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「……さて、あなたが何故ここにいるのかを説明しましょうか」 わりに小綺麗な部屋のなか、用意された様々な料理を前に、仮面の男(バリオネス)は目の前に座る半妖精の少女カイにそう切り出した。何故かその隣には、アレクまでいる。アレクが居合わせたのはただの偶然だ。 「わたしを跡継ぎにするためでしょう…?」 バリオネスに答えながら、カイは数日前の出来事を思い出していた。 数日前。久しぶりにオランの街なかへと出かけたカイは、案の定(?)、道に迷った。そうして、チンピラたちに絡まれたあげく、半妖精の男に助けられる。半妖精の男とは言っても、彼女の恋人であるラスではない。だが、カイはその男・セバストを知っていた。彼女の父親の部下である。 「カイ様…お父上に会っていただけませんか」 「……いやです。わたしは、あの人の跡を継ぐつもりはありません。……18年間も放っておいて…今更……」 「ですが…ご主人様の跡を継げるのは、あなたしかいないんです」 とある組織の首領である父親の跡を継げと、その男は迫ってきた。が、カイにはそのつもりはない。だが、彼女の父親は手段を選ばない人間だ。どんな手段に出るのか…と危惧していた矢先に、仮面の男の部下に拉致されたのである。 「とにかく。わたしは跡を継ぐつもりなんてありませんから」 時期が時期だ。カイはすっかり、その話が目的でさらわれたのだろうと考えていた。だが、意外なことにバリオネスは首を振った。 「そんな組織の思惑など知らんね。私はただ、君のお父様から、大金をせしめようと画策しただけだ。大層お金持ちのお父様がいるそうじゃないか?」 「そんな大金、何に使うの?」 聞いてきたのは、何故かいるアレクだ。 「ん〜〜…あれば困らないし。ところで、おまえを招待した覚えはないが?」 「あ、小遣いせびろうと思ってさ。とある人に居所聞いて、忍び込んできちゃったんだ」 緊張感のない2人の会話に、カイが口をはさむ。 「あの…アレクさんとこの人との関係…は?」 「え〜〜…っと……不本意ながら、兄妹。かもしれない。っていうか、兄妹じゃなきゃいいなぁと思うこともしばしば」 とどのつまりは兄妹であるらしい。本意であるか不本意であるかはまた別の話だし。 「はぁ…なるほど。……それで…そろそろ帰してくれませんか? ラスも心配してると思うし」 「ダメ」 きっぱりと言い切るバリオネス。 その頃。いつまで経っても帰ってこない同居人の身を案じて、ラスは宿でいらいらしていた。 (何か…あったのか? それとも、こないだみたいに、酒場で酔っ払って…?) 酔って騒いでいるだけならばまだマシだ。いつぞやのように、アレクに背負われて帰ってくるのなら。 だが、数日前からカイのまわりが何やら騒がしいことは知っている。本人の口から聞いたわけではないが、情報なんてものはいろいろな方面から入ってくるものだ。たとえば、迷子になったカイのそばにいたケイが、カイとセバストとの会話を耳にして悩んだあげくに顔見知りの神官に告解していたところを盗み聞いたカレンからとか。迷子の様子を眺めていた散歩中のセシーリカの使い魔からとか。 だから、ラスは知っていた。本人の口から聞くまでもなく、その時に交わされた会話のいくつかを。そして、その断片から想像できるものもある。カイの父親だという男は、自分や仲間たちも少なからず関わっていた事件の首謀者と同一人物であるらしいとか。ドロルゴと言うその首謀者の名前を、ラスもその相棒であるカレンも知らなかった。ただ、顔に3本の傷があったことだけ覚えている。 (いや…傷は確か…4本に増えていたか? あいつ本人が治していなければ、だけど…) その首謀者──暗黒神官にして、カイの父親と目される男の顔を思い浮かべる。 (何かあるとしたら…そっち絡みかもしんねえな) 隣の部屋では相棒のカレンが寝ているはずだ。もしも何かあったとわかったら、あいつもたたき起こそうと心に決めていた。 