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No. 00162
DATE: 2000/09/08 11:21:04
NAME: ルンプンペル
SUBJECT: 森の中の小さな家
バイカルのサドリル河沿いの深い森の奥に、ぽつんと一軒小さな家があって、若い魔女がそこに住んでいました。
魔女の名前はルンプンペル。でも近くの村の人達には魔女と呼ばれていました。
なぜ魔女と呼ばれていたかですって?それは彼女のお母さんも魔女で、彼女がその遺産を受け継いだからです。
まだ魔女が生まれる前、この森に住み着くことを決めた魔女のお父さんとお母さんは、森に住んでいて村人を困らせていたゴブリンを、魔術で倒したそうです。それ以来、村の人達は、お母さんのことを魔女と呼びました。そして今では、ルンプンペルが魔女と呼ばれています。
いえいえ、お父さんは魔術は使えませんでした。お父さんは樹や花や草を研究している学者さんで、静かで自然に溢れる森を気に入り、お母さんを説得してこの森にやってきたのでした。
家は小さく、屋根もひしゃげていましたが、不満はありません。だって家族が一緒なのですから。
けれど、今は魔女一人です。お父さんとお母さんは、魔女がお母さんから魔術を受け継いだと同じ頃に、病で帰らぬ人になってしまったのです。
淋しくはありません、だって魔女に友達がいましたから。がたがたいう窓の鎧戸を開けると、そこには友達の小ブタのロビンが、可愛らしい顔で走り回っていました。
ロビンがやってきたのは最近のことです。魔女が近くの村のお祭りに行ったときに、小ブタの重さ当てコンテストでみごと優勝し、賞品としてその小ブタを贈られたのでした。魔女は、この小ブタのロビンを、とても大事にしていました。
それにお母さんの使い魔だった、カラスのクレックスも遊びに来てくれました。
毎日毎日、6時間ずつ、魔女は魔法のおけいこをしました。
魔術というものは、そうかんたんには出来ません。魔術で一人前になろうとする人は、怠けていてはだめなんです。まず、細々した知識をすっかり覚え込んで・・・・それから大がかりなのを覚えなきゃなりません。魔術の本を、一ページ、一ページとすっかり覚えていくのですし、出てくる疑問は、一つでも無視してはいけないのです。
魔女は、やっと本の八分の一くらいにかかったところでした。今は光を生み出す練習です。
家の裏手にある泉の側で、本を切り株の上に広げ、魔術の詠唱にかかりました。成功すれば魔女の前にはまばゆい光が現れるはずです。今日、魔女は、三回も立て続けに失敗していました。
魔法語の詠唱と複雑な手の動きで、解放された魔力の源から光が生み出されるはずでしたが、魔女の前には何の変化も起こりませんでした。それを木の上で見ていたクレックスが首を傾げました。
どうやら魔法をかけるときに呪文を間違えたようでした。魔女は、あきらめて本をパーンと閉じました。
四回も失敗をしたわけはわかっているのです。魔術を使うときに、他のことを考えていて、気が散っていたからです。
原因は先日会った、旅人のせいです。森に迷い込んだ旅人に、魔女は親切に一晩の宿と、暖かいスープを振る舞いました。旅人は魔女の親切のかわりに、自分が旅してきた話を語って聞かせました。
それ以来魔女はどうしても、旅人が話してくれた広い世界が気になって仕方ないのです。けれど、生まれてから、ずっとこの森に住んでいて、知っているといえば近くの小さな村くらいの魔女に、森を出ていく決心はなかなかつきませんでした。
カラスのクレックスは、魔女のことを笑っているかのように頭の上を旋回しながらカアカア鳴きました。そのとき魔女は、ひらめきました。自分じゃだめなら、誰か他のものに決めてもらえばいいのです。
魔女は顔をしかめ考えはじめました。自分の運命を決めるのに相応しいものはないか。考えた結果、魔女はお父さんから教えられた、滅多に花を咲かせない、という木にすることに決めました。魔女自身、花を見たことはありませんでしたし、木の名前は忘れてしまいましたが、咲くととても綺麗な花をつけると、お父さんから聞いています。もし、花が咲いていなかったら森り、咲いていたら旅に出るつもりでした。
滅多に花を咲かせない木のある谷までは、道はありません。ですから、こぶみたいな木の根っこや、石ころ、折れて落ちた木の枝、それに、木苺の藪だらけの坂道なんかを、越えて行かねばなりませんでした。
魔女はしょっちゅう、木の根っこにつまずいたり、スカートを枝に引っかけたりしてました。ひどいわ!と何べんも声を張り上げながら、ようやく魔女は谷までたどり着きました。
顔を上げた魔女は、思わず息を飲み込み、立ちつくしてしました。そこには紫色の霞のように、一面、花で溢れていました。
その日の内に、魔女は出ていく支度をしてしまいました。小さな家を丁寧に掃除をして、持っていく物をまとめました。
荷物は小さいものでした。持っていくものなんて、たいしてありませんでしたから。
大事なものといえば、お母さんから譲られた、ピンクの石のはまった腕輪と魔術の本、それにお父さんが植物を集めるのに使っていたダガーが一本。
小ブタのロビンにも綱を付けて歩きやすくしました。連れて行きたいですけれど長い旅になります、途中で可愛がってくれる人を見つけなければいけません。
目指すは、ここよりずっと南にある、オランという大きな街です。旅人に聞いた話では、そこでは魔術を学ぶ人がいっぱいいて、魔女が自分の力を使うのに丁度良い気がしました。
魔女はまだ見ぬ遠い街を思うと、胸が苦しくなるような感じがしました。
いつもより少し早く歩きながら、魔女は森を出ていきました。
ですから、今は森には誰もいません。たまにカラスのクレックスが、小さい家の屋根に止まり、誰もいなくなってしまったことに首を傾げるだけです。
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