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No. 00175
DATE: 2000/10/11 01:05:06
NAME: スナイプ
SUBJECT: farewell
スナイプは不機嫌そうにギルドの中を歩いていた。
それ自体は別に珍しい事でも無い。ギルドに居る時の彼は不機嫌で無い時の方が珍しかったからだ。
だが、今日は周囲からスナイプに奇異の視線が向けられていた。それが今の彼の機嫌を損ねている理由でも有ったのだが・・・それもむべ無からぬ事で有ろう。
つい先日まで彼は死んだとされて居たのだから・・・
いつもの通り・・・とは言っても半年以上も空けての事だったかが・・・ノックもせずに部屋に入る。
彼が思い描いていた予想を裏切る事無くスナイプの上司である、この男は本を読みながら座って居た。
そして久方ぶりに聞く余りにも聞き慣れた台詞。
「遅かったな・・・」
スナイプは今回はすぐに皮肉を返さず、一つ深く溜息を吐いた。
「まさかこんなに早く呼び戻されるとはな・・・」
事の起こりは半年程前だった。
盗賊ギルドの蛇(暗殺者)の中でも特に執行人と言う立場に有るスナイプは、ほとんどの場合、内部の裏切り者を粛清する為に動く。
つまりはギルドのより根の暗い部分を知る事になるのだ。
そして、当然中には知られては困る事情も含まれるのだ。
一応彼は立場的にそれを黙認されている。
彼が知ってはならない事情を知ってしまった時、彼の上司は仕事帰りに一言こう言うのだ。
「忘れろ」と。
無論、彼が一言でもこの件を口にすればどうなるか・・・それは彼自身が最も良く知って居るのだ。
しかし、スナイプは彼の上司に贔屓され、裏の事情を知り過ぎた。
その中には1人の幹部候補に取って致命的な物が有ったのだ。
当然確証も無く、下っ端1人が幾ら吠えた所で彼の立場は揺るがない・・・だが、例えそれでも自分の脛を知られたく無かったその男は、同じく彼を良く思っていない者達を集め、スナイプを罠に掛けようとした。
濡れ衣を着せ、彼を始末させる・・・安易だが、最も確実な策であり、彼は一度この策に嵌められ、オランを出る事となった。
だが、昔との違いが一つ有った。7年前自分を陥れた男が今度は味方だった事だ。
「君を疎ましく思う者達は私が何とかしよう・・・それまで何処かで隠れて居てくれ」
その言葉はとても信じられた物では無かったが、他に方法も無く、仕方なく彼は再びオランを出た・・・表向きは某人の暗殺という任務だった。
そして彼は任務中に殉職した、との通達がギルドに送られて来たのだ。
しかしそれから1年も経っていない・・・最悪5、6年はオランに戻れない事を覚悟していた彼は正に拍子抜けてしまった。
「結局どうなったんだ・・・?」
事情を知らないスナイプは自分の上司に事の経緯を聞いた。
「簡単な事だ・・・君を密かに追跡していた者から情報を得て連中を蹴落とした」
事も無げに彼は言った。その幹部候補達の不正を暴き、始末し、更に事情を公にしてスナイプの帰って来る場所まで作ったのだ。
だが、如何に弱みを握っていたとしてもそれがどれだけ大変な労力かは想像に難くない。
「何でアンタがそこまで協力してくれるんだ・・・?」
スナイプが当然とも思える疑問を口にする。
彼の上司はさも意外そうな声を作って言った。
「協力?私はこれこそが目的で君を買っているのだがな」
その言葉でスナイプは今回の事件すら、彼が仕組んだ事で有る事を知った。
中々尻尾を出さない危険分子達を浮き立たせる為に、わざとスナイプに知ってはならない事情を教え、連中が行動を起こした所で一網打尽にする。
全て予定して居たならこの行動の迅速さも納得が行く。スナイプは偶々巻き込まれたのでは無く、計画的に利用されたのだった。
しかし、別に腹は立たなかった・・・この男の部下で有る以上は何かしら利用されるのは覚悟して居る。それで生き残れるので有れば仕方の無い事だ。
(だが、そう何もかも上手く行くと思うなよ・・・)
一瞬心に芽生えた反発心を彼は決して表情には出さなかった。
静かな森の奥地、空き地にすらなっていない所にスナイプは草を掻き分けて入って行った。
もう随分放置された二つの墓を眺める。
根回しがなされたとは言え、今回の件でスナイプが危険視された事は否めない。
ギルドが下した決断は暫くの間、彼をオランから離す事。
しかもオランのギルドが干渉出来る程度の近場に、で有る。
まだ何処に行くとは決まっていないが近日中にはオランを去る事になるだろう。
だから彼が良く通った馴染みの酒場には顔を出さなかった。
スナイプは二つの墓にそっと水を掛けた。
この名も無き墓の為に自分はオランに留まりたかったのだろうか?
そんな気もするし違う様な気もする・・・少し考えたが彼はすぐに思考を止めた。
自分がオランに居たかった理由は・・・良くも悪くも此処が彼の故郷だったからに他ならない。
理屈では無いのだろう。それで良いと思う。「蛇」で無い時の自分は感情に従って良いのだと思う。
森の木の隙間を走る風の精霊の歌声が聞こえる。
自らの感情を否定しないからこそ聞こえる歌だと、彼は漠然と感じていた。
最後に目の前に並ぶ二つの墓を一瞥する。
例え再びこの地に帰って来てももう此処には来るまいと思った。
理由は分からない。ただそうしたかっただけだ。
去り際に彼は呟いた。
彼が唯一知る下位古代語。
「Farewell(さようなら)」
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