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<さて、雇われたのは誰でしょう?> レアティーズ・エルシノアは、目の前の4人の冒険者に品定めの視線を投げていた。使用人が探してきた冒険者たちである。 1人は、まだ成人したばかりではないかと思われるような女性。女性と言うよりも少女と表現したほうがよいのかもしれない。だが、その手には杖が握られている。彼女はリルファーナと名乗った。更にその隣。同じように杖を持って立っているのはリーファンと名乗った男性。こちらも若い。そんな魔術師2人の後ろにリュートを抱えてにこにこしているのは、口ひげを生やした男だ。先刻も、レノマと名乗りながら人懐こい笑みを振りまいていた。口ひげとのせいで、かなり人間らしくは見えるが、その暗い金髪をかきあげれば、出てくるのは、中途半端に尖った耳である。つまりは、半妖精。そして、そんなレノマとは対照的に、無表情のまま、壁際に立っているエルフが1人。エルフには珍しく黒髪であるが、時折染料の匂いがたつところを見ると、染めているのかもしれない。ソイス、と名乗った。 レアティーズの隣には、もう1人別の男がいた。50絡みのその男は、レアティーズが財産を狙う“はとこ”のエルシノア卿の執事に似た風貌をしている。偶然ではない。使用人のなかから、似た者を選び出したのだ。話に真実味を持たせるためと、もしも冒険者たちがこちらの話を疑って聞きこみをしたとしても、この男の風貌を口で語れば、それはエルシノア卿の執事だという返事が返ってくるように。……ちょっぴり姑息である。 レアティーズが、冒険者たちを品定めしている間、その使用人は冒険者たちに説明をしていた。 「……と、言うわけでですな。旦那様は病床の身。そして、お孫さんであるフェリス様のお顔を一目見たいと…。ですが…叔母のガートルード・ウッテンベルク様が、フェリス様を連れ去ったままなんです。旦那様は…もってあと数週間でしょう。その前に是非……ですが、ガートルード様は話し合いには応じてくださいません。そのことを、叔父であるこちらの…レアティーズ様も憂慮なさってまして。私どもは、何とかして旦那様のもとに、フェリス様を…と。ただ、ガートルード様のほうでは、何人かの護衛をつけているらしく…素人ではとてもとても……」 沈痛な面もちを作って見せた使用人を内心で誉めつつ、レアティーズも重々しくうなずいた。 「では、私たちに頼みたいこととは、そのお孫さんの救出ですか?」 リーファンがそう尋ねる。レアティーズがもう一度うなずいた。 「そうだ。フェリスをガートルードのところから連れ戻していただきたい。期限は…そうだな、2週間。その間に、フェリスを無事連れ出してくれるなら、そのための手段は問わない」 「でも…その叔母様…ウッテンベルクさんは、どんな事情があって、お孫さんを連れ出したりしたんですか?」 リルファーナが小さく首を傾げる。 「それがなぁ……いや、ガートルードの気持ちもわからなくはないんだ。と言うのも、彼女は以前に子供を亡くしていてね。…まだ小さい子供だった。そして、それがフェリスに瓜二つなんだ。……子を思う母の気持ち。そしてそれが行き過ぎた結果…彼女はフェリスを自分の子供だと思いこんでしまっていてね…誰にも会わせようとしない。このままじゃエルシノア卿はフェリスに会えないまま、亡くなってしまう。彼に非常に恩のある私としては、それは避けたいんだ。……だが、ガートルードはこちらの話には耳も貸さないし……」 そう答えたレアティーズ。演技賞もの。 「なるほど……どちらの気持ちもわかるねぇ。けど、フェリス君はガートルードさんの本当のお子さんではないんでしょう? 気持ちはわかっても…せめて、今生の別れを惜しむ時くらいは…とも思う。説得が無理、ということで、冒険者を依頼したんだろうし…僕たちで力になれるなら…協力してもいい」 レノマが考えつつ口を開く。 実際、レアティーズから提示された報酬の金額は、納得以上のものだった。ただし、問題がひとつだけあると言えばある。それは、冒険者たちにもレアティーズにも、共通の問題だった。