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※ 第1回決闘の模様は、宿帳にてご確認ください ※ 正午の鐘が鳴り響く。高台から降り注ぐように聞こえるのはラーダ神殿の荘厳な音色。別の方角から鳴り響くのは、チャ・ザの軽快な音色。そして、柔らかく耳に馴染むのはマーファの音色。 その3つの音色を聞き分け終わる頃には、鐘も鳴り終わる。 ロビンは、河原で1人、抜き身の剣を持って所在なげに立っていた。 「むむぅっ! 遅い! 遅すぎるぞ、あの混ざりものが!」 いらいらと、足元の小石を蹴り上げる。蹴り上げた石は離れたところにあるハリエンジュの木に当たってそのまま草むらへと落ちた。 草深い土手から、少し下がった石の河原。ロビンはそこに立っていた。 「……は。ひょっとして、俺様を怖れて逃げやがったのか、あいつは!? なんて卑怯なんだ。男同士の命を賭けた戦いに背を向けるとは…戦士の風上にもおけないっ! スカイアーさんに言いつけてやる」 拳を握り固めるものの、彼が待っている相手は戦士ではない。ついでに言うならば、スカイアーの弟子でもない。 土手の上を通る道を見上げて、ロビンは勝ち誇ったような笑みを見せる。 「……ふ。前回は、奴の卑怯な魔法で遅れをとったが…二度はない。そして今回。奴が逃げたのならば、勝負は自動的に俺の勝ち! ってなわけで、通算1勝1敗! よしよし、負けてないぞ、俺様!」 そこへ。待ち人きたる。 「1人で何わめいてんだ? やっぱ中身はゴブリン並みか、その頭」 土手の上を通りかかったラスが声をかける。 「貴様を待っていたに決まってるだろうがっ! 決闘だ、決闘っ!! さあ、どこからでもかかってこい! オラァっっ!!」 「……………あ?」 「いいから、まずは俺様の剣の届く範囲に来いっ! そんな遠く離れたところから、また魔法使おうなんて虫が良すぎるぞ! ……って、なんでおまえ、そんな普通の格好なんだ? 剣は?」 そう。ロビンの指摘どおり。ラスの服装はいつも通りである。酒場に現れる時と同じような服装。ごく普通の服の上に外套を羽織っただけ。腰には剣も見あたらない。 「……は? 剣なら……宿に置いてあるけど? って…いや……ダガーくらいなら……」 しかたがない。通りかかっただけなのだから。 ……一陣の風。冬の風は冷たい。しかも河原。 「なんでだぁっっ!! 決闘だろ、決闘! いいかおまえ、男と男が命を賭けて互いの肉体を極限まで高め、そして極め! どちらかが地に倒れ伏すまで華麗な技を応酬…って、なんでおまえはそんな普通の格好なんだっ!」 「……………あ〜〜……おまえ……そういや、昨夜酒場で何かわめいてたな」 「そうとも! 度重なる侮辱の数々! そしておまえの毒牙にかかった哀れな少女たち! その筆頭がカイさんだ! おまえの仕打ちに耐えきれずに旅に出たのに……おまえの弄した卑怯な策により連れ戻されてしまったあのカイさんだっ! そう…俺は誓った。この剣に。そして旅の空にある我が師、スカイアーさんに! 哀れな女性たちの無念、男ロビンが果たすとぉっ!!」 「ああ、そんなようなこと言ってたみたいだな。まぁた寝ぼけてんのかと思ってたけど。起きてたのか。………でさ。決闘だって言って、酒場から走って出てったけど……おまえ、日時と場所言った覚えあるか?」 「ない」 「……………………」 「だって決闘と言えば正午だろう。そして、決闘と言えば河原だ。それに、決闘と言えば、それを宣言したその翌日と相場は決まっている。気づかないおまえが悪い!」 びしぃ!と音までしそうなロビンの右手人差し指。 