主が不在の隣のベッドでは、クロシェと名付けた子猫が丸くなっている。 そして、茶番じみた誘拐劇の舞台裏では。 「……しかし。当てずっぽうで言ってみたのに、本当に金持ちの父親がいたとは。もうびっくり〜」 「……帰ります!」 「それは困る。アレク、彼女を取り押さえなさい。小遣いをやるから」 「え〜〜?」 不満じみた声をあげながらも、アレクがカイを取り押さえる。性格がアレだとは言え、兄は魔術の使い手だ。それにあたりには部下も控えている。ここで暴れるよりは、とりあえずカイをおとなしくさせておいて、あとから算段を練った方が得策かと思えた。 カイが精霊魔法の呪文をとなえ終わるより早く、アレクは動いていた。 そこへ。 「天から降ったか地から湧いたか、三千世界を乱すやつ! 天に替わって成敗いたす! いただきいただきイタダキマン! ここで逢ったがコンニチワ!」 びしぃ!と指を突きつけながら、天井から落っこちてきた小さな物体が1つ。 「……シリル!?」 アレクの腕の中でカイが叫ぶ。そう、飛び降りてきたのは草原妖精のシリルである。 「カイお姉さんがさらわれるところ見ちゃってね。尾行してきたんだ♪」 そうして、天井裏で今までのことの成り行きを見ていたのである。が、シリル本人すらこの時には忘れかけていたが、天井裏にはまだ他にもいた。カイを追いかけるシリルの様子を変に思って、さらに追いかけてきたカーナである。そして何故か迷い込んでいた猫が一匹。ちなみにセシーリカの使い魔のショウだが、普段は自由にさせるべきというセシーリカの信念によって、今はただの猫。使えそうで使えないあたりがポイント。 だが、アレクとカイのコンビに、草原妖精が1人くわわったところで、たいして状況に変わりがあるわけもない。もう1人、カーナの存在を知らないアレクはそう判断した。 バリオネスが幻影の魔法を使って、自分とカイ、アレクがそこから逃げ出せるようにと画策する。それを支援したのが部下であるジェロームだ。 幻影に混乱させられているシリルを助けようと、天井裏からカーナがクロスボウを撃つ。だが、カーナが狙ったものも幻影だった。そして、その行為で、カーナの存在もジェロームに知られてしまった。こうなっては仕方がないと、カーナが天井裏から床へと飛び降りる。 「シリル! 手伝っ………!…………て?」 振り向いた先に草原妖精の姿はない。シリルは、自分が戦おうとしていた相手が幻影だと気づいた次の瞬間に、窓から外へと駆けだしていったのだ。ついでに、猫のショウもそのあとを追っていったらしい。 孤立無援のカーナ。そして目の前のジェロームはどうやら腕がいい。 「……ちっ!」 ダーツを投げて応戦するも、戦況が好転するわけもない。やむなく、カーナは逃げ出すことにした。背を向ければ攻撃されるかもしれない。が、無理にでもそのチャンスは作るつもりだった。 手に持っていたダーツを数本まとめて投げつける。そして直後に窓に向かって走る。 「貴女もさらえば、ご主人様への手みやげが増えるかと思ったのですが……残念ですがまたの機会を待つといたしましょう。機会など…いくらでもあると言うものですからね」 カーナが投げたダーツを苦もなく受け止めて、ジェロームは微笑んだ。懐から取り出した帳面に何かを書き付ける。 ─── 新たなターゲット1名。要調査。 しばらくのあと。古代王国への扉亭へ駆け込んできた草原妖精が1人。 「たいへんだたいへんだたいへんだぁ〜〜〜っっ!!」 部屋の扉を叩くシリルに呆れながらも、ラスが『たいへん』の内容を聞いてみる。 「……なにぃ? さらわれただぁ!?」 危惧していた通りのことが起こったかと、ラスが慌てて身支度をする。そして、部屋を飛び出して宿の出口へと向かう。足元をついてきていたシリルは、それを止めようともせずに、自分も手伝うと宣言した。 その宣言に重なるように、恨みがましい声が宿の入り口で2人を出迎えた。 「シぃ〜〜リぃ〜〜ルぅ〜〜〜〜?」 1人置いていかれ、やっとのことで逃げ出してきたカーナである。その声を聞いて、その形相を見て、ようやくシリルはカーナが一緒に天井裏にいたことを思い出した。 