 |
No. 00182
DATE: 2000/10/18 10:31:38
NAME: ニナ
SUBJECT: 護衛の依頼
仕事を探す者や情報を拾おうとする輩が溢れる冒険者の酒場「きままに亭」に、不釣り合いな娘が入ってきた。
娘の名前はニナ。普通ならこんな店には近寄りもしないであろう彼女は、緊張した面もちで固く両手を握りしめ、慣れない雰囲気に圧倒されつつも、下品なヤジの飛ぶテーブル席の間をおどおどと歩く。
『…奥様に冒険者を探してくるように言われたけれど…どうしたらいいのかしら?』
やり慣れないことをするものではないと改めて感じる。いつも、は自分でもメイドの中で一番元気がいいと思っていたのに、今は冒険者に声をかけるのさえ躊躇った。
「誰かお探しですか?」
そんな彼女の姿を見るに見かねてか、黒髪に全身黒ずくめの剣士風な男(ガイア)が声をかける。
いきなり声をかけられ驚いたニナはどもりながらも、相手を冒険者と見て取り、奥様からの言いつけを果たさねばと懸命に声を出した。
「わ、あ、あの、私、冒険者の方を探しているんです」
男はニナの話を聞き、仕事の依頼なら店員に話すか、掲示板を利用するといいと丁寧に教えてくれた。
「何の話をしてるんだい?」
黒髪で元気のいい、きりりとした眉の青年(ロビン)がひょいと隣のテーブルから顔を出した。
ニナが冒険者を探していると言うと、その青年は何の仕事なのかと聞いてきた。
「あ、あの、奥様とぼっちゃまの護衛です」
ニナの仕える夫人は3年前に夫を亡くしている未亡人で、名前はガートルード・ウッテンベルク。30代半ばの美貌の未亡人であった。
最近夫人が人の視線を感じると言いだし、街で噂になっている幼児の誘拐事件も耳に挟んだこともあり、かなり敏感になっている。
それで冒険者を雇って子供と自分を守って欲しい。これがニナが慣れない酒場に冒険者を求めに来た理由だった。
ニナの話を黙って聞いていた、きりりとした眉の青年は急に立ち上がると。
「よし!心配入らない、俺に任せてくれ。俺の名前はロビンだ、よろしくな」
どんと胸を張る。離れていたところで話を聞いていた、紅い外套をまとった魔術師が「余計な厄介事を増やしたな」と苦笑を漏らしたが、誰も気が付くことはなかった。
「にーちゃん何が『任せて』なのかにゅ?」
道化のような服を着たグラスランナー(パムル)が、いつの間にかロビンとニナの間でにこにこ笑顔を向け立っていた。
「ああパムルか、仕事の話だ」
ロビンが素っ気なく答える。パムルと呼ばれたグラスランナーは、めげずに笑顔のままテーブル席によいしょと座った。
「おいらにもその話聞かせてにゅ」
さあ話せとばかりに、草原妖精は足をばたばたさせる。
「あの、私もいいですか〜?」
間延びした声の娘(メリープ)がパムルの後ろから会話に加わった。
「にゅにゅ。メリープねーちゃんもここに座りなよ!」
あっという間に冒険者が一人から二人そして三人に増えた。ニナは先程ロビンに話した内容を二人に伝え、三人と明日の昼に屋敷の方に話を聞きに来てくれると言う約束を取り付けた。
店を出ると、ニナはとりあえず使命は果たしたと安堵の溜息をもらした。
明けて次の日。チャザの鐘が正午を伝える頃、ニナに教えられた風柳通りにあるウッテンベルク家の前に冒険者が集まった。
風柳通りは道の両側に柳の木が植えてある通りで、いわゆる高級住宅街である。
顔ぶれは昨日のパムルにメリープ、それからケイにハヅキ。この二人はパムルに仕事があると聞き、せっぱ詰まった財政状態を解決すべくやってきた。
互いに何を話すでもなく、ぼんやりとまだ来ないロビンを待っていた。
「置いてくか?」
ぼそりとハヅキが漏らす。
「そうね、時間を過ぎてるんだし。依頼人を待たしちゃ悪いわ☆」
ケイは、ぱっと笑ってあっさりロビンを見捨てようとする。
「じゃあ、いきましょうか〜」
屋敷に入ろうとしたところで、遠くからばたばたとロビンと誰かが走ってくるのが見えた。
