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No. 00040
DATE: 2001/04/03 03:13:00
NAME: ヴェイラ
SUBJECT: うつろいゆくものたちへ・1〜炎の記憶〜
PL注:この話は、EP「雪の記憶」の後の出来事です。少々古いですが、読んでくださればうれしいなっと(笑)
けっこうグロテスク…つーか、そういう描写があるかも知れないから、苦手な人は読まないほうがいいかもしれません。
ボクの名前はヴェイラ。エレミアのスラムに近い孤児院に住んでる。今年でもう13歳になる。…で、今ボクがなにをしてるかって言うと。
「神父様、通りでこの人が倒れてたんだけど……」
「む…熱があるようですね、わたしの寝室に運んでください」
そう。散歩の途中で行き倒れてた人を見つけて、一緒にいた子供達と孤児院まで運んでたんだ。で、今喋ってたこの人が、通称「神父様」。マーノルって名前があるんだけど、孤児院の子供達はみんな、拾われた感謝の意味をこめて「神父様」って呼んでる。
「マリン、濡れた布を用意しなさい。ヴェイラも、お湯をわかしたりしてください」
今出た、マリンって名前は、神父様の一人娘。今年で17になるし、どこか、いいところに嫁に行って欲しいみたいだけど、この孤児院が気に入っているらしくて、一向にその気配もない。神父様も頭が痛いことだと思う。
まぁ、ボクも引き取ってくれる所はあるけど、それを断ってここにいるから人のことはいえないんだけど。
しばらく看病していたら、行き倒れていた男の人が目を覚ました。大体、三十代の後半くらいで、顔は…それほど良くもない。顔の真ん中に十文字の傷跡がある。多分、この傷がなければ、普通程度の顔に見えたんだと思う。でも、この傷のせいで、その人の容貌をかなり不気味なものにしていた。
「神父様〜、この人、目を覚ましたよ〜」
ボクのその声で、上の階にいた神父様がとんとん、と階段を降りてくる。
「あ、目を覚ましましたか。 気分はどうですか?」
にこやかな顔で、男の人に聞く。男の人は、自分がどうしたのかわからないようにあたりを見回す。ボクの時もそうだった。スラムに近いここでは、みぐるみはがされることはあっても、わざわざ、行き倒れを拾うなんて、ほとんど考えられないことだから。
「ここは…どこでしょう?」
しばらく考え込んだ後、顔に合わない(失礼)丁寧な言葉づかいで神父様に尋ねる。
「ここは、孤児院ですよ。あなたはここの近所で倒れていらしたのです。覚えていないのですか?」
「あぁ、なるほど。そういうことでしたか…」
「しばらく、ここで休まれてはどうでしょう? あなたはかなり消耗しています。多分、あなたが思っているよりも、はるかにね」
「そうですか…それでは、しばらくここにおいてもらってもよいでしょうか?」
「えぇ。ゆっくりとお休みになってください。…さ、わたし達は出ていきますよ。ヴェイラ、マリン」
その一言で、マリンもボクも神父様の後について部屋から出る。
……だから、気がつかなかったんだ。「そいつ」が浮かべてた笑いに。
男がこの孤児院に拾われてからしばらく経った。衰弱していた身体も回復し、好きなように身体も動く。お礼と言って、子供の世話もして、端から見れば十分なほど恩返しをした、と思うだろう。
…しかし、男はまだここから出る気はなかった。夜中、不気味な笑いを浮かべながら、一人事をつぶやく。
「くくく……『いいところ』…だな、本当に……ここを『壊したら』……さぞ、面白かろう…くっくっく……」
男の背中には、満月が輝いていた。…男の狂気を象徴するように。
ぽろぽ、ろぽ、ろろん♪
室内に、ちょっとたどたどしいハープの音が響く。
「うーん…この曲、難しいよ〜…」
ことり、とハープを置いて仰向けに倒れる。
「ほらほら。休まないの。そーしないと、あたしみたいになんでも演奏できるようになれないよ?」