カーナは、ラスとシリルがカイ救出に向かうつもりだと聞いて、それなら自分もと言い出した。 「あいつの部下に顔見られちゃってね。どうやらあたしが次の標的になったらしいから…どちらにしろ関わることになるならと思って…」 その言葉にうなずきながら、ラスはとりあえずシリルとカーナに詳しい状況説明を求めた。2人はお互いに補足しあいながら、事の次第を説明する。 「そんでね、アレクお姉さんがいたんだ。なんか、やる気なさそーな感じで、仮面の男を手伝ってたよ」 仮面の男と、やる気なさげなアレクという2つの言葉に、外に出ようとしていたラスの足が止まる。 名前と素顔は知らないが、仮面の男のことはいくつか噂で耳にしている。そして、お互いに素顔を隠していたとは言え、仕事で顔を会わせたこともある。それに加えて、やる気なさげな…ということは正気の状態であるアレク。 ……途端に馬鹿らしくなった。仮面の男が魔術師であることは知っている。が、敵を目の前にして『あ、剣忘れた』と口にしてしまう男だということも知っている。そしてアレク。 とりあえず、ラスは寝ることにした。まだ明け方だ。今まで眠らずにカイの帰りを待っていたため、かなり眠くなってきている。 あっけにとられてるシリルとカーナを手招きで呼び寄せる。 「犯人の顔見たろ? それと…今は移動したって話だが、最初のアジトも知ってるな? んじゃ、それを踏まえて、ちょっと調べてきてくれ。逃げた先の推測も含めて。つまりは情報収集を依頼するってことだ。……盗賊の仕事だよな? 大丈夫、依頼した以上は報酬は払う。俺は…別の線を当たってくるから」 仮面の男は、誘拐して大金をせしめるつもりらしいとシリルたちは報告した。ならば身代金請求の動きが出てくるはず。そして、請求するなら、父親だろうと思った。祖父も母親もすでにこの世にいないことは、ラス自身もよく知っているのだから。 父親…とある組織の首領だという男。アレクがそばにいる以上は、カイの身に危険が及ぶことは少ないだろうし、身代金のもととなる人質を粗末に扱うわけもないと判断して、そちらの調査はシリルとカーナに任せることにする。ならば、仮面の男が接触するであろう先を、自分が調べるほうが得策だと思えた。 「とりあえず……ひと眠りして起きたら、カレンに言っとくか。使い魔を通して事情を知ってるセシーリカも。……うわ〜…盗賊ばっか」 翌日。アジトから逃げ出して、なんだかイヤなニオイがする地下牢へと囚われたカイは、ぶつぶつと怒りの呟きをもらしていた。 「……なんでこんな……。もう! ラスだって心配してるだろうし……なんとなくお金が欲しいからって理由だけで……」 いらいらと、靴が地下牢の床を叩く。いる場所こそ地下牢だが、カイが着せられているのはドレスである。最初に誘拐された直後、バリオネスに着替えろと命じられたものだ。どんな趣味なのかは知らないが、ドレスを着せられて、豪華な食事を目の前に出された。……だが、今は地下牢である。 そばにいるはずのアレクはと言えば、バリオネスによって別の場所へと移されていた。 「事情を説明してやろう。お兄ちゃんと一緒に来なさい」 「え〜〜? めんどくさ〜〜い」 との会話を残して、2人はカイの前から姿を消した。そのあとに残ったのは、何人かの部下である。部下達のなかには、帳面に何かを書き連ねているジェロームの顔もあった。 「なるほど……カイ様のお父上と言えば……ほほう、あの方ですな。スラムの御大。…これはおもしろくなりそうですね」 にやりと、上品かつ悪そうな笑みを残して、ジェロームもいずこへか立ち去った。 そして、カイの呟きは繰り返される。蝶をかたどった髪飾りだけが、その呟きを聞いていた。随分以前にラスに買ってもらったものだ。 「ミニアス、協力してくれるって? 悪いな」 「私だって調べごとあるけど……うん、だってカイが誘拐されちゃったんでしょ? 手伝うよ。もう少しで調べごとがイイセン行きそうだったんだけどね。うん、しょうがないよね」 「……笑いながら怒るなよ。