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No. 00049
DATE: 2001/04/14 17:44:42
NAME: ザード&メリープ
SUBJECT: 通り魔事件・その後
夜の河原。
月明かり。
楽しいはずだった、夜のお喋り。
黒い影。
月明かりをうつす白刃。
悲鳴。そして、迸る鮮血。
一瞬見えた、黒い世界。
彼岸と此岸を分ける、暗く深い淵。
引き込まれたくないけど、吸い込まれてゆく……
「……うなされてるな……」
時刻は明け方に近い。ザードは、傷つけられた足を引きずるように、隣で寝ているメリープを覗く。
「……この所、うなされてる事が多いな……呼吸はあれから楽にはならないし、熱は下がらないし……」
夜中、河原で襲われ瀕死の重傷を負ったメリープは、眠っているときにうなされることが多かった。と言っても、まだまだ体力が回復しきってないので、ほとんど寝ている。あれから、一度も目を開いたところを見てないのだから。
「夜になるとうなされる……仕方がないか……あんなことがあったんだから……」
苦しそうな表情で、メリープの手が宙に伸ばされる。ザードは思わずメリープの手を握りしめた。
「……そんなに苦しそうな顔をしないで……僕まで、辛くなっちゃうじゃないか……」
うなされるメリープにそう囁く。事実、メリープの辛そうな顔を見ていると、足の傷がズキズキと疼く気がするのだ。傷は完全に治っているのに。
「僕が触れられるのは君だけ……いつか、僕の接触恐怖症を克復するための鍵になる君に、今、いなくなられたら困るんだよ……」
メリープの表情が変化した。きつく眉根を寄せて、咳き込む。ザードは慌ててメリープの顔を横に向けた。まだ抜けきってない肺の中の血が、また肺の中に戻っては、いつまでも症状は良くならないのだから。
ごほん、ごほんと大きい咳が出て、メリープの口から赤い物が流れ出てきた。
「……カディオスを疑うつもりじゃないけど……本当に、治ってるのか……疑いたくなるような血の量だな……メリープ―――」
そばにあるハンカチで、メリープの唇に付いた血を拭ってやる。ザードは、縋るような気持ちで祈った。
(全ての神々よ……こんな時だけ頼るのは間違いだけど……どうかメリープを助けてください……)
息が苦しい。
呼吸さえ、痛みと引き換えだ。
一瞬だけ覗いてしまった死の世界。吸い込まれるのは絶対にイヤだ。
誰か……誰でも良いから。助けて……
救いを求めて手を伸ばす。闇の中で、誰かがその手を握ってくれた。
これで大丈夫……今は、安心できる。
安心したら少し呼吸が楽になった気がして、目を開く。
目を開けたら、そこにはフードを被った人がいた。
……この人……もしかして私を襲った人!?
私が生き延びたことを知って、とどめを刺しに来たの!?
再び襲い掛かる死の恐怖に、握っている手をギュッと握りしめる。手を握り返される感覚に、恐怖は薄れていった。
メリープがうっすらと目を開いたのが嬉しくて、ザードはメリープの顔を覗き込んだ。
反面、メリープの瞳には怯えの色が走る。逆光になっているため、メリープからザードの顔はよく見えないのだ。
「…………!!やめて……!」
恐怖の記憶が呼び覚まされる。背丈と言い、格好と言い、一瞬だけ見えた襲撃者そっくりだったから。
掠れた声でそう叫ばれ、ザードは一瞬面食らってしまう。
「?メリープ??」
「…………あ……ザード、さん??」
熱のせいでうるんでいる瞳をまたたかせて、メリープはフードの奧を見つめる。見つめ返す緑の瞳には、心配そうな光。
「良かった……もう、目を覚まさないんじゃないかって思った……」
そのまま、メリープの傷に響かないように気をつけて、ザードはメリープを抱き起こした。思っていたよりも、軽く身体が起き上がる。
(細い身体だな)
ふと、そう思う。こんな子に、武骨な刃を突き立てていった通り魔に、ザードは今さらながら、激しい怒りを覚えていた。
あの時の傷を見れば、彼女は死神にさらわれていたはずだから。
みんなの行動と、チャ・ザの守りもあってか、メリープはこうして自分を見つめてくれている。
あの時、逃げないで本当に良かった。
無意識のうちに、メリープを抱きしめる腕に力がこもる。
「……ザードさん??」
ザードはフードを払って、メリープのうるんだ瞳を見つめる。
「……大丈夫だから……ね?僕は、もう逃げないから……もう、君を傷つけさせたりはしないから。何があっても、僕が君を守るから……」
メリープの目を見つめてそう囁く。熱を持っているメリープの身体より、自分の体が熱くなってくる。
メリープはよく分かってない顔で、コクリと頷いた。
ザードは再び、メリープの細い身体を抱きしめる。
ふと気づくと、メリープは再び寝息を立てていた。熱っぽい息がザードの首筋をくすぐる。ザードは苦笑して、眠るメリープの頬に唇を寄せ、静かに横にした。
回診の時間。
メリープは更に高い熱を出して苦しんでいた。
体内のサラマンダーの力が異常に高くなっているせいだ。それに、生命の精霊の力と、ウンディーネの力が極端に弱くなっているのも、サラマンダーの力を増強させるのだろう。
ザードにできるのは、メリープの額を冷やす手拭いをせわしなく替えることくらいだった。まだ、動くと少し違和感を覚える足を極力引きずらない注意しながら、再び手桶の水を汲みに行く。
メリープを起こさぬように足音を忍ばせて、ザードは手桶を持って部屋を出ようとする。
その時、開けようとしていたドアがカチャリ、と開いた。姿を見せたのは、まっ白くなった口髭と頭が印象的な、優しげな瞳の紳士。
「……おや、君は……ザード君、だったか?どうだね、腹の具合は?」
「あなたは……メリープさんの……」
入ってきたのは、メリープの父親シェルダー・ハイデマン。手には色とりどりの果物が入った篭を持っている。中には季節外れの物や、ザードが見たこともない果物まである。
「ああ、メリープが好きな物を思い出しつつ篭に盛ってみたんだが……もし、メリープが食べたいと言ったなら、食べさせてやってはくれないか?」
「あ、はい。分かりました」
「食べ方くらいなら、メリープが教えてくれるだろう。君も、早く良くなってくれよ。……では、すまないが、これでも忙しい身なのでね、失礼するよ。
……君にこういう事を言うのは恥ずかしいのだが……メリープは私の唯一の家族なんだ。私がもっとそばにいられればいいのだが、それも仕事があるから叶わない。せめて、君がそばにいてくれれば、私も安心できるのだが……。」
そう言って、シェルダーは病室を出ていった。病室に残ったザードは、篭に盛られた果物を見つめた。真っ赤でつやつやのリンゴに、眠るメリープの顔が映る。
「早く、良くなって……ぱぱさんもあんなに心配してるんだし……ね?」
リンゴに映るメリープに、ザードはそっと呟いた。
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