。じゃあ今ここでギャンブルでもしねぇか?」
………そう来たか。
確かに今の俺にはギャンブルする余裕なんてねぇ……
しかし!ギャンブルによる勝負を持ちかけられてそれを断るなんてこたぁ出来ない!!
「いいぜ……受けて立ってや……うぷ……」
……とりあえずもう一度吐いてから勝負が執り行われることとなった。
薄暗い船室。
海の男3人と共にテーブルを囲んでいる。
「……て、何故お前がここにいる……?」
船の中でもその鍔の広い帽子を取らない男、リガチャ・オプティマムが同じようにテーブルを囲んでいる。
そのあまりに自然な様子に朦朧とする意識の中で思わずツッコミを入れてしまう。
「ふっ、知れたこと!あんまりにも暇なので私に酷いことを言った某青青青年に…ん?あれ?」
自分の言葉に首を傾げるリガチャ。
………沸き上がる殺意を抑えることが出来ない………
しかし、今の俺にはここにこうやって座っていることだけでもかなりの一苦労、っつーか気持ち悪い。
「さっさと……始めるぞ……」
半眼になって真正面に座った坊主頭の男を睨み付ける。
「そう急かすなよ……くっくっく」
いつの間にか別方向に柄の悪くなったその男がカードを配り始める。
「な……なんだこれはぁ!!!」
配られたカードの柄に思わず固まる。
カードは見たくもない魚柄であった。まぁ、それはいい。問題はその見たことのないカードの種類だった。
「これは……まさか……!」
言いながらまた目の前の男を睨む。
「そう、これは海の男の特別カード入りなんだよぉ!」
……こんな意識のはっきりしない俺を更に特別ルール満載でお出迎えか?
手が震える……勝てる気がしねぇ……
「さぁ、始めようか……」
悪魔の声が耳に届いた。
十数ゲーム目。
「<海猫の鳴き声>で私の勝ちだな」
何故か知らんがルールを完全に把握しているリガチャが俺の知らない役でアガる。
……ここまで全敗。手も足も出ねぇ……
座ってるのがやっと、という状況は変わらない。
「おいおい、まだ勝てねぇのかい?それでよくギャンブラーなんて名乗れるんだなぁ?」
バカにした響きだが、反論する元気すら残ってねぇ。
「さて、そろそろ金も少なくなってきたんじゃねぇか?負け続けてるわけだからなぁ。これ以上金を賭けさせるのは酷ってモンだ…」
坊主男はそう言ってから勿体ぶるように周りを見渡す。
もうどうでもいい……解放してくれ……
はっきり言って拷問である。視界が安定しない。そろそろ限界だ……
そんな俺の思いを余所に、リガチャがいきなりこう言った。
「そう言えばそのバンダナを外している所を見たことがないな。それを賭けさせると言うのはどうだろう?」
その言葉に男の方が随分気を悪くしたような顔をしてから続ける。
「ああ、そうだな…」
……同じこと言おうとしてたのかね。
だが…その言葉、後悔するなよ……
「というわけで私の提案で君のバンダナを賭けて貰ってその下の面拝んでがははと大笑い大作戦だ。私の提案」
坊主頭の男の苦い顔が見えるが……どうでもいい。
このバンダナを賭けろ、と言われたんだ。これで負けるわけにはいかなくなった。
「い…いきなり目つきが別人じゃないかという程変わったのだが君はウィントくんに相違あるまいな!?」
……どやかましい。
手を伸ばして頭をはたく。…へろへろ、ぺち。
……ツッコミを入れる力すら残ってねぇじゃねぇか……
「おいおい、大丈夫か?流石にもうギブアップすっか?」
ちょっと心配そうな坊主頭の言葉。
今さらそうやって心配するヤツが一番嫌いなんだよ!
