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<登場人物> テルミナ:ショートカットにしたボーイッシュな感じの10代後半の女。 フィアット:栗色の長髪。目付きのきついHエルフの女。 ガストン:ぼさぼさの黒髪をした巨漢。チェインメイルと大剣を持った30才前後の男。 エイリアス:短く切った黒髪に細く鋭い目、筋骨隆々で背の高い男性。赤黒いキズだらけの鎧。 リック・ウェーバー:黒ずくめの格好をした人間。槍を持っている。 ステイル:暗緑色のローブをまとった、青白い顔の男。歪んだ木の杖を持っている。 スラムの外縁近くにその宿はあった。スラムと市街区の境界にあたる場所だ。よくもまあこんなところで、というぎりぎりのあたりである。壁は薄く、宿全体が古びている。1階の酒場にはそれ相応の人間しか集まらない。そして出す酒もそれ相応である。 そんな宿の2階の一室。彼らはそこに集まっていた。女が2人に男が3人。テルミナ、フィアット、ガストン、エイリアス、リックの5人である。 「よう、フィアット。ステイルの奴ぁ戻ってきたかい?」 ガストンが、そばに立つ半妖精を見上げて言った。聞かれた半妖精の女が軽く肩をすくめる。 「まだよ。もうすぐだとは思うけどね」 「金になる話を持ってきてくれるんなら、大歓迎だ」 蒸留酒を瓶ごと口に運びながら、エイリアスが笑う。その横では、リックも無言でうなずいていた。 「…それは、前に少し話に出てたやつか?」 部屋の片隅でうずくまっていたテルミナが、ぼそりと呟くように問いかける。誰にともなく。が、その場にいた全員から、冷たい視線が返る。 「ああん? てめえが何か口出せるとでも思ってやがんのか? クソ小生意気なガキがよ」 ガストンの台詞にエイリアスも同じ気持ちで、唾を吐き出す。 「全くだ。…余計なことばっかりしやがって」 「…いざとなれば、切り捨てればいいだけのことだ」 低い声で、リックが呟いた。 そのそれぞれに対し、テルミナが睨み返す。続いて、何かを言い返そうとした矢先、ふとフィアットが視線をゆるめた。 「いいじゃないの、みんな。テルミナだってちゃぁんとわかってるわよ。……ね?」 最後の呼びかけを、微笑みと共にテルミナに投げかける。そんなフィアットから視線を逸らして、テルミナが毒づいた。 「…わたしがいなきゃ、みんな困るんだろ? 言われたとおり、ガイアって野郎は調べてるさっ!」 当然だと言わんばかりの視線がテルミナに集まる。 盗賊の技を持つテルミナは、スラムにとどまらず、街なかでの活動も幾つか行っていた。もともとは仲間の指示であり、意向でもあったが、その中で幾つかの暴走もあった。街なかの冒険者たちに顔を知られ、要らぬ警戒心を煽ったのがそれである。 今現在、スラムを中心にして、誘拐事件を画策し、また幾つかは実行もした彼らにとっては、冒険者たちの存在というものは、邪魔でしかあり得ない。 とは言え、彼らとて、実を言えば冒険者である。今回は、請け負った仕事内容が少々異色であっただけのこと。時として、人には言えない仕事すら引き受ける、それが彼らであった。 スラムで行方不明が多発している ── そのことが、街の冒険者たちに噂となって耳に届いた。そして、そうなればそれを調べようと思う者が出るのは当然のこと。だからこそ、彼らは冒険者たちに事が知れるのを嫌がっていた。だが、今となってはもう遅い。調査を始める冒険者たちが集まってしまった。 行方不明が多発しているのは、当然のこと。彼らが子供たちをさらっているのだから。金髪の幼い少女を目的として。 「冒険者どもが増えちまってよぉ。やりにくいったらありゃしねえや」 安物の葡萄酒をあおりながら呟くガストンに、全員が同意する。 「まぁ…お手並み拝見といくか。どうせたいしたことはできはしまい」 壁に背を預けて立ったまま、リックが言う。 フィアットが、テルミナの肩に手を置いた。 「冒険者側で中心になってるのがガイア…だったわね? 調べてきたんでしょ?」 「ああ…調べた。妹と…同居してるパン屋の娘がいる。ただ…奴は腕が立ちそうだ。それに、警戒してか、妹は今はいない。どこか…他のところに預けているらしい」 「さて…どうするかね。