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No. 00058
DATE: 2001/04/24 00:36:17
NAME: カーナ
SUBJECT: 街中での熾烈なる戦い
その少女、カーナはぶらぶらと通りを歩いていた。
まだ日は高く、往来には一般人のざわめきで溢れている。そんな中なので、少女の格好も旅装束では無い。理由は簡単、さすがに春のうららかな日に真っ黒なマントは人目につき過ぎるのである。もちろん旅路の途中ではそんな事も言えないのだが・・・何せマント自体がひとつしか無いのだから、選択の余地は無いのだし。
だが今はこの街にそれなりに長くいる訳で、付近の住民に対して悪印象を持たれたくなかった。それに・・・
(そろそろあったかくなってきたし、あのマント着けてるとちょっと暑いんだよねぇ)
上は若草色のシャツに革製の上着を着ており、下はいつもの足首まで覆う軟らかいズボン。歩く度に後ろでまとめられたポニーテールが軽く跳ねる。腰につけているダガーとポーチがなければ、誰も彼女を冒険者だと思いもしないだろう。
それともうひとつ、棒状のもの・・・布に巻かれたそれはさほど長くはなく、片手でも充分に振れる程度のもののようだが・・・を、小脇に抱えていた。大切そうに。
ふと何かに気付いたかのように少女の足が止まった。見上げた先には、荘厳な雰囲気を持つ女性の絵が彫り込まれたレリーフがかかっている。まるで、これから展開される戦いを暗示するかのように。
「よっし・・・!」
一言小さく呟き、意を決したように目の前の扉を押し開けるカーナ。その目はまるで何も臆する事がないかのように煌めいていた。
「何これ?」
「ああ、ちょっとね。手に入れたのさ」
昨晩、きままに亭でのこと。いつもと同じように話を楽しんでいたカーナの所に頼みごとを持ちかけて来たのは、詩人レイシャルムだった。
テーブルに置かれているのは、一振りの小剣と指輪。どちらも目が覚めるほど素晴らしいと言ったものでは無いが、少なくとも一般的な剣や指輪ではないことくらいは窺い知ることができる程度には装飾が施されている。さらに少女には読むことはできなかったが、そこには上位古代語が彫りこまれている。
小剣のほうを手に取りまじまじと眺めているカーナに、レイシャルムは言った。
「そいつは魔法のかかった剣だ。指輪は『明かり』の魔法が共通語で使える」
「へっ?そんなもの何処で手に入れたのさ?」
意表をつかれたようにレイシャルムの顔を見るカーナであったが、返ってきた返事はおよそ疑問の回答となりうるものではなかった。
「ああ、まあ・・・現物支給ってやつかな」
しかし少女は、敢えてその事に触れるのはやめて小剣を置いた。語尾を濁す男の表情を見ればなんとなく想像はつくし、そういうことには大抵の場合触れないほうがよいのだ。・・・盗賊としての、冒険者としての知識として、カーナはそのことをよく知っていた。
「で、これをあたしにどうしろって?」
「ああ、任せるから売り払ってきてくれ。俺が売る訳には行かないんだよ、悪いが。
売った金はマリアの件の足しにしてくれ」
「ふーん・・・ま、いいけど。
そうだ、鑑定は終わってる?魔力がこもっているって言う証拠と、共通語魔法の『合言葉』。
これが無いとどうしようもないよ」
言いつつ剣を手に取る。見ただけでは、雰囲気だけしか分からない。彼女は鑑定士でも魔術師でも賢者でも無いため、感覚と言う曖昧なものさしでしか判断できないのだ。明確な判断基準が無ければ、売り手に良いように価格を下げられてしまう。
ただでさえ金が大量に必要な時なので、慎重にならざるをえない・・・とは言っても彼女、こと金の事に関してはいつでもかなり厳しいのだが。
「それは問題ない。
こっちが学院の鑑定証明書・・・で、合言葉もここに書いてある」
そう言って、レイシャルムは懐から一枚の羊皮紙を出した。
「ふむふむ、こっちは大丈夫みたいだね・・・ん?この合言葉・・・」
カーナの目線が羊皮紙の最後で止まる。その様子を見てレイシャルムは軽く肩をすくめると、苦笑いを浮かべた。
「まあ気にするなって。そう言うのは言いたいやつもいるんだろうよ」
羊皮紙の最後に書いてあった言葉は、『我に光を、もっと光を』。
「きっと、作った人は自己陶酔が好きな人だったんだろーね・・・」
「多分な・・・まったく」
「おっちゃん!久しぶりー!」
「おう、小娘じゃねぇか。どうしたぃ?」
