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No. 00194
DATE: 2000/11/13 12:32:18
NAME: メリープ
SUBJECT: 夜のお散歩
今夜もメリープは、警備の目をどうにかくぐり抜けて、夜の街へと繰り出していく。
月明かりが煌々と夜道を照らす中、メリープは、目的地である冒険者の店「きままに亭」の方からやって来る人陰に気がついた。
背は165くらいだろうか。中肉中背の男だ。
月明かりに照らされる髪はつややかな漆黒。鋭い眼光を宿す瞳は茶色味の強い黒。
頭には、ボロボロの汚れた赤いバンダナ。
彼はメリープに気付き、軽く手を上げる。
「こんばんわ、お嬢さん。こんな夜中に、どこへお出かけですか?」
突然知らない男にそんなことを聞かれ、しかも心に多少とは言え後ろ暗いものを持っているメリープは、一瞬彼が自分を見張っている人で、屋敷を抜け出したのに気付いたのだと思った。
「……あなたはどなたですか?」
「私ですか?私はラムネ。しがないシーフの一人ですよ。
……あぁすみませんでした、お嬢さん。あなたのお名前を伺っていませんでしたね。」
その一言で、メリープは、ラムネと名乗るシーフが自分の見はりではないと気付いた。
ならば真実を話して構わないだろう、そう判断しメリープは答える。
あなたはどうされるおつもりなんですかぁ?」
「……失礼ですが、あなたはとても冒険者には見えませんが……冒険者なんでしょうか?」
ラムネの質問にメリープは苦笑で応じる。
「行商人志願者なんですよぉ。……あなたはこんな時間に何を?」
「……何を、といわれましても、私もシーフですからねぇ、夜にシーフが出歩いていてもおかしくはないでしょう?
では、夜道には気をつけてくださいね。あなたのような人を誰かが狙っているかも知れませんし、ここの所悪い噂も絶えませんからね。」
そう言い残して、ラムネと名乗る自称シーフの男は姿を消した。
「何だったんだろう、今の人。……まぁいいや、とにかくお店に急ごう☆」
いつもよりちょっとだけ早足で、メリープは「きままに亭」に向かったのだった。
いつものように賑わっている店内に入り、メリープは空いているカウンター席に座った。
何を注文しようかとメニュー帳を捜していると、隣に座っている若い男がメニューを渡してくれた。
「どうもありがとうございますぅ」
彼を見ようとして振り向いたメリープは、その肩の上に乗っている小動物に目を奪われ、思わずじぃーっと凝視してしまった。
「リ、リスぅっ!?」
茶色っぽい体毛に、ふさふさの尻尾とつぶらな瞳。
小さな手には、誰かから貰ったらしい野菜の切れ端を持っている。
頬袋をふくらませて口をもぐもぐと動かしながら、リスはメリープの声に驚いたように彼女を見つめた。
「……こいつを連れてて悪いかよ?」
ふいに男が言った。
「そうじゃないんですけどっ……あんまりかわいいんで、つい……すみませんですぅ」
そこでメリープは改めて彼を見つめた。
短い黒髪に黒い目。武器らしきものも、鎧らしきものも、何も身に着けていないが、その鋭い視線からシーフであろうと察しがつく。
「この子のお名前は?」
「……その前に、まずお前が名乗れ。それから俺の名前を聞く。それが順序だろうが」
彼のぶっきらぼうな指摘に、メリープは顔を赤くして、おたおたしながら答える。
「す、すみませぇん……えっとぉ……」
「まずは名前からだ」
「は、はいぃ……私はメリープですぅ。……あなたは?」
「俺はリックだ。ついでにコイツはシールってんだ。」
リックは肩から掌にシールを移した。
つられてメリープの視線がリックの手に落ちる。
シールは相変わらず、せわしなく口を動かしている。
「触っても平気ですかぁ?」
「あぁ、少なくとも噛み付いたりはしない。」
恐る恐る、メリープはシールの頭に指を伸ばし、そっと頭を撫でた。
シールはされるがままに頭を下げ、大人しく頭を撫でられている。
「かわいいですねぇ☆私の手にも乗りますかぁ、彼?あ、彼女かなぁ?」
「コイツは男だけどよ……ほら、お嬢ちゃんが呼んでるぜ」
リックの掌からカウンターの上に降りたシールは、メリープ目がけてとてとてと走っていく。
「ほら、おいでおいでぇ☆」
シールは、迷わずメリープの掌にちょこんと納まった。
一旦掌の上でもぞもぞと動くが、すぐにおさまってメリープを不思議そうに見つめている。
「……かわいいですねぇ……」
シールを見つめてとろけるような表情をしているメリープに、リックはこう言い放った。
「先に言っておくが……こいつは大事な相棒だ。あんたにやるわけにはいかないぞ。」
「……そ、そんなこと、考えてないですよぉ!……でも、もしシールが私についてきたらどうしますかぁ?」
「大丈夫だ、コイツに限ってそんなことはない。なぁ、シール?」
シールは、自分の主人の声に一旦顔を上げて不思議そうにリックを見たが、すぐ目線を反らしメリープの肩に登っていった。
「シールって、肩くらいの高さが好きなんですねぇ……」
「元々木の上に住んでるんだ、高いところが好きなのも当然だろう?」
そしてシールをメリープは肩にのっけたまま、リックとの会話は進み……
「あ……そろそろ帰らなきゃ!」
突然思い付いたようにそう言いおいて、メリープは走って酒場を出ていってしまった。
だが……シールを肩に乗せていることをすっかり忘れたメリープは、”ぱぱりんにばれないように帰る”コトで頭が一杯になっていて、肩にシールを乗せていることをすっかり忘れていたのだった。
家への道を走りながら、「そう言えば……」と、肩の上のシールを思い出したのは、酒場の明かりが豆粒くらいの大きさになったときのこと。
シールは、走る振動で振り落とされまいと、必死で服の襟につかまっていた。
再び肩にはい上がってきたシールを手の中に保護し、メリープは今来た道を駆け戻っていく。
酒場のドアを乱暴に開けて、さっき家に帰ったはずのメリープが戻ってきた。
何事かと客が振り返る中、メリープはリックに駆け寄り、一言。
「すみませぇん!この子、返しますねぇ!」
はずんだ息の下からそうまくしたて、リックの肩の上にシールを返すと、メリープはまた慌ただしく走り去っていった。
突然のことに呆気にとられたリックが、我に返って最初の一言は。
「ちくしょう……俺としたことが相棒を忘れるとは……」
だった。
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