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No. 00037
DATE: 2001/03/16 01:42:57
NAME: ザード他
SUBJECT: とある夜の事
「ん…………」
身体を動かした拍子に、腹がずきんと激しく痛んだ。否応なしに意識が現実に引き戻される。
「そう言えば、昨日……」
と、記憶を探ろうとして目を開け……ザードは目を疑った。
「ここはどこだろう?」
そこは、安い宿では到底味わえないようなふかふかのベッドの上だった。
もちろん、道路に転がされているわけではないし、身体もあちこち痛んではいるが、痛みが増えたり骨折しているところは無さそうだ。
「……柄の悪い男と、酔っ払いの男に絡まれて……結局先輩とメリープさんに何も言えないで連れだされて……」
その後を思い出そうとしたら、またずきんと腹が痛んだ。
「そうか……殴られたんだっけ。そのまま意識失って……
じゃぁ、ボクは何でこんなところにいるんだろう?」
自問しても答は出ない。仕方がないので、ザードは痛む腹をかばいつつ体を起こして周りを見まわす。
淡い黄色のカーテンが風にはためく。大陽は既に中空に差し掛かろうとしている。
部屋の中を見まわすと、明るくて淡い色を基調としてまとめられている。だが、多少どころではなく雑然としている。あちこちに物が溢れているからだなぁとザードは考え―――
「ところで、ここは誰の部屋なんだろう??」
ふと下を見ると、そこには人影が3つ。雑魚寝の状態で健やかな寝息を立てている。
「……姉さんと、メリープさん?それと……レイシャルム?」
と、寝ていたうちの一人が起きた。
「ん〜〜…………はにゃ…………?」
かさかさと衣擦れの音がして起き上がったのは、女性にしてはやや凹凸の足りない(成長しきってないような印象もある)少女。
「あ、ザードさぁん……?大丈夫ですかぁ?」
眠そうに両眼をこすりながら、かなり寝ぼけた声でそう問い掛けてきたのはメリープ。
「ここは……?」
「あぁ、私の部屋ですぅ。昨日、気を失って倒れてたからぁ……とりあえず、私の家が近いし、あんな夜遅くじゃ診療所もやってないからって……
それに、ぱぱりんが行商やってて、応急処置の心得もあるかなって思ったからぁ……」
メリープのまだるっこしい説明を聞きながら、ザードはさっきから激痛を発する自分の腹を見てみた。
腹部には見事に人の拳の跡がいくつも残っていた。これは何度も腹を殴打されたな……苦々しくザードはそう分析する。そして、メリープ曰くの「ぱぱりん」の応急処置もなかなか的確だったと内心舌を巻いた。
「どうもすみませんね……いらぬ手間を……」
「いいのよ。あなたは私に頼らなさすぎて、私は普段ちょっと寂しい思いをしてるんですからね。こういう時くらいは頼れる先輩でいさせてちょうだいな」
いつの間にかミュレーンが起きてきていた。ふわぁ、と一つ欠伸を噛み殺すと、にっこり笑って、ビシッとザードに指を突き付ける。
「あなたを見つけたとき、本当にホッとしたのよ?あなたが連れだされて、追いかけていったんだけど、見失って……どうしようかと思って……」
とつとつと語るミュレーンの目に、いつの間にか涙が光っていた。が、ザードとメリープがそれに気づく前に、ミュレーンは服の端でサッと涙を拭って、努めて明るい声で続ける。
「でも、良かったわ。メリープちゃんのお家のすぐそばで。それに、ケイちゃんが通ってた治療院も、ここから近いんですって。それと、偶然通りがかったレイシャルムさんと、あなたを見つけてくれたこの猫ちゃんにも感謝しなきゃ。」
猫の頭を撫でながらミュレーンは、窓の外を窺って、大陽の高さを測り、
「まだお昼ね。これからあなたの身体を気づかいながら出発しても、十分治療院には間に合うわ。まだ自分で歩けないのなら、レイシャルムさんに頼んで連れて行ってもらうから……」
「いや、ボクは……もう、大丈夫ですよ。」
言いながら立ち上がったザードは、苦悶の表情を浮かべて脇腹に手を当てた。
「……もしかして……骨、折れてるんじゃないんですかぁ?」
額に脂汗まで浮かべて痛がるザードを見て、メリープ。
「……ど、どうでしょう……そこまでじゃ、ないと思うんだけど……」
