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No. 00167
DATE: 2000/09/26 23:31:50
NAME: ビィ
SUBJECT: 終わりから始まる物語
夜のきままに亭に子供の声が響く。
深夜の酒場に似つかわしくない光景であるが、ビィ・f・イータはジャスティア・ウィンホークと共にそこに通っている。
「え?なぜ、保護者役をしているかですって?」
カウンターで一緒に飲んでいた友人が、ふとそんなことを聞いてきた。
「ジャスティア君を見てると、彼の御姉さんの事を思い出すんですよ。」
近くではしゃいでいるジャスティアを見てにっこりほほえむ。
お前の女か、と言う質問に慌てて訂正を入れる。
「いえいえ、恋人だなんてとんでもない。ただの幼なじみですよ。」
友人の顔を見て、もう少し言葉を足す。
「あ、いや、もうかなり昔の事ですよ。それに、もう彼女は嫁いでしまいましたしね。」
好きだったのか、という核心をついた質問に心臓を捕まれるような思いをした。
思い起こせば数年前、私がまだこの街に住んでいたころ、ウィンホーク家に勤めていた。
子供達の親友と言う事もあって、御主人には色々と良くしてもらっていた。
平凡な毎日だったが、このまま一生続いても良いような平凡だった。
なぜなら、この家の長女が私のことを好きらしく、私もまた彼女のことが好きだったからだ。
別につき合っていたとか、愛を語り合っていたとかと言うことはなかったが、何となく、お互いにどこかギクシャクしていた。
ほら良くあるじゃないですか、目があった瞬間に思わず目をそらしてしまうとか、手と手が触れたとたん、動きが不自然になったりする事が。
そう言うときに限って頬が紅潮してるんですよね、お互いに。
本当に幸せでしたよ、あのころは・・・
そして、運命の日が来たのです。新王国歴507年のあの日が。
隊商を引き連れてブラードまで行くことになった前日、彼女が相談したいということで私の所に来た。
彼女の相談というのは『プロポーズされたけど、どうしたらいいの?』と言うものだった。
プロポーズしてきた相手と言うのは私の親友で、ウィンホーク家には劣るがなかなか良いところのぼっちゃんだ。
さすがにこの質問には悩みましたよ。私も彼女の事が好きでしたし、相手が私の親友でしたからね。
結局その時言った言葉は『こればっかりは、私がどうこう言うことが出来ません。自分はどうしたいのか、もう一度じっくり、よく考えて結論を出してください。』
そう言ったが、部屋を出ようとする彼女を呼び止め、沈黙を走らせた。
結局、覚悟がつかず『帰ってから話す』とだけ告げて彼女を帰した。
次の日、隊商はオランを離れ、ブラードへの旅路についた。
順調な旅でした。しかし、ブラードまで後もう少しと言うところで我々は、野盗の集団に襲われ全滅・・・。
私も深手をおい、生死の境をさまよいました。
薄れゆく意識の中、彼女の笑顔がずっと頭を離れず、怖いと言う気持はほとんどありませんでした。
そのまま意識を失ってしまっていたら、おそらくここにはいなかったでしょうね。
でも、たまたま通りかかった二人の冒険者に命を救われて・・・今こうして君と話しているわけですよ。
「もうこれぐらいで勘弁してください。辛い失恋だったんですから・・・これ以上は現在の状況から察してください。それではまた。」
その次の話を聞きたいと言った友人に対し、愛想笑いを浮かべてごまかし、支払いを済ませる。
ジャスティアと一緒に店をでて帰り道の最中、ビィの頭の中は過ぎ去りし過去を思い浮かべていた。
野党に襲われてのち約半年。
怪我を直すために療養していたビィはオランの街に帰ってきた。
急いでウィンホーク家に戻り、自分の無事を告げる。
しかし、この家にはもう彼女はいなかった。
一月ほど前に親友の所に嫁いでしまったらしい。
何度か手紙を出していたはずだったがいずれも届かず、今の今まで死んだものと思われていた。
あのとき勇気を出して言っていれば・・・後悔の念が心の中で固まりを形成した。
だが、言っていたところで結果は変わらない。
固まりを行ったり来たりさせていると、後ろから男の声が聞こえてきた。
「ビィ、おまえ生きてたのか!?」
振り向くと親友がいた。
私の体が勝手にふらふらと動き、親友の胸ぐらを掴み上げてこぶしを振りかざす。
「彼女を悲しますようなことはするなよ。」
殺気をみなぎらせた私に親友は動揺したが、言葉の意味を理解すると自信に満ちあふれた笑みを浮かべこう言った。
「しばらく会わないうちに、人を見る目が落ちたんじゃないか?」
「一度こういうキザっぽいことをやってみたかったんですよ。」
緊迫した空気はいつしか笑いに変わり、親友として本来の姿に戻っていた。
親友とじゃれ合ううちに、私の視線に懐かしい人影が飛び込んだ。
そこには幻覚ではない、本物の彼女が呆然と立ちつくしていた。
「本当にビィ兄さんなの?」
その瞳に涙が浮かび、頬をつたう。
止めどなく流れる前に、彼女は私の胸に飛び込んで顔をうずめる。
わずかに動く肩、彼女を抱きしめようと迷っている両腕。
ゆっくり優しく包み込み、さらさらの髪をなでる。
しばらくして落ちついた彼女は顔を隠したまま聞いてきたその一言は私の胸に深く突き刺さる。
「帰ってきたから話してくれるんでしょ・・・」
その声から察するに、いろいろな想いがごちゃごちゃに詰まっている。喜び、とまどい、そして怒り。
まさか今更『告白』をするわけにもいかず、すこし思案した。
「あなたがどんな選択をしようとも、私はいつまでも『ビィ兄さん』ですから。そういいたかったんです。」
彼女の手が私の服をぎゅっと掴み、また涙を流している。
「うん、そうだよね・・・いつまでもビィ兄さんでいてくれるんだよね。」
顔を上げた彼女の瞳にはたくさんの悲しみがあふれていた。
「ええ、いつまでも・・・・」
そして私は彼女を強く抱きしめた。ここから旅立つ決意を込めて・・・・
「なにぼけっとしてんの?」
「え、あ〜。いや、たいしたことじゃありませんよ。さ、行きましょう。」
不思議がるジャスティアに微笑みかけ、二人は帰路についた。
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