 |
No. 00168
DATE: 2000/09/30 23:51:51
NAME: ウィント&ミルフィオレ
SUBJECT: 戦慄のブルー
夜遅く――
ガキはもうとっくの昔に眠っているような時間に、俺はすっとベッドから身を起こして周りを見た。
う〜ん、静かだねぇ、ここは。
下の方からは喧噪が聞こえるため、完全に静かだとは言えないが、それでも安眠出来る程度には静寂が保たれている。
そんな中で外出する準備をする。
がさごそ、といるモンを用意して、俺は部屋を後にした。
これからが稼ぎ時だ。
普通の家の明かりは既に消えているが、消えていない場所もある。
そんな消えていない場所の一つに俺は入っていった。
「おう、いらっしゃい」
そんな声が聞こえてくる。
「こ〜んば〜んは!っと」
愛想良く挨拶をし、柑橘水を一杯頼んでから周りを見渡す。
お〜、いるいる。
そこにはカードゲームに興じる数人の男がいた。
「なぁなぁ、俺も混ぜてくんねぇ?」
そう言いながらそのテーブルに近寄る。
それとほぼ同時に1人の男がテーブルをだん!と叩いて立ち上がった。
「あーもうヤメだヤメだ!やってられっかぁ!!」
立ち上がった坊主頭で、頬に傷がある男はこっちをきっと睨み付けるように見るとこう言った。
「あんだ?てめぇ。もうヤメんだよ、俺たちゃよ!」
う〜ん、ちょうど良かったかな?
「やめんのはおっさんだけでいいだろ?抜けた穴に俺入れてくんねぇか?」
他の3人に聞いてみる。
するとその3人は顔を見合わせて、少し言葉を交わしてからこっちを見て言った。
「あ〜、別にいいけどよぉ。とりあえずさっきまでの精算したいんだが……どう考えてもこいつが払えねぇんだよな、この負け分じゃ」
そう言いながら3人はヤメる、と言い出した男の方を一瞥する。
男が少したじろいだが、別に気にしない。
「それで、だな。俺らぁこれ精算してから次のやりたいんだが無理、ってことだ。それでや、お前、こいつの払えねぇ負け分、肩代わりしてくれや。そしたら次のゲームに入れるからよ」
無茶苦茶言ってんなぁ。
だが、ここで引いて次の酒場探すのもダルいな。
「あ〜?分かったよ。それでいくらなんだ?」
「227ガメル」
俺の問いに4人がハモって答える。
「はぁ?」
そんだけ肩代わりしてゲームやれ、と?
「せめて半分」
「じゃあそれでいいぜ」
俺の提案にまた4人がハモって答える。
う〜ん、ちょっと失敗だったかな。
まぁいいや。ここにはもう来ねぇから取れるだけ取っておさらば、と行こうかね。
「…と、それじゃ始めようぜ」
立ち上がった男を押しのけてその場所に座る。
負けた男から刺すような視線を感じるが、まぁ、気にせずゲームを始めようとする。
「その前に……あんた、名前は?」
真正面に座っている男からそんな問いが届く。
何か変に律儀だな。顔は怖いのに。
「あ?俺?俺はウィントだよ。流離いの一匹狼さ」
適当に答えておく。流離いのギャンブラー、なんて名乗り方してもしょうがない。ここはカモるんだから。
ただ、変にカッコつけてるとでも思われたのだろうか、目の前の男は少し苛立った感じで鼻をふん、と鳴らしてカードを配ろうとした。
その時、不意に座っている俺のズボンをくいくい、と引っ張るヤツがいた。
「あぁ?何か用かぁ?」
いきなり邪魔されて気分を害しながら横を見る。
……ガキがいた。とろんとした目をした青いバンダナをした4歳くらいのガキ。
ガキは目に涙を浮かべながら、すがるような口調でこう言った。
「ぱぱぁ…」
それを聞いて、カードを集めながら3人が口を揃えて言った。
「何だ、子連れ狼か」
「断じてちがぁぁぁぁぁう!!!!」
俺の叫びに耳を貸す者など誰もいなかった。
結局他の客やらに子どもをこんな所に連れて来るなと言われ、全く仕事出来ずに酒場を追い出されるハメになった。
………で、どうするか。
俺は、ガキの手を引いて宿を出たところでとりあえず立ち止まり、まっすぐにガキの方を見た。
…何が嬉しいのか、にこにことしている。俗に言う無邪気な笑顔、というヤツだが、こういう笑みを浮かべる人間ほど怖いものはない。ガキと言えどそれは例外ではない。これが女だったら特に……(ぶつぶつ)
……じゃなくて。とりあえずこのガキは一体何者なんだ?