そして、それを口にしたのは、意外にも今まで口を閉ざしていたソイスである。 「……我が使うは精霊の理。そちらの人間2人が使うはマナの理。……さて、それだけで良いものか」 その言葉に、リーファンとリルファーナが目を見合わせる。 「そうですね。…私は、魔法しか使えませんが…?」 期待の目でリーファンを見上げるが、リーファンも同じ言葉を返す。 「いや…私もそれだけだ。……レノマさん、貴方は?」 「僕は…歌が歌えるだけだよ。森で暮らしてたんで、弓やなんかは使えるが…。そうだね、できれば、戦士か盗賊がいたほうがいいのかな?」 「命奪い合うつもりなればそれもよかろう」 ソイスの呟きに、レノマが言葉を訂正する。 「そうか…それでも、盗賊は必要だね。向こうにも護衛がいるっていう話だし。魔法や呪歌でなんとかするにしても、事前にある程度の調べがついていないと…」 「同感ですね。私もそう思いますよ。私や、彼女の扱う古代語魔法で人を眠らせることなんかはできますが、フェリス君がどこにいるのか、とか…そういったことを調べる能力はありませんから」 冒険者たちの会話をレアティーズが遮る。 「まぁ…そのあたりの手段は問わないが、確かに人材は不足しているようだな。君たち、どうする? こちらのほうでもう何人か探してみようか? だが…時間もあまりないのだが…」 それを聞いたリルファーナが、ぽん、と手を打ち鳴らして声を上げた。 「そうだわ。冒険者の店に行ってみましょうよ。そこで何人か…そう、顔見知りで信用できる人がいればいいけど。そうすれば、お店を通したりするよりも早くて確実だわ」 「なるほど。では人選はまかせよう。報酬はきちんと人数分払うことを約束する。フェリスを…くれぐれもよろしく頼む。……これは前金だ。報酬の5割が入っている。追加で雇う盗賊たちの分は、後からまた用意しよう」 テーブルの上に無造作に置かれた革袋の中を確認して、冒険者たちはうなずいた。 ……契約成立である。 <仕掛けるのが魔法使いたちなら、守るのは戦士たち> ガートルード・ウッテンベルク家には、女主人と数人の使用人、そしてフェリスがいた。彼らを守る護衛として、少し前から雇われた冒険者は全部で6人。ロビン、ケイ、ハヅキ、パムル、ミュラ、メリープである。 「じゃ、ボクはパムルとちょっと…外に出てくるから、ロビン君、あとは頼むね」 ミュラがロビンの肩を叩いた。それを受けてロビンが笑う。 「おう、まかせろ! 俺様にかかりゃ、襲撃のひとつやふたつ!」 「………ねーちゃんたち、頼むにゅう。こっちのにーちゃん、うさんくさいからにゅ」 草原妖精パムルの言葉にハヅキがうなずく。少し前から愛用しているグレートアックスをぽんと叩いて。 「私たちは外回りを警戒だったな。…無駄に広い屋敷だけど、大丈夫だろう」 「フェリス君は中庭に面したお部屋よね☆ じゃ、あたしとメリープさんは中庭をちゃんと守るから☆」 ケイの言葉にうなずいて、メリープがミュラとパムルに微笑みかける。 「あとはまかせて、情報収集に行ってきてくださいな。気をつけてね」 「あ、そうだ。これ、作ったにゅう。警備する時に使ってくれるとうれしいんやにゅ」 そう言ってパムルがメリープに渡したのは、屋敷の見取り図である。盗賊の目から見て忍び込みやすそうなポイントには、印が付けられている。 「まぁ、ありがとう♪ じゃあ、これはハヅキさんに」 メリープから見取り図を受け取って、ハヅキはうなずいた。 「わかった。なるほど、盗賊ってのは役に立つもんだね」 「えへへ〜〜〜」 照れ笑いをするパムルは、いつもであればピエロじみた目立つ格好をしているが、さすがに仕事中だという自覚があるのか、目立たない格好をしている。これで、その耳を隠す帽子でも目深にかぶれば、街の子供と見分けはつかないだろう。 情報収集へと向かった盗賊2人(パムルとミュラ)を見送って、ケイは両手を軽く打ち鳴らした。 「さ、こっちもそれぞれの持ち場にいきましょ☆」 ハヅキが無言でうなずいて、外へと出ていった。もちろん、グレートアックスを持って。 「……ロビンさん? どうしたの?」 立ち上がって、同じように部屋を出ようとしたメリープが、真剣な面もちで立ちつくしているロビンに声をかけた。 