ま、腕が立つとは言っても、何人も相手に出来るわけじゃないだろう?」 エイリアスがにやりと笑う。自身の剣の腕だけで生き抜いてきた歴戦の傭兵としての笑みがそこに滲む。そしてそれは、リックとガストンも同様であった。傭兵という職業そのものに付いたことはないが、戦士として生きてきた彼らである。 古ぼけた扉に、小さくノックの音がした。 「あ、ステイルだわ♪」 足音を聞きつけたのか、フィアットが立ち上がる。扉を開けた先には、案の定、青白い顔の魔術師が立っていた。 「ここにいたか。……話はついたぞ。詳細はこれからだが…」 入ってきた魔術師の言葉を聞いて、全員が色めき立つ。 「いい話かい? 今までの商人や貴族よりマシなんだろうな?」 エイリアスが尋ねる。ガストンがその横で、下卑た笑いを漏らした。 「へへっ…さらってきただけで、ハズレだって言われたガキどもも、金になるってんなら最高だな、おい」 「注文してきた貴族は、それを承知してるのか?」 リックの問いに、ステイルは答えなかった。だが、漏らす酷薄な笑みは答え以上のものを語っている。知ったことじゃない、と。 「…ま、何人かは、私が実験にでも使わせてもらうよ」 魔術師の言葉に、フィアットが微笑む。 「見学させてね。おもしろそうなんだもん♪」 ふと、うずくまったままのテルミナに視線を落として、ステイルが笑った。 「ずいぶんと、痛めつけられたようだな?」 「……放っとけよ」 テルミナが呟く。 「くくっ…別に気にしてるわけじゃない。勝手なことをした報いだ。…まあ、仕事に支障がないならかまわん」 「まあでも、わりい話じゃねえよなぁ。ムカつく貴族野郎が注文してきた金髪のガキってのも、ハズレじゃ金になりゃしねえと思ってたけどよ。どこぞで買い取ってくれるってんならな」 ガストンの笑みに、エイリアスが同意した。 「ああ、そうだな。あの狸商人どもがこっちにまわす報酬を勝手にピンハネしてやがるが…今度はそんなことねえだろうしな」 「うまく…運べばいいがな。あとは冒険者どもへの対処だ。……目障りな奴らのな」 ぼそりと呟くリックの胸を、軽く叩いてフィアットが笑う。 「うまく行くわよ、きっとね♪ 冒険者なんて、どうとでもなるじゃない。中心になってるのは、ガイアって男でしょ? あの黒ずくめの…なんだか、あんたみたいね」 黒い服を着込んだ仲間をあらためて見て、小さく苦笑を漏らす。 冒険者、と聞いてふとステイルが思い出したように口を開く。 「そういえば……おまえら、何人か片付けたのか?」 戦士達に向けての言葉である。それを聞いたエイリアスとガストンがにやにやと愉快そうな笑みを交わしあう。リックは軽く肩をすくめただけだった。 「オレぁよ、別に殺そうと思ってたわけじゃないぜぇ? 酒飲みに行こうと思ってたら、正義ヅラかました奴らがつっかかってきたからよぉ。…なんてぇの? おめえふうに、気取って言えば『ちょっとした小競り合い』って奴が、『不幸な結果』になっただけだよぉ」 相も変わらず、笑みを漏らしつつガストンが言う。エイリアスが、飲み干した蒸留酒の瓶を部屋の隅に放り投げながら同意した。 「ああ、俺もそうさ。あんまりうるさかったもんでな。…ま、スラムの奥で、まわりに人気もないときちゃぁ、我慢は体に毒だろ?」 「俺は…まだ、やってないぞ。この先はどうなるかわからんがな…」 ふっと、淡い微笑を漏らしながらリックが呟く。3人の返答を聞いてもステイルは眉1つ動かさなかった。 「やってしまったものはしょうがないな。……追っ手がかかってないってことは、証拠を残すような馬鹿な真似はしなかったんだろうから。……だが、これからは気をつけてもらおう。これから先は、例の貴族だけが相手じゃなくなるんだしな」 「ねえねえ、別んとこに流すってことはさぁ、今までみたいに金髪の女の子って限るわけじゃないのよね? そしたらさぁ、こないだ見かけた黒髪の男の子さらっていいかな? 目がくりっとしてて可愛かったのよ♪ あ、それとさ、最近は来なくなったけど…あの金髪のボウヤ。あれもいい? だって、いかにもスラム慣れしてなくってボンボン丸出しなんだもん♪ さらいたくなっちゃう」 ひどく楽しげに、フィアットがステイルの腕に自分のそれを絡めた。