「…………ん………け……」 俯いたラスの口から零れる音。が、2人の間には距離がある。物理的にも。多分その他にも。 「あ? 今、何て言った? そうか、言い残すことがあるなら今のうちだぞ! カレンさんにもカイさんにも別れは告げてきたんだろう? おまえがその格好というのは…そうか! 全てを諦めたという証だな! さもありなん。俺の手にかかって死ぬとあればおまえも本望だろう。安心しろ。墓くらいはたててやる。剣の鬼と怖れられている俺だが、人間的には鬼じゃない。むしろジェントルメンだ。戦いに散った敵の骸を土に埋めてその冥福を祈るくらいはやってやってもいい」 「てめえ、いっぺん死んどけっつったんだよっっ!!!」 「………なんでだ?」 「うるせえっ! ああ、そうだ、今すぐ殺してやるさ! あいにくと俺はジェントルじぇねえ! 言い残すことなんか聞いてやらねえからな。覚悟しろっ!」 「え。ちょっと待て! おまえ……また……」 「 大地に宿る賢き精霊ノームよ、その馬鹿の足つかまえろ。絶対離すなよ! 」 なんとなく、いつもよりも呪文が感情的になってたり。 それでも、効果は現れるものらしい。ロビンの足元で土塊が盛り上がる。げ、とロビンが呟くと同時、ロビンの両足は大地の虜になってしまった。 「うっわ〜〜…やっぱ……魔法ってずるい……ってそうじゃなくて! おまえ、またこの魔法かけといて逃げるつもりだな!」 「んな親切なことするかよ。きっちり相手してやらぁ。……………ん? …待てよ。さっき鳴ったのって正午の鐘だよな。………やべ。約束あったんだ」 「………へ? おい…」 「安心しろ、ロビン。ちゃんと俺の代わりは残しておいてやる」 「…って……何を?」 「 全ての緑を束ねる長、エント。我が声を聞き我が言葉に従え 」 さっき小石が当たったハリエンジュの木が、わさわさと動き出す。それを見守りながら、ふとラスが呟いた。 「……そっか。あ〜…間違えたかも」 「おいっ!! 何がだぁっ! 何をどう間違えたんだ、言ってみろ! なんかちょっぴりヤバイ間違いとかしてみたりなんかしてねえだろうなぁっ!?」 慌てふためくロビンのことは委細構わず。 「そうだよな……これって集中の魔法だもんな。後を任せて帰るってわけにも……。ま、いっか。とりあえずロビン。新しいオトモダチのハリエンジュ君だ。挨拶しな」 ハリエンジュの木は、その名の通り、枝に細かいトゲをたくさん生やしている。初夏になると、白く可憐な花を咲かせるが、今は冬。花は当然のことながら、葉すらも枯れ落ちた今は、その枝を彩るものはトゲのみ。 「………痛そうなんですけど。っていうか、足もとまだ動かないんですけど」 「そうだな、まだだろうな。ほらほら、挨拶しないなら攻撃しちゃうぜ?」 しなった枝がロビンの頭上を薙いでいく。ぎりぎりで首だけ引っ込めてかわしたそれが、ロビンの髪の毛をそよがせていった。 「どわぁっっ!! ちょっと待てぇいっ! なんでこんなもんが…っ!? さては新種の魔物か!?」 「いや、普通のハリエンジュだ。種も仕掛けもない。ただ、中にエントが入ってる」 「エントってなんだ! こないだちょろちょろしてた小汚いガキかっ!?」 「それはジント。あのチビもおまえより役に立ったって、一緒に動いたカレンが言ってたぜ? それより、反撃とかしねえの? しねえんなら次行くぜ?」 先刻鳴り響いていた鐘の音によく似た音がロビンの口から漏れる。 「……さてと。そろそろ行かねえとマジで遅れちまうな」 頭をぽりぽりと掻きながら、ラスは河原の“塊”から目を逸らした。 「……ふふふ。失敗を繰り返す俺じゃない。っていうか、まともに戦ってねえじゃん、俺たち!」 