「おい、ガキ。お前の名前は?」
「ふえぇ?ボクの名前忘れちゃったの?」
指をくわえ、目に涙を浮かべながら上目遣いに言ってくる。
………何か如何にも、って感じがヤだ………
「ああ〜っとごめんな。いやほら…えっと……」
思わずしどろもどろになってしまう俺。
「……まいいや。ボクはウィンだよ、パパ♪」
な、名前まで似てやがる……
「そうか…ウィン、だな。ちなみに俺はウィントだ。んでウィン、お前の本当の親はいずこに?」
これはタチの悪い冗談だ。イタズラだ。そうに決まっている。ので黒幕を吐かせようとしたのだが……
「え?目の前にいるじゃない。会いたかったよ、パパ♪」
と言いながら足に抱きついてきた。
……だあああああ!!!!
だから俺にはこんなガキはいないってば!
落ち着け俺。とりあえず落ち着くんだ。そうだ、落ち着くがいいさ、俺!!
「……ウィン……とりあえず俺の宿へ帰るぞ。それでいいな?」
「うん、今日はパパと寝れるんだね。やった!えへへ♪」
……結局俺は問題を先送りにすることにした。
宿に着いて部屋に入る。
当然ミルフィオレには気づかれないように、だ。
気づかれたらどうなるか、なんて考えたくもない。っつーか気づくな。
「ふぅ……」
とりあえず一つ溜息をつく。
横を見ると青いバンダナの少年…ウィンがにこにこと無垢な笑顔を見せてベッドに座っている。
「どうしたの?パパ。具合でも悪いの?」
泣きそうな表情でこちらを見るウィン。
………逃げ出してもいいですカ?
「ああ、大丈夫だ、ウィン。とりあえず軽く頭痛がしただけだから」
「そう?ホントに大丈夫?」
頭痛の種にそんなこと心配されたくない。
……まぁ、得てして頭痛の種には自覚がないからねぇ。
「とりあえず……お前のママは今どこにいるんだ?」
目線をウィンに合わして、怒鳴りたくなるのを抑えながら出来るだけ優しく言ってみる。
「ママは……」
今まで元気だったウィンの顔がすぐに曇ってしまった。
まずいこと聞いたか?でもこれ聞かないことにゃどうしようもない。
とは言え、今にも泣きそうなウィンを見つつそのまま話を続けることが出来るほど俺はガキの扱いに馴れていない。
どうしよう?
