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No. 00038
DATE: 2001/03/29 00:51:37
NAME: メリープ
SUBJECT: おみまい
「ふぅ……退屈だなぁ」
ザードは治療院の天井を見上げながら一人呟いた。
外には今日も太陽がさんさんと輝やいている。近づいている春を思わせる柔らかい日差しは、金の絹糸のようにザードにからみつく。
「こんなにいい天気なのに……ボクは何でここにいなきゃいけないんだろうなぁ……もう、具合はすっかり良くなってるのに……」
ガラにもなく愚痴が出てしまうのは、やはりそれだけ退屈なのだろう。治療院での診察で、当分の安静を言い渡されてから5日目になる。
「いきなり身体を動かさなければ身体は痛くならないし、もう咳き込むこともムカムカすることもないのに……どうしてまだここにいなきゃいけないのかなぁ……」
大陽はようやく頂点から西の空へと移動しようとしている時間。もうそろそろ、面会時間になるだろう。
「今日は誰か来てくれるかなぁ?」
時間は少々さかのぼる。メリープは自分の家の一階店舗で、何やらごそごそと探し物をしていた。
「んーと……ザードさんに何を持っていけばいいかなぁ……?」
店の売り物を見舞いに持っていって良いのか、メリープ。
「イナゴの佃煮はクセがあるしぃ、何より見た目がイヤだよなぁ……サソリの干物は病人さんには良いんだけど、持ち出したらぱぱりんにばれそうだしぃ……」
と、呟きながら店の物を物色している。
「イモリの黒焼き……これは特殊薬品の材料。ヘビのひらきは高いしなぁ……。それならちゃんと美味しいものを持っていってあげようかな?」
病人に不味いものを食べさせようとしていたのか、メリープ。
……それはともかくとして。メリープは何か思い付いたように、店の別の一画に小走りに走っていく。そこには、目に色鮮やかな、干した果実の類が。
「んーっと、クコの実とぉ、マツの実とぉ、ヒマワリの種とカボチャの種とぉ……クルミとかもいいよねぇ☆……この辺なら数も多いからぱぱりんにもばれにくいし、他の食べ物と一緒に持ってっても平気だよね☆」
自分の考えに満足したように笑みを浮かべ、メリープは目的の品物を持って部屋へと駆け上がっていった。
更に時間はもう少し戻って。
「ザードちゃん……平気かしら。退屈なんてしてないかしら。ちゃんと食べてるのかしら……」
心配そうに呟くのはミュレーン。ザードが治療院に入院するようになってから、ずっとこんな感じである。
「そう言えば昨日もお見舞行ってないわよねぇ……一昨日は行ったけど……今日はそれほど忙しくもないし、あの子も退屈でしょうから、また行ってみようかしら?」
それほど忙しくない、とは言っても、目の前には調べ終わってない書物がちょっとした山を作っている。でも、このままここにいても、結局仕事は進まない。
「……行ってあげよう。」
そう決めるとミュレーンは、さっさと仕事を放棄して、ザードのいる治療院へと向かう準備をしはじめる。
「そうねぇ……見舞いに何を持っていってあげようかしら?ザードちゃんの喜びそうな物……」
きょろきょろと周りを見まわすミュレーンの目に、目を通し終えた書物の山が映る。
「そうね、これなら退屈しないかも知れないわね」
目に付いた書物を何冊か抱えて、ミュレーンは小走りに学院を出た。
大陽は中空よりやや西に傾き始めている。街道には市場がぞくぞくと建ち並び、これから来るかきいれ時を迎える準備に余念がない。
そんな活気ある街道を一本外れたら、表通りの喧騒は嘘のように静かな道。
治療院に続く閑静な通りで、二人は偶然出会った。
「……あれぇ?ミュレーンさんじゃないですかぁ☆」
「あらメリープちゃん。こんな所で何をしてるの?」
お互いの姿を認めると、二人はほぼ同時に同じようなことを相手に聞く。ミュレーンはメリープの抱える荷物をヒョイと覗き込むと、納得して微笑んだ。
「メリープちゃん、ザードちゃんのお見舞いに行くつもりなんでしょう?実は私もなの。良ければ一緒に行きましょうよ。」
二人並んで治療院への道を歩きはじめたところで、ミュレーンの抱える重そうな荷物を見て、メリープが口を開いた。
「ミュレーンさんはザードさんに何を持っていくつもりなんですかぁ?」
病人のお見舞いなんて初めてだから、とメリープは恥ずかしそうに切りだす。
「お店で、こういう物扱ってるから、ザードさんにちょうど良いかなぁって思って……ぱぱりんに内緒で持ち出しちゃったんですけどぉ。こういう物で、ザードさん喜んでくれるかなぁ……?」
「大丈夫よ。私なんて、治療院で療養してるザードちゃんに勉強しろって言うんだから。」
「勉強?……あ、中は書物なんですねぇ?」
「そう。先輩から後輩への、愛のこもったお見舞いよ。」
そう言ってミュレーンは笑う。メリープもつられて微笑んだ。
「あ、先輩?メリープさんも一緒に?来てくれたんですね?」
いつも通りのんびりした雰囲気に、今は退屈もにじませて、ザードは二人を迎えた。
「あ、これ……一応、お見舞いなんですけどぉ……もし良かったら食べてくださいですぅ」
メリープはそう言って荷物をザードに渡した。
「……いいの?これ、全部合わせると相当お金かかる物だと思うんだけど。」
「いいんですよぉ。どうせお店の物ですからぁ☆」
明るく言いきるメリープに、ザードはふぅ、と溜息を一つついてミュレーンを見る。ミュレーンは苦笑で応じた。
「退屈なのは分かるけど、そうあからさまに主張しないでも良いじゃない……ほら、いいもの持ってきてみたんだけど、読む?」
そう言ってミュレーンは、抱えてきた荷物を下ろした。退屈を紛らわす物が入っている、と、ザードは荷物の中を覗き込む。
「……いいんですか?こんな物持ち出して?」
「いいのよ。ザードちゃんの勉強にもなることだし。」
その一言でミュレーンはザードの意見を一蹴した。なおもザードはぶつぶつと何事か呟き続ける。
「そうか……早いうちにそうすれば良かったのか……やっぱりそうすべきだな……」
メリープがザードの呟きを耳にし、怪訝そうな顔をする。ザードはメリープににっこりと笑いかけた。
そしてその夜。
闇に乗じて治療院を脱走した患者がいるとかいないとか……。
街には噂が飛び交い、真相は当事者しか知り得ない。
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