 |
No. 00004
DATE: 2000/12/12 22:41:17
NAME: ブルー
SUBJECT: ちょっとした歌合戦
ちょっとしたきっかけがあって知った「きままに亭」に、気が向いたから、ちょいと行ってみた。
その日も酒場は混んでいた。喧騒の中に自分自身を溶けこませるようにしながら、俺はカウンター席に座る。
……この世界にゃ、こんなにも冒険者って言うのはいるモンなんだな。
ここに何度か足を運んではいるが、そのたびに俺はそう思う。
この「きままに亭」は冒険者の店。本来なら、冒険者から足を洗った俺が行くべき場所じゃないと思っているが、冒険者が嫌いなんじゃないからな。
まぁ、ここの連中と過ごす時間、俺自身も気に入ってるんだ。まぁ良いじゃないか。
今日は、やけに”ないすばでぃー”なねぇちゃんがいた。
名前はミュレーン。
今日はこのねぇちゃんに色々話を聞くのも良いだろうな。そう思った俺は彼女に話し掛けた。
このねぇちゃん、実は魔術師だという。しかも、魔術を操るだけじゃなく歌も歌うことができるらしい。
魔術師と聞いて、ちょいと敬遠しちまいそうになったが、(EP197:「冒険者『だった』ころ」を参照)このねぇちゃんには興味を持った。
まわりの話を聞くとはなしに聞いてみると、どうやらねぇちゃんが歌うって話になっているらしい。
都合良く、俺は竪琴を持っている。
竪琴ってのはあまり音が飛ばないから、伴奏には向かねぇんだが、他に何も楽器は持ってはいねぇし、まぁ仕方ないか。。
面白そうじゃん、ねぇちゃんの歌に伴奏をつけて、ちょいと花を添えてみようじゃねぇか!
ねぇちゃんが発声練習をして喉慣らしをしている間、俺はねぇちゃんに指定された曲のために竪琴を調律していた。
曲自体は俺も知っている。で、ねぇちゃんの声を改めて聞いて、一番合った高さに調律していく。
結構音域が広い。良く通る声だ。声量もなかなかある。存在感のある声、とでも言えばいいか。なかなか良い声をしてる。
これじゃ、マジで俺の伴奏はかき消されるかも知れねぇ。
一通り発声をしている間に、聴衆はいつの間にか静まっていた。
俺の奏でる前奏を、目を閉じて聴き入り、ねぇちゃんは歌の出だしを測っている。その姿も、なかなか様になってるじゃねぇか。
俺の伴奏に合わせ、ねぇちゃんの声が響く。
練習の時よりいい声してるじゃねぇか。俺は内心口笛を吹いた。
俺も、ねぇちゃんの声に負けねぇように、かといって竪琴の弦を切ったり、指を傷つけたりしないよう力加減だけはしながら、演奏を続ける。
ねぇちゃんの声に負けまいとして伴奏の音を大きくすればするほど、ねぇちゃんの声は朗々と響きわたる。
信じらんねぇ位の声量だ。歌を生業にしてる俺より、下手すりゃぁ声量があるかも知れない。
なんて考えているうちに、ねぇちゃんの声がフェイドアウトしていく。
自分の演奏もそろそろ終わりだ。
ねぇちゃんの声が途切れ、それを追いかけるように俺の演奏も終わった。
しばしの沈黙が当たりを支配する。
そして。
うわあぁぁぁぁっ、と、酒場の喧騒とは思えないほどの歓声が上がった。
俺とねぇちゃんは思わず顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを浮かべる。
「えっと……失礼ですが、演奏の途中、別のこと考えていませんでしたか?」
おっとりと、そんな鋭いことを言う。
俺は完全に負けたと思った。苦笑して、思ったことを話す。
「今、歌で稼いでる俺なんかより、ねぇちゃんの方がずっと歌の腕が上だなって思ったのさ。世の中、上には上がいるモンだって思ったんでな」
「それは、あなたの歌を聴いてみないと分からないものじゃないですか?」
やんわりと言って、ねぇちゃんはふと聴衆を見やり、こう告げる。
「ほら、聴衆はあなたの歌も聴きたいって言ってますよ」
歓声の中から聞こえるアンコール。その事をねぇちゃんは言っているらしい。
「さすがにあれだけの声を出したら、私はもう声が出ませんので……」
苦笑しながら言ってくる。アンコールの中からは、俺に歌えと言う声も聞こえてきた。
あんだけの歌を先に聴かされちゃ、自分の腕に自信がなくなっちまうが、それでも客が望むのなら歌おうじゃねぇか。
そう決めたとき、ねぇちゃんが聞いてきた。
「何の歌を歌うんですか?」
俺が曲名を伝えると、ねぇちゃんはあっさりと頷いた。
「分かりました。じゃぁ調律は変えなくても良いですね?」
「ああ。でも、伴奏頼んでもいいのか?」
「ええ、私、こっちの方が好きですから。……いい竪琴使ってますね。」
俺の竪琴を手にし、幾つか和音を爪弾きながらねぇちゃん。
俺はねぇちゃんに苦笑を返しつつ、歌の準備を始め、そして歌った。
歌いながら、ねぇちゃんの竪琴の腕もまたかなりの物だと認識する。
世の中、上手い奴は何をやらせても上手いモンなんだな……改めて俺はそう思い知らされた気分だった。
それから俺は街や酒場で歌を歌う機会が増えた。
勝手な思い込みだが、俺はあのねぇちゃんをライバルだと、越えるべき存在だと、認識しちまったらしい。
せっかく剣を捨て歌で生きていこうと決めたんなら、とことんその道を極めようじゃねぇか。
俺はそう思いながら、楽器を操り、歌を歌う毎日を過ごしている。
 |