 |
No. 00016
DATE: 2001/01/14 03:30:52
NAME: レン
SUBJECT: 吟遊詩人の巡業
====================
オランから半日ほど北上したあたりにある小さな村だった。
エストンの山麗から流れ出る源流のうち、いくつかが下流で合流し、さらに下流でふたたび何本かの支流に別れて南の大海に注ぐ。そのうちの一本がオラン市内を東西に分断する有名な支流、ハザード河である。その支流を遡った街道からすこし外れた、川沿いに面した農村だった。
冬の間、徒党を組み山林に潜んで街道を行く旅人を襲うような山賊の輩は少なく、旅をする者たちにとって非常に好都合ではある。しかしながら吹き荒ぶ寒風の中を、村々を巡って渡り歩くのは、旅人たちにとってもやはり並大抵の苦労ではない。それでも霜が降りようと雪が降ろうと、毎年冬に各地を転転と渡り歩く者は決して絶えることがなかった。
巡業者が訪れれば、家に篭もりがちで閉塞しきった村の中に新しい風が通る。小さな村では村をあげて村長が旅人を歓待することも珍しくなかった。それをレンは子供の頃の父親から聞いた話の中でよく承知していたため、冬に金に困ったときの処世術の一つとして、単独で近隣の村に身を寄せるという策を心得ていた。
平たく言えば、大きな村であれば季節の頃合いが良くなるまで、つまりは春まで滞在してそこで歌を唄い村の人々に養ってもらうのである。
「さあて、今夜の夕飯には何が出てくるかなぁ〜。焼きたてのパンに温かい兎のシチューってところか?くうう〜、待ちきれん、……(ブルッ)それにしても寒っ……」
外套の裾を掻き合わせ、十何度目かに背負った荷物を担ぎ直し大股に道を急ぐ。急いでいるのは一応、それなりに理由があるからだ。限られた時間内にこれから必要とされるであろう情報を最大限、集めなければいけない。それがあの男と自分が言い交した、いちおうなりとも約束であるから。
懐からオラン近郊の地図をわし掴みにするようにして取り出す。これを出すのは三度目だ。
手袋の上からかじかんだ手指を動かし地図を広げるのはさらに難作業だった。前方に、ようやく村とおぼしき姿が河べりを遠く立ち上る煙となって見えている。……あれだ、まちがいない。
目指す村と地図上の地形、それと照らし合わせるように目線を前方の川辺に向ける。こじんまりとした家々が互いに身を寄せ合い集まった程度の村であることは、そこに近付くにつれ明らかになった。
「ほう、オランから。いやあ、寒いところをよく来てくださった。我ら村人全員、心から歓迎いたしますぞ」
恰幅の良い、村長であるという六十がらみの男がそう言い、満面に笑みを浮かべた。互いに簡単に挨拶を交わし、家族や村の友人を紹介した後、気前の良い村長は客人を快く夕食に招いた。
「こんな小さな村ですからな、冬に立寄る旅人もそうそうない。村の者同士、息が詰まるのは毎年のことで今さら不服は言わんが、旅人が来るだけでも村中大騒ぎだ。あんたみたいな吟遊詩人が来てくれるのはもっと嬉しい。儂らを愉しませてくれるのであれば尚更だ」
「ありがとうございます。人々を愉しませる、そのためにおれがいるんですよ」
レンは朗らかに笑う。
「それに、こっちも新しい歌や詩を創るのに常に情報は不可欠でね」
それを聞いて村長はおどけたように苦笑してみせた。
「この村に大層が武勇伝があるとは思えんが……おおっ」
突如老人は目を輝かせ、テーブルに身を乗り出さんばかりに迫め寄った。
「儂の若い頃の勇姿を、語って差し上げよう。儂はかつて一時期、冒険者だったことがあるんだ」
突然の村長の申し出に、レンは内心苦虫を噛み潰しながらも表面上は笑顔を取り繕って頷く。
「……そうですね、ぜひとも」
レンは村長と会話を続け、ひととおり村長の武勇伝とやらを聞き取った。彼はかつて剣士(ファイター)であったらしい。
老人は話の終わりに苦々しい声で呟く。
「儂が言うのも何だが、冒険者という言葉はなんとも魅惑的で、一度は誰もがなろうと憧れる職業だ。だがその実、いざ自分がなってみれば日々の努力の甲斐も空しく、せいぜい大した事件や冒険もなく、その日暮しで終わることも多い」
「そうですね」
「儂が続けることができなんだのも、ひとえに自分が冒険者として、実を結ぶことができないと知ったからだ。そういう冒険者は、大陸にいくらでもいる」
「しかし、おれにとっては村長のような人物でも、冒険者であることに変わりはない。おれの創った歌はその人物が冒険者であった頃のことを目の前に彷彿と再現し、そしてその人物が此の世を去った後も永劫人々によって歌われるものです」
言ってから、ほんのわずか付け足すように呟く。
「……もっともそれは、これからのおれの腕と創った詩によりますがね」
老人は感服し、満足したように何度も頷いた。
「いや、そのとおりだ。……うん、良い、気に入ったよ。レンナルフォードさんとやら、好きなだけこの家に滞在されるといい。そしてできれば、儂の在りし日を歌った詩を作ってくれんか。謝礼はいくらでも出す」
「もちろんです、村長」
言ってレンは少々言葉を切る。
「ですが、おれにも用がありましてね。再び街へ戻らなければならないんです。謝礼は要りませんから、この村で使われていない馬を何頭か、貸していただけないでしょうか」
「それはもちろん構わんが……」
村長は目をぱちくりさせながら頷いた。
「ありがとうございます。恩に着ますよ」
その食事が終了後、レンはひとつの歌を村長の家族の前で披露した。それは今まさに冒険へ踏み出さんとする勇者を称える参戦歌だった。
いざ立て戦人よ 剣を腕に
いざ進め諸人よ 盾を手に
勝利と称賛は汝のもの
万人の栄誉を認むるところ
誇り高き戦士 汝を
人々は 英雄となさん
=======================
レンPL:初めてのEPアップです。
とりあえず足は確保しましたんで、その後の予定を教えて下さい〜>エルPLさん
 |