そっちのことも、俺が手伝うからさ」 盗賊ギルドで交わされた、ミニアスとラスの会話である。 「シリル、カーナ、セシーリカ、カレン、ミニアス、そして俺……で6人か。なんとかなるかな」 協力をとりつけたメンバーの顔を思い浮かべながら、ラスは指折り数えてうなずいた。カイの父親について調べようと思っていた時に、ヴェイラも協力を約束してくれた。その件に関する情報は提供してくれるとは言っていたが、ヴェイラが接近戦を苦手としているのも知っている。苦手なのか嫌いなのかは知らないが。情報提供とそれに対する代価のやりとりはするが、それ以上のことは無理そうだと判断して、巻き込むことは断念した。 そして、ラスに雇われる形になったシリルとカーナ、そしてセシーリカもそれぞれが情報収集を始めていた。盗賊として、それぞれいくつかの情報網は持っている。 ギルドやスラム、そして顔見知りの情報屋。まわる先はいくつもある。時折、結果報告のために、ラスの定宿へと立ち寄りながら、3人は調査を続けていた。 だが、そんな生活は、自然と昼夜が逆転する。裏の仕事をする者たちが朝早くから動き回るわけもない。当然、それを情報源とする情報屋も夕方以降の活動となる。そしてそんな彼らに接触しようとする者も。 ツテをたどって紹介してもらった情報屋に会うために、カーナが場末の酒場を訪れたのは夜も更けた頃だ。いくつかのやりとりをして定宿へと帰るのはさらに遅い時間。場末ながら昼間はそれなりに人通りがある場所も、その時刻となれば人気(ひとけ)は絶える。闇が広がる路地に、響く自分の足音に顔をしかめる。そして足音を殺して歩く。脳裏に浮かぶのはジェロームの視線だ。品定めをするような視線。自分の投げたダーツを受け止めて浮かべた笑み。 自然と、宿へ向かう足は速まった。 いくら独自に動いているからと言っても、顔を合わせることもある。それも偶然に。行きつけの酒場というものはそれにふさわしい場所だろう。 カーナとラス、そしてセシーリカが木造の酒場で顔をあわせる。 狙われているかもしれないというのが、ひどく落ち着かないというカーナに、ラスが提案した。 「非人道的な策かもしんねえけど。誰もいない所でさらわれるのが怖ければ、いっそ誰かの目の前でさらってもらったらどうだ?」 「それは…あたしに囮になれって言ってるわけ? 策としては…悪くないと思うけど。でも保証がない。さらわれたあたしを尾行すれば、アジトの場所はわかるかもしれないけど、そのあとであたしを助けてくれる保証は?」 「人質を助けるために使った囮を見殺しにするような真似はしねえよ。人質よりもまずおまえを先に助けてやる。…必ず、助ける」 そう言い切ったラスに、多少迷ったものの、やはりカーナは首を振った。 「……悪いけど信用できない。お兄さんがどうこうってんじゃなくって…なんていうか、その言葉だけで命を賭けるにはリスクが大きすぎるよ」 「……もっともだな。んじゃ何か他の案でも考えてみるか」 「ねぇ? 古代語魔法でさ、特定の物の位置を知る魔法ってのがあったよね? 誰かにそれをかけてもらえるなら、あたしがさらわれても助けに来ることは可能でしょ?」 囮をやるなら、と、カーナがそう提案した。それを聞いていたセシーリカもうなずく。 「うん、いい案かもしれない。……けど…それはかなり高位の呪文だよ?」 自分にはまだ使えないと言う意味をこめてセシーリカが呟いた。そして視線が動く。その先にはたまたま居合わせた真紅の魔術師。 「………レド? おまえにその魔法を依頼したらいくらとる?」 そう尋ねたラスに、レドが答える。 「私なら…2000というところか。ぎりぎりの腕の者に依頼したとしても…最低で1300」 「おまえにしちゃ良心的だ。……ところで。カイがしていた髪飾りは覚えてるか? たいした値段のものじゃねえが、一点物だ。おまえが覚えているなら、魔法で探せるよな?」 「髪飾り……あの蝶のやつか。覚えてはいる。……話を聞いていると、どうやらカイがさらわれたようだな。それにしてはおまえが慌てていないが?」 「状況が状況なもんでね」 苦笑しつつラスが答える。 