左手は腰に添え、右手を握りしめてロビンは叫ぶ。叫んだ声は路地裏の壁に反響して、奇妙な音を響かせた。 路地裏も路地裏。んもう、これ以上はないってくらいの裏である。街なかであることを前提にした上で、人気(ひとけ)のないところ…となるとロビンの脳裏に浮かんだのは路地裏だったのだ。 「そう、俺は学んだ。前回前々回と続き、やつの卑怯きわまりない作戦によって、ちょっぴりヤバかったりもしたが。とくに前回はのしかかってくるジントだかピントだかの下から這い出すのに苦労したが!」 人気(ひとけ)もなく、ゴミしかない路地裏でポーズを決めるロビン。その頬にも首筋にも手にも多分見えないところにも…つまりは至る所に小さなひっかき傷がある。ハリエンジュのトゲはなかなかに鋭かったらしい。 「奴が使うのは精霊魔法だ。……ふふ…今回は大丈夫。ブラボー! オランの石畳! 石畳の上では、あの足を固める魔法は使えないと聞いた。ありがとう、ケルツ! 教えてくれて! もう、おまえが男の給仕につきまとわれたこととか、男の新入り学院生に手紙と花束もらってたことなんて言いふらさないと俺は誓う! それに、この街なかじゃあ、ケントだかヒントだかが入り込むような木もない。カンペキだ。……自分のカンペキさが怖い。スカイアーさん、俺はあなたを今まさに越えようとしています!」 そして鳴り響くチャ・ザ神殿の鐘。こんな路地裏にさえ、その音色は響き渡る。 ……告げられた時刻はまさに正午。 「ふふふ……今日こそはあの鬱陶しい金髪をその頭ごと切り落としてやる。それにここからなら神殿はすぐ近く。埋葬ならケイがすぐにでもしてくれるはず!」 握り拳に力を込めつつ、ロビンは辺りを見回した。今回は抜かりなく、ちゃんと“果たし状”を届けてある。場所と日時がわからないということはないはずだ。 そして、ロビンの目が、見慣れた金色をとらえる。まだ、遠い路地だ。 「よぉっっし! ここは、かねてからの作戦通りにいこう!」 ロビンは、路地奥の行き止まりに用意してあった木箱の裏に身を隠した。そして、剣を抜いてじっと待つ。 「時には奇襲でもって相手を翻弄する。これこそが、俺とあいつとの戦いにふさわしい。相手の動きを互いに警戒しつつ、牽制しあい、高まりゆく緊張のなかで決せられる雌雄!」 「 我が友、無垢なる光の精霊ウィスプ。そこの木箱、ちょいとぶち壊してくれ 」 「………え?」 ロビンの耳に届いた精霊語の意味が、ロビンにわかるわけもない。だが、精霊語である。つまりは呪文である。 一瞬、眩しい光が姿を現す。ほぼ同時に何かがはじける音。それに重なるように木箱の壊れる音。 時間で計るなら、1秒か2秒。 「ロビンちゃん? 熱烈なラブレターくれたのは嬉しいんだけどよ。どうせなら可愛い女の子にもらいたかったぜ」 木箱の残骸の奥で座り込んでいたロビンに向けて、ラスがにやりと告げる。 「何故わかったっ!?」 「あ? 何が?」 「この俺が、ここに潜んでおまえに奇襲をかけようとしていたことだ!」 「……………おまえさ。ゴブリン以下? ゴブリンより下っていうと…コボルド? さんざんわめいてたじゃん。頭隠して尻隠さずどころじゃねえぞ。体隠して声張り上げてんじゃ奇襲も何もあったもんじゃねえだろ」 呆れたように……というか、呆れきってラスが言う。 「………………………」 そしてロビンは無言で立ち上がる。抜き身の剣を構えて。 「どした? ケツまくって逃げ帰るならその首がつながってるうちにしておけよ。首抱えて逃げるんじゃ走りにくいだろうからな」 「ほざけ。貴様みたいな、口と目つきと性根の悪い奴にこの俺が負けてたまるか。今なら見逃してやってもいい。