「……てめぇら、俺にバンダナ賭けろ、つったんだ……覚悟しろよ」
周りの全員が引くのが分かるが……もう知ったこっちゃねぇ。
「……口から何か出てるぞ」
リガチャの言葉を聞いて、すぐにまた吐き気を思い出す。
「うぷ……おええええええ………」
……ちょっと掃除した後で再戦ということになった。
再開後の1回目。
顔面蒼白になっているのが自分でも分かるが…集中力はどんどん高まっていく。
震える手でカードを選ぶ。
俺の気迫に思いっきり引いてるが、勝負をやめる、と言い出さないのは俺に何が出来る、と思ってるからだろうな……
そう思いながらカードを提示する。
「これが…<海猫の鳴き声>…だったよな?」
他の面々の顔を見やると、全員驚きを隠せない様子でこちらを見ている。
…とりあえず一矢報いるこた出来たな…だが、まだまだこれから。
「ほら、まだまだやるんだろ、いくぜ……」
勝った俺がカードを配る。
バンダナを締め直してから言う。
「もう負けてやらねぇぞ……」
そうやって気迫のギャンブルで続けて10戦。全勝。
「もう……やらねぇのか……?」
虚ろな目で問う俺。て、自分で虚ろって分かってりゃ世話はないな。
「や、やらねぇ……」
完全に臆した様子で声を揃えて男どもが言った。
「け、俺にギャンブルで喧嘩売ろうってんのがそもそもの間違いなんだよ……」
最後にそう捨て台詞を吐いたあと、俺はそのまま床へと倒れ込んだ。
「あれ!?ウィントさん!?」
遠くからミルフィオレの声が聞こえたが、返事をすることすら出来ず、そのまま俺の意識は闇へと沈んでいった。
……気づいた俺が見ることが出来たのは船室の天井のみだった。
身体を動かそうとするが、全然動かない。もう吐き気もしない……どっか狂ったかな?
「ウィントさん…?」
目を開けた俺の視界にミルフィオレの心配そうな顔が飛び込んでくる。
「ウィントさん、大丈夫ですか?心配したんですから……もう勝手にあんな無茶しないで下さいね」
……いつから保護者の立場が逆になったってんだ?
ちょっと苦笑しながらかろうじて身動きの取れる首を動かして自分の状況を見る。
そして悪夢を知る。
「ミルフ……何で俺は縛られてんだ……?」
「もう二度と勝手にカケゴトなんてしないように、です。結構大変だったんですよ?」
………その時突然大きな揺れが船を襲った。
外から船員の声が聞こえる。
「嵐だぞぉ!」
その声を聞いた途端また吐き気が戻ってきた。
「ミルフ……この縄……解け………頼む……」
「ヤです」
即答された。ミルフィオレに即答された。もう無理だ。俺には死、あるのみ。
「やめろおぉおお!!!俺に再び悪夢を味わわせるなぁあ!!!!!」
結局今度は泡を吹きながら意識を失うことになった。
………意識を取り戻した時には既にシチリア島に着こうとしていた。
島に着いた俺は地面に這った状態で沈む夕陽を眺めながらただこれだけを祈った。
「これで宝がなかったら……ただじゃおかねぇからなぁ!!」
…これじゃ呪いだな。
なんて考えながらそのまま地面に倒れた。
翌日の捜索で見つけたものは結局掘った穴の中に埋めてあった“はずれ”の紙だけだった。
……虚しい、全てがただ虚しい。
空虚な思いで胸をいっぱいに(変な表現だが)して帰りの船を見つめる。
哀愁漂ってんなぁ、俺。
何か自虐的になってるぞ、俺。
もっとどんよりしてしまった。やめときゃ良かった。
「どうしたんですかぁ?ウィントさぁん」
相も変わらず脳天気な声が響く。
「いや、どうしたもこうしたもねぇだろ、ミルフ。死ぬ思いでここまで来て、収穫なしでまた死ぬ思いで帰らなきゃなんねーんだぜ?」
俺の言葉に何かを考え込むように首を傾げる彼女。
その様子を見てふぅ、とため息をつく。と、そこへ彼女の言葉が届く。
「まぁ、そのうちいいことありますよ」
お前に振り回されてるうちはないと思うよ、ミルフィオレ。
嫌みでにこやかに微笑みながらそう思うが、そんな俺の気持ちが彼女に届くはずがなかった。
「ほら、そろそろ行きましょうっ」
そう言いながら俺の手を引っ張って走り出す彼女。
「へいへい……」
もう一度嘆息しながら俺は彼女の後を追った。
帰り着いた俺はただ、港でこう叫んだ。
「俺は……死なねぇ……!!」
我ながら情けねぇ……
目に涙を浮かべながらそう思う19歳の誕生日だった。
シチリア島の夕べの祈り〜波止場に男の意地を見たぜ〜 おしまい
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