ボクを上から覗き込みながら、ちょっと歳のとった(って言っても、まだ30代なんだけど)女の人が言う。この人は、カティって名前の冒険者。元々、神父様の冒険者仲間だったんだけど、結婚するから、っていう理由で冒険者を辞めたらしい。この人の旦那さんも冒険者なんだけど、今はいない。どこかに、稼ぎに行っているらしい。
冒険者を辞めても、神父様と交流があって、一ヶ月に一度くらい、孤児院に来ていろいろ歌ってくれてる。ボクは、歌が好きだったから、こーしてよくハープや笛なんかを習いに来ている。
「だって〜、もう2時間も弾きっぱなしなんだも〜ん」
と、駄々をこねてみても、
「だーめ。詩人で生活していきたいなら、せめて2時間くらいは弾きっぱなしでも平気な顔してなきゃね」
と、切り替えされてしまう。
「まぁ、今日のところはここまででもいいわよ。…でも、次はもっと続けられるように……あら?」
「どーしたの?」
言葉を途切れさせて窓の外を見ているカティにつられて、ボクも外を見る。けっこう、遠くの方に煙が見える。火事かな? と思う前に、いやな予感がした。それも、自分の人生の中でもとびきりの。
「…方角は孤児院のあるほうね…まさかとは思うけど…ヴェイラちゃん、戻っ……」
カティがみなまで言うよりも早く。ボクは孤児院に向かって駆け出していた。悪い予感があたっていないことを祈りながら。
カティの家から孤児院までは走れば五分とかからない。走っているその間にもいやな予感はどうしてもぬぐえない。
…そして、ボクのその予感は当たってしまった。
孤児院にたどり着いたボクが見たものは、炎に包まれかけている孤児院と野次馬。消化するために、周りの建物を壊そうとしている人たちもいる。
孤児院の人たちはどうしたのか、と近くの人に聞いてみる。
「まだ、誰も出てきてないんだよ。さっき、ここの主みたいな人が水かぶって中に入っていったけどな。…まだ、出てこないんだ」
この時間なら、ちょうど午後のお祈りの時間だったはず。マリンも今日はどこにも行かないって言ってたし。まだ、誰も出てこないというのはどういうことだろう?
「お願い!通して!」
とりあえず、考えるのは後にして、ちょっとした人だかりをかき分けながら、孤児院に入っていく。
野次馬のざわめきを無視して、ばたん、と玄関のドアを開けると、熱風が吹き出てくる。その煙と風に一瞬ひるんだけど、意を決して、孤児院の中に飛び込む。
孤児院の中は、大まかな所以外はたいてい木造で作ってある。だから、燃え移るのはそれなりに早いけど、まだまだ燃え崩れるまでは時間があるはず。
そう思って、熱さに耐えながら、少し奥まったところにある、子供たちの寝室の一つを覗き込む。
中にはなにも見えなかったけど、奥に隠れてるかも知れない、と思って部屋の中に入る。入った瞬間、なにかにつまずき、バランスを崩したところにぬるり、とした液体を感じてそのまま転ぶ。
「けほっ…けほっ……い……いたたたた…もぉ、なにが転がっ……て…………?」
つまずいたものを見て、自分の表情が凍りついた。それがなにか、ということを知覚する前に、いきなりボクは吐きだしていた。何度も、吐いて、吐いて、吐き出して、吐くものがなにもなくなって、ようやく弱々しい悲鳴がボクの口をついて出る。
そう。そこに転がっていたのは、子供の死体。昼前まで、一緒に遊び、過ごしていた子供。よく床を見れば、あちこちに、この子供「だった」破片が転がっている。腕、足。長いもの。短いもの。そして…丸い頭。
なるべく、『それら』を見ないように、視線を上に向ける。…それも、失敗だった。
また、ボクの口から「ひぃっ!?」と、弱い悲鳴がもれた。
もう一人いたのだ。…いや、もう「一人」という数え方も間違っているかもしれない。壁に突き刺され、炎によって顔は半ば焼けただれていて、もとは誰なのかの区別もほとんどつかない。
「…ぁ……ぁ……」
腰が抜けてしまったのか、どれだけがんばっても立つことが出来ない。死体から目もそらせず、そのままの体勢でずりずりと部屋から出る。