扉をくぐるとぶっきらぼうに投げかけられる男の声。大して広くもない部屋の中には、所狭しと武器・防具の類いが並べられていた。
ここは『戦乙女の導き』と言う名の店。いわゆる冒険者のための店であり、取り扱っている内容も大剣から槍に斧、板金鎧に小盾、果ては大型合成弓まで、およそ一般人から見れば物騒なものばかりである。ちなみに店の名前は店主の奥さんが付けたと言っているが、実は店主本人が付けたのだという事は公然の秘密らしい。
雑然とした店の隙間を縫うように店主のもとへ近寄るカーナ。もちろん、笑みは絶やさない。
笑顔は大抵の場合プラスにこそなれマイナスにはなりにくい。だからこそ商人はまず笑みを浮かべるのである・・・彼女は商人ではないが。
そう、これは戦いなのだ。初めから物事を有利に進める必要がある。一瞬の気を抜く事も許されはしない。
「どーかな、調子は?」
ともすれば無邪気にも見えるあどけない笑みに、対称的に渋い顔を作る店主。
「どーかな、じゃねぇよ。お前みたいな客ばっかりだったら商売上がったりだ、まったく」
「え〜〜〜?なんでさ。今この街結構物騒だから、皆自衛のために剣とか盾とか買って行くんじゃ無いん?それにあたしだって、この前装備一式をここで新調したじゃん。かなりの買い物をしたと思うけど」
「ああ、確かに街は物騒だがな、それでもわざわざ剣を買い込んでいくような殊勝な奴は少ねぇよ。一般人には高い買いもんだしな。それに、おまえにはこないだ酷い目に・・・」
「あ、ひっどい。あたしが何かした?普通に買い物しただけじゃん」
「あんだけ値引きするのが普通の買い物だぁ!?てめぇ、人おちょくってんじゃねぇだろうな」
店主の応対からも分かるように、カーナがこの店を訪れたのはこれが初めてでは無い。一度目は街に辿り着いて次の日、二度目は情報収集に走り回っていた時に、ここを訪ねた。以来、幾度となく顔を出しているのだが、実はこの応対には訳があった。
前回ここで買い物をした際に、彼女はかなり値切ったのである。それもダガーに鎧、ポーチからマントに至るまで一式買って値切った額は126ガメル。
だからこそ、乗せられてしまった店主が『苦虫を噛み潰した』ような顔をしているのは仕方の無いことなのである。
「それはおっちゃんも納得した事でしょ。過去の事は言っても仕方ないって!
それより、今日は用事があってきたんだけど。これ・・・」
「言っておくが、今日は1ガメルたりとも負けねぇからな」
包みを開けようとしたカーナに、ぴしゃりと言い放つ店主。
その表情から前回の事をさすがにちょこっとだけ気の毒になったカーナであったが、そんなそぶりはちらりとも見せない。
何故か?決まっている。これは戦いなのだ、隙を見せた方が負ける。そして、彼女は負けられないのだ。
(まあ、警戒されるのは仕方ない。でも今日は買い物じゃ無いしね)
店主の言葉なんて何処吹く風と言った感じで包みを開ける。中から出てきたのは例の小剣と指輪・・・なのだが、若干先日より綺麗になっている。昨晩、寝る前に必死で布で磨いたカーナの努力の賜物である。
それだけ、彼女はお金に関しては厳しかった。ケチと言ってはいけない、あくまで金銭に対する考えが厳しいだけなのだ。
「これなんだけど、いくらで買い取ってくれる?」
まず剣だけを渡す。鑑定書はまだ上着の奥に入れたままで。
本来目利きの専門家でも商人でも無い彼女が相手を突き崩すには、それなりの策が必要となってくる。そしてそれは、何重にも張っておかないと効果を発揮しないものである。
店主は剣を手に取ると、まずは外側の装飾や握りの部分からじっくりと見て行く。その目線はまさに真剣そのもので、過去冒険者であった時の手腕がちらりと伺える。
その体躯からは想像もつかないほど繊細な手つきで剣を鞘から抜き放つと、店主はやっと口を開いた。
「ふむ・・・魔法のかかった品か?飛び抜けて価値の高いもんじゃあなさそうだな」
「へー、さすがだね」
「当たり前だ。これで何年食ってると思ってやがる」
その割りにはお人好しの感がある・・・もちろん言葉には出さないが、心の奥でカーナはそう思った。
「で、いくらぐらい?」
「そーだな・・・これだけなら・・・1000ってところか」
始まった。
戦いの火蓋は切って落とされた。
依然笑みを浮かべつつ、やんわりと抗議を入れるカーナ。
「あのさ、これ一応魔法の品だよね。いくら小剣とは言え、1000はないんじゃない?」
「何言ってやがる。文句があるなら他の店に行ったらどうだ?