墓地に石を1つ増やす前にとっとと逃げ帰れ」 「顔と頭と要領が悪い奴に何ひとつ言われたくねえな。ちなみに俺はカミサマなんぞわかんねえからな。埋葬なんてしてやらねえぞ。おまえの死体でハザードの資源を豊かにしてもいいか?」 「スカイアーさん…俺が愚かでした。偉大なる剣士ならば奇襲などもってのほか。というわけで、俺は正々堂々、真正面から貴様を斬るっ! 石畳の上、なおかつ木1本ないここならおまえの妙な魔法は封じたも同然! ふふ…もう、弁当だか銭湯だかで操る魔法は使えないぞ!」 「馬鹿ぬかせ。封じたも何も……たった今くらったのを忘れたのか、このコボルド頭が。1歩も歩かないうちに忘れるとはな。3歩歩くあいだは覚えていられる鶏のほうがまだマシってもんだぜ。ちなみに、弁当でも銭湯でも冷凍でもなくエントな」 「ほざいてろ! 死へと旅立つ前に、その体きっちり清めてきただろうな? 首は洗ってきたか? なんなら洗う間待ってやってもいいぞ」 「じゃあ、おまえは薄汚いままでいいんだな。OK。俺は優しい男だ。おまえが望むなら魔法を使わないで相手してやってもいい」 にっこりと微笑んで、ラスは腰の細剣を抜いた。 「ふっ…そんな気遣いは無用だ。……と言いたい。とても言いたい。声を大にして言いたい。だが、そうしてくれるとありがたいと思うそれもまた本心……というのは内緒だけどな」 ロビンがバスタードソードを構える。 ───金属音は、鳴らなかった。 「………どうする?」 ロビンの顎の下からの声と視線。ロビンが、ごくりと唾を飲む。が、唾を飲んだその喉の動きで皮膚に刺さるような痛み。……いや、実際刺さってる。ちょっとだけ。 振り下ろされたバスタードソードを細剣でまともに受け止めるわけにはいかない。だから、ラスは受けなかった。軽く半身をひねっただけだ。そして、その勢いのままにロビンの懐まで飛び込んで、今、喉もとに剣先を突きつけているのである。楽しそうに。そう、とてもとても楽しそうに。 「え〜……っと…」 「とりあえず、“下書き”しておくか。予定ってことで」 言いながら、ラスがロビンの首にすーっと剣先を走らせる。ロビンの首を前側だけ半周する線が描かれる。薄皮一枚だけを器用に切って、ラスはロビンの耳元で囁いた。 「 レプラコーン、踊れ。もう存分に踊れ。遠慮すんな 」 「…おま…っ! 魔法はナシって……っ!」 「こんなとこで殺したら運ぶの大変だからな。置き去りにするあいだの非常処置だよ。……って、もう耳には届いてねえだろうけど」 そして、ロビンが正気を取り戻した時にはラスの姿はなかった。っていうか、あるわけないじゃん。 翌日。 「……………ふ〜〜む……敵もさる者。やはり、俺がライバルと定めただけのことはある。なかなかに手応え抜群だな。……何かいい手はないものか……」 下宿の屋根の上。ロビンは青空のもとで考え事をしていた。ごろりと寝転がってみる。 「やはり、ネックは魔法か? そうだ、奴が魔法を使えないようにすればいいんだ! たとえば、口を塞ぐとか両手を縛り上げるとか頭殴って気絶させるとかそういったようなこと!」 ……どうやって? 「ただなぁ…それができるならとっくにしてるんだが」 それもそう。 「すばしっこいよな、あいつ。なんかズルイ。しかも、昨日“下書き”された線、結構ひりひりするぞ」 ふ〜む、とうなってロビンは腕を組んだ。青空が目に痛い。首に描かれたラインは、傷というほど深くもないが、まだ赤くひりつくそれはなかなかに目立って格好が悪い。 「魔法、かぁ……。そういえば…誰かが言ってたな。ラスの精霊魔法はかなりのもんだって。………悔しいけど…ホント……なのかな?」 