その2人の会話で、今まで自分が囮になることを前提に考えていたカーナが、ああそうか、と納得した。 「直接探してもらえるなら、リスクが一番少ないよね」 「カイが髪飾りを手放してなきゃ、の話な」 さらりと言い切ったラスに、溜め息をつくカーナとセシーリカ。 「ラス。……私に魔法を依頼するのか?」 「……いや。とりあえず保留だ。今日明日中には決めるから、2日経って俺が依頼に行かなかったらなかったものと考えてくれていい」 了解したと言うように軽くうなずいて、レドはワイングラスへと手を伸ばす。その手元を見るともなしに見ながら、カーナが呟く。 「あたしも……もう少し考えてみるよ。囮になるのはリスクが高いけど…でも、1人でいるときに襲われるよりはマシだと思うからさ。どっちが安全なのか…そしてどの方法が確実なのか」 「ああ。……無理強いはしねえよ。ヤバイと思うなら、囮どうこうって話は聞かなかったことにしていい。ただ、おまえが狙われてるのは変わらない事実だけどな」 「……わかってる。うん。わかってるよ」 考えさせてくれと言って、カーナは店を出ていった。 その頃。カイが監禁されている場所とは違うアジトで、バリオネスがアレクに事情を説明していた。 「んで? 兄さん、なんとなく誘拐したってホント?」 「はっはっは。馬鹿だなぁアレク。そんなわけないだろう。いつでも思慮深い兄を忘れたか?」 「そんな兄なんか持った覚えない」 「そういうお茶目なところが魅力的だぞ、我が妹よ。でもここからは真面目な話。ドロルゴと言う男を知っているだろう? その目的も知っているな?」 「知らない」 「……………まあ、そういうこともあるだろう。知っててもいいと兄さんは思うんだが、おまえはどうだ?」 「でも知らない」 そしてバリオネスが説明を始める。カイの父親と言うのがドロルゴという暗黒神官であること、自分が以前からその男を追っていたこと。そしてドロルゴが、自分の娘を暗黒神への生け贄に捧げようとしていること。 「生け贄をおさえておけば、奴は儀式を行えない。……ついでに金も手に入るなら言うことなしだ」 「へぇ〜。そんな目的だったのか。……うん、協力してもいいけど」 とりあえずカイは無事…ってよりも、かなり丁重に扱われてるし、とアレクは納得した。ドロルゴの目的は知らなかったが、関わりはなくもない。奴を叩くと言うのならば協力してもいい。 それにしても…と思う。兄のもとにただいるだけというのも退屈だ。 (近々、ラスの様子でも見に行ってみよっかな。心配してるだろうし) 3日後。カーナは情報屋からいくつかの情報を手に入れていた。もちろん安くはない金がかかったが、ラスからは報酬が入るだろうし、もし何だったら必要経費ってことで請求してもいいかも、などと考えながら。 とりあえず、この情報は今のところの雇い主であるラスに渡さなくてはならない。そして、自分が気になっている疑問ももしも聞けるものなら聞いてみたい。自分が見聞きしたことはもちろん知っている。そして、今回の事件はそれが事の起こりであり全てであることもわかっている。だが、まだ足りない、と。勘とでも言うべき何かがそれをカーナに告げていた。裏の事情があるに違いない、と。ラスが自分たちと一緒に動いていないのはそれが原因ではないかと思えてしょうがない。……好奇心は災厄を呼ぶ。盗賊の端くれとしてわかりすぎるほどにわかっている。だが、その一方で好奇心を持たぬ盗賊など…冒険者などいないことも知っている。 (…聞けなくてもともとだ。あの様子から言って、あたしやシリルには知られたくないことなんだろうし) そして、古代王国への扉亭へと急ぐ。 そんなカーナの目の前に、がらの悪い男たちが立ちふさがった。…当然、逃げる。今は滅多なことで絡まれるわけにはいかないし、それが仮面の男たちの手下ならば、もっと絡まれたくはない。 とにもかくにもカーナはそこから逃げ切ることに成功した。…だが、目指す宿にはこのままじゃたどり着けない。どうやら、古代王国への扉亭近辺はしっかりと見張られているようだ。 