「…いや、ふふ…戦士としての考え事ですよ、メリープさん」 微笑んで、落ちてもいない短い前髪を無理矢理にかき上げる。 「……はぁ…そうですかぁ……。わかりましたぁ♪」 「え? あの…どんな?とか聞いてくれない……んですね、はい。わかりました」 すでに部屋を立ち去っているメリープの後ろ姿に、ロビンが呟く。 「ロビンさん、置いてっちゃいますよ☆」 戸口からかけられたケイの声に、慌ててロビンが、そばに立てかけてあったバスタードソードを手にとる。 「よっし! 悪党ども! 来るなら来いっ!! このロビンさまが成敗してくれるぅっ!」 そう。受けた依頼は、『物騒な噂もあるし、怪しげな視線も感じるから、うちの子供を守っていただけますか?』だ。だから、彼及び彼らにとって、襲ってくるのは『謎の襲撃者たち』であり、『悪党』である。…間違ってはいない。 そんなわけで、6人はそれぞれの持ち場についた。 外周警備、中庭警備、情報収集と、役割分担をしてある。だが、誰1人、中庭に面した部屋にいるフェリスを直接護衛してはいない。それは決して、冒険者側の手落ちではなかった。……依頼主のたっての願いなのだ。 美貌の未亡人、ガートルード・ウッテンベルクは護衛を依頼する際に、冒険者たちにこう告げたのである。 「あの子の部屋には立ち入らないでくださいな。フェリスが怯えるといけませんので。あの子の世話は、メイドのニナ……この子が全て担当していますから」 この子、と隣に立つメイドを手で示しながら、女主人が言う。 その理由には納得できるものの、護衛をするという目的のためには、そばについていてはいけないというのは、なかなかに難しいものがある。 元来、子供が嫌いではない…どちらかというと好きである、ケイとメリープ、そして、精神年齢が近いと周りから思われている(本当かどうかは定かではない)ロビンとパムルの4人は、フェリスの機嫌をとりたかった。というか、仲良くなりたかった。 …が、『立ち入らないでくださいな』と微笑まれては、それに従うしかない。所詮、こちらは雇われ冒険者。そして向こうは報酬を払う立場の女主人。力関係は明白だ。 さて。外周である。ハヅキもロビンも無言で警備していた。 ハヅキが無言なのは、真剣だからではない。……面倒くさいからである。グレートアックスをかついで周囲を警戒しつつも、その内心は別のことを考えていた。 (……めんどくさい。まぁ…金が入るからいいけど。交代の時間になったら…酒場に行こうかな。あ、でも酒の匂いさせて帰ってきたらクビになるか……) そして、じゃあロビンは真剣なのかと言えば……真剣と言えば真剣である。先刻の考え事の続きをしていた。 (う〜〜む。この家には…メイドが数人と女主人、そして先ほど俺様が機嫌をとるのに失敗したお子様が1人。………そういえば、この仕事。男は俺だけなんだよな) 違う。パムルも男だ。…が、ロビンは、その辺りは無視している。 (女主人は……未亡人。しかも美人。………むふふっ) 一瞬前まで真剣だった顔が、にやける。幸い、それを覗き見るものはなかった。だから、ロビンはそのままの顔で警備を続けていた。 外壁に沿って歩いているロビンの目の前に扉が1つ。 (む? これは…そうか、屋敷の裏口だな?) 屋敷の構造そのものも、まだ完全には捉えきっていない。パムルが書いていた見取り図も、ロビンは目にしていないからだ。 というわけで、ロビンは屋敷の構造を把握するためと称して、裏口から中に入った。幾つかの扉が並ぶ廊下を抜けて……そして、1つの扉を発見する。慌てて閉めたせいか、完全には閉じきっていない扉を。 (お。覗ける。……………ぬぉっっ!! あの後ろ姿はっ! ニナさんではないか。あ…着替え中………おおおおおっ!) 鼻血は拭いたほうがいいかもしれない。だが、それを注意する人物はこの場にはいなかった。 そんな頃。中庭では。 「ケイさぁん、警備ってどんなことすればいいんですかぁ?」 冒険者としての仕事などほとんどしたことがないメリープである。護衛だの警備だの言われても、何をすればいいのかがわからない。 が、問われたケイも神官兼吟遊詩人である。