溜め息つきつつも、悔しさが疑問形となって現れる。が、それを本人の前で認める気にはなれない。と言うよりも、本人を目の前にすると、そんな考えなど跡形もなく消え去ってしまうから不思議だ。 「……そういえばもうすぐ昼か。どうしようかなぁ、昼メシ…の前に、風呂にでもいってすっきりしてくるか。リバーウッド通りの浴場は…何故かあそこの店主は俺の顔を見ると桶を投げてきたりするからな。どうも覗き魔が俺だと勘違いしているらしい。心の狭い男だ。別に減るもんでもないし、あの親父を覗いてるわけでもないのに。仕方ないから今日はカニンガム通りのほうまで足を伸ばしてみるか」 まだ、鐘は鳴らない。 「よし。久々に……勇者の決めポーズでもいってみるか。前回は惜しくもちょっとした失敗が見られたが…俺とて成長している。よし、ここでアレが決まれば、次の決闘に俺は勝つっ!! 見ていろ、ラス! おまえの墓に名を刻むのはこの俺だぁっっ!!」 同時刻。 ラスはカイと共に通りを歩いていた。大通りは混んでいて面倒だと2人の意見が一致したので、裏通りである。 突然、あ、と小さく叫んでカイが走り出した。そして、数歩行った先で立ち止まってしゃがみこむ。 「ねえねえ、ラス、見て見て♪ 子猫がいる」 その声にラスが視線を向けると、確かにいた。子猫である。酒瓶が入っていたらしい木箱に入れられている。木箱に貼られた小さな羊皮紙には“もらってください”の文字。 「なんだ、捨て猫か?」 「そうみたい。……可哀想。拾ってもいい?」 「………俺はいいけど。宿のおやっさんが何て言うかな。厨房に入れなきゃ大丈夫だろうけど……」 「だって可哀想じゃない。こんなに可愛いのに」 確かにそれは認める。ラスとて動物は嫌いではない。 「んじゃ、おやっさんが駄目だって言ったら、引っ越しってことになるけど。それでもいいなら」 言いながら、カイの隣に同じようにしゃがみこむ。カイが大きくうなずいた。 「うん! じゃあ、名前決めて………あれ? ラス…ここ、怪我してる」 「あ? ああ、怪我ってほどじゃねえだろ。小さいし、浅い」 苦笑しながら、ラスが自分の頬を撫でる。左頬にかすかな切り傷。 (かわしたつもりだったけど…最後に剣の柄がかすったか。まぁ…あいつも、なんだかんだ言って、勢いはある。もちろんそれだけじゃどうしようもねえけど、それ自体は戦士には必要な資質だろ。……あの“奇襲”を見ると馬鹿丸出しを通り越して、情けなくなるくらいだが。盗賊よりも戦士に向いてるのかもしれねえな。今はともかくとして…何年かあとにはちょっと楽しみ…なのかな? 人間は成長が早いらしいし…) と、なにやら珍しくそういう方向にラスの思考が傾いていった。機嫌がいいのかもしれない。理由は追及しないが。決して、今隣にいる半妖精の少女が長旅から帰ってきて久しぶりにいちゃつけるからとかそういうことは言及しないが。それに、この感想をロビンに直接伝えることは絶対に金輪際万に一つもあり得ないだろうけれども。 正午。──鐘が、鳴った。 「みんな、よっく聞けぇっ! 愛と正義の戦士、ロビン様参上ぉっっっ!!!!! とうっ!」 響き渡る大音声。しゃがみこんで、カイと共に子猫を撫でていたラスの視界に影が映る。最初は小さな。でもだんだん大きくなる影が。 ───全ては一瞬だった。多分、ウィスプがはじけるよりも短い時間。レプラコーンの踊りが始まるよりも短い時間。 音はいくつか遅れて聞こえた。 寸前にラスに突き飛ばされたカイの短い悲鳴だとか。 それとほぼ同時にカイの腕の中に放り投げられた子猫の鳴き声であるとか。 猫が入っていた木箱が砕け散る音もしていたり。 そして、鐘の音が鳴り終わる。 