ならば、と、カーナは一縷の望みを抱いて行きつけの酒場へと足を向けた。 ちょうどその頃。ラスはカレンとともに、定宿のカウンターにいた。今までに得た報告と、自分たちが調べた事情を付き合わせて考える。 「例の暗黒神官の線は?」 ラスの問いにカレンが首を振る。 「ダメだな。いくつか…近いとこまではたどり着いたが、結局はミニアスと同じだ。あと一歩のところが追い切れない」 「そっか。俺も同じだよ」 苦笑しつつ、酒を口元に運んで考える。 (表に出てきていないってことは…仮面の男たちも、カイの件で接触できない、か? どちらにしろ、あの暗黒神官のほうに目立った動きがないのは確かだ。なら…いっそ……) 「先に本人だけでも取り返したほうがいいんじゃないか? 向こうにはアレクが付いてるとは言え、おまえも落ち着かないだろ」 ラスの心を読んだかのようにカレンが言う。 「……そうかもな。奴らがカイの親父と接触する前のほうが面倒が少なくていいかもしれねえし」 ラスがそう答えた時。 「やっほー。いい情報あるけど買わない?」 扉を開けて入ってきたのは、ヴェイラだった。 カーナが、木造の酒場にたどり着いた時、そこにはあまり人はいなかった。見たことのある者たちばかりではあるが、肝心のラスの姿は見えない。やはり宿にいるのだろうと思った。…それも当然だろう。彼は自分たちの報告を待つ立場だ。そんな者がふらふらと出歩くわけもない。そして、出歩くとしたならば、それは調査のためだろう。それこそ、酒場になどいるわけもない。 「ラスお兄さんは…いない……よね、やっぱ……」 落胆したカーナの視界に、見覚えのある真紅の外套が映る。 「あ……」 確か、レドウィックとか言った。高位の魔術師だと……ロケーションの魔法を使える人間だと。 ダメでもともと、とカーナは魔法を依頼してみた。 「私は誰の依頼でも受ける訳ではないんだよ、納得できる理由と信用が無ければ魔術は使えない」 それが、レドの返事である。 やはり…と、カーナは溜め息をついた。彼に個人的に魔法を頼むには、自分自身の信用が不足している。それに…やはり提示された金額は高い。 ならば、と決意をかためる。どうせ逃げても追われるのだ。それなら、自分から探りに行ったほうがまだしもだろう。それに、今なら、古代王国への扉亭近辺にたくさんの人間がいた。と言うことは、アジトの警備は手薄になっている可能性が高い。 自分の手元にはラスに届けようとしていたアジトの情報がある。3〜4カ所までは絞れているがその先は……自分の勘を信じるしかないのかもしれない。だが、ないよりは数倍マシだ。 そう決意して、酒場を出ようとしたカーナの背中に声がかかる。 「………スラムの北」 思わず振り向く。……真紅の魔術師が微笑んでいた。 カーナが酒場を出ていったのを見送って、レドは小さく笑みを漏らした。 「くっくっく…私も酔狂だな」 数日前に、ラスが漏らした依頼めいた言葉は、ラスからの連絡がないことで白紙になったことは承知している。だが、好奇心の魅惑には勝てなかった。レドの魔力ならば、さほど難しいものでもないのだから。 依頼のあるなしに関わらず、事の次第を聞いた翌日には、レドは呪文を唱えていた。そして、スラムのある一点を見つけたのだ。よほどのことでもない限り、ラスが自分に泣きついてくることなどは考えられないが、もしそんなことがあれば、この情報を恩着せがましく与えてやろうとは目論んでいた。 (ここで口にしてしまうのは…少々計算外だったがな…) その翌日の昼間。ラスは古代王国への扉亭で、出かける支度をしていた。昨夜、ヴェイラから買った情報の真偽を調べてみようと思ったのだ。彼女は、仮面の男たちのアジトがわかったと言っていた。もともとは、スラムの組織…つまりは顔に傷のある暗黒神官のことを調べてくれるように頼んでいたのだが、その男の娘がさらわれて監禁されているらしいとの噂を掴み、そこからどこに監禁されているのかまで突き止めたらしい。 安くはない金額を支払って手に入れた情報とは言え、それが真実か否かは確かめるまでわからない。ヴェイラを信用しないわけではない。