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No. 00025
DATE: 2001/02/15 14:35:27
NAME: ケルツ
SUBJECT: 風の止り木亭の宵
琥珀通りの突き当たり、小さな小さな宿がある。
旅する風の泊まる場所、風の噂のたまり場所。
噂の運び手、芸人たちのよく吹き溜まるその宿屋。
もっとも、数部屋しかないその宿の、すべての部屋にほぼずっと同じ旅人達がいすわっているのだから宿というより下宿と呼ぶべきかもしれないけれど…。
今宵、冬の名残の雪の舞う夕暮れ。芸人たちは酒場にすみの炉辺に群れて、徒然なるまま爪弾き歌い、或いは語り始めたり。
階段を欠伸をしながら下りてきた、金色の目の青年もとろりと揺れる酒を片手にいつものように腰をおろす。始まったばかり新しい夜は、幾人もの歌声とともに、幕を上げる。
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珍しいな、こんな時間にこれほどの者が宿にいるなんて。
ああ、確かにな。こんなに雪の降っていては外にも出られん。
広場で歌うには、きっと声も凍りつく。もっとも立ち止まって耳を傾ける酔狂者もおらんだろうし。まぁ、酒場に人の増える時分にはまだ一時。
こうやって時間をつぶすのも悪くは無いだろうさ。
面白い話?そうだな、最近少しばかり冒険をしてきてね。
そう、この二月ほど、ここにおらなんだのはそのせいだ。帰ってきてまだここの部屋の空いていたのには驚いたがね。なに?ここが下宿?確かにそうやもしれんが、そんなことをいっておってはまた女将に絞られるぞ?イーライ、お前確かまだ宿代を払っていないのだろう?
そう、面白い話だったな。皆よく知ってるこの歌の、歌われた遺跡を見つけた。精霊庭園、楽園は確かに楽園のような格好をしておったよ。美しくて整然と、光り輝くばかりに不自然だった。あそこにいた精霊たちは皆死んだ魚のような目をして、それでも美しい歌を歌っていた。
精霊のことを言ってもわからないか?そうだな、ではこう言うことにしよう。同行した友人の言だがね。『ここに流れる歌があれば、それは喜びとか悲しみを歌うもんじゃない。言葉の意味もわからず歌わされる、見た目には荘厳な聖歌みたいだ』
あの詩に歌われた、魔術師にどこか似合いの感想だと思わないか?
おや、クルセラ、お前あの歌を知らないのか?…まぁ、お前の踊る曲とは多少異なる分野やも知れんが、知っておいても損は無い。月の上がりきる頃までにも、まだ一時猶予もあるな。
冷え切った弦を調整するにもちょうど良いやもしれない。一曲弾いてみようか。ボーグル、ムリエッタ、楽器の調整が済んだのならこちらに来て伴奏してくれ。
かつて一人の魔術師有り
魔法力強く 並ぶ者無き賢者なり
持てるものは あまたの財宝
蛮族の娘を愛し 彼の者を妻へと欲す
周囲の者の反対を恐れ 隠れ忍びては逢瀬を重ねる
娘、豊かな髪と美しき瞳を持つ戦士なり
恋いこがれた魔術師の情熱に心を許し
一度の誓いを交わす
私の望みは一つ
ただそれのみをかなえて欲しい
一年と十日の思案の後
魔術師、心を決めて一つの楽園を作りたり
娘が前に進み出 満悦の笑みと共に話し出す
ただ二人、流れる時のための これが我らの楽園
娘はただ悲しげに首を振り
溜息と共に呟いた
そなたは全ての力を持つ者
ただ持たぬのはそれを捨て去る力だけ
娘はそれきり姿を消し
残された楽園で魔術師は一人果てた
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こらぁ!あんたたち、またこんな風に油を売って!
もうすっかり夜だわよ。詩人や踊り子たちが酒場で芸を披露する、そんな時間にこんなところでぼんやりしてて良いもんかしら。
詩人の友情も良いけどね、今は酒の霞の中であんたたちの芸を望む人が外にはたくさんいるんでしょう。さぁさぁ、明日の日の昇るまで、夜の時間を出かけておいで。
・・・・ふぅ、まったく、のんびりしたお客人たちだわ。そんな奴等をのんきに泊めてるあたしたちも、あまり人のことは言えないかもねぇ。
ねぇ、あんた、イーライの宿代もうちょっと待ってあげようか。あの子の人形繰りの腕だもの。いつかちゃんと宿代もかせいで払ってくれるわよ。
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