熱くない、と言えば嘘にはなるが、正直、炎などたいして気にならなかった。いや、気にする余裕もなかった、という言い方がただしいだろう。
「…きっと……まだ、生きてる子供がいる……きっと…」
ぶつぶつと、つぶやきながら身体と心を奮い立たせる。
そうして、部屋をはしから回っていくことにする。
それから先、ヴェイラの見る光景はまさに地獄そのものだった。ある部屋では、なます切りにされていた子供が転がっていた。そして別の部屋では、部屋中に内臓をぶちまけられた子供。ある部屋など、死んだ子供の血を使って、奇妙な絵すら書かれていた。
「…狂ってる……なんで…こんな………もうやだ……もうやだ……」
ぶつぶつと、彼女自身、なにを言っているのかわからないような言葉を延々と繰り返す。
まだ幼く、絶望的な精神的ショックにもなれていない彼女の心は、限界に達しようとしていた。
周りで燃えている炎も見えていないかのようにふらり、ふらりと夢遊病かなにかのように、奥の部屋、そして上の階へと上がっていく。
階段を上がりきると、そのまま二階の部屋の一つを覗き込む。マリンが使っていた部屋だ。
もしかしたら…もしかしたら。
その思いのみを頼りに、部屋の中を見回す。
部屋の中は、半分くらいまで燃えてしまっていて、元々はかわいらしい部屋だったのだが、今は見る影もなくなっている。そして、部屋の中央にある炎に包まれかけたベッドの中。そこにマリンはいた。
着ている服は、いつものものと少し違う、お気に入りの服を着ている。薄く化粧もしていた。ただ一つ、違うのは、首があらぬ方向に曲がっている、ということだけ。
いままで見てきた死体は、どこか現実ばなれしていたこともあり、ヴェイラはまだ、心のどこかでこれが夢なのではないか、と思っていた。しかし、このマリンの死体は、ヴェイラに現実を直視させた。
…そして、それはヴェイラの心を壊してしまうのには十分過ぎるほどだった。
マリンの死体を見つめていたヴェイラは、ふらり、と後ろによろめき、炎で熱を帯びた壁にぶつかる。
じゅぅっ、と背中が焼けるが、今のヴェイラには熱い、と感じる感覚すらなかった。ただ、徐々に炎に焼かれていくマリンを虚ろな瞳で眺めているだけだった。
顔に十字傷の男は、死体を一つ乗り越えた。
ここの主だった、マーファの神官のものだ。なかなかの使い手だったようではあるが、頭に血がのぼっている状態では、勝てるわけもない。そろそろ、火の周りも早くなってきている。このままだと男も焼け死んでしまうだろう。
外には野次馬がたくさんいる。さすがに、返り血でびしょびしょの状態で、その中を堂々と通っていくわけにはいかない、と思ったのか、男は裏口の方に向かった。
男は、裏口に向かう途中でまだ生きている少女を発見した。男は、無言で持っていた剣を振りかざすが、少女は全く反応を示さない。不思議に思った男は、糸が切れた人形のようになっている、少女のあごに手をかけ、上を向かせる。男は納得した。虚ろな目、剣をつきつけられても、あごを持ち上げられても全く反応しない、ということ。それだけで、少女がどうなっているのかは、男には見当がついた。つまり、少女は壊れているのだ。
男は、なにか思いついたのか、にやぁっ、と笑うと、少女のあごを持ち上げたまま、語りかける。
「くくく…聞こえているかい? ここを、壊したのは俺さ……憎いだろう? 殺したいだろう? 殺しに来るがいい…復讐ほど、自分の心に忠実なものはない…くっくっく……」
男の言葉に、少女がわずかに身じろぎする。どうやら、完全に壊れきっているわけではないようだ。
男は、そのまま少女の腕をとると、少女を引きずるようにして、正面玄関へと向かう。そして、燃え上がり、崩れ落ちかけている玄関を通すように、少女を放り投げる。少女が外に出たことを確かめて、改めて裏口に向かう。ざわめきが起こる玄関の周りを尻目に、男は裏口から音もなく出ていった……
翌日。
「と、いうことは、放火の疑いが強い、ということだな?」
衛視の詰め所の一室。衛視の偉い人に、部下が報告をしている。