「あれはロビンさんじゃないですかぁ?」
メリープの指さした先にはロビンは息を切らせこちらに向かってくる姿があった。ロビンはみんなに遅れた詫びをすると、みんな遅いよとばかりにささっと屋敷に入っていく。もちろん、後ろには自称ロビンの保護者のミュラがくっついて来た。
ウッテンベルク家は資産家というだけあり屋敷も立派なもので趣味の良いインテリアで統一されている、落ち着いた雰囲気の屋敷だった。
冒険者達一行はメイドのニナに案内され、入り口近くの広い部屋に通された。
「奥様が来るまでお待ち下さい」
慣れないせいか落ち着かない冒険者達が小声で話をしていると、赤毛で目の覚めるような美人が部屋に入室し、この屋敷の主だと挨拶をした。
「ニナから話を聞いたと思いますが、私本当に困ってますの」
女主人ガートルードは、そういいながら冒険者を一通り眺める。ふと、ミュラとケイ、そしてメリープで目を留めると少し困ったような顔をした。
「なんでしょう?」
自分に向けられた視線にメリープが笑顔を向けおっとりと尋ねる。
「ごめんなさい。あなたみたいなお嬢さんが本当に冒険者なのかしらとおもって…」
「大丈夫ですよ〜。私これでも魔法が使えるんですよ」
気を悪くするどころか、あくまでもおっとりした口調で答える。横ではケイが自分もそうだとうなずいている。
「そう、ごめんなさいね。最近なにかと物騒でしょう?子供がいなくなったりとか…怪しい人に見張られているみたいだし、気が休まらなくて」
そう言いながらガートルードは軽くこめかみを押さえた。
「その怪しい人ってどんな人なの?」
ケイがガートルードに質問する。
「わからないわ。視線を感じるけれど、姿を見たことはないの」
「それって、いつぐらいからですか?」
「一週間まえくらいかしら?うちの子は4歳になる男の子なんだけれど、何かあったらと心配で外出も控えているのよ」それに、とガートルードが続ける。「私は付き合いがあるから外出しないわけにはいかないし…」
「それじゃ、ボク達はあなたと子供とどっちを優先して守ればいいの?」
ミュラが身を乗り出す。
「あの子を。フェリスを守ってちょうだい」
ガートルードは躊躇無く答えた。
「えっと〜んじゃ、依頼の期間はニナさんに聞いた3週間でいいの?」
「そうね後は、私の不安が取り除かれて私が解雇するまででお願いするわ」
率先して質問を飛ばしていたミュラが他に聞きたいことは?とみんなを見回す。
ケイとミュラばかりが質問していて他のメンバーは黙ったままだった。
パムル、ハヅキ、メリープはぼんやりとやり取りを眺め、ロビンと言えば朝、顔を洗ってこなかったのか目やにを取ろうと目をぐりぐり擦っていた。
そんな姿を見ながら、自分が連れてきてこんなこというのもなんだけど…この人達で本当に大丈夫なのかしら?とニナは胸の中で呟く。
一人ケイが言いにくそうに口を開いた。
「あの、旦那様ってどんな人だったんですか?」
ガートルードは軽く目を開き、ふっと顔を和ませる。
「ハンサムってわけじゃなかってけれど、優しくていい主人だったわ」
冒険者達は質問しつくしたところで、子供に会わせてくれと願い出た。
日当たりの良い、中庭に面した部屋が子供部屋になっており、可愛らしい装飾の部屋中に玩具で溢れかえっていた。
部屋の中で、冒険者と対面したフェリスは寝起きだったせいか、ぐずってばかりいた。柔らかい頬を黒い髪が縁取る、可愛らしい男の子で、メリープとケイがきゃあきゃあ言って喜び、特に問題があるようには子供には見えなかった。
パムルが一緒に遊びたいと言い出したが、ニナに危ないからと止められてしまい、「残念にゅう〜」と肩を落とした。
ガートルードより破格な報酬の二割を前払いとして各自受け取り契約は成立した。
早速、作戦会議を開くため部屋を一つ借りる。
さあ、はじめるとしよう、とロビンが言った。誰も返事はしなかったが彼らは彼らなりの真面目な表情で、ロビンの次の言葉を待っていた。
 |