途方に暮れるとはこういうことを言うんだろうな、などと実感してしまう。
と、黙っていたウィンがいきなり話し出した。
「ママは……ママははぐれちゃったの。ボクにしっかりついてこなかったんだ。大丈夫かな?ママ……」
あくまでママがはぐれたらしい。
う〜ん、このガキと話してると調子が崩れる……
と、そんなことを考えてると、いきなり部屋の扉が開いた。
「ウィントさん、まだ起きてるんですか?明日は朝早くに出発するって……」
気づくな、と言ったろうが……
ノックもなしで入ってきたミルフィオレは、目を大きく見開いてウィンの方を凝視していた。
「うぃ、ウィントさん…まさか……そんな。ユーカイですか?……見損ないました!!」
そう言い残して扉を閉めて駆け出そうとするミルフィオレ。
「ええい、待てぃ」
そのミルフィオレの手首を掴み、これ以上事態をややこしくさせないように努力することにする。
「誤解するな。別に誘拐したわけじゃねぇ」
「そうだよ。親子だもん。ね、パパ♪」
「お、親子って……ウィントさん、そんな子どもがいたなんて……見損ないました!!」
……見事。思わず乾いた拍手でも贈りたい気分になってくるな。
「……とりあえず2人とも黙れ。俺は別にこいつの親でもないし、誘拐してきたわけでもない」
2人を両手で制しながら絞り出すような声で言う。
「じゃあなんでこんなウィントさんにそっくりな子どもがここにいるんですか?」
ミルフィオレがいつになく急かすような口調で問いただしてくる。
俺はふぅ、と一つ溜息をつき、
「分かった。とりあえずどうしてこいつがここにいるか、全部最初っから話してやるから黙って聞いてろ」
俺は初代頭痛の種に逐一説明することにした。
数分後。
前を見ると、首を傾げながらう〜んと唸っているミルフィオレの姿があった。
「納得したか?」
少し半眼になりながらそう彼女に聞く。
「ほんっとーに覚えはないんですね?」
……え〜い、しつこい。
「ああ、絶対にこいつは俺の子どもじゃない。誓ってもいい」
疲れていたのだろうか。俺が説明を始めた直後に眠ってしまったウィンの顔を見ながらそう言う。
まぁ、もう夜中だしな。
「……そこまで言うなら信じましょう」
やっと納得してくれたようだ。一安心一安心。
……って何でこいつに分かって貰おうと必死になっているんだ、俺は。
はぁ……俺も疲れてるかな。
「まぁ、話から察するにこいつは母親とはぐれて迷子になった、ってことだ。俺をパパと呼ぶ理由は分かんねーけど。まぁ、明日になってから母親探しでもしてやったらいいんじゃないかね」
妥当な線でこんなトコか。
俺は寝ているウィンの頭を撫でながら言葉を続けた。
「そうと決まれば今日は早く寝るとすっかね……」
そしてミルフィオレの方を見やる…
「すぴー」
……器用なことに立ったまま寝てやがる。
「……………」
すぱこん!
何なのかは分からないが、俺の心の裡からわき出る抑えがたい衝動に突き動かされてミルフィオレの頭をはたく。
「……はぅ!」
覚醒したかな?
「……って、ウィントさん!その子は一体何なんですか!?ユーカイですか?……見損ないました!!」
「寝ぼけてんじゃねぇえ!!!」
今度は手加減なしで本気で殴る。しっかりと確実に。
「ふぅ……目ぇ醒めたか?」
まだ拳を握りしめながら言う。
「ふぇえええん。痛いじゃないですかぁ……」
頭をおさえながらそう答えるミルフィオレ。
「どやかましい。お前が悪い。と、それじゃもう自分の部屋帰れ帰れ」
まだ頭をおさえている彼女を追い出そうとする。
「……ウィントさん、酷いです………」
こっちがかなり疲れてるのに全てを無にするような発言したことを忘れやがりましたか?この娘は。
もう一発殴ってやろうか………
などと考えながら拳を固めていると、いきなり扉をこんこん、とノックする音がした。
どんどん。どんどん。
……前言撤回。どんどん、と扉を破壊しようとする音がした。
「ん?誰でしょうね、こんな夜中に」
こんな夜中に入ってきた娘が言う。
………何かイヤな予感がする。
「ミルフ、ウィンの側にいといてくれ」
そう言ってから扉を開ける。
目の前には全身筋肉、という感じの屈強な男がいた。両腕に髑髏の入れ墨をしている。……頭も筋肉だな。
「……どちらさまで?」
すぐにでも動けるようにして相手の出方を待つ。
こいつの後ろにはもう1人いるようだった。
「おうおう、青いバンダナつけたガキ渡して貰おうと思ってなぁ」
手をぼきぼきと鳴らしながら言ってくる。
最初っから力ずくで奪おうって考えか。この筋肉頭は。
「俺連れていきたいの?いやぁ、近頃人気出て困ってるんだわぁ、ははは」
感情を込めずにそう言う。
その態度が気に食わなかったらしく、すぐに目の前の男がいきり立った。
「てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞぉ!!」
叫びながら突然俺の首を絞めようと両腕を出してくる。
ウィン……お前、何者だよ………
もう何が何だか分からないが、このままじゃ首絞められてアウトってのが確実である、ということだけが俺を動かせた。
相手の動きは素人。俺の敵じゃない。
無造作に差し出された手を少し身をかがめて避けると、そのまま足払いをかける。
俺の動きに全くついてこれずに、その足払いをマトモに喰らって体勢を崩す筋肉男。
「おぅわ!」
俺はよろめいた体勢を直そうと必死になっている筋肉男の顎に肘打ちを放った。
ごん!
