 |
No. 00043
DATE: 2001/04/03 07:59:47
NAME: バリオネス
SUBJECT: 走馬燈のように
新王国歴512年 冬
私は今、死刑執行を待っている。
「罪人シャウエル、何か言い残すことはないか?」
執行人が聞いてきた。
「見せもんじゃねぇんだ、あっち行きな。」(笑)
集まっていた民衆に対し笑いながら怒鳴り散らす。
これが公開処刑と言うことは知っていたが、この方が私らしいだろ。最後ぐらい笑顔で行かせてくれよ。
処刑の合図。鋭い刃が私の首めがけて降ろされる。
走馬燈。今までの記憶が・・・忘れていた事でさえ鮮明に・・・
私の本当の名は『バリオネス・クルード』
新王国歴510年 春
「バリオネス、起きてバリオネス!」
聞いたことのある声。それにぼ〜としていたら頭の下の物がなくなり、かわりに首に何かがばしばしと当たる。
「枕でバンバンたたくな〜!!!」
私を起こしに来たマーファの神官から、枕を取り上げて布団の中に隠す。
まったく。枕で首をたたかれる感覚は『斧を使ったけど一回では切れませんでした〜』って感じがするじゃないか。
腰まで伸びた金髪がサラサラと動き、空と同じ色をした瞳がじっとこちらを見つめる。
世間では『行き遅れ』と言われるぐらいの年齢だけど、シャウエルがその気になれば、何十人もの男がこの笑顔に魅了されるであろう。
かく言う私もその一人である。だがそれを隠すために寝起きが悪いふりをし、ごまかす。
「あのいい加減な地図のおかげでこっちはくたくたなんだ、ゆっくり寝かせてくれたっていいじゃないか!」
『森、山、この辺』と日付だけ書かれた地図を残して、10日以内に来いと言うのだから並々ならぬ苦労が・・・いかん涙が・・・。
動揺していることを目の前にいる女性に悟られないよう、布団をかぶり寝たふりをした。
「ふ〜ん。バリオネスはそういう態度をとるんだ〜。おじいちゃんに報告しなきゃ。」
「生まれてごめんなさい。私が悪ぅございました、なにとぞ師匠にだけは言わないでくださいまし〜〜。」
私は『おじいちゃんに報告』と言う言葉が出た瞬間に起きあがり、両手を組んでじと目で見つめる彼女に謝る。
彼女の祖父は魔法使いで、私に魔法を教えてくれた師匠である。
おもしろい人なのだが女性に対する礼儀を話させると、ゆうに1週間は語り続けるという、気合いの入ったフェミニストである。
まだ入門したての頃、一度だけ彼女を泣かせたことがあるが、後偶然通りかかった師匠によって、2週間以上木につるされたあげくフェミニストとしての心得をみっちりとたたき込まれた。
それ以来、一度たりとも彼女を怒らせたり泣かせたりするようなことはしていない。いや、出来ないと言った方が正しい。
「うそようそ♪おじいちゃんには言わないわよ。安心して。」
そういいながら彼女は私を抱きしめる。母親が我が子を包み込むように優しく。
このまま時が止まればいいと何度思ったことか・・・だが、心とは裏腹に体は彼女を押しのけ邪険に扱う。
「それで、奴らの動きは?」
身支度を整え愛用の杖をつかむ。
「峠を越えたって連絡があって、みんな準備してる。」
私はシャウエルに現在の状況を説明してもらいながら、予備の発動体として直径3センチほどのコインをポケットにしまった。
アイナァハルトを・・・いや、ドロルゴの行方を追っていた私たちはその調査の課程で、奴が奴隷を買ったという情報を手に入れた。
その際、ボブという名の男が『売られてしまった弟を助けたいので手伝ってほしい。』とシャウエルに依頼。お人好しの彼女は訳を聞いた後これに応じる。
別件で師匠に会いに行った私の元に、シャウエルから手紙が届き彼女と合流する。
シャウエルの立てた作戦は、敵の意表をつくためにゴブリンに変装して襲撃するという物だった。
何の意味もないと思ったが、万が一間違いだった場合、妖魔のせいにする事が可能なためこの作戦を承認した。
かくして私とシャウエル、そしてボブとその仲間5人。計8人がこの場に集まった。リーダーはシャウエルなのだが戦闘における作戦指示は私、バリオネスが担当している。
「ねえ、今回もうまくいくかな・・・」
襲撃地点に向かう途中、彼女は不安げな表情でつぶやいた。
「大丈夫、うまくいく。もしダメだったら出直せばいい。」
「うん、バリオネスがそう言うなら大丈夫だよね。」
彼女は笑みを浮かべ私にそう言った。しかし、ドロルゴの組織は着実に巨大化しつつある。
今まで幾度もヤツの野望をうち砕いてきたが、私とシャウエルの二人だけでは限界がある。