いくつかの冒険は経験があるが、戦闘となるとまるきり自信がない。こけおどしにでもなればと思って、自らの筋力を生かした大剣を背負ってはいるが、ほとんど使えないのが実状である。しかも、『襲撃者』という存在そのものにも半信半疑であった。女主人の気のせいであることも考えられるのだ。 「ん〜〜…とにかく、あの子を守ればいい…はず…かな? 襲撃も、来るかどうかわかんないし、来るにしても、いつ来るかわからないんだから、ゆったり構えていたほうがいいわよ☆」 「そうですねぇ。でも…あの子…フェリス君の部屋って、入っちゃいけないでしょ? せめて、シルフさんの力を借りられれば、中の様子くらいわかるかなぁって思ったんだけど……お部屋の中じゃダメですねぇ…」 同じくそんな頃。街にでた盗賊2人は、とりあえずギルドに向かった。襲撃が予想されるなら、その襲撃者にも盗賊は必要となるだろうから。それに、いくつかの疑問は屋敷のメイドや女主人に直接聞いたが、それ以外の情報というものも必要だ。 子供を見張ってるかもしれない怪しい視線の正体も突き止めたい。子供、もしくは女主人への利害関係の有無。もしあるなら、その人物の特定。 ギルドでの情報収集の他に、いくつかまわらなければならないだろう。 …と、そんなことを相談しながら、ギルドに行った2人の耳に、意外な情報が飛び込んできた。 「最近、雇われたらしいけどな。2人くらい」 誰が誰に雇われたのかは聞き出せなかったが、なんとなく気になる情報であることは確かだ。いや、それは情報とすら言えない。ただの噂でしかない。それでも気になるものは気になる。 ただ、襲撃をするというのに、今から盗賊を雇うなんて…とも思う。普通に考えれば、雇われた盗賊2人と今回のことを関連づける理由などない。だが、2人の胸騒ぎは消えなかった。本能ってすごい。 「……ヤ〜〜な予感がする」 「なんだかいや〜〜な感じがするんやにゅ」 <その直感は、実は当たっているんだよね> 冒険者の店で、リルファーナとレノマはあたりを見回していた。ソイスとリーファンは別の店に行っている。 「おいちゃ〜〜ん。ちょっとだけ濃ゆい酒ちょ!」 カウンターで短い足をばたつかせつつ、叫んでいるのは草原妖精だ。 「なんだい、濃ゆい酒じゃなくって、ちょっとだけかい?」 店主の笑いに、草原妖精がにかっと笑う。 「お仕事なくって、不景気なんだってばさ。おいちゃんが、情報高く買ってくれたらよかったのにぃ〜〜。今からでも遅くないよ〜〜」 そのやりとりを耳にして、リルファーナがレノマの目を見た。レノマが小さくうなずく。 草原妖精=盗賊。その図式は実は間違っていない。とくに街で生きる草原妖精なら尚更だ。器用さとすばしこさ。その両方を兼ね備えたこの種族は、盗賊として生きる者がほとんどだから。 「ねぇ…君」 声をかけたレノマに、草原妖精が振り向く。 「オイラの情報買う?」 とりあえず、と隅のテーブル席に、3人は移動した。あたりに声が漏れないのを確認して、草原妖精が切り出す。 「オイラはクプクプ。情報は、松竹梅あるけど、どれがいい?」 「………竹、かなぁ?」 リルファーナが、呟く。先刻から、このクプクプの勢いに呑まれているらしい。 「竹はねぇ〜。ん〜〜っと…そうだなぁ、どっかの女主人が子供を守りたがっているらしいってのはどう? もっと詳しいのが知りたかったら、松だってばさ♪ でもねぇ、コレってちょい古いかもねぇ。賞味期限切れかけってやつ?」 …が、十分である。レノマがにっこりと微笑んで指を立てて見せる。 「……君を雇うのに、この金額で足りるかな?」 数刻後。クプクプは1人で別の店にいた。きょろきょろと辺りを見回すが、目当ての人物はいないらしく、店を変えようと出口に向かう。そして、ちょうど入ってきた人物に体当たり。 「………ってぇな。………げ。おまえか」 頭上から降ってきた嫌そうな声には聞き覚えがあった。そして、その顔を確認して、クプクプはにっこりと笑う。目当ての人物ではなかったが、彼でもいい。何にせよ、向こうは急いでいるらしいのだ。 「ラスのにーちゃん、ひさしぶりっ♪ ねえねえ、オイラの情報聞きたくない?」 「聞きたくない」 ラスと呼ばれた半妖精がそのまま歩き出す。