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No. 00017
DATE: 2001/01/23 01:06:37
NAME: レン
SUBJECT: 温かな冬のひととき
エナルゴという村の村長の一家にお邪魔し、数日間滞在を許されたレン。
レンは吟遊詩人として、人々にもとめられる歌や伝承を披露し、竪琴の才能を惜しみなく発揮した。
その夜、村長の孫である二人の子供たちを前に、レンはいつものように楽器を傍らにお得意の小話(エピソード)を語っていた。
絨毯に胡座をかき、楽器を傍らに置いたレンの周囲では、思い思いに寝そべった子供たちが頬杖をついている。毛織りの絨毯はおそらく高価なものだろう、柔らかな毛足になかば埋もれそうな様子で、子供たちはレンの話にときおり相槌を打ったり、素直に感嘆の声をあげたりしていた。
すこし離れた所で揺り椅子に毛布を掛けた村長が、子供たちを微笑ましそうに目を細めて眺めている。奥にある食堂の椅子では集まった村人らと同じく、彼らの母親が静かに手元の刺繍に没頭しつつ、子供たちの声に耳をすませていた。
暖炉で燃えつきた薪のはぜて倒れる音が温かな空気をつつむ。幼い子供たちと客人を気づかってか、部屋の中はとても温かい。レンを家族と同様に温かく見守り、大事な者として扱ってくれる、その村長の心根が嬉しかった。
次期村長の息子と娘である二人の子供は、お互いさほど年も離れていなく、七つか八つだろうか。無邪気にレンのお伽話に一喜一憂している。
「ねぇねぇ、レンおにいちゃん。それでどうなったの?」
「――王子様はその国の王さまになり、お姫様を王妃さまに迎えて、二人はそれから仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし。……これで終しまい、っと」
「やったー♪」
「ええ〜そーなのー?王子はそれからマジョをやっつけに行くんじゃないの?」
「うーん……それじゃ、こんな話はどうかな?」
ふたたび別の物語を口開こうとするレンに、兄妹の兄が詰め寄る。
「お兄ちゃん、もっとスゴイの話してよ。すっごい、冒険のヤツ」
「え〜、お姫さまのお話のほうがいいよぉ」
小さな妹は兄に不満げな声を上げた。
「王子なんかじゃなくて、おれは冒険者になりたいんだっ」
兄のほうは胸を張るように親指を立てて妹に目をやる。
「へぇ?」
レンは面白そうに少年の顔をまじまじと見る。
「冒険者になったら世界を回って、うーんとえらくなってみせるんだ」
ロイという少年の明るい瞳には、理知の光がともっている。その言葉には、誇らしげな響きがあった。かつて故郷エレミアの幼友たちが、そして自分がそうであったように。
冒険に身を踊らせ、今にも飛び出していきたそうな顔。沸き起こる冒険心と好奇心に、無限の夢をふくらませていた。
「冒険者の中でもいろんな奴がいるよ。戦士に魔法使い、僧侶、精霊使い……君は何になりたい?」
ためしに少年に訊いてみる。ロイ少年はぱっと嬉しそうな顔をし、胸を張って答えた。
「もっちろん、この国の王さまみたいな勇者になるんだ!」
レンは無邪気な少年に微笑んだ。
「そっか。んじゃそのためには剣の腕を磨かないとな」
「父ちゃんが教えてくれるって言った。もっとおれが大きくなったら、街まで行っておれのための剣を買って来てくれるって」
「そりゃ、楽しみだな」
ロイは大きく頷いた。
レンもそれを受けて頷き、竪琴を抱え直す。軽くゆるやかに弦を弾いて伴奏ではない、途切れ途切れに謡うような旋律を奏ではじめた。
ロイ少年が目を輝かせる。少年の待ちに待った冒険の物語が、今しもレンによって謳われようとしていた。
――創世の始め。神々の戦から、大陸を支配した古代の王国の話。不思議な大陸にまつわる数々の英雄の伝承。
いまも終わることなく続く、冒険者たちの熱き物語に二人の子供たちばかりでなく、村長を始めとする家の者、さらには家に集った村人もが聴き入って、微妙で繊細な旋律に聞き惚れた。
「おにいちゃん、もっとお話して」
「僕ももっと聞きたい〜」
消えゆく音を惜しむかのように話の続きをねだる子供たちに、村長の家の母親が刺繍を置いて立ち上がる。手を叩いて場をうながし、彼らにおひらきを告げた。
「さあさあ、子供はもう眠る時間ですよ。早く寝る準備をしなさい」
「ええ〜!?」
「まだ聞きたいこと、いっぱいあるのに〜」
「今度、話してあげるよ」
残念がり不満そうな顔の兄妹に苦笑して、レンは告げる。
「ほんとう?」
期待の視線を注いでくる子供たちに笑んで頷き、竪琴の弦の螺子を緩めた。
ここからは大人の時間。そしてこれからの時間こそが、レンの待ちに待った村人との情報のやり取りだった。
To be continued...
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