全くの無防備になっていた所に綺麗に決まる。
筋肉男、ダウン。
オランのギルド幹部直伝の体術なめてもらっちゃ困る。
「で?」
倒れた筋肉男の首に足をおいて後ろにいた女に視線を送る。
ウェーブのかかった黒髪を肩まで伸ばした、端正な顔の女だ。動きやすそうなシンプルな革鎧に身を包み、短剣を腰にさげている。
「………見事」
組んだ腕を動かそうともせずに、ただ淡々とそれだけを告げる女。
「いや、本当に感心しているよ。流石だ。青いバンダナの男の噂を目の前で思い知った気分だな」
眉一つ動かさずにそう言ってくる。
「………そんなこと聞いてんじゃねぇ。時間稼ぎでもしてるつもりか?」
俺がそう言った時、今まで無表情だった女の顔に初めて笑みが浮かんだ。
「私が君と戦うのに時間稼ぎを必要とすると…?」
不敵な笑み、まさにそれだった。
「まぁ、確かに苦戦はするかも知れないが、その程度だな。もしその右腕……ん?」
今度は何かに気づいたように訝しげな表情に変わる。
「……君は違うようだな。ただ…その子を庇っていることは確かか。ふむ……」
1人でぶつぶつ言っている女を見ながら俺もここからどうやって逃げ出すかを考えていた。
こいつは俺の下でくたばってる図体だけがでかいヤツとは違う。
普通に戦ったら勝てるかどうかわからねぇ。
ただ、逃げるにしてもガキ2人連れた状態でどうやって逃げ出すかだが……無理そうだな。
結局この女をどうにかする以外に方法はないか……
「……まぁ、いい。出直すとするか。興が削がれた。報告もしなければならないしな」
不意にそんなことを言ってくる。
「は?」
思わずそう返してしまう。
「いや、情報が違ってたんだ。また別の方法をとる必要があるかも知れん。中間管理職とは辛いものだな」
そう説明してくるが……肝心の部分が分からねぇ。
だが、この場は引く、と言うなら引き留める必要もない。
気になるのは確かだが……
ウィンを巡る何があるってんだ……
「邪魔をした。また来るかも知れんが、その時は抵抗せずにその子を渡してくれるとありがたい。それでは」
俺が悩んでる間に、女はそう言って背を向けて歩き出した。
「勝手なこと抜かしてんじゃねぇぞ!!こんなガキ誘拐してどうしようって言うんだ!!」
俺は去ろうとしている女の後ろ姿に向かって思わず叫んでしまっていた。
「さてね。私は知らんよ。中間管理職の辛いところだ。仕事とは難しい」
まるで独り言のように俺の問いに答えると、そのまま歩き去ってしまう。
「……ふざけるなよ……」
後ろ姿を見ながら拳を握りしめて呟く。
くっそ〜!何だってんだよ。何が起こってんだよ!