が、クプクプはそのズボンの裾をしっかりと掴んでいる。 「聞かないと後悔するってばさ。呪われちゃうかもだってばさ」 「……話すぶんには止めねえよ」 「ほんとはね、オイラの生き別れの兄弟を誘おうと思ったんだけど、いないから。にーちゃん、ラッキーだよ♪ こんなチャンス、一生にもう二度とないってばさ」 カウンターの一番隅で、2人が飲む酒が3杯目に差し掛かる頃。ラスが呟いた。 「奢らされたあげくだが…てめえにしちゃ、悪くない情報だな。付き合ってやってもいい」 「やったね♪ にーちゃん、話がわかるねぇ。ってなわけで、おっちゃぁん、濃ゆい酒のお代わり、ちょ!」 その頭を無言でしばきつつ、ラスが思い出す。 (…そういや……ロビンの馬鹿が酒場で依頼受けてたな。クプが話した向こうの事情と時期…一致するな。ふ〜ん…面白そうじゃん) 「……ってなわけだ、よろしく頼む」 「よろしくよろしく〜〜♪ お近づきのしるしにオイラのダンスを披露してもいいよ? 今なら格安大サービス〜〜♪」 新たに雇った盗賊2人との、互いの自己紹介を終えて、レアティーズに雇われた計6人はひとつのテーブルを囲んだ。 裏通りにある、目立たない酒場である。店内に閑古鳥が鳴いているのを幸いに、奥の部屋を貸し切ってある。 「いやぁ、よかったですよ、私とソイスさんが行った店では、盗賊の技を持つ人を雇えなかったものですから。シェリーさんという女性がいたにはいたんですが…断られてしまいましてね。…で、ここに来る前に、少し調べてきてくださったとか?」 リーファンが切り出した。うなずくラスの横で、クプクプが元気よく手を挙げている。 盗賊2人が、これまでに得た情報を並べ始めた。 フェリスをさらっていったとされている、ガートルード・ウッテンベルク家には、数人の冒険者が護衛についていること。そのほとんどは、顔も名前もわかっていること。大きな屋敷とはいえ、貴族なわけでもなく、商売をしているわけでもない。だから、シーフギルドの保護下にはないこと。 「オイラの生き別れの兄弟が、向こうの護衛にいるんだってばさ。せっかく、5000の牙を持つモンスターから逃れてきたところだったのに…オイラたちは、戦い合う運命なのかも! ああ、悲劇的なんやにゅうっ!……って、これは兄弟の真似だってばさ♪」 「……とまあ、向こうには盗賊もいれば、戦士もいる。戦士の1人は馬鹿だから気にしなくていいが」 クプクプとラスの説明にうなずいて、レノマが口を開いた。 「こちらは接近戦に向いてない者ばかりだけど…でも、逆に、遠くから魔法で攻めることが出来ると思うんだ。子供のいる部屋なんかはわかるかな?」 「調べりゃわかると思うぜ? 明日にでも、このチビと一緒に探ってくる。他に知りたいことは?」 そこへ、ソイスが囁くように言った。 「我と善悪の感情は事にしていようが…人の世のしがらみの中で各々が納得できるのであれば…」 リルファーナがおずおずと聞き返す。 「あの……つまり、救出とは言っても、向こうとこっちと…どちらに正義があるのか、ということですか? 違ってたらごめんなさい」 「……我の共通語は理解し難いと見ゆる」 無表情な…だが、否定はしなかったその呟きに、肩をすくめてラスが答えた。 「ガキを無理矢理かっさらってまずいかってこと気にしてんのか? …ま、この依頼を受けたって時点で、今更って気もするけどな。……ただ、ちょっと気になると言えば気になることはあった」 そう言って説明した内容は。 確かに、ガートルードは、以前子供を亡くしていること。だが、つい最近までは、子供を偲んでどうこう…などと言うことは一切なかったこと。そして、彼女の華やかな生活ぶり。 「つまりぃ〜〜。いつかは破産しちゃうかも〜っていうお金の遣いっぷりだったんだってばさ♪ んで、かなぁり昔に亡くしたお子ちゃまもいるにはいるけど…そこまで思い詰めてたかね〜って感じぃ?」 クプクプが要約(?)したそれが本当であれば、ガートルードのもとから子供を奪うことに何の遠慮もいらないということになる。そこへ追い打ちをかけるように、ラスの付け足し。 「……エルシノアの爺さんの遺産は…ほとんどが孫のフェリスにいくだろうなってのが、噂の主流だぜ?」 ……遠慮なし決定。 あくまで噂と推測ではある。だが、どちらにしろ、この依頼は受けたのだ。ならば、少しでも迷いがなくなる情報のほうがありがたいと言うもの。 ただ、向こうが護衛として雇っているのは、酒場で会えば互いに酒を酌み交わすであろう冒険者たち。ざっと報告を受けたなかには、知った名前もある。その相手と戦わなくてはならないのが、気がかりといえば気がかりか。 「できるだけ…穏便に片付けたいところですね。いくら仕事とはいえ、互いに傷つけ合うのは避けたいところです。魔法を使うにしても、攻撃的な魔法はあまり…」 リーファンのその言葉に、全員がうなずく。ソイスだけはうなずかなかったが、なるほどそういうものかと、納得はしているらしい。 「では、やはり、魔法で眠らせるのが一番、無難なのでは? 向こうの護衛に、精霊使いの方はいらっしゃいますか? 音を封じられてしまっては、魔法は無意味になりますが…」 問いかけたリルファーナの隣で、レノマも考えていた。 「そうだね。僕も…呪歌が使えないかと思ってるんだけどさ。精霊使いに音を封じられたら厄介だ。呪歌が使えるなら、『ララバイ』で眠りを誘うか、『キュアリオスティ』でおびき出すか…と思ってはいるんだけど」 「……いたような気はするな。実力のほどはまだわかんねえけど。それも調べとくよ。ただ、シルフにそれを頼んだとして…全員の声を一度に封じられるほどの力があるかどうかだな。魔術師のうち、どっちか一人が切り抜けていれば、解呪の魔法でなんとかなるだろ」 「…望むならば、我が願いによりて風霊は我が意を叶えてくれるやもしれん」 ソイスの呟きにリーファンがうなずく。 「そうですね。ソイスさんが、相手の精霊使いよりも先に、相手の魔法を封じ込めてくれるなら…。妖精の方なら、人間よりも先に動けるでしょうし。どちらにしろ、全員が一度に…ということは少ないと思います。じゃあ、やはり眠りの魔法で仕掛けていきますか」 「それが一番、無難ではないでしょうか。こちらの人員を考えると、剣で仕掛けるのは無理ですから。レアティーズさんがおっしゃるには、屋敷内での多少の荒事なら、いろいろと顔が利くので構わない、とはおっしゃってましたが…まさか、攻撃的な魔法を使うわけにはいきませんしね」 苦笑しつつ、リルファーナ。 「じゃあ、そういう方向でいくとして…屋敷のどこから仕掛けるか、だね。子供のいる部屋の確認とともに、屋敷内での護衛の配置や、全体の見取り図なんかがあるといいんだけど。……頼めるかな?」 そう切り出したレノマに、盗賊2人がうなずく。 <かくして、闘いの火蓋は切って落とされる…かもしれない> 受けて立つ、叔母側の冒険者たちも、盗賊がいくつかの情報を集めてはきていた。どうやら狙ってくるのは、叔父のレアティーズ・エルシノアの手の者たちだろうということ。そのなかには、魔術師がいるらしいとのこと。そして、盗賊も雇われたらしいということ。 だが、いつ襲ってくるのかはわからない。当のエルシノア卿の身体のことを考えれば、そんなにのんびりはしていないだろうことが推測されるが。 そして、肝心なのは、どうやって襲ってくるのか、だ。魔術師と盗賊がいるらしいことはわかったが、それ以上のことはわからない。何しろ、叔父側は、こっそりと人を雇ったらしいから。 仕掛ける、叔父側の冒険者たちは、有利と言えば有利かもしれない。だが、不利と言えば不利である。何と言っても、メンバーに戦士がいないのだから。叔母側の冒険者たちは、警備の交代の合間に、酒場などにも顔を出している。そもそもが、雇われた場所も酒場である。警備の顔ぶれは叔父側の冒険者たちにも知られている。だが、顔ぶれが知られていることは、即負けではない。接近戦にでも持ち込まれれば、叔父側に勝ちはないだろう。 いつ、どこから仕掛けるか。相手の不意をつくことが、残る課題かもしれない。 ……さて。叔母側チームは、「謎の襲撃者たち」から、フェリスを守ることができるのか? そして、叔父側チームは、フェリスを奪還することが出来るのか? |
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