ただ、信じ込むわけにはいかないのが盗賊としての性だろう。 だが、今回の情報に限っては、かなり高い確率で信憑性はある。何故なら、シリルが調べて報告してくれた事実とも一致するからだ。そうして、セシーリカにも確認を取ってみる。と、確かに信憑性はありそうだとの意見が帰ってきた。スラムの事情をいくつか知っている彼女が言うのだからそこそこ信用はおけそうだ。 あとは自分の目で確かめれば…と、身支度を済ませた時。部屋をノックする者があった。相棒かと思い、ドアを開けてみる。……が、立っていたのはアレクだ。 「や、ラス。元気?」 「………てめえが何でここにいやがるよ。おまえはカイのそばにいるんじゃなかったのか?」 「ん〜〜…いろいろ事情があってね。心配してるかと思って様子見に来たんだ。でさぁ、カイをさらった奴…って、兄貴なんだけどさ。その目的ってのが………」 「知るか、ンなもん!」 「……へ?」 「ちょうどいい。案内しろ。今から出かけるトコだった」 「……………へ?」 「あ、カレン。いいところに。あいつら呼んできてくれよ」 廊下を通り掛かった相棒に声をかける。 「あいつら? ああ、シリルとかセシーリカとか?」 「そう、あとミニアスとカーナも」 「下にディックが来てるぜ?」 「……んじゃ、それも」 戸口に立ったアレクをはさんだまま、ラスとカレンが会話をする。首を左右に動かしながらそれを聞いていたアレクが小さく溜め息をついた。 「………なるほどね」 そして、夕刻。彼らは古代王国への扉亭に集まった。 「相手は魔術師だろ。…対策は?」 鞘に入った短剣を腰へと装備しながらカレンがラスに尋ねる。 「ああ、昨夜ヴェイラから話聞いたあとに、一応シルフと話つけといた。だからチャンスさえあれば使える」 細剣とは反対側の腰にさげた小さなオカリナを、指で軽く叩いてラスが応じる。ところで、とそのまま足元に視線を向けた。 「おい、シリル。カーナはどうした?」 ラスの問いにシリルが首を傾げる。 「それがさぁ。姿が見えないんだよ。どっか調べに行ってるのかなぁ? 情報屋に会うってことまでは知ってるけど……昨日の昼過ぎから見かけてないよ」 「……俺も見てない。さっきギルドに行ったけど、そこでも見かけなかったぜ?」 カレンもそう報告する。 「わたしも、ショウも見てないよ?」 とセシーリカ。 「……とりあえず、どこかで合流できれば良しとして出かけるか。…っと、間違えるなよ? 突入じゃねえぞ? 潜入だぞ?」 苦笑しつつラスがその場にいる全員を見渡して念を押す。 「あれ? ……突入じゃなかったんだ。ラスのことだから突入かと思ってたよ」 腰に下げたダガーを確認しつつミニアスが笑う。ついでに、ねぇ?と隣に立つディックの肩を叩く。 「……潜入、となると私は役立たずではありませんか? みなさんは、盗賊としての心得があるんでしょうけど……」 「いざって時の盾だよ。向こうだって全員が盗賊とは限らねえだろ。力押しで来られちゃまずいからな」 自分たちは鎧が薄いから、と苦笑するラス。 「じゃあ…ひょっとして私もその盾に含まれてる?」 うんざり、と言った顔で呟いたアレクの言葉は全員のうなずきで肯定された。…あたりまえ。 そこへ、さりげなく、宿の周囲を窺っていたカレンが戻ってくる。 「おかしいな…さっきまでうさんくさいのがうろうろしてたけど…数が減ってる。何かあったのかもしれないぞ?」 「向こうに何かあったのなら、チャンスだよ。混乱に乗じて潜り込める。気配を消すのも楽になる。……でしょ?」 使い魔を抱き上げながらセシーリカが笑う。 「だな。んじゃ、行くとすっか。……わりいな。付き合わせて」 そうして、彼らは宿を出た。 それぞれの情報網と、アレクの存在によって、アジトの場所は突き止めてある。そしてそれは正しい情報だ。だが、彼らが知らないことが少なくとも1つある。カーナと合流できるのが、アジトの中だということだ。 ───健闘を祈る。 |
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