と言ってはみたものの、立ち上がりかけた不安定な姿勢で固まるザード。
「強がりはその辺でやめとけよ、ザード。」
寝起きとは思えないほど怜悧な顔をしたレイシャルムが、激痛で動けないザードの身体を軽々と抱え上げる。
「レイシャルム?」
「その痛がりようじゃ多分、あばらの一本や二本はいってるな。やせ我慢しねぇでほら、さっさと治療院に行くぞ。」
「で、でも……いいですよ。」
「いや、俺だってさっさとお前を治療院まで送り届けたいんだよ。用事があるんでな。」
「そうじゃなくて……痛いんですよ。そうやって抱えられてることが。……自分のペースで歩いていくので、レイシャルムは自分の仕事を済ませて下さい。」
腹部から左の脇腹を押さえて苦痛の表情を浮かべるザードを、レイシャルムは努めて慎重に椅子に座らせる。
「そうか、ならば俺が無理に連れて行くこともないな。じゃあ俺は帰るぜ。」
最後に、部屋を借りたメリープに軽く手を上げて、レイシャルムは一階へと消えていく。
その様子を見送り、ふぅ、と一息ついたザードは、喉元に違和感を感じて、腹に当てていた手を口許に当てた。
眉根が寄せられ、ぐふり、と喉が鳴る。
取って返した掌には紅い鮮血……そして、唇の端からなおも這い出てくる、まるで蛇を思わせる深紅。
「…………血!!大丈夫ですかぁっ!?」
悲鳴に近い叫び声はメリープ。ミュレーンも突然の出来事で、どう対処したらいいのか判断つきかねる様子だ。。
そうこうしている間にも、ザードの吐血は止まる気配を見せない。血溜まりがだんだん大きくなり、顔が青ざめてゆく。
そして一瞬の静寂の後。
再びザードの喉がごふっと鳴り、腹に溜まっていたらしい深紅を一気に吐きだした。
吐きだされた血の多さに、その場に居合わせ二人人とも何も言えずにただ立ちつくす。
「……これで、少しは楽になったでしょうか……もう大丈夫ですよ」
真っ白な顔をして、全然大丈夫じゃない顔をしているのに、いつもと変わらない調子でザードがそう切りだす。
「大丈夫って……ザードちゃん!どの顔色のどこが大丈夫なの?!」
「先輩……ボクが大丈夫って言ったら大丈夫なんですよ。信じてください。
ただ……早く治療院に行った方がいいかなとは思うんですけどね……」
そんな先輩&後輩のやり取りを聞いて、メリープがはじけたように叫ぶ。
「そうですよぉ、今すぐ治療院に行かなきゃ!」
「確かに、いつまでもメリープちゃんのお部屋にいたって、メリープちゃんにもザードちゃんの身体にも悪いけど……ザードちゃんすぐに動いて本当に平気なの?」
蒼白な顔をしてザードはこっくりと頷く。
「……ザードさん、お家から治療院まで通うのが辛かったら、ここから通ってもいいよって、ぱぱりんが言ってたんですけどぉ……どうしますかぁ?」
メリープの提案に答えたのはミュレーン。
「そこまでご厄介になるわけには行かないでしょう?それに、あの治療院なら、私の家からも、ザードちゃんの家からも行ける場所だから、メリープちゃんはそんなに気を使わなくていいのよ。」
「でもぉ……」
「いいんだよ。ボクの家からでもあそこなら十分通える。君のお父さんにもお世話になったって、言っておいてくれないかな。」
ザードは、まだ痛む腹部を押さえながら、かなりふらつく足どりで、ミュレーンの肩を借りて階段を降りていく。ミュレーンも、ザードの様子を気づかいながらゆっくり歩を進めていく。
「じゃあメリープちゃん、また酒場で会いましょうね〜」
二人の姿が見えなくなるまで、メリープは二人を心配そうに見送っていた。
「本当に大丈夫?」
ザードの腹部に痛みが走らないよう、傷が開いてこれ以上の血を失わないよう、極力ゆっくりと歩きながらミュレーンが問う。
「……正直言って、かなり痛いですよ。でも、レイシャルムとメリープさんの前では、そんな弱音は吐けないから……」
「そんなことだろうと思ったわ。本当に強がりなんだから……」
とぼやくミュレーンに、ザードは苦笑で応じた。
二人の人影は、あまり人通りのない道を選びつつ、ゆっくりと、しかし着実に治療院に向かって遠ざかっていった。
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