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No. 00054
DATE: 2001/04/18 03:52:58
NAME: レイシャルム
SUBJECT: Mokrwie-Dyelo
それは久々の仕事だった。
今回に限っては自分から斡旋を頼んでいる。理由は多々あったが「手元に金を残しておこう」というのが一番大きかった。
人の命がかかっているという、その事自体が最大の理由だろう。
相変わらずお人好しなんだと思う。彼女から言わせれば「八方美人も甚だしい」と言われることだろう。
だが、元来の気性にまで文句を言われても治しようがないのが実情だ。
俺自体誰かが死ぬのを黙ってみているほど冷静でもないし、だからといって何もできないほど無力でもない。
ならば…自分の力をその誰かのために使いたい。長年俺が剣を振るってきた理由の最たるものだ。
理解してくれとは言わない。ただこれは俺の生き様なのだ。
だからこそ、自分の命を賭して戦いに身を投じる事に、自分が生きる事に意味を見出せる。
…剣士としての業なのかもしれない。
そうして自分の辿り着いた部屋は薄暗く、俺の視界を閉ざしていた。
時間は早朝。外は眩しいぐらいの日差しで目を開けているのが辛いことだろう。
いつも変わらぬこの部屋。その漆黒の暗闇で相手の顔も素性もわからないようにされている会談室。
「待たせたね」
「そうだな、少々遅い」
いくつの人間が発しているのかわからないような声。
まぁ相手を考えると、どんな声が来ようとも不思議ではない…か。
俺は壁によりかかって、どことなしに話しかける。
「急な話で悪かったと思ってる、感謝するよ」
その声にきちんと律儀に返してくるあたり、相手の几帳面度合いがわかるというものだ。
そして予想通りきちんと返答がある。彼らは基本的にそういう性質なのだ。
「普段は頼んでも仕事を断るくせに、こういうときだけは我等を利用すると言うことか」
笑っているのか、それとも怒っているのか…それすらもわからない。
「少々物入りでね、それもなるべく早く」
「そちらの事情は我等の関知するべき事ではないよ、わかっているだろう?」
「…知っちゃあいるがこっちもいろいろしがらみと事情があるんだって」
当然こういう会話だってほぼ無意味だ。相手はこちらに仕事の話をするためだけにこの部屋に足を運んでいる。
ヨタ話に時間を費やしている暇などない、というのは彼らの言葉だ。
「仕事の話に入ろう」
二言目にはこのセリフだ。
正直もう少し愛嬌があっても罰は当たらないと思うのだが。
淡々と続けられる仕事の会話。その間に感情などという薄っぺらいモノが入り込んでいく余地などない。
「古代の封じられた魔術を用いて実験を行っている者がいる。君の仕事はその者を…処理することだ」
仕事の内容、報酬の金額を確認した後、俺は早々に部屋を後にした。
山肌にこじんまりと小さくある岩肌のひび割れ。
ここがかの魔術師の住処なのだという。
急ぎの仕事だけに報酬の方はそこそこ多く、時間もかけられないと言うことで…さっさと来てしまった。
事実だいたいの場所がわかれば、多少道が厳しくてもこんなモノだろう。
帰りも地道に歩いて帰ることになるが、文句を言っても始まらない。
まずはこの中にいる魔術師を倒すことを考えなければ…。
魔術師を甘く見ると何をされるかわかったものではない。
敵の目の前で行動不能にされてしまえば、後は生きたサンドバッグか怪物の生き餌かそんなところだろう。
悪いがそんな人生はまっぴら御免だ。
とにもかくにも、俺には時間があまり与えられていない。
この仕事自体にも、街で起こっている様々な事件についてもだ。
さっさとカタをつけるべく、俺はその割れ目の中に身を投じた。
脇に差したダガーに「灯り」の共通語呪文をかけ、進んでいくことしばし。
深く続く細い洞窟内の道を進んでいくと、かちゃりかちゃりと何かが歩く音を耳にする。
見ると骸骨の形をした戦士が2体…なるほど、見張りというワケか。
その苔むした身体を見るとかなり古い物だと思われた。おそらくは住処にしているという古代遺跡の遺産だろう。
俗に竜牙兵と呼ばれる連中だ。剣の腕も並みの戦士以上に立ち、恐れを知らずに襲いかかってくるイヤな相手である。
幸い相手は俺にまだ気づいていない。有り難いことである。
どのみちこの先には行かなければならない、となると戦いは避けられないか。
覚悟を決めた後、腰の剣を抜いて2体の骸骨に向け駆け込むことにする…。
「ばっ、バカな…こうも簡単に…!?」
目の前にいるのは哀れな男だった。
すでに手の内は全てわかっている以上、ひっかかるほど自分はマヌケじゃない。
魔術師ギルドにいた頃のデータから推測できた事実…それは魔力による肉体強化の研究を行っていたという事。
となれば単純に妖魔やその類の生き物を飼っているぐらいが関の山だろう。
そして予測通り…適当な番犬やら、訳のわからない植物やらが襲いかかってきたが…今さらモノの数ではない。