うちがどれだけ高い値で買い取ってるか分かるだろうよ」
店主は自信ありげに言い放つ・・・もちろん真実ではない。だが、新米冒険者は経験というものが少ないため、この言葉を鵜呑みにして売ってしまうことが多い。それを助長するかのようにそびえる体躯、そして低音の大声も威圧感に一役買っている。
しかし、カーナはまったく臆することはなかった。ここに来たのは一度目ではないし、たとえ一度目であってもその程度の威圧に屈することはない。旅経験だけなら成年前からあるし、いつも一緒にいた父親の交渉の仕方をその目にしっかりと焼き付けている。むしろ、駆け出し・若いという弱点を逆に上手く利用すれば相手の意表をつくことだってできるのだから。
「それじゃあ、あそこにある剣は何かな?
同じくらいの大きさの剣で、4520って値がついてるけど」
さっと店内の一点に指を向け、切り込んで行く。先手必勝とは良く言ったものだ。むろんやり方を間違えれば手痛い反撃を受けるのだが。
ちなみに同じくらいの剣と言ったが、実は壁にかかった剣の方が大きいのである。若干遠い場所に置かれているので気付きにくいということもあるが、なにより瞬時に選ばれたので他のものに目を配る余裕がなかった店主はすでに策にはまっていた。
もちろん、店内の剣の位置は店に入った時点で一通り確認してある。そうでなければさすがにこれだけ物の多い店内で、刹那の間でひとつの剣を指し示すなんてことはできない。
初撃はどうやら命中したようで、渋い顔にちらりと動揺が走ったように思えた。しかし、ここで喜びを出してはいけない・・・気付かない振りをして、交渉を続けなければいけないのだ。
「あれは売り値だからな。買い値とは違うさ。
それにかかっている魔法の程度が・・・」
「はい、これ鑑定書。多分同じくらいだと思うけど。
それに大方、あの剣は2600くらいで買ったんじゃ無いかな」
隙を見つけたら一気に切り込む。力も立場も強く無い少女にとって、それは世渡りのための必須項目であった。いつ如何なる時でも。
「馬鹿言え!!ありゃあ2170で引き取ったんだ!
2600も出すかい、この小娘!」
「へえ、2170で買ったんだ。じゃあ、これもそれくらい出せるよね♪」
「ふ、ふざけるな馬鹿!そんなに出せる訳・・・」
「出せるよね☆」
必殺、カーナスマイル(仮)。彼女の持ちうる強力な武器のひとつである。多分。
ちなみに必殺とは言っても相手を殺す訳では無い。相手の理性を殺すのだ。効く相手に対しては絶大な威力を発揮するが、効かない相手にはまったくと言っていいほど効かない所が難点。
「・・・あのなぁ。お前、そんな値で引き取ってたら俺が飢え死にするってェの!
大体なぁ、魔法がかかってるからって小娘がこんなもん・・・」
「そうそう、指輪もあるんだけど、こっちはいくら?」
ペースを掴み、そして都合の悪いことは流す。
常套パターンその1である。ただし相手が冷静な思考の持ち主だとこの作戦は通用しない。
引きつった、しかしまだ辛うじて怒りには達していないと言った顔で、渋々指輪の鑑定を始める店主。
「・・・ふむ・・・こいつは・・・発動体では無いようだな・・・
魔法・・・いや、共通語魔法か?」
「ビンゴ!さすがおっちゃん、イイ目してるね〜」
「何度も言わせんな、俺はこの道・・・」
「で、こっちはいくら?」
流す。いくらでも流す。やり過ぎると相手に暴走されて台無しになるため、実は加減が難しいのだが。
「・・・こっちも、1000だな」
「え〜〜〜?だって、共通語の指輪って大抵3000前後で売ってるじゃん」
「あのなぁ、大抵うちは売り値の三割で買い取ってんだよ!妥当な線だろうが」
そろそろヤバい。しかし、まだいける。
そう感じたカーナは、一気に押し切ることにした。
「だけど剣とセットだよ?あ、じゃあ分かった。
剣と一緒で4000ってどう?」
「な、高・・・」
「だって剣は2600でしょ?指輪が1400。どうかな、きっちりした値だし」
もちろん、値が店主のと違うのはわざとである。
「馬鹿野郎!!剣に2600も出せるか!」
「あ、やっぱり?じゃあ2170でいいよ。はい、決定☆」
「なっ・・・」
「だってあの剣は2170で買ったんでしょ?それとも、あたしが女だから差別するの?」
ちょっとここでしおらしく見せるのがポイント。案の定、店主に動揺の色が濃くなる。
「何言ってんだ、俺の店は客を差別するなんざぁ滅多にねぇぞ!」
