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No. 00166
DATE: 2000/09/23 23:12:28
NAME: ドロルゴ
SUBJECT: 降り始めた雨
それは、半世紀ぐらい昔の話しだろうか。
古代の魔術を受け継いだ男は1人の娘を嫁に迎えた。
やがて命を育み、成長した2人の子供は旅に出た。
息子は東へ、娘は西へ。
時は流れ、息子は父と同じ魔術師として名を上げた後、異国の地で病に倒れ、その生涯に幕を閉じる。
時同じくして、娘は純白のドレスに身を包み新たなる門出を迎える。
呪われた血を受け継いで、なすべき事は神か悪魔か。
悪魔の技術を受け継ぐも、大地母神と共にあり。
地位と名誉に目もくれず、各地を回り、
その見返りに笑顔を求める。
優しき瞳は全てを見つめ、皆平等に降り注ぎ、
救った命はよろずを超える。
慈悲深きその者は『笑顔の貨幣』と世間に広まり。
子々孫々にその名を残す。
大地母神の代理として世に尽くすその姿は、女神と言われ歌に歌われた。
やがて娘は旅の戦士と愛を育み2人の娘を授かった後、途切れる事無くつづいた幸せな10年目の朝、安らかに息を引き取った。
残された男、アイナァハルト・ミラードはとある貴族の次男坊として生れた。
かってきままな生活を送った後、大地母神の神官のもとに婿養子に入り、授かった2人の娘にシャウエルとレディアと名をつけた。
新王国暦489年夏。夕立のさなか長女がうまれる。その日の天気からシャウエルと名前をつけた。
新王国暦496年。近所のじゃじゃ馬娘の名をほしいままにしてたシャウエルに妹が出来た。アイナァハルトはこの子に母親のような淑女に育ってもらいたいという願いを込め、レディアと言う名をつけた。
新王国暦498年。『笑顔の貨幣』と呼ばれ親しまれた女性は、兄と同じ病気でこの世を去った。
新王国暦504年。子育てと質素倹約に疲れ果てたアイナァハルトは、マーファ以外の神の声を聞いた。そして、今までのうっぷんをはらすための計画を練り、実行に移した。
手始めに情報を集め、近くにいる盗賊団を探し接触を図る。そして、盗賊団の力を利用してゴブリンなどの下級妖魔を配下に納める。
すべての準備を整え、あとは。
「よき日を選ぶのみ・・・」
木枯らしのふく季節、オランの街から10日程北に行った所にその村はあった。小さいながらも地場産業のおかげで、それなりに裕福な村であった。
「レディア、シャウエルはどこに行ったか知っているかい?」
アイナァハルトは優しい父を演じながら今年で8歳になる娘に質問した。
「お姉さまなら、お爺様の所に遊びに出かけました。」
暖かみ感じる笑顔でレディアは父の問いに答えた。
あのじゃじゃ馬め!今日はあれほど外出はするなと言い聞かせておったのに・・・まあいい、まだ次はある。
「レディア、薬草を採りに行くからついてきなさい。」
「はい、お父様。」
威厳に満ちた声で言うと、父親に絶対の信頼をおく少女は笑顔で返事をする。
この後に訪れる悲劇を知るよしもないのだ。
仕度をして家を出ると森の中へ歩き出す。1時間ほど歩いた所にある小屋で昼食をかねて休憩を取る。
暖炉に火をつけ、薪をくべる。娘の作った弁当を広げ最後の手料理を味わう。
「村の方から煙が・・・」
窓にかけより外を眺める娘の不安そうな顔を眺め、悦に浸る。
全てはてはずどうりだ。今ごろあの村はゴブリンの襲撃を受けている事であろう。そして間髪を入れずに盗賊団が止めを刺す。
これであの村の住人は全滅し、ワシの事を知る人間はいなくなる。そして2人の娘は新しき神に捧げる・・・。
「お父様!すぐに戻りましょう、村が心配です。」
「その必要はない。」
駆け寄ってきたレディアの腕を掴みあげ、襟元から服をひきちぎり裸にしていく。