絡められた半妖精の白い腕をゆっくりとほどきながら、ステイルがフィアットに首を振って見せる。 「その…男の子とやらはいいが。金髪のボウヤというのが、何度か見かけたあの青年を指してるなら…それはやめておけ。売れるのは子供だ。せいぜいが13〜4才くらいまでだろう。話をつけてきた先と言うのは、成人した人間は好まないらしいからな」 「なぁんだ、つまんないの」 そんな風に交わされている会話をよそに、テルミナは膝を抱えたまま溜め息をついていた。気にかかるのは、黒ずくめの騎士ではない。もう1人…女魔術師だ。ミュレーンと名乗るあの女魔術師とは何度か顔を合わせた。そしてその度にテルミナは居心地の悪い思いを味わってきた。 (…なんで……なんでわたしなんかをあんな目で見るんだ。可哀想…なんて、どっからそんな台詞が出るんだ。わたしは可哀想なんかじゃない。そんな目で見るな、そんな言葉を言うなっ! もう……どうなったって構いやしないのに…なんで……なんでだ…っ!) 思わず唇を噛みしめる。 金の入る宛てが出来た他の仲間たちは楽しそうに、計画を練っている。それをなんとなく耳に入れつつも、テルミナの意識はスラムの外へと飛んでいた。その先は、黒衣の騎士と金髪の女魔術師だ。 「お、そうだ。なあ、ステイル。例の薬、少なくなってきたぜ? どうする?」 エイリアスの問いに、ステイルがうなずく。 「“鎮静剤”か? そうだな…魔法と併用してるとはいえ…もう少しあったほうがいいか。それは商人のほうに言っておこう。報酬が天引きされてる気配もあることだし……もともと必要経費だ」 「へへっ…スラムのガキってのもちょろいモンだよな。飢えてっからよ、すぅぐ騙されやがる」 ガストンの笑みに、リックが眉をひそめる。 「油断は禁物…じゃないか? どこに囮が混ざってるかわからないのだぞ? 古代語魔法には、姿を変える魔法もあると聞く。ステイルが擁しているような使い魔とやらもな。……どこに目があるかわからん」 「ああ? 囮だぁ? ンなもん…ぶち殺しちまえばいいだけのことじゃねえか。なにびびってやがる。魔法で姿変えて…んでどうするよ? へっ、魔法使いっちゃ確かに油断はできねえがよ、剣突きつけられりゃオシマイだよ」 ふと、それを聞きつけたフィアットが微笑んだ。 「あら、あたしなら閉じこめられたところから、鍵あけて逃げちゃうわよ? そうしたら、連絡できるじゃない?」 精霊使いでありながら、盗賊としての技も持つフィアットだ。確かにそれは彼女には可能だろう。 「…が、おまえには、姿を消すことは出来ても、変えることは出来ないな。それならば囮としては役に立たんだろう」 「それもそうね」 ステイルの言葉に、くすり、とフィアットが笑って同意する。 「今のところ、街の冒険者たちで動いてるってのは、どんな奴らなんだ?」 エイリアスが誰にともなく聞く。その問いに答えたのはフィアットだった。 「そうねぇ…たしか、ガイアって男と…聞いた話だけど、金髪の女魔術師ね。あと…何度かスラムで見かけた男がいるわ。剣の腕はそこそこね。酒場で見かけたことあるけど…レッドなんとかって呼ばれてた。例の金髪のボウヤも最近はスラムじゃ見かけないけど。あとは…多分、盗賊は絡んでるでしょうけどね。そっちの情報はまだ調査中よ」 「奴らがどんな手を打ってくるか、だな」 フィアットが挙げる名前を聞きながら、リックが低く呟いた。 「まぁ、お手並み拝見と行こうぜぇ? あいつらがスラムでもたもたしててくれるんなら、こっちの尻尾の先はそうそうバレやしねえだろ?」 へへっと笑うガストンにステイルもうなずく。 「そうだな。とにかく、明日にでも商人に薬の追加を頼むとしよう。明日の予定は…フィアットは引き続き、盗賊のほうを調査してくれ。テルミナはガイアの身辺をもう少し。ガストン、リックは“保管”してある“商品”の世話をしてきてくれ。……まだ傷はつけるなよ。エイリアスは、私と一緒に来てくれ。商人との話し合いが穏便に済むように…な」 それぞれが、指示にうなずく。窓の外では、スラムの夜がより一層更けていった。 |
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