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No. 00027
DATE: 2001/02/20 08:14:07
NAME: トリウス
SUBJECT: ”蒼き風”−序章 3−
「くぅ・・・くぅ・・・」
「・・・ぃさま。ねぇ、お兄さまっ」
「う〜〜〜ん・・・むにゃ・・・」
「ねぇ、お兄さま〜、起きて〜」
「う゛〜・・・頼む、ルー。もうあと5分・・・」
年の頃は11,2歳くらいだろうか。小柄な少女が、ベッドの中にもぐりこんでいる少年を、一生懸命に起こそうとしていた。
少女の金髪に、窓から差し込む柔らかな日差しがあたって、蜂蜜を流したように黄金色にきらめいている。目鼻立ちの整った、愛らしい顔つきである。
「こらこら、シルフィ。お兄ちゃんは昨日、畑の世話をしてくれていたから、疲れているんだよ。もう少し、寝かせておやり」
神官服を着た、穏やかな顔つきをした男が、シルフィと呼ばれた少女をたしなめた。
「だってお父さまぁ・・・」
ぷくっとほおをふくらませ、シルフィが可愛く抗議する。
「おとなりのターシャちゃんを誘ったらどうかしら。ね、シルフィ?」
母親の言葉に、シルフィは扉の向こうに向かって返事をした。
「だって、ターシャちゃんったら風邪をひいてしまってるんですもの。お花摘みなんか、行けないわ」
「しかし、だからと言っても・・・お兄ちゃんは疲れているしなぁ」
父親の言葉に、少女は、
「だって、お兄さまのこと大好きなんですもの」
照れ笑いをしながら答えた。
「・・・しょうがないな。可愛い義妹(いもうと)にそう言われちゃぁな」
13,4歳ほどの少年が、ゾンビのような緩慢な動作でベッドから這いずり出てきた。
「えっ!お兄さま、私と一緒に行って下さるの?」
「・・・あぁ」
「ありがとう。お兄さま、だ〜い好き!」
「うわっ!」
寝ぼけ眼の状態で少女に飛びつかれた少年は、2人分の体重を支えきれずにベッドに倒れ込んだ。
「おいおい・・・」
苦笑しつつ起きあがり、義妹も立ち上がらせてやる。
「すまないわね、トリウス」
「いいよ、義母(かあ)さん。どうせ、むこうで昼寝すりゃいいんだから」
扉の向こうから顔をのぞかせた中年女性に答えながら、少年は動きやすい服をシャツの上に着て、ズボンをはく。
この少年が、つい半年前までスリや盗みで生計を立てていた不良少年であったなどと、誰が信じるだろう。
彼――トリウスは9歳から13歳まで裏の道を歩んできた。10歳の時には盗賊ギルドで訓練を受け、12の時には非行グループのヘッドをやっていた。
しかし、今は不良時代の友達と少し交流があるくらいで、ほとんど足を洗っていた。
今は亡き父の、親友だった知識神司祭のトゥシルが彼を引き取り、育ててくれたおかげで、人並みの幸せを得ているトリウスなのであった。
「とっ、トリウス!大変だ!」
2人は、目的の場所まで行く途中の道で、右手の方から少年が1人、トリウスの名を呼びながら走ってきた。
「どうした、サヴン?」
はぁはぁと荒い息をつき、苦しそうにしている少年に、トリウスが驚いた様子で尋ねた。
「テイムズたちが森で遊んでいたら、グリズリー(灰色熊)が・・・!」
「何っ!で、怪我人は?」
「大丈夫。すぐ逃げたけど、まだそのへんをグリズリーが・・・」
「そうか・・・・・・で?なんでオレのとこに来るんだよっ!?せっかくルーと一緒に花畑に行くのにっ!」
「だって、2ヶ月前ゴリラを退治してくれたし、この村で一番強いのも・・・」
どう見ても自分より小柄なトリウスに、サヴンはそう言った。もちろん彼は、トリウスが強いのは盗賊ギルドで暗殺術まで習ったからなどとは知らない。
「大人たちが何とかしてくれんじゃねぇのか?」
「でも、早くしないと死人が出るかも・・・。それに、2ヶ月前ゴリラを退治したあと、
『まぁ、オレの手に掛かればゴリラだろうが熊だろうが虎だろうがチョロいぜ』
って自信満々で言ってたじゃないか!あれは嘘なの!?」
「・・・・・・」
完全に墓穴を掘っていたトリウスであった。
「・・・ルー、お前は一足先に行っててくれ。すぐに行くから」
「私も行くわ。怪我をしている人がいたら、治してあげられるもの」
「神聖魔法なら、オレだって使える。お前に怪我されたら困るだろ?」
「お兄さまが怪我したら、誰が治すの?」
「自分で治せるさ。それに、グリズリーごときに怪我なんかしないよ、オレは。とにかく来ちゃダメだ」
「え〜!?」
「大丈夫、あっという間だって。ほら・・・な?いい子だから」
「ぷぅ!」
シルフィが『不満!』の表情をしつつも、自分の言うことを聞いてくれたので、トリウスはほっとした。
しかし、後にこのように言ったことを死ぬほど後悔しようとは、神ならぬ彼は知る由もなかった・・・。
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