心の中で毒づくも、答えは見つからない。ただ一つだけ分かっていること、それは…
また、厄介事に巻き込まれた。
その事実だけだった。
「ほら、ミルフ、急げ」
「そんなこと言われても困りますよぉ」
それからすぐにここから逃げることにする。
襲います、なんて言ってる相手をそのまま待つなんてことするわけないし、それに早急にウィンの母親を捜し出さないと俺の気が済まない。
さっきの女の言ってたことからして、俺は誰かと間違われてるみたいだ。
俺の他の青いバンダナをした男……
一瞬、弟のことが頭をよぎるが、すぐに否定する。
あいつがこんな所にいるわけない。あり得ない。絶対にない。
「ウィントさん、どうしました?急ぐんじゃなかったんですか?」
どうやら用意が出来た様子のミルフィオレがこちらに声を掛けてくる。
「あぁ、悪ぃ。んじゃ探すとすっか。ウィン?」
どたばたしてる間に目を覚ましたウィンに言葉をかける。
「眠いよぉ、ぱぱぁ…ママ探すのは明日にしよぅ……」
泣きそうになりながらそう言ってくる。
「ごめんな、ウィン。でもどうしても今夜のうちに捜し出したいんだ」
しゃがんでウィンに視線を合わして話す。
「頼みの綱はお前しかいないんだ。お前の家の場所を出来るだけ詳しく教えてくれ。頼む」
俺は気持ちを鎮めてゆっくりと話しかけた。
「……うん、分かったよ、パパ」
4、5歳の子どもにしてはしっかりしてるなぁ、などと思う。
「よし、じゃあどこに住んでるか、教えてくれ」
「えっとね、お山の近く」
「……詳しく」
「えっとえっと、川が流れてるの」
「………もっと詳しく」
「水浴びすると気持ちいいんだよ♪」
「へぇ、私も水浴びしたいなぁ」
……最後の台詞はミルフィオレ。
「どうしたの?パパ」
どうやら知らず知らずのうちに拳を握りしめてすごい形相になっていたらしい。
「何でもないぞぉ、ウィン。もっと具体的に話してくれると嬉しいぞぉ、俺は」
「うっうっ……パパが怖いよぉ」
そう言いながらミルフィオレに抱きついたウィン。
「よしよし、大丈夫ですよぉ。……ダメじゃないですか、ウィントさん」
………何も進まねぇ……
「ウィン、お前だけが頼りなんだ。頑張って説明してくれ……」
……結局場所を特定するのに2時間を要した。
「ここ……だな……」
明け方近く。
俺とミルフィオレは、目指した場所、ウィンの家に辿り着いた。
……長かった。
実際それほど離れてなかったから良かったが……
っつーか、結局酒場で地元の人間捕まえてウィンの話と照らし合わせて考える、ってことにしたからなぁ。
……ここ向かったのはバレてるな、絶対。
昨夜襲ってきた女を思い出す。
尾行は酒場に向かう時点で撒いたから問題ないが…それでも時間の問題だよな。
そこまで考えてから背負ったウィンの顔を見る。
「まぁ、ここでお前の母親から俺が父親じゃない、って言って貰えればそれで終わりなんだけどな」
小声でそう言ってから、後ろから来ているミルフィオレの方を向いた。
「大丈夫か?」
「は……はい……何とか……」
こいつにも無理させちまったな。
「それじゃ、行くぞ」
ふぅ、と一つ息を吐き出し、俺は目の前の扉を叩いた。
こんこん。
子どもが行方不明になった親なら神経高ぶってて寝てないはず。
家に帰ってないかも知れないが、詰め所の方にそれらしい人物がいないかどうかは確かめてきたし、探し疲れて家まで戻ってきているだろう、多分。
「はぁ〜い」
……緊張感のない、どこか間延びした声に何か気が抜けそうになってしまう。
がちゃ。
ゆっくりと扉が開く。
……緊張感がない……
開いた扉の先にいたのはどこかおっとりとした感じを受ける女性だった。
歳の頃は……20歳くらいだろうか?俺とあまり変わらないように見える。
栗色の癖のない長い髪が腰の辺りまで伸びている。幼さの残る顔立ち…大きな目のせいだな、これは。
などと考えてから背負ったウィンを前に出そうとする。