「これからお前は神への生け贄となるのだ!」
レディアは何が起きたのかは、これから何が起こるのかはよくわからなかった。が、感じたことのない恐怖感によって、片腕を捕まれながらも必死で抵抗した。
だが、所詮は子供の力。大人の力にはかなわなかった。
「神は・・・マーファは生け贄なんかほしがりません!」
レディアは自分が何を言っているのか、あまりわかっていなかった。
しかし、この行いが冗談でやっているのだと願い説得を試みたが、父親から出た言葉は冗談でもなんでもなかった。
「マーファ?何、ふざけているのだ。お前は偉大なるファラリス神の生け贄となるのだ。」
今まで優しかった・・・世界で一番尊敬し信頼していたお父様が、邪悪なる神の信者で、私を殺そうとしている・・・・
絶望で目の前が一瞬真っ暗になった。足の力が抜け、床に膝をつきうなだれたまま動けない。
「・・・うそ、こんなの絶対嘘よ・・・お父様が、お父様がこんな事、絶対に言うはず無い・・・」
うわごとのようにくり返しつぶやくレディアを見下ろし、満足感に浸るアイナァハルト。
絶望に支配されたレディアを、テーブルの上に仰向けに寝転がし、置いてあった短剣を抜く。
壁に掛けてあるマーファを祭ったタペストリーを引き裂くと、ファラリスの聖印が刻まれた壁が出てくる。そしてその聖印に対し、祈りを捧げた。
「・・・そうよ。きっとこれは夢なんだわ・・・夢が覚めれば優しいお父様が、おはようって言ってくれるもん・・・」
アイナァハルトは今までにない快感が込み上げてきた。
恐怖と絶望に震える娘を見ていると、心が満たされていく。鋭い短剣の切っ先を左胸に這わし、ファラリスの聖印を刻み始めた。
「いたい!いたいよぉ、お父さん助けて。」
痛みで暴れる娘を無理矢理押さえつけ、致命傷にならない深さで刻み続ける。
「いたいよぉ、おねぇちゃん、たすけて・・・」
「安心しろ。姉もすぐに送ってやる。お前と同じ神の所へな。」
アイナァハルトは短剣を両手で持って振りかざし、神への祈りを終了させ娘の姿を見下ろした。
「我が神よ、我が娘受け取り賜え・・・」
短剣を振り下ろそうとしたそのとき。
入り口の扉が開かれ一人の少年が姿を現した。そして入ってくるなり手に持っていた黄色い物体をアイナァハルトめがけて投げつけ、顔面に命中させた。
少年は間髪を入れずに跳び蹴りを加えた。当たった事は当たったが、大したダメージではないと悟ると、すぐさま飛び退き、持ってきた剣を構える。
アイナァハルトがすえたにおいを放つ黄色い物体をぬぐい去ってみると、それは腐ったミカンであった。
こんなふざけた攻撃をする人間は、この辺りには二人しかいない。一人は魔道師である義理の父親。そしてもう一人はその弟子、バリオネスとか言う小僧だけだ。
「きさま、なんて事しやがる!!」
血塗れになって泣きじゃくる子供、レディアの姿を見れば、アイナァハルトに憎悪を燃やさない者はまずいない。もしいるとすれば、もはや人とは呼べないであろう。
「まったく、クソガキ風情が大それた事をしてくれたもんだ。」
アイナァハルトは殺気をまき散らしながら、顔についた汚れを優雅に拭き取る。
小僧相手にこれぐらいの隙をあけていても何ら支障はない。現にヤツは剣を構えたまま、ふるえているではないか。
アイナァハルトの中に、暗い欲望が一つ増える。小僧の闘志みなぎる顔を、苦痛と絶望の満ちた表情にしてやりたい。
一歩づつ足を踏み出す。ゆっくり、笑顔のままでバリオネスに近づく。
小僧はじりじりと後退を続け、そのまま壁に背をつけた。
「どうした小僧、もう下がらないのか?」
「ぴりっぽぷ」
精神に異常をきたすまでに、多くの時間はいらないのだな。と思った矢先、頭の上に『ガンッ!』と言う音と衝撃。