「くそぉ! ここまで、ここまで来て諦めるかぁっ!!」
キ○ガイじみた叫声と共に、檻より放たれた俺に向けて異形の怪物が襲いかかってくる。
…この魔術師が付近の村々から連れさらった女性達のなれの果て。
遺跡に秘められていた魔法装置…それは人間の肉体強化を行う呪われた魔法器具だ。
蛮族の中でもひ弱な人間の肉体と精神を強化し、最強の怪物を作り出す悪魔の機械。
ヤツはそれを応用し異形の化け物を産み出した。それも精神を根底から破壊された獰猛な狂獣。
すでに人間としての意識もなく、あるのは野獣と化した本能だけ。
それらが…俺に向けて襲いかかる。
「…すまない、俺にはこうするしかないんだ」
俺には魔術の知識も、この怪物達を元に戻す術もない。
あるとすれば、できるだけ安らかな眠りを与えてやることだけだ。少しだけ薄く目を瞑り、祈るように剣を横に薙ぎ払う。
すれ違った後には悲しい魔獣が数体地面に転がっていた。すでに息はない。
「待っていろ…お前は俺が許さない」
立て続けに十数体の化け物…悲しい被害者達が襲い来る。
化け物の唸り声が悲しく木霊する…悲鳴に聞こえるのはおそらく俺のそら耳なのだろうが。
魔術師の未熟のため、肉体の強化はさほどでもない。竜牙兵の方が剣が効きづらい分厳しい相手だったように思える。
彼女らの逝き先に祈りを込めつつ、剣を振るう。
その剣が唸りを上げる度に数体の怪物を切り刻み、彼女らの命を奪い去った。
数分後…俺は血の海に立っていた。俺の他にはもう身動きする物体が存在しない。
俺とて決して無傷ではない。怪物となった女達の鈎爪は鋭く、気を抜けば致命的な一撃になっていただろう。
信じられないという表情で、俺を見る男。
高台から見下すようだったその視線は、すでに恐怖で満たされている。
服が返り血で赤く染まり、きっと俺の姿は魂を狩る死神にでも見えたことだろう。
「この…このぉぉぉぉっ!!」
ゆっくりと近づく俺に古代語での詠唱を始め、魔力を紡ぐ。
そして放たれるのは『光の矢』…それも一発ではない。空中に浮かんだ弾は全部で5つ。
それらが全て、俺の身体に向けて突き進んでくる。
「死ねぇ、死んでしまえぇっ!!」
着弾と同時に大きな土煙。そしてもうもうと立ち上る埃のカビ臭さ。
そんな中に狂いきった魔術師の高笑いが木霊する。
「報いだよ…僕の研究を邪魔した報いなんだよぉ…!」
「…は、笑わせてくれる」
視界の悪くなった遺跡の中、俺の声がその長々と続く高笑いを不意に打ち切る。
視界が開けたとき、ヤツの目には俺のその姿がしっかりと焼き付いたことだろう。
何せ全部の『光の矢』が当たったにも関わらず、その場所にしっかりと立っているヤツなんてそういないだろうから。
「ば、化け物か…!?」
「…うっせぇ、ほっとけ」
全身から血は飛沫いていたものの、どれも致命傷ではない…まだ十分に動ける。
こちらが動作と共に相手に向かって飛び込んだと同時に渾身の力を込めて、魔術の構成を始める。
その詠唱も気にせず近づく…あとはどちらが早いかの勝負である。
だが一瞬早く魔術が完成し、俺に向けて放たれる。
「偉大なるマナよ、破壊の炎となりて敵を焦がせぇぇぇっ!!」
最後の方の詠唱が甲高い絶叫となって響き、地獄の火炎が俺に向けられた。
目の前で爆音と閃光が弾け飛ぶ…!
「な………なんで生きてるんだよぉ!?」
「悪いが単純な話でね、俺はお前の計算よりしぶとかったんだよ」
剣が魔術師の薄い胸板を貫いていた。
口から吐き出されるのは呪いの言葉と鮮やかな色の鮮血…。
どちらにしても勝負はついている。この傷ではもう到底生き長らえることは不可能だ。
自分の身体から所々煙が吹いている。
当然魔術の直撃を受けたわけだが…俺をあの世に送るには少々火力不足だったのだ。
仲間内でもしぶとさには定評がある。まぁこれも年の功…というヤツだ。
となれば後はその中を突っ切って相手に一撃をくれるまで…ということになる。
「お前には…たぁんと苦しむ権利をくれてやる。それが彼女たちの痛みと知れ…!」
空いている左手で腰からダガーを抜き、もう一撃その身体に突き立てる。か細い悲鳴が聞こえるがあえて気にしない。
そして…両手の剣を一気に左右に押し開くように切り薙いだ。
「我が流派が殺人奥義・虎の爪痕…その身に味わって速やかにあの世に逝け」
「…げはぁっ!!」
激しい鮮血が迸り、既に真っ赤な床をさらに色鮮やかな真紅が染める。
剣を大きく振り、血脂を落としたあと鞘に収める。
「だ…イヤだ…死にたく…」
「いや、お前は死ぬんだ。今ここでな」
その一言を魔術師は耳にできたのだろうか。
次に倒れた男を見たとき、すでにもう息絶えていた。苦悶の表情が虚空を見つめている。
「…あばよ」
哀れな男に別れを告げ、俺はその場から振り返り入り口に向かう。
悲しいほどに赤いその部屋は、もう命の輝きを放つものはなかった…。
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