![]() |
「あ、エルメスお姉さん来てくれたんだね?今日は、ボクご本を忘れずに用意しておいたからお話できるよ? それがね、このご本だよ。」 右の手首から先の無い片腕の男が子供のような口調で訪ねてきた女に話しかける。 対する女はそんな男の調子に合わせる様にぎこちなく受け答えをする。 男が差し出した本は羊皮紙を紐で閉じただけのぞんざいな作りの本だった。 よほどお気に入りなのか、何度も繰り返し読んだ為、擦切れ元は鮮やかだったろう挿絵もくすんだ色彩に沈んでいる。 ぼやけた、表題には「北の魔女とお姫様」と流麗な飾り文字で綴ってあった。 片腕の男、ウォレスは勢い込んで声に出して読み始める。エルメスも次第に本の内容に引き込まれていった・・・・・・・・ ・・・・・・・むかし、むかし、まだオランの街も無いむかし。 ある国に、とても仲良しなお姫様と王子様が住んでいました。二人はとても仲が良く国中の人たちも羨むほどでした。 あるとき、北の山に住むという魔女が二人を妬んで王子様を北の山に連れて行ってしまいました。 それからというもの、お姫様は悲しくて泣いてばかり。お城のひとたちもかなしくて仕事が手につきません。 それから一月後のことです。 お城におおきな影なさしました。天を見上げるとドラゴンがやってくるではありませんか。 さぁ、たいへん!!お城は上へ下へのおおさわぎです。 ドラゴンはお城の中庭へと降り立つとお姫様のいる尖塔に向かって大声で話しかけました。 「やあ、こんにちわ。僕は毎日、空から君を見ていたけど、なぜそんなに毎日泣いてばかりいるんだい?今日は天気も良いし、 散歩にでも出かけないかい?」 お姫様はカーテン越しに答えます。 「ドラゴンさん、北の魔女が王子様を連れていってしまったので、私はかなしくて毎日泣いてばかりいるのです・・・・・・・・」 ドラゴンが吼えるような大声で答えます。 「じゃあ、僕と北の魔女を退治しに行こう。僕が力になってあげるよ。」 「でも、私には身を守るすべがありません・・・・・・魔女の魔法で死んでしまうでしょう。」 「じゃあ、僕のうろこをあげよう!!」そう言うとドラゴンは背中のうろこを一枚とりお姫様に差し出しました。 すると、どうでしょう!! 金色のうろこは輝く竜鱗のよろいに変わりました。 「さあ、これで北の魔女の魔法もこわくない。魔女を退治しに行こう」 ドラゴンにうながされ、お姫様はドラゴンの背に乗り北の魔女を退治する旅に出たのでした・・・・・・・・・ 二人の旅は辛くきびしいものでした。 暗い森を抜け、切り立った崖を歩き、なにもない荒野をさ迷い、ついに北の魔女が住むと言う氷のお城に辿りつきました。 二人はお城を見上げて、びっくりします。 それは、夕日に映えてピンクのバラのように染まった氷のお城を見たからでした。 「あそこに、王子様がいるのね」 「ああ、そうとも。早く助けに行こう」 「でも、待ってちょうだいドラゴンさん。私には魔女を倒す剣も兵士も無いわ」 「ああ、それならお安いご用さ」 ドラゴンは不器用にひとつウィンクすると自分の牙を抜き、地面にばらまきました。 すると、どうでしょう。たちまちのうちに黒光りする鎧をまとった兵士達があらわれました。 氷のお城の城門は氷で出来たハヤブサの風切り羽根が幾重にも連なって、まるで閉じたバラのつぼみのようです。 手で触れれば、たちまちのうちに手が落ちてしまうでしょう。 ドラゴンはみんなを退らせると、いっぱいに息を吸い込み、もうれつな勢いで炎を吐きはじめました。 氷の城門はみるみる溶けてゆきます。 しばらくすると、城門はすっかり溶けて無くなってしまいました。 お姫様とドラゴンと兵士達はお城の中をどんどん、どんどん進んでいきました。 そして、北の魔女がいる大広間に辿りつきました。 「オーホッホッホッホ・・・・・・・・・よくここまで来たものだわね。でも、ここであなた達の旅もお終い。 あなた達を魔法で石像に変え、このお城に飾ってあげましょう。」 魔女は一声、奇妙な声を上げるとその正体を現します。 それは、おおきなおおきな、見上げるばかりにおおきな黒貂でした。 毛皮は艶やかなぬばたまの闇黒です。 その闇黒の中から毛むくじゃらの獣が大勢、湧き出しお姫様達におそいかかります。 黒い兵士達とお姫様はドラゴンの牙でできた剣で必死に戦います。 ドラゴンと魔女も戦います。 ドラゴンと魔女は何回も何回も地面に投げ出され、そのたびに氷で出来たお城は崩れていきます。 そして、何回目の激突だったのでしょう。遂に魔女はお城とともにドラゴンに倒されてしまいました。 倒れたドラゴンもぴくりとも動きません。 驚いたお姫様は、ドラゴンに駆け寄ります。 ドラゴンはもう虫の息で長く持ちそうにはありません。 お姫様は悲しくなって言いました。 「私はあなたになにもしてあげなかったのに、あなたは私にたくさんの贈り物をくれて・・・・・・ あなたに返せるものは何もないのに・・・・・・」 ドラゴンはぜいぜい言いながら答えます。 「ぼくは、あなたにたくさんの贈り物をもらったよ・・・・・・・悲しまなくても大丈夫・・・・・・・・ さあ、そこに王子様が来ているよ」 後ろを振り向くと王子様が立っていました。 お姫様は王子様の元に駆け寄ります。 それを見送るとドラゴンは満足そうに溜息をつき目を閉じて、2度と目を開けることはありませんでした。 もう一度、お姫様がドラゴンを見ると、ドラゴンは光に包まれ夜空に駆け上がり星になったところでした。 それからというもの、その星はいつでもお姫様と王子様を見守り続けました。 ・・・・・・・・おしまい。 「・・・・・・・こんなお話だよ。面白かった?エルメスお姉さん。 でも、ドラゴンがもらった贈り物って何だったんだろうね?お姉さんは分った?ぼくにはちっとも分らないんだ。」 エルメスはその後、ウォレスを納得させる答えを考え出すのに午後一杯を費やすこととなった。 |
![]() |