アイナァハルトが痛みと衝撃で前屈みになったとき、もう一度謎の単語をつぶやきながら剣を振るうバリオネス。
絶対に当たるはずなどなかった。一時期、剣士として冒険に出たこともあるアイナァハルトにとって、ケツの青さもとれていないようなガキの攻撃をかわせないはずがなかった。
だが現実は、アイナァハルトの顔に横一文字の傷がぱっくりと口を開け、血と言う名の赤い涎をぼとぼとと垂れ流していた。
頭を少し引いてやるだけでその攻撃はかわせたのだが、再度同じ衝撃を頭に受けたために十分に引くことができず、未熟な攻撃を受ける羽目になった。
慌てて後ずさる小僧を無視して、足下に落ちている頭に当たった物を見る。
「タライなどふざけた物を仕掛おって・・・・」
屈辱によって顔がゆがむ。
そんなアイナァハルトをよそに、ただただ泣いているレディアを背負って入り口の方に向かって走る。
「さよ〜なら〜♪」
間の抜けた声に我に返り、辺りを見回したその時にはすでに二人の姿はなかった。
慌てて外に出たが、姿どころか血さえ落ちてはいなかった。
「くそ、見うしなっ・・・」
村の方から見たことのある者が、こちらに向かって走ってくる。あの盗賊団の頭だ。
「村の方はどうした、終わったのか。」
小僧に切られた所を押さえながら怒鳴る。
「あんたこそ、約束が違うじゃねぇか。あんなクソ強い魔導師がいるなんて聞いてなかっぞ。」
強い魔導師・・・まさか、あのジジイの事か。ただの老いぼれかと思っていたが・・・とんだ見当違いだ。
「おかげで妖魔どもも、オレの所の部下どももやられちまったよ!どうしてくれるんだぃ、アイナァの旦那!!」
「その名で呼ぶなぁ!!!」
アイナァハルトは、まだ血に塗れている短剣を一線させる。
「ぎぃやぁぁぁ!」
両目を押さえて苦悶しながら倒れ込む男に対して、冷たく響くように淡々と言葉をつづるアイナァハルト。
「アイナァハルト・・・この、この自分の名をワシは捨て忘れていたようだ。すべての失敗はここから来たのかも知れんな・・・」
両目を押さえながら悲鳴を上げ、地面を転がる男にゆっくりと近づく。
「我が名は・・・ドロルゴ。偉大なるファラリス神に仕え、我が考えるままに行動する事を誓おう。そしてこの男の命を、我が生まれ変わった証として神に捧げよう。」
左足で、目を押さえている両手を思い切り踏みつける。
そうして男を動かないようにすると、持っている短剣を振りかざした。
「暗いよ、狭いよ、怖いよ〜。はやく外に出たいよ〜。ししょ〜、なんでこんなに長い穴にしたんだよぉ〜」
泣き言を言いながらも、狭い穴を四つん這いになって進むバリオネス。
あの小屋は、師匠とバリオネスの遊び場で、いろいろな仕掛が魔法によって巧みに隠されている。
その一つである落とし穴を使い、見事その場から脱出したバリオネス達であるが、外に出るためには狭くて長い穴を抜けなければならなかった。
ぐすぐすと泣きながらも、少し大きいバリオネスの服を借りたレディアが後からついてくる。
しばらくして外に出た二人は、ばったり師匠と出会ったのであった。
泣き疲れて寝てしまったレディアをバリオネスに背負わせて、師匠と共に村人達が避難している所に向かう。
しばらくしてからレディアの傷を見て師匠は驚き、そして深いため息をついた。
そして、村人達の所には戻らずにシャウエルだけをバリオネスに呼びに行かせた。
幸い、村人達はあまりいなかったため見つからずに二人は戻って来られた。その足で、そのまま村を後にした。
途中、村の方を振り返えったシャウエルは、山小屋のあるべき場所に赤い光がともっているのをみた。
燃えさかる小屋の火を消しに来た村人達は、その傍らに散らばる赤い物がなんなのか。しばらくわからないでいた。
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