「はい。焼け跡からは、死体が多数。バラバラの者も多かったことから、死体になった後、放火された、ということでまず間違いないと思います」
「……一人、生き残った子供がいたそうだが、その子供からは話を聞けんのか?」
「おそらく、無理でしょう。心理的ショックのせいで、ほとんど、なにしても反応しませんし、喋ることもできなくなっているそうですから…」
「ほとんど? なら、なにかには反応するのか?」
「えぇ、炎にだけは、拒否反応のようなものが出るそうです」
「……つまり、この件に関しては、証人による手がかりはほとんどえられない、というわけか……」
衛視長は、深いためいきをついて、いすに座りなおした。
こうなったら、しらみつぶしに調べていくしかないか、と思いながら。
「ヴェイラちゃん、わたしのこと、わかる?」
カティが、心配そうに、ベッドに寝かされたヴェイラの顔を覗き込む。しかし、なんの反応もない。
周りには、スラムの友達も何人かいたが、誰にも、なにを言われてもヴェイラは全く反応を示さなかった。
「この症例は、珍しいのですが…おそらく、心理的なショックによって心を閉ざしてしまったのでしょう……気長に回復を待つ以外ありませんな」
カティは、医者のその言葉に従って、ヴェイラをひきとることになった。
……その後、ヴェイラが壊れた心をもう一度組み立てなおすまで、2年の歳月がかかった。
一年で、いろいろな物に反応するようになった。まだ、口は利けるようにならなかったが。そして、もう一年で口も利けるようになった。
この、回復の早さには、医者も舌を巻いた。カティの看病がよかったこともあるだろうが、なにより、少女の心が予想外に強かったらしい。
口が利けるようになった、と聞いて、衛視が何人かヴェイラの元を訪れ、事件のことを聞いた。しかし、衛視になにを聞かれても、ヴェイラは誰にも、なにも言わなかった。
事件のことを思い出したくなかったから……ではなく、マーノル達の仇を自分の手で討つために。
衛視が去った暗い部屋で、ヴェイラは記憶の中に焼きつく、十字傷の男の言葉を思い出し、一人、つぶやいた。
「あの男……絶対『あたし』が殺してやる……!」
そして、少女は盗賊ギルドに入り、しばらく後に、唯一、完全に自分の心を開ける者に出会うことになる。
新王国暦、505年、早春の出来事だった。
「ヴェイラさぁん? どうしたんですかぁ?」
その声で、ヴェイラはぱちり、と目を覚ました。
「えっと…ボク…あれ?
…あ、夢だったのか……久しぶりだな、あの時の夢は…」
部屋の外から聞こえる、旅の連れの声。エレミアについて、宿をとって休んでいたのだ。
「エレミアに着いたから…かな? こんな夢見るなんて……」
すぐに、てきぱきと着替え、外にいる旅の連れに返事をする。
「ちょっと、用があるから、ここでご飯食べててね」
「はぁい、わかりましたぁ」
宿から外に出て、大通りを進む。孤児院の焼け跡はどうなっているのか、を久しぶりに見たい、と思ったからだ。以前は、あまり言い気分がするところでもないので、空き地になっていたが。
夕暮れの人ごみを掻き分けながら、孤児院のあったほうに進む。
「ひゃ〜、相変わらず、すごい…ひ……と……?」
大通りの道の端を歩いている人物を見たとたん、頭の中に『炎の記憶』が一瞬でよみがえる。
…そう、そこにいたのは、間違えようもない、孤児院を壊した、あの男だった。
「通してっ!…そこ、通してぇっ!!」
しかし、人ごみの中では、人をかきわけるのも至難の業だ。ヴェイラがもたついている間に、男は人ごみの中へと消える。
ヴェイラは、男を見失ってしまうと、呆然としながら、大通りに立っていた。
「あの男……まだ、ここにいたんだ……」
つぶやく、暗く、低い口調とは裏腹に、ヴェイラの口元は、凄惨な笑みをたたえていた……
〜to be contenued〜
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