古代王国への扉亭。ラスの定宿である。 「勝ったっ! 俺は勝ったぞぉっっ!! 卑劣きわまりないこの最低男との勝負に俺は勝ったんだ! 我、奇襲に成功セリっ! 今日これから行く予定の風呂でも何かイイコトがありそうな予感満載だっ!」 正午過ぎの酒場で叫ぶロビンの姿がそこにあった。そして、叫んだすぐあとに、ラスによって後頭部を張り飛ばされる。 「静かにしやがれ、このクソ馬鹿野郎がっ! 勝ったも何もあるか! あれのどこが勝負だっっ!! …………いっ…てぇ〜〜…大声出すと響く………」 「……………ねえ、腫れてきたよ? 私の“癒し”もあまり効かなかったし…やっぱり治療院に……」 おずおずとカイが口を開く。だが、それを遮ったのはロビンだった。 「いえ! 心配ご無用です! こいつは意外と丈夫ですから!」 「……ロビンさん? 私、もう1回か2回くらいなら魔法使えると思うんです」 にっこりと笑うカイを見て、ロビンはそっと口を閉じた。焦げ跡が残る服をちょっぴり気にしながら。 ちなみに、かけ声と共に飛び降りたロビン本人は全くの無傷。その真下にいたラスは、直撃は避けたものの、カイと子猫を放り出していた分だけ、逃げ遅れた。思い切りくじいた足首を濡らした布で冷やしているところである。 その瞬間の衝撃から一番最初に立ち直ったのはカイだった。状況を見てとった次の瞬間には、光の精霊に呼びかけていたのだから。 「……ふ。いつの間にカイさんと打ち合わせしてあったのかは知らないが……2対1とは卑怯だぞ、ラス! だが…しょうがない。カイさん、貴女の美しさに免じて、今日のところは引き分けということにしておきます。…ああ、美しさは罪だ」 短い前髪を無理矢理かき上げて、ロビンが微笑む。カイに睨まれただけで終わったが。 「罪だってんなら、てめえの馬鹿さ加減のほうがよっぽど大罪じゃねえか。見てみろ、なんだか不思議な色合いに変わってきた俺の可哀想な右足首をっ!!」 「………なんだか、ゴブリンの内臓でそんな色を見かけたような気がするぞ」 「ああ、そうかもな。俺はこんな色のブロブをふっ飛ばしたことがある」 「ま、あれだ。気にするな。少なくとも俺は全然気にしないから」 「……おまえ、コボルド以下決定な。コボルドの下ってことは…ネズミくらいにしておくか? どんな構造してんだか、頭かち割って確認すんぞコラ!」 「ふん、間抜けな怪我人に言われたくねえな。俺は、前回の失敗(作者注:参考資料)により、学んだんだっ! ちなみに、前回は右腕骨折という大惨事を招いたことは誰にも言えないヒミツだけどなっ! だが、その反省により、今回は無傷! しかも宿敵を倒すというオマケつき! この結果、スカイアーさんに報告せずにはいられない! ということで、師匠が帰るまでおまえはその怪我治さないようにしてくれると嬉しい。大事な証拠だから」 「……………なあロビン。俺が今、ヴァルキリーの誘いを断るのにどれだけの努力が要ったかおまえにわかるか?」 「……断ったの?」 カイが小さく囁く。ラスがうなずいた。 「ここで使ったら衛視につかまるから」 「なんとでもほざけ、負け犬が! ……カイさん、待っていてください。卑怯な手段によって籠絡された貴女を、この、男ロビンがいつかきっと救い出して見せますからっ!」 ラスとカイが闇の精霊に呼びかけるのはほぼ同時だった。 戦績。0勝3敗1引き分け。(ただし、ラスにとっては3勝0敗0引き分け) 頑張れロビン。負けるなロビン。 いつかはヴァルキリーにも抵抗しよう! |
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