「お宅のお子さんを保護してたので連れてきたんだけど……」
そこまで言ったところで目の前の女は…いきなり抱きついてきた。
「あぁ!あなた!帰ってきてくれたのですね!……もう会えないかと思ってた……」
両腕でウィンを背負っているため、身動きが取れない。ただ唯一自由になる首を後ろに向けてみる……
「……お幸せに」
その言葉を残してミルフィオレがどこかに去ろうとしていた。
「ちょっと待てぇえ!!」
勘違いしている女2人に向かって思わず叫んでしまう。
「せっかくの再会なのに………」
そう言いながら抱きついてきた女がその状態のままでこちらを向く。
「ウィントさんを信じた私が馬鹿だったんです。もう知りません。さようなら」
こっちは聞く耳持たない、という感じだ。
「誤解だ誤解!人違いだ!な?人違いだろ?」
必死になって目の前(数p)の女に誤解だと分からせようとする。
「何言ってるんですか、あなた……こんなに似てる他人が存在しますか……それにその青いバンダナ……」
……やっぱり年上だな……
大人の女の妖艶さでこちらを見てくる彼女に俺はもうメロメロ………
って違う!!
余計疲れるようなボケをかますな、俺!!
そんな俺の苦悩を知らずに女は続ける。
「って、あれ?右腕ありますね。どんな奇跡が起きたんです?」
「右腕……?」
その言葉の意味が分からずに聞き返す。
「む、むにゃ……」
後ろのウィンがもぞもぞと動きながら目を覚ました。
「あ、ママ」
「ウィン――!!無事だったのね!良かった……もう会えないかと思ってたのよ……」
今度は器用に俺の背のウィンを抱きしめる女。ちなみに俺は押しのけられる。
……何なんだ、一体……
押しのけられてよろめいた身体を立て直し、ミルフィオレの方を見た。
「……実家に帰らせて貰います」
「その実家追い出されて俺について来たんじゃなかったか?お前……」
何かどっと疲れながら親子を見て、そして考える。
俺とそっくりの青いバンダナをした片腕の男………
一体誰か…分かってきた……
いや。もうあの人しかいない、と断言出来る。
だが、あの人はもう青いバンダナはしていないはずなんだが……
心境の変化でも起きたんだろうか……
「あなた、どうかした?親子水入らずを楽しみましょうよ」
と、俺の思考を中断するように女が喋りかけてきた。
「……悪いが、俺はあんたの夫じゃない。ちゃんと右腕があるだろ?」
冷静にそう答える。
「え?でもそんなに似てる人なんて……」
どこか不安げな表情で女が言う。
「そりゃ血が繋がってるからじゃないか?あんたの夫は俺の叔父だ。名前はウィラン、だろ?」
ゆっくりと告げる。
14年前に失踪した俺の叔父のウィラン。
俺にこの青いバンダナとギャンブラーとしての意志を与えてくれた男の名前を告げる。
「……じゃあ、あなたは?」
まだ納得した様子ではなかったが、そう聞いてくる彼女の問いへの俺の答えはもう決まっていた。
「俺?俺は流離いのギャンブラー、ウィントさ」
「……なるほど、あなたが夫の言っていた甥のウィントくんでしたか」
3人で食卓を囲んでお茶を啜る。
ウィンは奥ですやすやと眠っている。
「そういうこと。まぁ、俺のことはいいとしてとりあえず名前教えてくれない?まだ聞いてなかったからさ」
ちょっと苦笑しながらそう言う。
「私はクラレットですわ。よろしくね、ウィントくん」
「ああ、よろしく。んで早速なんだけどあんたの息子が今狙われてるのは知ってるか?」
あんまり時間がない。急いで本題に入ることにした。
「えぇ!?そんな……あの子が何をしたって言うの……?」
いきなり顔を覆ってしまった。
「……知らなかったのか?……まぁいいや。で、これからどうするの?」
話逸らしたりしてる暇はない。いつここが狙われるか分からないんだ。
「これから……と言われても。何故狙われるのでしょう?………知ってるとしたら夫……」
やっぱりあの人が原因?