かと言って組織を作るには金銭的に無理がある。いっそ手段を選ばず、野盗のまねごとをして稼ぐという手もあるが、彼女がそれを許さないであろう。
空は夜の闇を迎えるべく赤く染まっていた。こんな時でなければ、夕日をバックにたそがれるしおらしい彼女を見ることが出来ただろう。
しかし、私たちはこれから人を殺しに行く。甘い感情はここで捨てなくてはいけない。
「覚悟はいいか。」
襲撃地点につくと全員にとう。まるで自分に言い聞かせるように。
全員の口元に笑みがこぼれ、覚悟できていないのが自分だけであると思い知らされた。
いつもなら真っ先に覚悟を決めるのに、今回はやけに時間がかかっている。
不安という物は時の流れと共に薄らいで行くが、短時間だと大きく膨らむ。
『あれこれ考えていても暗く落ち込むだけだ。』
そう自分に言い聞かせ、無理矢理覚悟を決めた。
ドロルゴの野望をうち砕くために・・・
薄暗くなり始めた森に馬のひづめの音がパカパカと鳴り響く。
私たちは道ばたの茂みに隠れじっと息を潜める。
一歩また一歩とひづめの音が近づいてくる。不安は未だ拭い切れていない。
『何か、なにか忘れているとでも言うのか?』
もう一度今の状況を確認し直すが、なにが悪いのかわからぬ。
『迷うならやめよう』そう思った瞬間、ボブとその仲間が走り出した。
馬に引かれた檻に何人か入れられている。
その中でもひときわ目立つ半妖精は猿ぐつわをされ、後ろ手に縛られている。
敵の見張りは3人、ボブの仲間にあっさりと切り捨てられ永久の眠りについた。
「セバスト大丈夫か。」
ボブは檻を壊し半妖精の縄をほどこうとする。
しかし、これだけ似ていない兄弟というのもいるものだ。種族の違いがあるにしてもこの違いは問題だろう。
その瞬間不安の原因がはっきりわかった。
「ボブ、罠だ!」
「お兄ちゃん逃げて!」
猿ぐつわがはずれると、セバストと私がほぼ同時に叫んだ。
別々に言えば迷うことも無かったが、二人同時に叫んだことで言葉がかぶり、ボブは直ぐに動けなかった。
その隙をついたのは檻の中にいた奴隷達だった。
隠し持っていた短剣が、ボブの胸を後ろから貫いた。ほぼ即死であろう。
いまのうちに逃げ出すべきと思い、シャウエルの手を取ろうとしたが私の手は空を切った。
「バカ!もう手遅れだ。」
茂みから飛び出したシャウエルを捕まえて、無理矢理連れ戻す。
「わかってる、でも弟の方だけでも助けなきゃ!」
「無理だ、この状況で助けようとすれば我々がやられる。いまは逃げるんだ。」
今度こそしっかりと手をつないで走る。
愛のとぉ〜ひこぉ〜♪なんて考えてる暇はない!
ボブ達を倒した敵・・・奴隷達は、直ぐに我々を追いかけてきた。
退路と戦場の確保、そして敵に自分たちが有利であるかのように思わせる。
逃げる事によって敵を油断させ、有利な戦場へと誘い出す。これが私の戦術。
谷底に川が流れる崖につき、あらかじめ仕掛けていた油樽と敵の位置を確認する。
「よし。」
シャウエルを2.3歩下がらせると、古代語を使いつつ身振り手振りを繰り返し・・・そして油樽に目標を定め。
大音響と共に火柱があがり、森が赤く染まり出す。
あとは魔法でふぉ〜りんぐ、らぶ♪
と思い振り返ったら、シャウエルのお腹に矢が刺さっていた。
「・・・・」
「・・・・・・・・っちょ。シャウエル!!!」
無表情で崖に吸い込まれるように、倒れ落ちていくシャウエル。
その彼女に慌てて手を差し伸べるが、今一歩・・・いや、間に合わなかった。
が、彼女を助ける手はある。
慌てて私も崖に飛び込む。
そして古代語を紡ぎ始めた時だった。
白くて途方もない痛みが私を襲った。
それが魔法の雷だとわかった直後、私は気を失った。
次に気がついた時。
そしてかなり時間がたったが、今。
あの時、眠りについてしまった私の記憶がやっと起きた。
うららかな春の日差しを受け、安らかなる眠りについていたバリオネスは、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「嫌な夢を見た・・・ジェローム、今は何年の何月か?」
「はい、513年の4の月にございます。それがいかがしました?」
かたわらに控える片眼鏡の男に受けかえされるが、なんでもないと言葉を濁す。
頬をつたうは、忘れし思い。
春の日差しか、あくびの後か。
夢と記憶は、心を揺さぶり、
枯れたはずだが、目尻を濡らす。
過去は変わらず、変わるは己。
あの日の記憶は夢、幻か。
 |