「じゃあ2170で買ってくれるでしょ?」
「だ、だから、それとこれとは・・・第一、あれを売ったのは得意先の親父だから・・・」
「やっぱり差別・・・。」
ぽつりと言うと、少し俯く。ここで涙を流すとかえって過剰演出となってしまう。ほのかに雰囲気を漂わせるだけで良いのだ。
(なんせ、このおっちゃんは単純なんだから)
カーナは心の中でちろっと舌を出す。もちろん口と態度には出さない。
「だぁああぁ!!わぁったよ!剣は2170で買ってやらァ!」
業を煮やした店主の怒鳴り声が、店内に響き渡る。事実上の敗北宣言である。
しかし、まだ終わりでは無い。ここで勝利に酔いしれる訳には行かないのだ。まだ、指輪が残っている。
「じゃあ、指輪は・・・?」
「そっちは1000だ!これ以上は・・・」
「・・・・酷い・・・他のは、1500は出してるくせに・・・」
もちろん、はったりである。
「出してねぇ!!精々高くて1240ってとこだ!」
「やっぱり、あたしが女だから?それとも、まだ駆け出しだから?」
「ぐあぁ、もううっとォしい面するんじゃねぇ小娘!!」
「え、それじゃ・・・?」
ちらっと上目遣いで見上げるように、店主と目をあわせる。情で攻める作戦の最終段階である。
これで詰み。そうカーナは確信した。
その時。
「あなた?」
静かな声。
店主のいるカウンターの奥から聞こえてくる。
落ち着いた女性の、声。
形勢を一気に逆転する、軍師の登場を予期させる声。
(まずい!!)
商談はまだ終わっていない。剣の方は2170という確認が取れているから、押し切れる自信はある。
しかし、指輪の方はまだ価格が出ていないのだ。後一言、そう、一言で良かったのに。
その一言はもはや出てこないだろう。青ざめた店主の顔と、彼の後ろに現れた綺麗な黒髪の女性。
流れは、止まってしまった。
軟らかい物腰の奥に冷静な判断力。笑みの影に断固たる意思。
前回、最後にマントを新調しようとした際にも現れ、値引き交渉がそれまでの物・・・鎧・ダーツ・新しいダガー・ベルト・ベルトポーチ・・・の時にかかった時間を全て合わせたものよりさらに倍かかって、結果は一割すら引くことが出来なかったと言う恐ろしい相手。
もちろん、それ以前の値引き結果を知った彼女の視線に冷や汗を流しつつ、隅っこで小さくなっている店主の姿があった事は言うまでも無い。
何せ、この店は軍師・・・奥さん・・・の方が、強いのだから。
「やぁ・・・」
「あら、こんにちは。今日も何か御買い物でしょうか?」
素晴らしい笑み。10人中9人はこの笑みを華に例えるだろう。
しかし、カーナは違った。
(笑って無いよ・・・)
笑みが、固い。形式だけとも言う。
先ほどの店主の叫びのせいだろう。またも甘い値で商談を成立させそうな夫に、釘を刺すために現れたのだ。釘の数は数十本ほど・・・いや、それ以上だろうか。
その笑みは、カーナに取っては氷の笑みだった・・・。
夕暮れの街。もう日は落ちようとしている。
そんな中、寂しげに歩く影ひとつ。
「結局、剣だけかぁ・・・・」
そう、指輪の値は1000より上には上げないと言われ、その後半刻以上粘ったにもかかわらず結果は変わらなかったのである。
この額で指輪を売るのは損だと考えたカーナは、剣だけを2170ガメルで売って出て来たのだ。そのため荷物は、大きめの革袋と指輪がひとつ。
「やっぱり、あれはまずかったかなぁ・・・。ま、いっか」
指輪は売れなかったが、剣は元々の予想よりも高値で売ることが出来たので結果的にはそれなりに得はしている。しかし、疲労はかなり溜まっていた。
路地を歩く足取りも重い。もちろん、軍師との果てしない戦いの結果である。
「これ置いたら、きままに亭にでも行こうっと・・・」
ぽつりと呟くと、少女は宿へ向かってとぼとぼと歩いて行った。
指輪は、ちゃっかりと指にはめて。
そして、店では冷たい戦いがその日一晩中続き、次の朝には『臨時休業』の札がかけられていたのだが、それはまた別の話・・・。
「あなた、まったく若い子には甘いんだから・・・」
「す、すまんって・・・おい、飯抜きはよしてくれ!俺ぁ腹へって死にそうだぁ」
「知りませんよ。差額分は食費から差っぴいておきますからね」
「そ・・・・そんな・・・・(がく)」
<END>
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