「んじゃウィランの居場所はわか……らないか……」
さっき、もう会えないと思ってた、と言ってたからな。
どうするか……
「………ずず〜」
お茶を啜る音。
見るとミルフィオレがつまらなさそうにしていた。
「寝てていいぞ」
確かに面白い話ではないしな。
疲れてるだろうし、後で動くことを考えれば寝てて貰うのが一番いい。
「……私、外の見張りしてますね」
「おい!疲れてるのに見張りなんて…!!」
……全く話を聞かずに外に出ていった。
あいつなりに危機感でも感じているのだろうか。
……成長したなぁ、ミルフィオレ。
って、そんな場合じゃないんだってば。
「夫の居場所……おそらく今はオーファンの街にいると思われるんですけど……」
不確かだが……それを信じるしかないか。
「……とりあえず今は逃げることが必要だ。ファンドリアまで行ってウィラン捕まえて何とか事情を説明してもらって……だな」
「そうですねぇ〜」
いきなりの間延びした声は精神に堪えるな……
だが、ここでめげてはいけない!
いきなりここで叔父の情報とおばさんと従弟が見つかったのだ。
しかも命の危険に曝されてる、となると見捨てるわけにはいかないじゃないか。
「というわけで、すぐにでも準備してくれる?俺は外の様子でも見て……」
と、そこまで言ったところで、いきなり外からミルフィオレの声が聞こえた。
「ウィントさん!ウィントさん!何か5人くらいこっちに来ます!」
……思ったより早ぇ。
どうするか……と考えてると、何かを決心したように目の前のクラレットが頷いた。
「ウィントくん、ここは私に任せてウィンを連れて逃げて下さい」
「はい?」
そんなカタギの女性に任せるようなマネ出来るかい。
「ああ、大丈夫ですよ。私だって元はウィランと一緒に仕事してたんですから」
ほほほ、と微笑みながらそう言う。
……何か安心してきた。
「ほら、ここにちゃんと抜け穴がありますから、これで逃げて下さい。オーファンで落ち合いましょうね」
どんどん話が進んじゃってるし……
……って抜け穴って何だ?
と、そんなことを考えてる余裕はない、か。
「いや…そんな。でも…」
思わずうろたえてしまう。
「ウィントさん!どうするんですか!」
……何かミルフィオレの声が楽しそうに聞こえる。
いや、気のせいだ。そうさ気のせいさ。
「……俺が代わりにくい止めるから、何とか……」
「いちいちやかましいですよ、ウィントくん」
にっこり笑ってそんなことを言うクラレット。
「へ?」
思わず面食らってしまう。
「それじゃこの子を頼みますね」
寝ているウィンがずい、と押し出される。
「へ?いや、あ、うん」
クラレットが動いて、天井から何かしらのヒモを用意する。
「それじゃ覚悟はいいですか?ウィントくんなら多分問題ないですから頑張ってくださいね〜」
ここでも間延びした声である。
と、クラレットがその持ったヒモを引っ張った途端…
床が開いた。
「へ?うわああああ!!!!」
あまりにいきなりの事に対処出来ず、そのまま落ちていく。
「食料とかもすぐ近くにあるので頑張ってくださ〜い。罠に気を付けてくださいね〜」
「何じゃそりゃあああ!!!」
あまりにもあまりな展開に、俺が言えたのはそれだけだった。
だが、このとき俺はまだ気づいていなかった……
これが波乱の幕開けにしか過ぎなかったということに。
……今までも十分波乱だったとは思うんだけれども。
――つづく――
 |